道明寺ここあ「兄に彼氏ができたと告げてみた」 作:バーチャルナマクラ
「た、たたた大変よみんな!!」
その日。
僕達ゲーム部はいつも通りに、部室に集まってそれぞれの部活に興じていた。
「た、たたた大変なの!!」
「どうしたんですか部長。いきなりそんな大声出して」
僕も終点0%ルイージ即死コンボの練習をしつつ、奇声を発して笑うハル君を眺めていたそんな折。いつも冷静で大人びている部長が、目を点にして大慌てで部室に駆け込んできたのだ。
「見て! 見て、ここここれ!!」
「何ですかそれは。手紙?」
「懸賞ですか? 伝説の色違いポケモンの抽選にでもあたったんですか」
「違うのよ!! これ、私の机の中に入っていた手紙で!!」
「はぁ」
要領を得ないまま、僕達は部長が握っていた手紙を覗き込み……。
「こ、これは!! ラブレターぽよ!?」
「えええええ!?」
僕達の部長・夢咲楓が恋文を受け取ったことを知ったのだった。
「やるじゃん部長、モテモテぽよ」
「いや、そういうのは良いから!! 私は真剣に悩んでいるんだよ!!」
「何かと思えば、恋煩いか。ふ、女子と言うのは実に気楽なものだな」
がーん。
部長は、誰もが認める美人である。優しく賢く親しみやすい彼女が、モテない筈がない。やはり、部長を好いている男子は少なからず存在するのだ。
「ど、どうするんですかそれで。部長は、その人と付き合ったり……」
「しないわよ! youtuberをやっている身としては、恋愛はご法度なのよ!」
「別にうちらアイドルじゃないぽよ」
「なら、何をそんなに悩んでいるんだ部長は。さっさと振ってやればいいだろう、断るつもりであれば」
だが、幸いにも部長は誰かと付き合うつもりはないらしい。よかった、まだ暫くは────
「これ!! この手紙に書いてるんだけど、この人は付き合ってくれたら天然の色違い6Vマンダ交換してくれるって!! 何とかして口先だけで、付き合わずに彼のボーマンダ召し上げることはできないかなぁ!?」
「人間性を疑う発言ですよ部長。鬼ですか」
「だって!! こんなの絶対動画映えするじゃん!! と言うか素直に欲しい!」
「そんなに欲しいなら、こっそり付き合っちゃえばいいぽよ。動画やツイッターで匂わせなければ絶対ばれないぽよ」
「あ、そっかぁ。うーん……」
な、悩まないで部長!!
「ソレで良いんですか!? たかがポケモンで好きでもない男子生徒と付き合うなんて!!」
「たかがポケモン!? 涼君、今何て言った? 言ってはならぬことを言ってしまったわね、ドラゴンダイブぶっ放すわよ!!」
「あっいえ……、そういう意味では……」
「弱気になるな、涼。間違いなく、お前の意見が正しいぞ」
しまった。ポケモン大好きな部長に、僕はなんてことを。
「と言うか、相手は誰ぽよ? 部長に告白しようなんて身の程知らずは」
「うーん……、それが良く知らないのよね、この人。ゲーム部以外の人とはあんまり絡まないから……」
「やはり部長はぼっち……」
「違うから!! 単に覚えてないだけだから!!」
いずれにせよ、酷いです部長。流石に一年以上付き合いのある同級生の名前が出てこないのは……
「俺達は知っている奴かもしれません。とりあえず名前を教えてくれませんか」
「いや、勝手に告白してきた人の名前を聞くのは失礼だよ」
「え、何で? えっと……、この手紙には網霧君? って書いてあるわね」
部長は躊躇うことなくその男子生徒の名前を出した。鬼かな?
だが。僕もその網霧君という名前に、あまり聞き覚えはなかった。少なくとも、同級生にそんな名前の生徒はいない筈である。
「俺は聞いたことがありませんね。ひょっとして学年が違うのでは?」
「でも、2年生って書いてあるよ」
「網霧……赤? こんな名前の2年生居たっけ」
「私も知らないぽよ」
転校生か何かだろうか? いや、最近転校してきた生徒なんていない筈。よっぽど影が薄い人物なのだろうか?
「他校の生徒の可能性もありますね。部長は動画で顔が売れてますから、他校から告白しに来る男がいても不思議ではない」
「成程!! それは有るかもしれないわね」
「ハルカスにしては頭が良いぽよ」
「だったらダメですよ、なお更!! 他校の身のしらずの生徒と、ボーマンダの為だけに付き合うなんて!!」
「実質ボーマンダと付き合うようなもんか」
「そう考えるとアリな気がするわね」
「部長!!」
ダメだ。そんなの、絶対に嫌だ。
「そんなに色違いが欲しいなら、明日までに僕が厳選して見せますから!! そんなに自分を安売りしないでください!!」
「えー……。改造とかチート使ったポケモンは要らないわよ?」
「天然物で出して見せますから!!」
そんなに色違い6Vが偉いのなら、僕が死ぬ気で厳選して見せます。だから早まらないでください。
そのよくわからない網霧赤とかいう男子生徒に貰わなくたって、僕が……。
ん? アミギリ……アカ……?
