某所のセミカスによるエリカを見てガルパン熱がぼぼぼぼぼぼしたので投稿。不定期なのでご勘弁、感想評価誤字報告待ってます。感想の返事はなるべくしますがちょっと攻撃的な奴は泣いちゃうので見ないフリします。フリだけで見るのでご安心を。
大海原に出ている学園艦なだけあって、夕暮れ時に差し込む夕陽はとても輝いていた。陸からはこうもはっきりは見えないとすらいえる輝きは、思わず立ち止まり眺めてしまうのも已む無しといった魅力を放つ。船の推進音と風、小さく聞こえる波の音のせいで、思わずたそがれてしまっていた。
「何してんのアンタ」
ふと聞こえた声に振り向けば、色素が抜けた様な僅かに銀色を滲ませる、白が強いカスタード色の髪を風に揺らし、碧玉の瞳を少し吊り上げた少女が立っていた。鞄を持ち、下校の最中なのだろうと見てとれる。
「今日はアンタの部屋に行って整備の様子を聞くって言ってたじゃない」
「すまん、ちょっとね」
申し訳なさそうに少年は頭をがしがしと数度手櫛を入れ、足元に置いた鞄を持って帰路に付く。
ここ、黒森峰学園艦の、黒森峰学園に通う二人は、共通して『戦車道』という物に精通している。だが戦車道は一般的にして基本的に、女性が嗜む物であって、男性が関わるのは男手が必要となる整備方面でしかない。動かすのは女性、それを整備しサポートするのが男性という風になっている。例に漏れず、少女、逸見エリカは黒森峰学園の戦車道部に所属しており、少年、見入(みいり)クルトは整備部に所属していた。
本日はエリカが乗るティーガーⅡの整備状況の報告や打ち合わせがある為、約束をしていたのだが、その帰りの最中に見つかってしまった。
「今日夕飯はどうする?」
「どうするって、家に帰って食べるに決まってるでしょ」
「そっか。イベリコ豚の粗挽き肉買っておいたからハンバーグにしようと思ったけど、ならいいか」
「待ちなさい」
「ん?」
確信犯だろ、と言わんばかりに睨み付けるエリカに対し、クルトは素知らぬ顔で振り向く。彼女の好物は何を隠そうハンバーグ。外食は必ずハンバーグが絡む物を選ぶほどであり、カロリーの関係上、週に一回、多くても三回までと決めなければいけない程に好いている食べ物である。そんな中で、わざわざイベリコ豚の粗挽き肉がある、とまで付け加えたのは確信犯と思われたのも仕方がない。
「他の材料はあるんでしょうね」
「そりゃ当然、無きゃ作れないし」
「お米は?」
「抜かりなく」
「今日はアンタの家でミーティングするから」
「はいはい」
大体月に数回ほどの食事会。二人並んで歩くさまは一見すれば恋人に見えなくもない。だがお互いが見せる表情や雰囲気はそういったものを感じられず、手を繋ぐ事も無ければ会話もなく静かに歩くのみ。この関係も、既に長い事続いていた。今にして思えば、いつからの付き合いなのだろうとクルトは考える。細かい年数は覚えていないが、おおざっぱにどれくらいの付き合いなのかは把握している。
もう十年ほど前の事、あの頃は未だに戦車は男が乗っているというイメージも根付いており、戦車道文化も今よりは下火だった頃。同じクラスで戦車に乗っているエリカに対し、クルトの友達が、女が戦車に乗るのは変だ、という揶揄いから始まった。それに反発したエリカを庇い、好きで乗ってるならいいじゃん、という言葉を投げかけたのがクルトで、それから色々あって、今に至る。腐れ縁とも言えるだろう。
その後、黒森峰小学校から中学校に進学する際、分校がある学園艦へ同時に乗り、家が近所という訳でもなく、中学生の頃から寮生活が始まり、それでも細かい付き合いは欠かさない辺り、お互いそれほど避けている訳でも、些細な関係でもないというのは無自覚ながら理解していたのだろう。
「お邪魔します」
玄関の目の前にあるキッチンを抜けて、部屋に入る。壁際に置かれたベッドとデスク。デスク上にはパソコンモニター、足元には大きなパソコン本体が置かれており、いかにもパワーがあると物語っている。申し訳程度の小さい本棚には戦車に関する書籍が多く、国ごとの戦車とそれらの内部構造に関する物が多い。それ以外にはテレビ、エアコン、コタツと一体になったテーブル、キッチンの物とは別の小型サイズの冷蔵庫が置いてあり、家具の充実感はそこそこだ。
「いつも通り用意してあるから、ログインして先に見てて。こっちの準備してるから」
「ん」
鞄を置いた二人はそれぞれ別の方向へ。クルトはキッチンに、エリカはデスクにあるパソコンモニターへ向かう。置かれたマウスは毎日きちんと掃除しているのかピカピカで、傍らには消毒用アルコールと清掃用の脱脂綿が入った箱が置いてある。誰の為に用意しているのか理解して、エリカは小さく笑いが込み上げる。
モニターに表示されたアカウントは二つ、クルト個人用の物と共通アカウント。共通アカウントの方へとログインすれば、散らばらない程度にフォルダが整理されていた。向かう先は整備録と名付けられたフォルダ。そこにはPDFファイル、3Dモデルが置かれており、それら二つを動かす。その為の大型のPCだった。
「やっぱり、主砲のライフリングが変だったのね」
今回整備された場所は主に主砲。静止射撃の際、どうにも着弾位置をおかしく感じた砲手とエリカが点検を頼んだのだが、PDFの整備箇所を見る限り、部分的に摩耗してしまった場所があったらしい。既に新しい主砲は発注しており、明日にでも取り付け作業は完了と書いてある。
その他にもエンジン周りを整備する予定が取り付けられており、この辺は素直にありがたいとも言える。戦車道に於いて、戦車の整備というのは自分達が行う、というのはそれなりに当たり前とも言える事だった。でなければいざ試合中に履帯が外れた時等、応急修理が必要な際にどうしようもなくなるからである。勿論、整備課に頼んで整備して貰う事もあるが、普通は戦車に詳しい人間など居る訳もなく、そういった人間は少ないため、一つの学園艦から他の学園艦に派遣される事も多々ある事だった。
