鬱蒼と生える木々がこちらの視界を遮る。しかしその先、その奥には確かな湖畔が見え、こちらに光を当てる。それでも漂うは、むせ返るほどの血の匂い。
ここは何処なのか……
どうして自分はここにいるのか……
一体自分の身に何が起こっているのか……
それより何よりーー
どうして私は
人を殺し続けているのだろう
ーー誰でもいい。
誰か教えてくれ。
何故人を殺しているのかを
何故人を殺しても
笑っているのかを
ーーーーーー
「わぁぁぁぁぁんっ、うわぁぁぁぁぁあああああんっ!!!!」
鎮守府の昼下がり(育児時間を終えたあと)。鎮守府の駆逐艦寮の談話室から少女の泣き叫ぶ声がこだまする。
その正体はあがの(この頃3歳)。今は両親が外せないテレビ会議に出席中のため、手の空いている駆逐艦の者たちが預かっているのだ。
「お〜、よしよ〜し……怖ったね〜。でも大丈夫だぴょん。そんな奴が来てもきっとあがのちゃんのお父さんやお母さんが倒してくれるぴょん」
「いまはおとうたんもおかあたんもいないぃぃぃぃぃっ!!!! わぁぁぁぁぁんっ、わぁぁぁぁぁんっ!!!!」
「よ〜しよしよし」
泣き叫ぶあがのを抱きかかえ、必死にあやすのは卯月。いつもは他の艦娘たちに可愛いイタズラをして回っている彼女であるが、今回ばかりは真面目にお姉さんをしている。卯月は人が悲しむのを見るのは大嫌い……よってあがのが泣き止むように優しく、それでいてあがのが呼吸しやすいように彼女の背中を軽く叩いていた。
因みに今のあがのの髪型はポニーテール。ただ、あがののリクエストで由良みたいにテール部分を赤いリボンでクルクルと巻いてある(由良はその可愛さにめっちゃツーショット写真を撮ってた)。
「二人がいなくてもうーちゃんたちがいるぴょん! それにうーちゃんたちだけじゃなくてお家には強い人がたくさんいるぴょん! だから大丈夫だぴょん!」
大丈夫、あなたのことは鎮守府の誰もが守るから……卯月は穏やかな声色であがのに言い聞かせ続ける。するとようやくあがのも泣き叫ぶのを止めた。
「安心したぴょん?」
「……うぅ……ぐすっ」
卯月の言葉にあがのは涙を拭きながらコクリと弱々しく頷く。それでも卯月は泣き止んだあがのを目一杯褒め、あなたは強いからきっとそんな人は来ない……と笑顔で告げた。するとあがのは今度は笑ってハッキリと分かるように頷いて見せるのだった。
その横ではーー
「ねぇ、アンタら……」
「コメディ映画だって言ってたわよねぇ?」
「なのにどうしてこんなガッチガチのスプラッターホラー映画が映るわけぇ?」
『……………………』
ーー曙・満潮・霞の3名から皐月・夕立・若葉・朝霜の4名が3名の前で正座させられた状態で叱られていた。
先程までこの談話室では皆飲み物を片手にコメディ映画を観ようとしていた。
そして見る予定の映画のディスクを再生すると、とあるスプラッターモノのCMが流れたのだ。
そのディスクは確かにコメディ映画『パッドウーマン』……胸が慎ましやかな女性が物語の主人公であり、女性の胸をバカにする男性たちに酷い仕打ちをするというもの。因みに酷い仕打ちとは罪人を亀甲縛りで天井から吊るし、その者の胸に胸用パッドをガムテープでいくつも付けた状態で罪人に近しい誰かに発見させるという公開処刑である。
皐月たちに悪気は一切ない。ただCMでそんなのが流れるなんて知らなかったのだ。そのCMの映画は一人のソシオパスのスプリー・キラーである青年が話の中で救いを求めて彼から見て罪人と判断した者を殺害していき、ベテラン私立探偵とベテラン刑事がその青年に迫る物語。
