これはあがのが4歳の頃のお話。
泊地の季節は夏真っ盛り。興野提督がいる鎮守府の裏の丘では蝉の大合唱が連日繰り広げられ、夏をより一層感じさせている。
そんな暑い中でも艦隊は己たちに課せられた任務を黙々と遂行中。熱中症対策は万全であるのは当然だが、艦娘も見目麗しき女の子……よって日焼け対策もバッチリだ。
一方、鎮守府に残っている多くは各々好きに夏を満喫している。中でももっぱら人気なのは鎮守府の目の前に広がる海での海水浴だ。
ここの埠頭は鎮守府が建てられる際に整備され、埠頭から約1キロまでは浅瀬にされている。なのでみんな安心して海水浴を楽しんでいるのだ。
海水浴を楽しむ声を窓越しに聞きながら、提督は今日も執務室で書類の山と格闘中。
「今日は育児時間になったら家族で海水浴でもするか?」
「いいね、だったら阿賀野〜、気合い入れて買っておいた水着着ちゃおうかな〜♡」
「派手なのはやめてよね、阿賀野姉ぇ。あがのの教育に悪影響がだから」
阿賀野に早速矢矧が釘を刺すが、阿賀野は「ちゃんと普通のビキニです〜」と返した。ただ提督としては心底惚れた妻のビキニ姿を想像するだけで色々と元気になってしまう。
「まあいいけどね。あがのは矢矧お姉ちゃんと明石さんのところへイルカさんの浮き輪借りに行こうね♪」
「しゃちさんがいい〜! かっこいい〜!」
「シャチさんがいいの〜? もちろんいいわよ〜♪」
「ぅわ〜いぅわ〜い♪」
今は夫婦共に仕事中のため、矢矧が代わりにあがのの面倒を見ている。ただ矢矧はソファーの上で、あがのを自分の膝に乗せてうんと甘やかしているので傍から見ると叔母馬鹿の境地にいるように見えていた。
今日のあがのの髪型は加賀をお手本にしたサイドポニーで、白いシュシュでまとめてある(加賀はめっちゃ写真撮ったし、提督とあがのとのスリーショット写真も撮影した)。
するとそこへトントントンと素早く扉がノックされ、提督が返事をする前に扉が開け放たれる。
失礼しますと声を揃えて執務室へ入ってきたのは早波と岸波の二名。特に珍しい組み合わせでもないが、その慌てた様子に提督は「落ち着いて話せ」と冷静に告げた。
早波は夕雲型駆逐艦十二番艦で、姉妹の中では比較的マイペースで初雪や望月とゲーム仲間であるインドア派。そんな早波までも慌てているので、阿賀野も矢矧も気を引き締めたがーー
「ビスマルクさんが泣いちゃう」
「どなたでもいいのであの不毛な争いを止めに入ってはくれませんか?」
ーー二人の言葉にあがの以外がガックリとズッコケた。
「おいおい、どういうことだ?」
「はい、ビスマルクさんが現在進行形でガングートさんにからかわれてまして……周りの人がガングートさんを注意しても逆にビスマルクさんが躍起になって挑んでしまっているんです」
「しかもめっちゃ幼稚で、ビスマルクさんもう涙ぐんでたから早くしないと泣き出しちゃうよ」
岸波が見てきた事態を説明し、早波が補足を加える。もうそれだけで提督も阿賀野も矢矧も揃って苦笑してしまった。相変わらずだなと……。
しかしそのまま放っておいてビスマルクが泣き出すと、100%の確率で執務室に突撃して(提督にガングートにイジメられたと言いつけに)くるため、提督は矢矧に「悪いが止めに行って来てくれ」と頼んだ。
ーーーーーー
矢矧は提督に言われた通り、あがのを肩車して岸波たちにビスマルクたちがいる所へと案内してもらう。
着いた場所は明石酒保で、その外からでもビスマルクの奇声に近い悔しみ溢れたような声がもれていた。
「…………」
矢矧は正直、ビスマルクが泣こうがどうなろうが心底どうでもいいと思っている。ビスマルクが変にプライドを拗らせ、泣くまでやるのがそもそもの原因なのだ。それに加えてガングートもそんなビスマルクの反応を楽しんでいるため、もうこれは彼女らなりのコミュニケーションの一環だと思った方が早い。
でもーー
「やはぎおねーたん、はやくたすけてあげて?」
ーー世界一超絶可愛い姪っ子(矢矧主観)に言われちゃあ行くしかない。なんたって目に入れても痛くない姪っ子の前で何もしないなんてこの叔母馬鹿には無理なのだから。
カランコロンとドアベルを鳴らして酒保へ入ると、よりビスマルクの声が大きく響く。
「もう一回! もう一回よ!」
「仕方ない……なら今度は平山さんと10回言ってみろ」
「平山さん平山さん平山さん平山さん平山さん平山さん平山さん平山さん平山さん、平山さん!」
「世界一高い山は?」
「そんなのドイツが誇るツークシュピッツェ以外に無いわ!」