アミギリアカ。
アカギミリア。
「……」
「ん? どうしたの涼君、急に黙り込んで」
……おい。このラブレターの主、もしかして。
「まぁ、涼君がそこまで言うならちょっと待ってみましょうか。この手紙の返事は、明日にすることにするわ」
「ま、それが無難でしょうな。涼、頑張れよ」
「ファイトぽよ~」
そう言って愉しそうに僕を見据え笑う、みりあちゃん。
おい、ふざけんな。よく見たら、手紙の筆跡もみりあちゃんのものじゃないか。何やってんだみりあちゃんは。
「じゃあ、今から厳選始めます部長。みりあちゃん、ちょっとこっち来てくれるかな?」
「ん? どーしたぽよ?」
「良いからちょっとこっち来てね?」
「ぽよよ~?」
イラッ。
「い、痛ぁ!! ひ、引っ張るな髪を!」
「みりあちゃん借りてきますねー」
僕は何やらしらばっくれているツインテピンクの髪を握り、引っ張って教室の外へ連行したのだった。
「みりあちゃん、あの手紙何」
「あ、気付いてたのね。ぷぷぷ、部長の慌てっぷりが愉快痛快だったぽよ」
悪戯好きな彼女は、ニヤニヤと笑みを崩さず悪びれた様子を見せない。
とは言え、偽のラブレターは駄目だろう。こんな人の心を弄ぶ真似、悪戯を通り越してイジメに近い。
「あの手紙何。偽のラブレターなんて、部長が本気にしたらどうするつもりだったのさ。もしかしたら、部長が凄く悲しんだかもしれないんだよ」
「……いや。色違いポケモンあげるから付き合ってくれだなんてふざけたラブレター、即座に破り捨てると思ってたぽよ。あそこまで本気で悩むとかみりちゃん的に想定外だし」
……そりゃ、そうか。言われてみれば、そんなに悪辣な悪戯でも無い気がしてきた。
「あと、あの手紙は別に嘘じゃないぽよ。……その、私の端末でマジで色違い6Vマンダ生まれちゃってね~? 適当に理由つけて、部長にあげるつもりだったの」
「え!?」
「だから、多少悪質な悪戯でもマンダあげたら部長は許してくれると踏んで、あんな手紙出したぽよ。涼君の反応も見たかったしねー」
「……な、な、な」
そう言ってみりあちゃんは、ニヤニヤと笑った。全く、この悪戯娘は本当にたちが悪い。
「で、だ。涼君、チャンスだよ」
「……え?」
そして。みりあちゃんは僕の耳元に口を近付け、囁くように悪魔の知恵を吹き込んだ。
「涼君はこれから、私の3DSを借りてポケモン厳選をするんだぽよ」
「いや、もうみりあちゃんが持ってるなら厳選なんてしなくても────」
「自分の端末と私の端末、ダブルで厳選したと言って。私の端末にあるボーマンダを、部長に見せると良いぽよ」
「……みりあちゃん?」
何を言ってるんだ、彼女は。そのボーマンダは、みりあちゃんが手に入れたもので。僕がその手柄を横取りしちゃうなんて────
「部長。このボーマンダが欲しければ、僕と付き合ってください。涼君はこのセリフを部長の耳元で囁くだけでいい」
「っ────!!」
それは。
「部長のあの反応を見たぽよ? 下手をしなくても、絶対にうまく行く」
「あ、いや、でも。あ……」
「この貸しはでかいよ。特大の貸しだよ? 当然タダとはいかない、涼君はしばらくみりあの奴隷になって貰うことになるけど……ソレで良いなら、このボーマンダ譲ってあげる」
「ああ、ああああ……」
それは、うまく行くだろう。おそらく、いや絶対にうまく行ってしまうだろう。
絶対に成功する、告白の裏技みたいなものだ。
「さぁ、どうするぽよ? 私に首を垂れて幸せを手に入れるか。私の手をはねのけて、自分で確率の壁を超えるか」
「ぼ、僕は……」
「ま、私はどっちでも良いぽよ。人間、目の前のチャンスに飛び付けるかどうかで人生は大きく変わるけどね」
グラリ、と理性が揺れる。部長の隣に居る、幸せな未来を妄想する。
待て。落ち着け。それで本当に良いのか? 部長を騙すような事をして、恋人になって良いのか? でも、こんなチャンスはもう二度と────
『実質ボーマンダと付き合う様なもんか』
その時。そんなハル君の言葉が、フラッシュバックした。
「いや。それはみりあちゃんが部長にあげてよ」
「む? それで良いのかぽよ?」
「うん。ハル君の言うとおり、それじゃ僕が部長の恋人になれたんじゃなくて、部長は実質ボーマンダと付き合った様なものだから」
危ないところだ、何を迷っていたんだ僕は。そんな、モノで釣るような告白をして恋人になっても、その後が上手く行く訳がないのに。