此度の最大の被害者はあがのであるが、他にも被害者はいる。
それはーー
「嵐さ〜ん? 大丈夫ですか〜?」
「ペロッ……これはシロップサイダー。死んでる」
「いやいや白目向いて気絶してるだけだろう……」
ーー艦隊1のホラー大嫌い艦娘こと嵐である。
心配して介抱しているのは夕雲と松風だが、秋雲が率先してボケに走っているというカオスな状況だ。ただ嵐がこぼしてしまったシロップサイダーを島風と弥生がせっせと雑巾で拭いている。天使だ。
「ゆ、夕立たち、こんなCM流れるなんて思ってなかった……ぽい」
「そうだぜ。分かってりゃそんなシーン飛ばすよ」
夕立と朝霜の言葉に皐月と若葉も『そうだそうだ』と言わんばかりに頷いて見せる。
曙たちも夕立らが故意に流したとは思ってない。そもそもここに所属する艦娘の中にそんな酷い悪戯を働くものはいないのだから。
しかしあがのが泣き叫ぶ程のことをしてしまったがために曙たちは素直に許せないのだ。
「あがのちゃ〜ん、皐月たちも悪気はなかったぴょん。許してあげて〜?」
卯月がちゃんと皐月たちも知らなかったということを説明し、許してとお願いする。するとあがのは鼻をグスグスと鳴らしながらも「いいよ」と小さくお返事した。
「あがのちゃん、許してくれるって」
卯月が曙たちにそう告げると、
「…………はぁ、次から気をつけなさいよね」と曙
「あがのちゃんにトラウマ作ったら承知しないから」と満潮
「次回からはその辺も調べた上で見せなさい」と霞
曙たちはやっと肩の力を抜いた。更に曙たちは『アンタらはしっかり謝りなさい』と夕立たちの背中を押すと、夕立たちはおずおずと卯月に抱えられるあがのの前に移動して、その前で改めて正座する。
「ごめんね、あがのちゃん。夕立ママを許してほしいっぽい」
「ごめんなさい、あがのちゃん」
「すまなかった、あがの」
「ごめんな、あがの」
4人が4人、順番にあがのへ謝罪の言葉共に頭を下げると、
「……いいよ」
あがのは4人をちゃんと許してあげた。しかもそれだけでなく、あがのは抱っこしてくれていた卯月から降りて4人の前に立ち、「んっ」と両手を広げた。
これはあがのなりの仲直りの印である抱っこのポーズ。もっと簡単に言えばハグだ。
前にあがのの目の前で両親が喧嘩(口論)をした際、散々争った結果最後はお互いに抱きしめ合ってキスをしていた。あがの以外が見たらとんだ砂糖喧嘩であるが、あがのにとってはとても印象深い事柄になったのだ。
なので今回も仲直りということでハグをすることにしたのだろう。
そんなあがのを目の前にした夕立たちは、
『〜〜〜っ♡』
キューンと胸を締め付けられ、これでもかと仲直りのハグをした。
ーーーーーー
「あ〜が〜の〜! お姉ちゃん、あがのに会えなくて寂しかったわ〜! あがのもそうでしょう? ごめんね、あがの〜!」
「やはぎおねーたん、なかないで〜」
テレビ会議を終えた提督と阿賀野は駆逐艦寮へとやってきた。しかし島風が目を輝かせるほどの早さで矢矧が先んじており、姪っ子にこれでもかというほど頬擦りしている。
対してそんな矢矧を多くの者たちは引き気味で眺めていた。
「映画も観終わってお絵かきしてたから良かったけど……」
「まだ観てる最中だったら『お姉ちゃんうるさい』って言われて泣いてたな」
「それも号泣ってレベルっぽい」
皐月、朝霜、夕立と苦笑いで言葉をこぼすと、若葉も「まったくだ」と言ってうんうんと頷く。
しかしそれ以上に、
「あがのちゃんが泣いてる時じゃなくて良かったじゃないか」