かくいうクルトもそういった人物であり、エンジン周りの整備を特に嫌う聖グロリアーナ学院には何度も向かっているとエリカは聞いていた。それもそうだろう、オイル塗れになり、ガソリンの臭いに包まれ、加えて頑丈なボルトを必死に外して中を整備しなければいけないのだ。聖グロリアーナ学院、通称聖グロであれば整備課も備えてもおかしくないのだが、優雅ではないという理由で用意しておらず、悪いのならば新品を、と考えるのもまたブルジョワらしいとエリカは考えた。
そう考えれば、身近に戦車の整備の相談が出来る相手がいるというのは彼女にとっても喜ばしい事だった。彼に相談した事で、エリカが敬愛する黒森峰戦車道部の隊長でもある西住まほの乗るティーガーも、エンジンや履帯周り、サスペンションの不具合が無くなり機動性の問題が改善したと多いに喜ばれた。
学園の整備部も人数はかなり少ない。クルトを含めて四人、それも、純粋に黒森峰学園の生徒であればクルト一人のみというブラックもブラックな状況。他三名は生徒ではなくそれ専用で雇われた整備員なのだからビックリもビックリだ。とは言え、その分の特別手当も支給されているので、こうして家具も充実しているのだろう。
「エリカー、できたよー」
そこから、黒森峰で使用している他車両の点検案などを覗いて居れば、部屋に入って来たクルトがトレイに皿を乗せて現れた。熱々の鉄板の上にはアルミホイルが丸く包まれており、サイドにはバターで軽くソテーしたニンジンとほうれん草、バターコーンが置いてある。ソースは無いので、恐らくは包み焼きされた中は幸せな事になっているだろうとエリカは内心で喜んだ。グリーンサラダに野菜たっぷりのポトフ、そしてご飯と完璧な組み合わせ。
「あんた、ほんと料理得意よね」
「一人暮らししてると飽きるせいでレパートリーが増えちゃうんだよ。おかげでキッチンも狭くなってきちゃった」
言われてみれば、ぶら下がっているフライパンの数は増えている上に、鉄パンとアルミパンは基本、中華鍋から、いつどこで使うんだと言わんばかりのステンレス、チタン、銅パン、スキレット等々。調味料も所せましと並んでおり、本業はなんだと疑問を抱きたくなる。とは言えその分、腕前には信頼が持てるし、こうして夕飯を食べに行けば凝った物を出してくれるのも本心では嬉しい事だ。
「それじゃ、いただきます」
「いただきます」
わくわく感をなるべく顔に出さない様にしながら、包まれたアルミホイルをナイフとフォークを使ってほどけば、じゅわじゅわと泡立つデミグラスソースとごろりと大きな丸いハンバーグ。フォークを突き刺せば、普段食べている物よりも感じる堅さ。恐らくは繋ぎをほぼ使わずに作ったのだろうと即座に察する。たっぷりとデミグラスソースに絡めて、息を吹きかけて口に入れれば、幸せがいっぱいに広がる。
デミグラスソースの濃厚な味わいがじわじわと溢れる肉汁と絡み、塩コショウとナツメグの香り、香辛料がしっかりと死なずに肉の臭みを消して旨味に変化させている。それを見て満足そうに頷いたクルトもハンバーグへとナイフとフォークを伸ばした。
「うん、今回はバターコーンも美味く出来てる」
「前はちょっと甘味が強すぎたものね」
「想定してたよりも缶詰のコーンが甘かったからね。少し控えめにしたら具合も良い感じ」
程よく脂っこい所を塩と粉チーズのみのグリーンサラダが程よくさっぱりとして申し分ない。塩気も口に残る肉の味に溶け込む事で物足りなさも無く、ポトフも野菜がしっかりとスープを吸い込んで文句のつけ所も無かった。
「アイアシェッケはないの?」
「いや、当然の様に言うけど普通は無いからね」
その言葉にエリカは口を尖らせた。アイアシェッケとは言ってしまえばドイツ式のベイクドチーズケーキの事で、ハンバーグを作る意図があって呼ぶくらいなら最初から用意しろ、という事なのだろう。皿を下げてキッチンへ向かったクルトから視線を離し、テレビへと変更する。時間帯的にも映っているのはニュースだが、静かな時間に流れるニュースを、コーヒーでも飲みながらぼんやりと眺めるのがエリカは好きだった。
ややあって、僅かにコーヒーの香りが漂った事に気付いてテレビから視線を変えれば、再び皿を持ってクルトが戻って来る。
「何よ、準備してたならそう言いなさいよ」
「まぁ一応は試しで作ってみたから味の保証はしないけど」
と言いながら、人前に出す時点で食べられる品なのは長年の知り合いでもあるエリカからすれば理解している。真四角に切られたそれはクッキー生地、カスタード、チーズクリーム、クァルクの四層から成っており、しっかりと粉砂糖を振り掛けている時点でそれなりに力を入れているのは一目瞭然。
口に含めばそれぞれ違った甘さが広がる。カスタードクリームのまろやかな甘味、ややレモンの酸味を感じるクァルク、牛乳の味を強く感じられるチーズクリーム、僅かにサクサクとした食感のクッキー生地と、口の中が実に楽しい。ブラックコーヒーも甘さをより強め、一般家庭で出す食後のデザートとしてとして申し分ない出来である。
「それじゃ、明日また」
「あいよ」
コーヒーを飲み終わり、無言のままニュースを眺めたエリカは一息つき、鞄を持って自宅寮へと向かう。いつも通りの流れ。それを確認した後、軽く背伸びをした後にクルトはパソコンへと向かい、自分が考えているティーガーⅡの整備録を調整しながら、明日へ向けての確認をした後、眠りにつく。何せハードワークな毎日だ、些細な息抜きが終われば即座に休まなければ体が持たないのだ。
風呂に入り、髪を乾かして眠って翌日。目覚ましが鳴ったのは早朝四時、薄らと空が明るくなった頃に彼の一日は始まる。本日はザワークラウト、刻んだ玉ねぎを入れ、熱々に茹で上がったソーセージをコッペパンに挟む。ケチャップ、マスタード、ピーナッツバターを入れたホットドッグで手軽に済ませて学園に向かう。
「おはようございまーす」
更衣室で真っ黒なツナギに着替えた彼が車庫に向かえば、そこには既に三人の整備員が待機している。彼と同じく黒いツナギを身にまとっており、その雰囲気は歴戦の戦車乗りにも劣っていない。
「お、ミハエル来たな」
「おっす、リッベントロップさん、カリウスさん、ヴェンドルフさん」