「馬鹿か貴様は? ヒマラヤに決まってるだろ」
「くぅ〜! どうしてよ!」
ビスマルクもビスマルクだが、ガングートもガングートだ……と矢矧は思った。そもそもガングートも答えを間違えていて、正解はエベレスト山。ヒマラヤは山脈名である。
もうそれだけで矢矧は一瞬めまいがした。しかしあがのにたすけてあげてと言われたばかりなので、
「ガングートさん、ビスマルクさんも……もうその辺にしたらどうなの?」
しっかりと二人の間に割って入る。
これまでの二人なら矢矧が割って入っても滅多なことでは止めなかったが、
「けんかしちゃめだよ?」
あがのの言葉には二人共に素直に従う。なのでビスマルクは涙ぐんだ目元を軽く擦り、妹分であるプリンツからポケットティッシュをもらって鼻をチーンした。
「全く……普段は一緒に映画とか観るくらい仲良しなのに、どうしてたまにこんなことになるのよ」
矢矧のため息混じりの苦言に、
「ガングートが悪いのよ!」
「ビスマルクが楽しいから」
両者共に正反対の意見を返す。当然、ガングートの意見にビスマルクはカチンと来たが、プリンツや明石といった面々になだめられて掴み掛かろうとはしなかった。
「…………で、今回は何が発端なの?」
矢矧は軽く頭痛のするこめかみを軽く押さえて訊ねると、ビスマルクが声を張り上げる。
「ガングートが私のチキンナゲットを1個勝手に食べちゃったからよ!」
明石酒保にはよくあるコンビニのように、フライドポテトやチキンナゲットといったテイクアウトメニューがある。どれも注文を受けてから作るので湿気ってしまっていたりしないので、そこそこのファン層がいるのだ。しかも間宮&伊良湖印で、どれもすぐにパパッと揚げるだけや温めるだけなので手間いらずが最大の強味。
因みに酒保限定提督専用メニューで塩ちゃんぽんが裏メニューであるが、提督本人を連れて来ないと食べられない。明石だけが作れるちゃんぽんで提督も大ファンだが、教えてもらったレシピ通りに作っても明石の味にはならないんだとか。
話を戻し、矢矧はまたこめかみら辺に軽い頭痛がする。食べ物の恨みは怖いと言うが、そんなに怒ることもないだろうと思ったからだ。
何しろ酒保のチキンナゲットは6個入って1セット。その内1個食べられたからと言ってそんなに怒るのか?
矢矧は自分が思ったままをビスマルクにぶつけると、
「私だってね、1個食べれちゃったくらいで怒らないわよ。でもガングートの言い訳が腹立つの!」
「なんて言い訳したんですか、ガングートさん?」
「? ただのジョークでナゲットは今なら1個"減量"中だと述べただけだが?」
矢矧はガングートの言葉に更に頭痛がした気がした。
「ジョークで〜す。欲しかったから1個貰っちゃった。くらい言えば許してもらえたと思うんですけど……」
「いやいや、私も最初はそう言おうとしたぞ? でもこいつが『殴られた相手にジョークだよって言われたら、あなたは許せるの?』って言ってくるものだからな……」
「許せない、と言ってしまったのね……」
「当たり前だろ。それはジョークではない。暴力だ」
「いやまあ、その意見には心底賛同するけどね……」
論点がそうじゃないんだよ、と矢矧はまたこめかみを押さえる。
因みにあがのはいつの間にかプリンツに抱っこをせがんでおり、矢矧の背後でプリンツに普通の高い高いをされて喜んでいる。大天使だ。
「そもそもナゲット1個減量中なんておかしいでしょ!? どんな企業でも客が得しないキャンペーンなんて張らないわ!」
「いや、どんなキャンペーンもそれなりに裏があるから安く提供出来るんだぞ?」
「ああもう、話がややこしくなるからガングートさんはいちいち冷静にツッコミ入れないで! そもそもガングートさんが素直に謝れば済んだ話でしょ!?」
矢矧のど正論にガングートは「そうだな」と頷くと、ビスマルクにペコリと頭を下げた。
「すまなかったな、ビスマルク」
「……次からは普通に頂戴って言いなさいよね?」
「なら今1個貰っていいか?」
「あなたって人は……鎮火しない内にそうやって火に薪をくべて……!」
全く反省の色のないガングートを前にビスマルクはワナワナと怒りで拳を震わせる。矢矧としては『もうやだこの人たち……』と天(井)を仰いだ。
「まあまあそう怒るな、ビスマルクよ」
そんな矢矧をよそに、ガングートは豪快に笑う。そして明石に「あれを持ってきてくれ」と頼むと、明石は複雑な顔をしながらカウンターの奥から白い箱を持ってきた。
「詫びに私が間宮たちに作ってもらったロシアンルーレット大福をご馳走しよう♪ もちろんみんなにもな」