「もしそうだったら、あたしたちは問答無用で突き出してたわ」
松風と曙の言葉に4人は本日何度目になるか分からない冷汗を掻いた。
あがのLOVEというよりあがの命というくらいにあがのを溺愛している矢矧が、もしあの時あの場面でやって来ていたらーー
『(ボクたち、私たちは……もう死んでいた……!)』
ーーだろう。死ななかったにしても阿修羅と化した矢矧からは必ず制裁を喰らっていたに違いない。仮にこの場から逃げ出したとしても、それはチェーンソーや斧、鉤爪などを振り回して襲ってくる殺人鬼に追い掛けられるよりも怖かっただっただろう。
だからこそ4人は今ある自分たちの命と呼吸が出来る喜びを噛み締めていた。
しかしーー
「それよりあがの〜、お目々が赤いけど泣いてたりしたかしら〜? お姉ちゃん、あがのの泣き声が聞こえた気がしたんだけど〜?」
ーー神は見逃しても阿修羅は見……聞き逃してはくれなかった。
当然4人の顔色は一気に青ざめ、引いたはずの冷汗がドッと体のそこら中から溢れ出す。
(あ、おわた)と諦める皐月ーー
(いい艦人生だった)と一粒の涙を流す若葉ーー
(地獄耳なんてレベルじゃねぇ、エスパーかよ!?)と矢矧の耳の良さに驚愕する朝霜ーー
(とりあえず近づいてきたら矢矧さんのお腹に夕立のフルパワーでワンパンかませばワンチャン……)とどうにか危機回避を思考する夕立ーー
四者四様で提督たちは即座に何があったのかまでは察しがついた。
この4名の命はあがのの発言に掛かっている。
そんなあがのの口からはーー
「あのね〜、ころんじゃってね〜、ないちゃったの〜」
ーー嘘が吐かれた。
あがのとしてもたくさん泣いたという自覚がある。しかし泣いた理由はあがのからすれば恥ずかしくて言いたくなかったので、あがのは矢矧に可愛い嘘を吐いてしまったのだ。
あがのにとって矢矧とはいつも凛々しくて、なんでもテキパキこなせるかっこいいお姉ちゃん。そんなお姉ちゃんに怖いシーンを観て泣いてしまったと言えば、矢矧にがっかりされると思い、あがのは素直に言えなかったのだ。
転けて泣いた……というのはそれはそれで恥ずかしくないのか、という人もいるだろう。それでもあがのにとっては転けて泣いた方が『あがのらしい』と思ってもらえると考えてのことである。
「そうだったの〜、痛ったのね〜、よ〜しよしよし〜」
「あたまなでなでしなくていい」
「え、あ、そ、そう?」
「……うん」
頭を撫でられるのはいい子であるから。よって今のあがのからすれば嘘を吐いてしまったので、頭を撫でられてはいけないと思っている。
真相を知らない矢矧があたふたしていると、
「あがのちゃんはとってもいい子だよ!」
「我々の誇りだ!」
「あたいたちが保証するぜ!」
「誰がなんと言おうといい子っぽい!」
皐月たちがそれぞれ声を張り上げてあがのの頭を撫でた。
4人からすれば今のあがのは自分たちを死のどん底から救ってくれた救世主にして神……いや、それすらも凌駕する存在に見え、その姿はこの上なく尊く、それでいて神々しく見えている。
事情を知っている他の駆逐艦のみんなはそんな美しい光景を見て苦笑い。なんとなくどういうことだったのか察しの付いている夫婦はうんうんと頷き、さっぱり状況が分からない矢矧は目を点にしてポカン顔。
それでも、
「んゆぅ〜、くしゅぐったいよ〜♪」
輪の中心にいる天使は嬉しそうに笑顔を振り撒いていた。
こうして今日も鎮守府の1日が終わっていくのだーー。
あがのは天使である。そして実はとてもお姉ちゃんなうーちゃんを書きたかった!←
読んで頂き本当にありがとうございました!