整備部の四名はそれぞれ、第二次世界大戦中に有名となったドイツの戦車兵の渾名を付けて呼んでいる。由来はクルトの苗字の見入がミハイルから連想し、ミハエルにも読めるではという所から、戦車に関わっているのでミハエル・ヴィットマンからなぞって今に至る。連帯感も生まれ、歳の差はあるがお互いに遠慮しない事で、妥協を許さない事がより整備の具合を向上させて良い方向に進んでいる。
「今日はティーガーⅡかぁ、重てぇんだよなぁこいつ」
「軽い戦車なんてないですよ、カルロベローチェぐらいですかね」
リッベントロップの言葉にカリウスが笑いながら合わせた。そりゃそうだと周りから小さく笑いが起きた事でまずは体の緊張も解れた。
「違いねぇや。やるかー! モノはもう届いてんのか?」
「あっこにありますよ。ほら」
ヴェンドルフが指さした先にあるのは、普段ティーガーⅡに装着されている主砲とは少し形状が違った。88mm主砲ではなく、105mmのペーパープランで設計された主砲だ。本来であれば出回っていない品ではあるが、戦車道がにぎわっている事で本国ドイツでも様々な部品の生産が進んでおり、その中でも、黒森峰に最優先で出回ったのがこの主砲である。戦車改造キットは多く出回っており、第二次世界大戦中に完成している戦車でなければならないという決まりがあった。主砲に関しても計画はあったが、実際に完成していたかどうかをドイツに問い合わせた所、『試験モデルの完成品はあった』という事で今に至る。そうでなければ本来の88mmだったが、いっそ変えるのであればという事でこれに至る。
本来ティーガーⅡはその後期としてE計画と呼ばれる戦車の雛型にもなっており、部品は出来ているが大元の完成品は出来ていないというパターンばかりだ。唯一、E100という物だけが完成しているものの、戦後はアメリカに引き渡され、結局組み立ても虚しくスクラップになった歴史がある。戦車道連盟の言い分としては、戦時中に完成していたのならまぁ良いか、というなんとも曖昧な返事だが、部品が適応しているのであればオーケーという事なのだろう。
実際、サンダースや聖グロのクルセイダーも内部パーツを改造した物を使用しているので、そうであれば主砲を改良しても特に問題はないという事になる。
「それじゃあ砲塔の取りはずしいくぞー」
戦車の主砲には様々な種類があるが、大体共通しているのは砲塔と主砲が一体になっているという点だろう。故に、主砲が曲がれば砲塔も変えなければいけないと言うデメリットも存在するので、足回り以上にデリケートな扱いが必要となる。接続されたボルトを三人掛かりで大型レンチで回し、オイルで滑りを良くして五分かけて漸く一つ。それらを繰り返していけば砲塔を変える準備は万端だ。
クレーンで吊り上げられた砲塔をゆっくりと降ろし、交代で新たな主砲を取り付ける。新品同然の主砲は車体のデザートカラーと違ってジャーマングレーのまま。車内にて男三人が待機し、砲塔がしっかりと固定部位にはまり込んでいるかを確認して、再びボルトを回す。主砲を撃った反動で外れたともなれば、死人が出る程の大事故に繋がりかねない。特に、戦車を指揮する戦車長は砲塔から顔を出したりするので、間違いなく死んでしまうだろう。
そうなった際、この戦車を任されているのはエリカだ。そんな事は絶対にあってはいけない、慎重に慎重な行動を重ね、留め具を外れない様にしっかりと固定、溶接し、五重チェックで問題が無いかを確認する事で作業は終了。しかし本題は此処からだ。
実際に動かして、問題が無いかどうかをテストしなければならない。時刻は既に六時、移動時間もあるが、整備というのはとにかく緊張する上に慎重に行わなければならない場所だ。エンジン周りは車体内部がカーボンで補強されているので火事やエンジンの爆発による人身事故に繋がりにくいが、砲塔の様な部位は先も言った通り、大事故に繋がりかねない。一つの作業に時間をかけるのも当然であった。
「それじゃあ動かすぞ。えっと、確かイグニションはっと」
エンジンに火を入れるレバーを押し込めば、腹の底から響く様な重低音と共に僅かな振動が発生する。ゆっくりと加速して車庫を出て、向かった先は砲撃場だ。まずは砲塔を何度も旋回させ、その最中に外れないかどうかの確認だが、この時点では問題無し。次は行進間射撃を二十、停止射撃を二十繰り返し、最後に点検をして終了。
「よいしょっと、やっぱ重いなぁ~砲弾って」
「でも、これを女子高生が持ち上げて装填するんだろ? すげぇな今の若い子って」
「確かに。ティーガーⅡなんて足回りが悪いからよく履帯も外れるし、試合中に直すとかとんでもねぇよなぁ」
装填手をカリウス、運転手をヴェンドルフ、砲手をリッベントロップ、車長をクルトことミハエルが担当。車内で三人の発言に耳を傾けつつ、高まる心臓の音が実に煩わしい。とは言え緊張するのも仕方がない、下手をすれば致命傷を負うのはクルトなのだから。
「砲塔の具合はどうだー? ミハエル」
「こっちは大丈夫ですよカリウスさん、内側からは特に問題ないんで、外に出てボルトの具合見てみます」
キューポラから身を乗り出し、顔を下に向けて具合を見る。360°回転を何度も繰り返しているが、現時点では何ともない。回った際のひずみによって発生する音も無く、問題無しと言えるだろう。
「取り敢えずはオッケーっぽいんで、今度は射撃行ってみましょう」
「あいよー!」
主砲が上下に何度も動き、具合を確かめるが動きによどみは無い。
「Feuer!」
クルトの指示に従って引き金を引けば、強い衝撃と共に砲弾が放たれる。88mmとは違う大口径は地面に大穴を開け、以前テストした時よりも大きな衝撃に戦車内の男達は大興奮だ。
「ヒュー!! さっすが105mm、音がダンチだ」
「砲弾の重さも段違いだけどな!!!」
「はっは、がんばれーカリウス」
「運転手は気軽そうでいいねぇ!! 手伝ってくれてもいいんだけど?!」
実際、装填手は特に大変だろう。砲弾の重さも変わる為、苦労も倍だ。装填手が二人欲しくなるのも仕方がない。小学生の子供一人を持ち上げているのとほぼ変わりがないのだから。その後も射撃テストを繰り返したが、特に問題はない。しっかりと接続は完了し、動作不良も一切見られなかった。