『ロシアンルーレット大福?』
みんなしてガングートのロシアンルーレット大福に首を傾げる。もちろんあがのも「んぅ?」と愛らしく小首を傾げていた。
「何かと思えば……あなたはまたそうやって……!」
相変わらずガングートのマイペースさにビスマルクは青筋を立てるが、
「まあまあいいではないか。それにお前がハズレを食わなければそれで済む話だろう?」
ガングートにそう言われるとビスマルクは「確かに……」と納得してしまう。ビスマルクは素でこういう性格なのでみんなから愛されるのだ。悪く言えばイジられキャラなのだが……。
妹分のプリンツに至っては「流石ビスマルク姉様、おっぱいが大きい!」と感動していたが、早波から「懐が大きいだよ」とツッコミを入れられていた。
ーーー
ガングートの提案から急にロシアンルーレット大福を食べることになった。
一人ずつ順番に一つを取って食べるのだが、
「くぁwせdrftgyふじこlp〜!」
トップバッターのビスマルクがハズレを引いてのたうち回る。
「…………なんだよ、このカオス空間」
「ビスマルクさんどうしたの?」
そこへ提督と阿賀野がやってきた。加えて夫婦の後ろには伊勢と日向(どちらも改二姿)もおり、日向に至っては「今日も鎮守府は平和だな」とほっこりしている。
「ビスマルク姉様がロシアンルーレット大福でハズレを食べてしまわれて……」
「因みにハズレの中味は梅干しとレモン果実とグレープフルーツ果実だけで練り上げた、超絶に酸っぱいものだ」
プリンツとガングートが説明すると、
「そんなのあるのにあがのも参加させたの!?」
矢矧が姪っ子の身の危険を感じてガングートへ掴み掛かる。しかしガングートは至って冷静で、
「馬鹿か貴様は。子どもにそんなもの食わせられる訳がないだろう」
「あがのちゃんのはただのいちご大福よ」
明石がちゃんとあがのにだけは別で安全なものを与えていた。なのでビスマルクの次に食べていたあがのは、その小さなお口で一生懸命にいちご大福をはむはむしている。当然そんな娘の姿を両親はスマホで動画を撮ったり写真を撮ったりしていた。
「ホッ、ならよかった」
「いやいや、矢矧さん、ビスマルクさんはよくないでしょう」
胸を撫で下ろす矢矧に岸波がツッコミを入れると、その横でプリンツが何か閃いたような顔をする。早波はその表情に何やら嫌な予感がした。
「ビスマルク姉様のために私プリンツが、この場を和ませます!」
何を始めるんだ、とみんながプリンツに注目すると、
「日向さん、しりとりしましょう!」
プリンツは唐突に日向にしりとりを申し出る。そんなプリンツの誘いに日向「? 別に構わないが……」と了承。
その次の瞬間ーー
「ドイツチーズ……ずです!」
「瑞雲っ!!」
「〜〜〜っ!!!!!!?」
ーービスマルクが顔を真っ赤にして動きを止めた。いや、動いていはいるのだが、びくんびくんと仰向けになって小刻みに震えている。
何しろ「しりとり」なのにいきなりドイツチーズから始まり、速攻で「ずいう"ん"」と返してしりとりが終わったのだ。流石の島風もこれには「早〜い♪」と喜ぶだろう。
しかしビスマルクにとって、これは拷問ともいえるやり取りだ。
「親愛なるお姉様にお前がトドメ刺してどうするんだよ!?」
「痛いよな。分かるぞ、ビスマルクよ。顎の下の辺りとか頬の裏とか……分かるぞ。大切なことだから2回ーー」
「ーー分かるならお水とかあげなよ!」
提督がプリンツへツッコミを入れる横で、ガングートがビスマルクに優しい言葉を送る。でもそれよりも阿賀野のツッコミが正論であり、早波がちゃんと甘いリンゴジュースを持ってきたのでビスマルクはなんとか還って来れた。
「えっと、うちの妹がごめんね?」
「全てはガングートのせいよ……あなたとあなたの愚妹に否はないわ……」
謝る伊勢にビスマルクは弱々しい笑みで言葉を返すが、『それでも愚妹なんだ……』と伊勢が思ったのは伊勢だけの秘密だ。
「とにかくガングート、前から言ってるがお前はもう少し加減しような」
「そうだな。次からは梅干しだけにしよう」
提督の言葉にガングートは素直に言葉を返したものの、あがの以外が『違うそうじゃない』と思った。
このやり取りのあとも、まだあがのが一生懸命いちご大福を食べていて場が和んだのは幸いだっただろうーー。
ビスマルクとガングートっていっつもこんな風に戯れてるイメージ……。
そんな妄想をそのまま書きました!
読んで頂き本当にありがとうございました♪