「ふーん。ま、涼君がそれで良いならそーするぽよ」
「変に気を使わせてごめんね」
そう言って、僕は部室へ向かうみりあちゃんを見送った。きっと、今から彼女は部長にボーマンダを見せに行くのだろう。
きっと、僕は後悔しない。みりあちゃんの言う方法で実際恋人になれたとして、僕はずっと部長に嘘をつき続けないといけないからだ。
そんな重荷を背負うのは真っ平ごめんである。
「……僕も行くかな。喜ぶ部長の顔、みたいし」
そして、僕も一息ついて。ボーマンダを手に入れて満面の笑みになった部長を見るべく、みりあちゃんが入っていったゲーム部の部室の扉をゆっくり開いた。
「みりあちゃん! 最高!! 結婚しましょう!!」
「待てぽよー!! 違う、あのラブレターは悪戯で!!」
「悪戯だって構わないわ! 私がみりあちゃんを幸せにするのよ!!」
「ぎゃー!! 目がマジぽよ!?」
扉の向こうは、百合の花畑だった。
「やはりアホピンクの悪戯か」
「あ。ハル君は気付いていたの?」
「あのアホピンク、視線が涼と部長をひたすら行き来してたからな。そんな事だろうとは思っていた」
そんな二人の様子を、覚めた目で見ているハル君。思い返せば、彼はみりあちゃんの悪戯を察して乗っていた様に見える。
ハル君も僕をからかってたのね。ちくせう。
「で? 涼よ、良いのかアレ。まさかの女子に部長を取られそうだぞ」
「ま、まあ冗談でしょ」
「いや。部長は割とマジだと思うぞ。レアポケモンを貰えた喜びのあまり、暴走している」
「えっ」
見れば。顔を真っ赤に紅潮させた部長は、みりあちゃんに抱き付いて頬擦りしている。
間違いなく、なつき度は最大だろう。
「ま、待て! 今、割と洒落にならないとこ触った……!」
「みりあちゃーん!!」
「ぬあああぁ!?」
……もし、みりあちゃんの提案を受け入れていればあそこに僕が居たんだろうか。ちょっと勿体ないことをした気がしてきた。
まぁ、でも自分で選んだ道だ。いずれ僕が勇気を出して、自らちゃんと部長に想いを告げよう。
「2人の衣服が乱れてきたな。これ以上ここに居るのは無粋、今日は帰るとしよう涼」
「そうだね。部長、みりあちゃん、お疲れ様です」
「待てぽよ!! 私を置いていくな!! ちょっ……」
そんなみりあちゃんの断末魔を聞きながら、僕はハル君と共に帰路についたのだった。
「御幸せに」
「アッぽよーーーーーっ!!?」
────所変わって。
「また行くのー? 結局前回は何もしなかったのに」
「ええ。学校とは即ち勉学の場。不純同性交遊を見過ごしていく訳ではありません」
廊下を歩く3人の美少女。
1人は清楚然とした黒髪の少女であり、1人は猫耳を生やした眠そうな表情の少女であり、もう1人は金髪の快活そうな少女だ。
その名も月野美兎、猫宮ひなた、そしてミライアカリ。この三人は、月野美兎を先頭にゲーム部の部室を目指して歩いていた。
「ねぇ美兎ちゃん、結局本当なの? その、ゲーム部の男子二人が付き合ってるって噂」
「残念ながら、私はこの目で見てしまいました。委員長として、一人の清楚として、あんな乱れた風紀を見過ごすわけにはいきません」
「でも、委員長だってムカデ人間とか……」
「何の事ですか? それより、いよいよ奴等の部室ですよ」
ゲーム部、そう書かれた部屋の前に立ち。月野美兎は、キリと目をつり上げて宣言した。
「気軽に話題を稼ごうと、BL営業に走るなんてもっての他!! 同じyoutuberとして見過ごすわけにはいきません!」
「でも、委員長だって樋口楓さんと百合営業を……」
「だまらっしゃい!!」
そして彼女はそのドアに手をかけて。勢いよく、悪名高きゲーム部の部室を開け放ったのだった。
────そして彼女は、百合を見る。
「みりあちゃんの
「…………(酸欠で失神寸前)」
「じゃあ明日には結婚式をあげましょうか、幸せにするよ、みりあちゃん」
「もー好きにしてぽよ……」
ピシャリ。
何かいかがわしいモノが始まることを察した委員長は、無言でゲーム部の部室を閉めた。
「ど、どーしたの美兎ちゃん? また扉を閉めたりして」
「まさか、またBL時空が始まってたの?」
ゲーム部の中を覗こうと猫宮ひなたやミライアカリがピョンピョン跳ねているが、委員長は扉を固く閉じ開く様子を見せない。
「組み合わせおかしくありませんか!?」
「美兎ちゃんどーしたの!?」
その委員長の目は、暗く濁っていた。