「ミハエル、俺らは最後に点検するから戻っていいぞ、授業あるだろ?」
「すいません、お先します」
既に遠目には人が動いているのも見えるし、校舎の窓には生徒が行きかっているのが確認出来る。素早く更衣室に向かった後は消臭スプレーをツナギに入念に振り掛け、手早くシャワーで汗を流し、制服に着替えて教室へと向かう。クルトのクラスは一年三組、共学となって二年しか経っていないせいか男子生徒もまだ少なく、三組はクルト一人だけと中々に肩身が狭い。エリカもクラスが別であり、この三組では彼の顔馴染みは二人のみ。
「お、ミハエルおっすおっす~」
「ミハエル君おいす~」
「雛芥子さん、直下さん、おはよう」
雛芥子はパンターG型、直下はヤークトパンターの車長を務める戦車道を履修している生徒で、エリカからの繋がりで知り合った。特に直下のヤークトパンターは整備面で良く足回りの調整を行っており、そこから交友が深まった。雛芥子はパンターのエンジン出力の整備に関わってからだ。どちらも戦車道に関わっている為、彼とはある意味で密接な関係にあると言ってもいいだろう。クラスで孤独にならない原因でもあり、クルトからすればありがたい存在だ。
「あれ、石鹸の匂いがするけど、整備?」
「うん、エリカのティーガーⅡの主砲を変えて来た。もう一苦労で汗だく」
「うはぁ、朝だから涼しいけど、昼過ぎとかだとちょっとキツそうだね~」
「私も想像したくないわ~」
直下の言葉に雛芥子が同調して頷く。ツナギは身を守る衣服の為に密封性が高い、その分やはり体感温度は上がる事を考慮すれば辛いというのは二人でもすぐわかるのだろう。それに、一応は車長、自分で戦車の調整を行う為にツナギを着用する事もあるので、その辛さは体感済みである。
「ってか、主砲変えたって、全部新調?」
「レギュレーションすれすれだけど砲塔ごと全部変えて105mm」
にやりと、悪戯に笑うクルトに直下は驚愕の表情を浮かべる。主砲の威力が変わるだけでも戦果が大きく変わるからだ。ただでさえ強靭で硬く、前線圧力があるティーガーⅡの攻撃力が上がるとなれば相当な脅威だ。
「マジ? それってオッケーなの?」
直下の疑問は尤もだが、しかし搭載している時点で答えは出ていた。
「ドイツ本国データだと搭載型車両は試験状態でも一両あったし、エンジンとかその辺もまだ改良出来そうな感じだったよ」
「ティーガーⅡってE計画の雛型だもんねー、そう考えるとパワーアップの余地は結構ありそう」
「パンター全車も割と見直しするだろうから、その時は宜しくね雛芥子さん」
「ういうい、お礼にアイスくらいなら奢るよ~」
「あ! ウチのヤクパンもね!!」
「りょーかいりょーかい。でもヤクパンって上半分全部取り外しでかなり時間掛かるから、結構後回しになるかもね」
「うげー、なるはやでよろ」
「その辺はパーツの都合によるかなぁ」
だよね~、と相槌を打って、始業のチャイムを確認して二人は直下と雛芥子は慌てて席へと戻る。黒森峰学園は名門校であり、校風が硬派な事もあってか中々にお堅い生徒が集まる特徴がある。良く言えば真面目で物事に必死に取り組むが、一方で頑固であったり融通が利かないといった点もまた目立つ。特に戦車道で名高い分、西住流という戦車道の流派の影響もあってかより一層その傾向が強くなっていた。
居眠りをする生徒などはおらず、しっかりと授業に取り組む。もちろんクルトもだ。小さな事からこつこつと、そうでなければエリカが煩いのである。そうして授業を続けて昼食、漸く終わったと背伸びをして教室の出口に目を向ければ、直下と雛芥子が手招きしている。食堂に行こうと言う合図だ。
「あ~、ダメだ。数学だけはマジで苦手だわ~」
「直下さんいっつもそれ言ってるよね」
「苦手な物は苦手なんだもん」
「射撃にも一応は計算関わるじゃん、そこはどうなの?」
「そこはまた別って感じ」
「選り好みしてると赤点取るよ?」
「そうなったらクルト様に神頼みするから」
「拒否で」
「え」
にべもなく断られた直下が絶望的な表情を浮かべながら向かった食堂。大勢の生徒で賑わっており、やはり女子生徒が圧倒的多数だ。漸く慣れては来たが、やはり時折向けられる好奇の視線だけはクルトは慣れる事は出来ない。物珍しいと言うのもあるのだろうが、、だからと言ってじろじろと見られるのは気持ちの良い事ではない。恐らく、女子二人と連れ添っているので関係を勘ぐられているのだろう。恋に多感な女子高生なので仕方ないが、それでも受け入れるというのも難しい。
「おっすエリカ」
「あぁ、アンタね」
「何か反応冷たくない?」
「そう? いつも通りだと思うけど」
食堂を見渡せば、既に四人分確保していたエリカと合流し、直下と雛芥子をテーブル待ちに置いて食券販売機へと向かう。どの生徒も、選ぶメニューは様々だが、大抵選んでいるのはノンアルコールビール。ドイツをモチーフとしている黒森峰ではノンアルコールビールの製造が盛んであり、生徒たちにも愛飲されているのだ。ノンアルコールなので未成年が飲んでも問題は無いが、もしこれが一般企業メーカーであればなるべく控えた方がいいと言う回答を出すだろう。何故なら、味は本物に限りなく近づけているので、飲酒への興味を示してしまうからである。
とは言えそれは一応の注意喚起なだけで飲む分には一切問題無く、そして黒森峰学園艦ではそれを気にする生徒などいなかった。
「今日はカリーヴルストとザワークラウトのセットにしよ。直下さんはアイスバインのサラダセットで雛芥子さんはカルトッフェルプッファーとヴァイスヴルストで二人ともスタウトだったよね。エリカはどうする?」
「ジャーマンポテトのセットとピルスナーにしようかしら」
「ん~、迷ったけど、俺もいつも通りスタウトにしとこ」
「ほんとに好きよねアンタ達」
「あの苦味が良いんだよ苦味が~、コクもあるし泡も別物みたいで美味しく感じるんだよ」
「アタシはちょっと微妙ね」
「ま、好みはそれぞれだからしゃーない」
食券を受付に渡し、受取口へと並ぶ。横にずらりと生徒が並び、一人、また一人と前に進む。料理が乗せられた大型のトレイとドリンクが乗ったトレイをクルトが受け取った。
「いつも思うけど、着いて来る意味ないわよね」
「まぁ、男子の気遣いって奴ですよ」
何故かその言葉に頷いたのは周囲の女子生徒だが、エリカは困惑気味の表情を浮かべながらもクルトを立てる事にする。ぶつからない様に人の合間を縫ってテーブルへと到着すれば、直下と雛芥子は会話で賑わっていた様だ。
「ほらやっぱりミハエルもスタウトじゃん、ウチの勝ち~」
「くっそー、今日はエリカに合わせてピルスナーにすると思ったんだけどなー」
「俺で賭けしないでよ」
それぞれのテーブルに皿を渡し、着席して食事にありつく。カリーヴルストは焼いたソーセージにカレー粉とケチャップを塗しただけの、料理というよりはソーセージに調味料を乗せただけだが、しかし何とも言えない魔性の魅力があるのだ。スパイスを感じる味わいにケチャップの酸味、歯ごたえがよくパリっと弾ける皮と肉厚なソレがただただ相性が良い。ザワークラウトで口直しをしながら、スタウトを含めばまた味わいも変化する。付け合わせのポテトのお陰で、ノンアルコールでなければただのツマミでしかない。
「この後は食休みしたら練習だね。大会前だし気合入れないと」
エリカたち戦車道履修の三人は、今期の全国大会のレギュラー選抜に向けて気合を入れている様子だ。一方のクルトはティーガーⅡがしっかりと稼働するか、エリカ達の目から見てもおかしい点は無いかが気になって仕方がない。整備は出来ても動かす事は素人だ、そこは専門がしっかりと判断しなければ調整が間に合わなくなる。
「ティーガーⅡはもう整備は終わってるのよね?」
「朝の内に取り換え作業は終わってるよ。ある程度動かしたけど問題無いけど、その辺はエリカ達が乗ってからじゃないと完璧とは言えないから、軽く様子見て貰えると助かる」
「105mmになったおかげで攻撃力は増したけどその分のDPMは落ちるのが難点ね。ま、もとより早い訳でもなかったし、連続して撃つ状況なんてそもそも有り得ないからいいんだけど」
「まぁ、エリカならちゃんと使いこなすでしょ」
「当然じゃない」
「…………」
そのやり取りを見ていた雛芥子はふと、思った。既に見慣れた光景だし、入学からエリカと戦車道で知り合い、如何にもとっつきにくいエリカが男子と仲が良さそうに話している場面を見た時ほど驚いた事は無い。だが今になって、冷静に考えれば考える。この二人、一体どこまでの関係なのか、と。どうやら隣に座る直下も同じ考えをしているようで、訝しむ表情で二人を見ていた。スタウトで着いた泡を舐め取ったクルトがそれに気付き、首を傾げながら何事かと視線を向ける。それにエリカも続き、何をやってるんだと呆れが混じった表情をしていた。
「何か?」
「いや~、今の今まですっかり抜けてた疑問なんだけどさぁ~。二人って、恋人?」
「「それは無いなぁ(それは無いわね)」」
随分と、はっきりと重なったにも関わらず、二人は照れ隠しでも何でも無さそうに、ただ当然の如くと言わんばかりの真顔で言い切った。逆に抜けた表情をするのは言い返された二人だ。
「エリカとミハエルが知り合ったのっていつ頃?」
「小学校の低学年の時ね」
「切っ掛けは?」
「戦車に女が乗るのが変って言ってた俺の友達に、別に好きならよくね? って言った事だったかな」
「そこからは?」
「同じクラスで、戦車に興味示したコイツと話してる内に知り合いになったわね」
「その後は?」
「エリカは戦車道、俺は乗ってみたかったけどほら、戦車道って女の人が嗜むから。でも戦車好きだから、関わる方向で整備士目指して一緒に勉強って感じ」
直下、雛芥子の交互の質問に淀みなく答える。切っ掛けもばっちり、その後の展開も王道的。なんでそれで逆にお互いを意識しないんだこの馬鹿二人は、と内心で悪態を付きたくなったが、そこで理解した。この二人はもう夫婦的な感じで、好きだ嫌いだという垣根を飛び越えて友情エンドなんだろう、と。加えて戦車馬鹿なのも加わってしまったのも恋愛に進まなかった原因なんだろうと把握した。
「これがグレイズという奴ですか」
「もう十年近くのグレイズとか理解不能なんですけど」
「何馬鹿な事言ってんだか」
グイ、と残りのピルスナーを飲み干したエリカは、空になった皿とグラスをクルトのトレイへと重ねた。それを皮切りに他の二人の分を纏め、返却口へと返しに行く。相も変わらず人が多く行きかう最中、皿を返し終わったクルトはふと、視線が一点に集中した。黒森峰学園戦車道の隊長である西住まほ、その妹である、西住みほの存在だ。
姉は如何にもお堅い、しっかりとした軍人という雰囲気に対し、妹の方は何処か頼りなさげでふにゃふにゃとしている様にも見える。だが指揮能力の高さは負けておらず、副隊長を任されているのは家族びいきではなく実力であることを示していた。そんな彼女だが、どうやら人が動きすぎてトレイの返却口まで進めない状況に陥っている様子だった。それも仕方ない。様々な位置のテーブルから生徒が行ったり来たりを繰り返すのだ、食券の販売機前や受取口と違い、並ぶ事もなくランダムに人が動く。加えてどうやら昼食にラーメンを選んだらしく、中のスープがぶつかる事で零れる事を躊躇し、結果的に動けなくなってしまっていた。
「あ、すみません通ります」
意図的に人の流れに声を掛けて隙間を作り、その隙にみほへと手招きをする。漸く意図に気付き、待っていた生徒もみほが持っているトレイと中身を見て、ぶつかるのは不味いと考えたのか、先に行かせる事を選んだ。彼女を先導するように動けば、目立つ男子生徒にぶつからない様にと動きが慎重になるお陰で進みやすくなった。
「あの、ありがとうございます。整備部の、見入さんですよね?」
トレイを返却し終えたみほの言葉に思わず驚く。接する機会は殆ど無く、彼女の乗るティーガーもまほの物と一緒に整備したが、対応したのはまほなので実際に顔をまともに合わせる機会はこれが初めてと言える。だというのに自分の名前を把握されていた事が意外だった。
「あれ、自分の事知ってるんですか? 副隊長殿」
「私達の重たい戦車を頑張って整備してくれる人ですから、勿論です。カリウスさん、ヴェンドルフさん、リッベントロップさんも勿論御存知です」
「ありゃ、そうだったんだ。それじゃあ改めまして、一年三組見入クルト、整備部所属です、よろしくお願いしますね副隊長殿」
「西住みほです、副隊長殿って呼ばなくても、大丈夫ですよ?」
「そこはほら、何となく雰囲気なので」
なんだそれ、と小さく笑い掛けてから別れ、テーブルに戻る。
「遅かったわね」
「返却口が混んでたからね」
それもそうかと納得し、椅子から立つ。いい具合に休憩も終えたので戦車道の訓練に向かう様子だ。本日は授業が午前中のみの為、此処からはフリータイムという訳だ。しかしエリカ達は当然練習があり、クルトもティーガーの確認をしなければいけないので必然的に付き添う形となる。更衣室で分かれた一同は、エリカ達はタンクジャケットに着替え、クルトはロッカーに置いてある工具箱を持ち出して車庫へと向かった。既に多くの生徒が集まっており、号令を終えて戦車に乗りこんでいる最中だった。
クルトが向かったティーガーⅡでは既にイグニションを入れており、どうやら彼が来るのを待っていたようだった。キューポラから顔を出しているエリカが早く来いと手招きしている。
「ごめんごめん、おまたせ」
「揃ったわね、どうする。中に入る?」
「いや、砲塔の上でいいよ」
今回は集団訓練ではなく射撃訓練を行う様子だ。ばらばらだが、各自が射撃場へと向かっていくのが見える。ティーガーⅡも重苦しいエンジン音を響かせながらゆっくりと全身、少しだけ揺れた車体に、慌てて砲塔へと手を添えてバランスを整えながら、周囲を進む戦車を見る。その中に、ヤークトパンターとパンターG型を確認して視線を向ければ、キューポラから顔を出す二人が此方へと手を振っていた。
「うぐぐ、やっぱりちょっと重くなってるなぁ」
射撃場に到着し、新たに変えた砲弾を持ち上げる装填手の呻き声に、やっぱりかと苦笑する。ただでさえ大きかったティーガーⅡの砲弾が更に大きくなるのだから当然だ。
「そこに居ると撃てないから中入りなさいよ」
「はいはい。お邪魔します」
キューポラから中に入り込めば、ティーガーⅡの車体の大きさのお陰で一人分ならすんなり入る。
「あ、どうも」
少し様子を見る様にお辞儀をする一同に頭を下げ返しながら、見るのは車内の反応。砲手がトリガーを引けば、真っ直ぐに放たれた砲弾はしっかりと狙った場所に命中している。
「具合はどうですか?」
「重さはありますけど、精度は前よりも良くなっている気がします。着弾までの時間も短くなっているので弾速も伸びてますね。今の所は特に問題は無いです」
通信手の生徒がメモ帳を取り出し、片手にはストップウォッチを握って何かを計測していた。恐らくは以前の着弾までの時間との差なのだろう。随分と細かいなとは思うが、勝手の違いを言い出す訳にもいかず、成程と頷くだけである。
「現状の問題は装填時間が少し伸びたくらいね。腕の負担はどう?」
「重くなったのは間違いないんですけど、とは言え以前とはそれほど大きく変わったと言う感じもしません。腕の負担もこれといって問題は無さそうですね、前と変わらずちゃんとケアすれば大丈夫そうです」
「一応は色々と試してみましょう。整備の腕は疑ってないから、後は私達がしっかりとこれを活かしきることが重要よ」
「「「「はい!」」」」
普段はあまり見ないエリカの姿に、感心を覚えると同時に強い纏まりを感じた。黒森峰の強みはこういった団結力もあるのだろう。目に見えて、はっきりと優秀と言える上官から下がそれに素直に従える実力を持つ事で、緩みない一体感による制圧力が黒森峰の強みとも言えるだろう。それぞれ時代に名を遺す名戦車であるからこそ、それによって発揮される力もまた強くなる。そんな時だった。
「あの~」
「……ん? 俺?」
「はい、パンターの四番車から通信が、見入さんにだそうで」
自分に指を向け、頷いたのを確認した後に通信機に繋がったマイクとヘッドセッドが渡された。お借りします、と一言添えて受け取り、ヘッドセッドを装着して声を出す。
「あーあー、こちら実入クルト。自分に用があると聞きましたが、どうぞー」
『実はこっちのパンターのエンジンの動きが何か変なんです。見て貰っても大丈夫ですか?』
「りょーかい、申し訳ないんですけど、車庫まで運んでおいてくれると助かりますー」
『はーい』
「整備の通信?」
「うん、エンジントラブルだって。たぶん中がやられちゃってると思うから点検してくる」
マイクを返し、訪ねて来たエリカに短く内容を伝え、工具箱を持って戦車を降りる。車庫まではそこそこ離れていたが、途中、問題の車両が通りかかって乗せて貰い、そのまま到着すると、エンジン周りを軽く冷やしておくように頼み、クルトはツナギへと着替える為に更衣室に一度戻る。そのついでに、より細かい工具が入ったもう一つの工具箱も持って向かえば、戦車の周りには不安そうにしている五名。
「お待たせしましたー。エンジントラブルの具合はどういう感じですか? 入りが悪いのか、それとも出力が上がらない感じですか?」
「えっと、両方です。上がるには上がるんですけど、なんだか重たい感じがして」
「ちょっと足元失礼します。足回りを念のために確認するんで、離れてた方がいいと思います」
この警告は危ないからという訳ではなく、制服が関係している。つまりはスカートを履いているので、履帯の周囲を見て回ったりするときに過ちが起きては大変な事になるからだ。せっかく築いた信頼も崩れてしまう為の警告である。
「…………ん~、やっぱり外側も内側も問題ないから中身かぁ。よいしょっと」
後部にある点検ハッチを開ければ、冷却されたとは言え軽い熱気が抜け出してくる。耐熱グローブをしっかりと嵌めてエンジンの具合を見るが、本体自体は特に問題は無さげだ。オイル漏れも無ければ、ライトで照らして確認してもボルトの緩み、焼き切れている部位などは無い。と成れば恐らく、排熱とガソリンの循環が上手くいっていないというのが問題だろう。
「ちょっと長丁場になりそうですね。パンターの部品は予備があるんで、ちょっとこの辺の天板まるまる外して中をきちんと見ないとダメそうです」
「そう、ですか。明日には直りますか?! 私達、レギュラーを目指す為にもっと頑張りたいんです!」
「ん~…………うん、大丈夫だと思います。今日は申し訳ないですが、整備にこの車両をお借りしても良いですか?」
「はい! 宜しくお願いします!」
五人から下げられる頭を見て、これはきちんと仕上げないといかんと強く胸に刻む。取り敢えずは不調時のメーターの変化の具合をメモに取り、正常な時との違いを報告して貰ってから、此処から一人、静かだが激しい戦いが始まる。まずは天板を止めている頑丈なボルトを外すところから始まる。がっちりと嵌り込んだボルトを外すのは容易ではない。だからこそ、一メートルはあるレンチを使い、まずはしっかりとボルトと噛み合ったのを確認し、腕を引くのではなく、蹴って踏み倒す様にして外す。ゆっくりとだが外れていくボルトを同じ手順で凡そニ十か所、次に重たい天板を、ミニクレーンで引き揚げ、次は後部の排気パイプを取り外す。
練習を終えて次々と戦車が車庫に戻る中、顔や頬を啜で汚しながらもクルトの整備は続く。
「此処だな、原因は」
漸く見つけた問題の場所は、煤とオイルの汚れがこびり付いて塊となり、それが排気口へと繋がる場所を狭めた事で、熱排気が上手くいかず、エンジンの熱量が上がって動作しにくくなってしまっていた。それ以外にも、オイルタンクを燃やしてエンジンを循環させる際、そちらにも汚れがつまり、一定量のガソリンが流れにくくなっていた。加えて、何年も使いまわしにするので、熱融解でパイプの部分が溶け、そこが固まり汚れを集めてしまう原因にもなっていた。
それらを新品に交換し、漸く天板を再び接着してボルトを締めるだけの段階になれば、時刻は既に十九時。再度、がっちりとボルトを締め上げ、滴る汗を辛うじて汚れていない部分の腕で拭いながら再びニ十か所。これで一連の作業は完成した。
大きく息を吸い込み、思わずその場に腰を落ち着ける。その瞬間に一気に押し寄せる疲れと、体の内側から込み上げる様な熱。少しだけぼんやりとする頭だが、コンクリートの地面を踏む音を捉え、そちらに目を向ければ立っていたのは昼の三人。エリカ、雛芥子、直下だった。
「お疲れ様~、はいこれ」
「あ~、雛芥子さん、マジで助かるよ、ありがと」
渡されたのは、冷えてはいるがやや温さがあるスポーツドリンク。だが、がっちり冷えているよりもむしろこれぐらいの方がクルトは好みだった。手が汚れているのを考慮してか、プルタブを開けていた。一気には飲まず、まずは半分ほど飲み、少し落ち着いてから残りを一気に飲み干した。
「お、良い飲みっぷり。でもお疲れ様、凄い大変そうだったね」
「うん。本当は明日の整備点検もあるしエンジン周りは凄い手間掛かるから、今日明日を使ってゆっくりしたかったんだけど、この車両を担当してる子達が、どうしてもレギュラー入りしたくて明日も使いたいんだって」
「普通は数人でやるもんね~。ほんとお疲れ様だよ、凄い時間掛かったでしょ」
「今回は排熱パイプとか変えたり掃除するだけで済んだけど、エンジンタンクの中までってなったら、夜中まで掛かっただろうね。整備部の三人も明日は他校に出張だったから、楽な方で助かったかな~」
「だからって、忙しいなら忙しいでちゃんと言わないとダメじゃない。アンタの善意を利用している様なモノよ?」
「俺の仕事だからね。出来ないなら出来ないって言うよ」
それに、ああも泣きそうな顔で見られては、断る事など男として出来なかったのだ。情熱を掛けて彼女達は戦車道に取り組み、結果を出そうと必死になっている。なら、それをサポートする身ならばそれに応えたいと思った。
「それじゃあちょっと最終確認してくるから」
汚れた手を水道で洗い、パンターに乗り込んでイグニションをオンにする。しっかりと点火したエンジンを確認し、ぎこちない動きだが、ゆっくりと交代し、車庫の外へと向かう。徐々に徐々に加速を入れ、まずはペダルを踏みこんで最高速からの急停止、エンジンメーターの上がり具合にも違和感はなく、ギアの入りにも文句はない。ぐるりと一周してみたが、メーターの動きは不審な点は無く素直な動きをしていた。慎重に車庫入れをして、工具を纏め、取り換えた部品を一つに纏めた所で、漸く大きく息を吐き出す。
「あ~、疲れたぁ。流石に一人でやるのはきびし~」
「ウチも今日疲れたよ~、ミハエル君はもっと大変だっただろうけど」
「いやでも、直下さんもそうだけど、他の三人だって常に緊張感漂わせないといけないから大変なのには変わりないよ、お互い様お互い様」
「そだねぇ…………あ、そういえば」
制服に着替え、校門を出た時の事だ。雛芥子が何かを思い出したかのように鞄を探る。ややあって取り出したのは何かのチケットが四枚。
「これ、スーパー銭湯の無料入浴券あるから、帰りに寄って行かない? バスタオルと手拭いセットだし!」
「おぉ! いいねー雛芥子さん、俺は行きたい」
「ウチもウチも!」
「私もたまには行こうかしら、気分転換は大事だもの」
四人の意思が統一された事で向かったスーパー銭湯は、大きさもそこそこで湯舟の種類も多く実に人気だった。黒森峰学園の生徒寮の帰り道にあるのも人が多い理由の一つで、更には生徒手帳を持っていれば一律300円での入浴が可能だ。今回の招待券にはタオルセットに加えてドリンク一杯無料とフードメニュー一つ無料という出血ならぬ鉄血大サービス仕様だ。更衣室の前で分かれたクルトは即座に服を脱ぎ、中に入ってまずは最初に体を洗う。掛湯をしてからならOKというタイプもいるが、彼は一応のマナーで体を綺麗にしてから入るタイプだった。
先程掻いた汗とついた汚れをしっかりと落とし、さっぱりした所でまず向かったのはジェットバスだ。勢いよく噴射される水が腰や背中に当たり程よく疲れが解れて気持ちがいい。ある程度堪能した後は電気風呂で足回りを刺激する。ピリピリとした感触と、腕が強張るのが何処となく楽しく感じられる。
次は少しだけ熱めの湯舟に十分ほど浸かった後は滝湯で肩の凝りを解し、炭酸風呂で血行を良くしたところでサウナ。タオルを水でしっかりと濡らして入れば押し寄せる熱気。ど真ん中に座り、設置されているテレビへと目を向ける。海外の戦車道についてニュースが流れており、やはり本場ドイツは激戦区なのか地域ごとでの試合が熱いらしい。戦車道の海外レギュレーションは少し特殊で、ペーパープランの戦車も使用可能という事になっている。
画面ではE100とマウスがまるで男の殴り合いの様に立ち並んでおり、重装甲による壮絶な撃ち合いを繰り広げていた。E100の15cm砲とマウスの12.8cm砲は壮絶の一言であり、更に強化されたカーボンで事なきを得ているが、日本仕様の戦車であれば普通に乗員が死ぬのではないかと言わんばかりの衝撃である。
日本のレギュレーションでは使用不可能だが、あんな大型の戦車が出るともなれば、各学校の戦車道もより激しさを増し、それを見て憧れを持つ人間が増え、人口増加に繋がって良い子とづくめだろう。製鉄産業も盛んになり、街の工場もより栄える。お陰で一時は荒廃していたアメリカのデトロイトも、現在では再び産業が発展して以前とは見違えた様子になっていると言う。
そんな事を考えて居ればサウナに入り過ぎたのか、少しだけ重たく感じる体に焦り、外へと出て体の汗を拭きとり、掛湯でお湯を流してから軽く水を飲む。最後にシメのジャグジーバスで体を休め、掛湯をして風呂をしっかりと堪能したクルトは、ジャーマングレーの髪を乾かし、更衣室から出てカウンターへと向かい、いつも通りノンアルコールのスタウトを無料で受けとる。夕飯時から少しズレた時間だが、それでも人は多い。メニューを見てみるが価格もリーズナブルであり、入浴をしなくても単純に食堂として利用出来る点もあるだろう。
テーブルよりも腰を落ち着けたかったので、ヨーロッパ風な建築が主な黒森峰学園艦の中でも珍しく、畳張りの座敷に座っていれば、ほくほくとした顔で三人が現れた。僅かに上気した顔立ちは普段のあどけなさを打ち消し、少女を女性へと変える魔力があった。
特に、西洋人の様な顔立ちのエリカの頬に紅が見える様は周囲の男の目線を釘付けにしてしまう程の魅力がある、だがクルトからすれば何度も見た顔には違いなく、のほほんと風呂上りで穏やかな表情のまま手招きをするだけであった。
「いや~、久々の銭湯もいいね~。珍しく長風呂しちゃった」
「ウチも~。雛芥子とサウナで張り合ってたらのぼせかけた~」
「いや、普通に危ないからやめようねそれ」
雛芥子などそのまま倒れ込んで畳に頬を添えてしまっている。スカートなんだからと直下が使用済みのタオルを添えて居なければ大惨事が起きていただろう。
「何食べる? 俺はもう腹が減って大変な事になりそう」
「具体的にどうなるってのよ」
「爆発する」
「えっ」
その言葉を聞いて、突如目の前で爆発したクルトを想像したエリカは、何故か知らないが変な笑いが込み上げた。普通であれば語る事すら忌むべき惨劇の筈だが、どうやら彼女の頭の中ではコミカルな爆破だった様子である。大方爆炎の後はアフロ姿のクルトでも想像しているのだろう。
「ウチは皿うどんにしよ」
「あたしは豚骨醤油ラーメンとチャーハンのセット。クルトは?」
「黒コショウトンカツのご飯山盛り。そんじゃカウンター行ってくる」
「いや、待ちなさいよ。私の分は?」
「聞かなくてもどうせ鉄板ハンバーグセットじゃないの?」
メニューにでかでかと載っている、グリル皿に乗せられた熱々のハンバーグ。逆に他に何を食うんだという、馬鹿な事を言うなと言わんばかりの視線が一気に三つ飛来する。しかし忘れてはいけない、既に昨日クルトの家でハンバーグを食べており、流石に二日連続、消費したカロリー量を鑑みても流石にダメだと判断した様子だ。
「…………サラダうどんとピルスナー」
「は?」
「フフ……へただなぁエリカ君、へたっぴさ。欲望の開放のさせ方が下手!」
ざわ、ざわ、と急激に変化する周囲の雰囲気。何故か直下と雛芥子の鼻が鋭く尖った様に見えてしまうのは風呂上りでのぼせているからなのだろうか。否……ッ! これこそが真実……ッ! 心の内を見透かす破魔の鏡……ッ! 悪魔の囁き……ッ!!
「エリカが本当に欲しいのは、これ! 鉄板焼きハンバーグ! 少しだけ赤身の部分を熱々の鉄板でジュワっと焼いて、肉汁溢れるハンバーグを冷えたピルスナーでやりたいんでしょ?」
「だけど、それだとあまりにカロリーが張るから、こっちのしょぼいサラダうどんでごまかそうって言うんだ」
「こら、しょぼいとかいうのは失礼でしょ雛芥子さん」
クルトの忠告も無視し、なおも続く囁き。
「そういうのが実にダメ! せっかく冷えたピルスナーとジューシーなハンバーグでスカっとしようってときに、その妥協は浅ましすぎる! そんなのでご飯を食べても美味しくないぞ~?」
「嘘じゃない、かえってストレスが溜まる! 食べられなかったハンバーグがちらついてさ……全然スッキリしない。心の毒は残ったままだ、自分へのご褒美の出し方としては最悪さ……エリカ」
「贅沢って奴は……小出しにしちゃダメなんだ……やる時はきっちりやった方がいい……それこそが次の節制への励みになるってもんさ……違うかい?」
「うぅ…………ううぅっ………………鉄板焼きハンバーグとピルスナー……」
「はいエリカ君鉄板焼きハンバーグとピルスナーおかいあげー!!」
何だこの茶番は、そう思うが敢えて微笑ましく見守る事にした。飲み物に関してはいつもので決まった三名のメニューを頭に浮かべ、カウンターで注文した後は、入浴券にスタンプを押してもらい、呼び出しの機械を受け取って座敷に戻る。既に直下も雛芥子も普段通りで、やはり先ほどのは幻視か何かだろうという事にしておいた。
ハンバーグを食べ、しっかりと堪能したエリカの表情は、悔しそうにしながらも、やはり満たされた様な表情の方が強かった。
因みに翌日、自分達の取ったカロリーに気が付き、自己嫌悪する乙女が三名居たらしいが、それについては語らないでおこう。
最後の最後で何でふざけた。これはピロシキ案件