ミハカスまたやったなこいつ
パンター7輌、ティーガー2輌、ティーガーⅡ1輌が一回戦の黒森峰の配分となった。開催場所は丘陵地帯で可もなく不可もなくといった具合。
クルトは現在、各校の関係者が立ち入り出来る専用モニターの前で、整備部の三名と共に座りながら試合が始まる瞬間を待っていた。一般観客席には多くの人が詰め込まれており、まるで人気野球チームやサッカーチームを応援するのと変わらない熱気が籠っている。
当然、黒森峰に対する応援も多いが、その一方で継続高校に対しての応援の声も多い。というのも、黒森峰の戦いは人によってはつまらない、と感じる事がある。その理由として、シンプルにして王道、統制の取れた編隊の元、目の前に立ちふさがる敵を策ごと撃滅するというスタイルであるが故に、奇策やどんでん返し、というのが基本的に無い。
その一方で、継続高校はまさに真逆。いかに相手の裏をかき、意表を突き、自らのペースに持ち込めるかという戦法の為、見ている側は、どういった動きをするのかと次の一手を期待させられるのである。
とはいえ、強豪校相手ではそれなりに激しい打ち合いをする事も多いので、揺らぎのない編隊行動に美を感じる者も多い。統一された射撃は圧巻の一言で、何より、国内でも有数の大口径主砲を持つ戦車を多く保有しているので、その圧力はまさに壮絶な物となる。
「さぁて、そろそろだな」
右に座るリッベントロップが、ノンアルコールビールを片手に始まる瞬間を待ち構えている。整備部が此処にいるのは、もし撃破された車両が居た場合は即座に、一人ひとりが点検を行って修理部位を判別し、校舎に持ち帰ったら即座に修復する為である。
「ミハエル、悪いけどなんか食い物買ってきてくれねぇか?」
「良いですけど、何か希望は?」
取り敢えず適当でいい、という言葉を貰い、お金を手渡される。とはいえ、今から外の出店に買いに行くのも距離が掛かり、下手をすれば試合が始まってしまう可能性があった。
「あぁ、買いに行くなら、後からサンダースの試合始まるから、向こうの学園の所行けば出店やってるはずだぜ。ついでに好きな物買ってきていいぞ」
「あぁ、そういえば。分かりました、行ってきます」
受け取ったクルトは、ツナギを腰までファスナーを降ろし、上半身部分を脱いで熱を外へと逃がす。臍の下部分で袖を結んで固定すれば、吹き抜ける風が涼しさを齎す。
サンダース高校の出店に入れるのは実を言えば戦車道関係者だ。だが、家族や生徒の友達であるならば例外として許可を与えられており、それ以外にも他校の生徒が観光気分で訪れる事も多い。それだけ人気がある秘訣は、訪れた瞬間の活気で即座に判断出来る。
大半は当然ながらサンダース高校の生徒だが、中には関係者であろう人物が話し込んでいるのも見える。アメリカ人の命でもあるハンバーガー、ピザ、ホットドッグ、マカロニチーズを基本に、ブリトー、フライドチキン、フレンチフライ、チリコンカン、パンケーキ、ドーナツ、パイ、アイスクリーム、クレープなど様々だ。
それだけではない、シャワールームが搭載された車から理髪店、マッサージ等、もはやリゾート施設と何ら変わりない様相となっている。初めて訪れた光景に流石にクルトも度肝を抜かれ、ただ茫然と立っていた時の事だ。
「Hey! Excuse me, Sir? You seem lost, May I help you?」
突然、背後から掛けられた英語に振り向けば、綺麗な、ウェーブがかかったブロンドヘアーの女子生徒が立っていた。青い瞳をキラキラと輝かせ、明るくて活発そうな人だというイメージをこれでもかと押し出している。
「oh sorry.it's no Problem.a~……I was overwhelmed with other people」
「Thanks bro! If you want, I can just show you.?」
少し考えているクルトに対し、目の前の金髪の生徒は突如として笑い出した。何事か、と茫然としていれば、その女子生徒はごめんなさい、と流暢な日本語を発していた。
「ごめんなさい、なんか普通に英語で会話してるせいで、此処日本なのに変だなぁって思っちゃった!」
「というか、日本語出来るんですね。サンダース高校ってアメリカから留学する生徒も居るので、普通に外国人だと思っちゃいましたよ……」
「ハーフだから半分当たりね! 私はケイって言うの、それで、君はどうする?」
どうする、というのは先ほどの会話の内容だろう。道案内というよりは、数多く店が並ぶ中で、オススメを紹介しようか、といった気軽な感じの当たりである。
「それじゃあ、お願いしようかな」
下手に色々見て悩むぐらいなら、慣れている生徒に聞いた方がはずれは少ないのは間違いない。
「OK! 因みに何をお探し?」
「あ~、特には。なんか適当につまめる物って感じかなぁ」
あの場の雰囲気を見て、まず感じたのは居酒屋も同然だ。ノンアルコールビールで誤魔化してはいるが、もしこの後に整備がないと分かっていれば間違いなくアルコール入りのビールの飲んでいるのは確実と言えた。年齢を考え、そこまで脂っこくないものを、と考えたが、意外や意外、整備部の三名は本場ドイツの人間そのものなので、割と重いラインナップでも平気なのである。
「ふぅーむ、結構ガッツリって感じ?」
「まぁそうですね」
「それじゃあ、こっちね!」
ケイの後に着いていけば、そこにあるのはド定番なホットドッグだ。とはいえメニューの内容は豊富で、王道のシンプルな物に加え、チリドッグ、シカゴ風、ロサンゼルス風、モンテリオール風、シアトル風、メンフィス風、アイダホ風、クリーブランド風と種類豊富である。
「……沢山あるんだね」
「もちろん! シンプルイズベストには変わりないけど、たまには違うものも欲しくなるじゃない? ここでのオススメはシカゴ風と南米系のチリドッグね! シカゴ風は野菜たっぷりだし、チリドッグはチリミートがたっぷりでもう止まらなくなるわね!
後はサイドメニューのコールスローとマカロニサラダ、定番中の定番のフレンチフライにオニオンフライと組み合わせは色々あるわよ!」
想定外の事態に、一件目で充分では、とクルトは思い始める。どうやらケイは顔なじみの様で、売店の車に乗る生徒はどれも美味しいよ! と大声で勧めてくるので余計に悩むのだ。
「取り敢えず、頼む物は決めたから別のお店を紹介してもらってもいいかな? 他の店で悩んでたら折角の料理も冷めちゃうし」
「成程! それじゃあ次は、こっちね!」
次に歩いた先は、実に分かりやすくフライ系のお店だ。実に食欲をそそる匂いが空きっ腹を刺激する。
「まぁ、見ての通りの店ね! 私がオススメなのはこのホットチキンと、あえて和風の山椒クリスピーチキンね!」
「おぉ、これは美味そう」
次に、次に、と選んでいれば、大会開始十分前のアナウンスが響き渡る。もう少し回りたかった所だが、残念だが今回は先ほど選んだ二つの店で済ませる事にした。
「残念、時間があればもっと見て回りたかったんだけど」
「ありがと! なら、次は学園艦にも遊びに来なさいよ、もーっと沢山の楽しいお店がいっぱいなんだから!」
「それはちょっと楽しみだな……よし、夏休みにでも遊びに行かせて貰いますよ」
「夏休み? あれ、生徒だったの?」
「あ、そういえば自己紹介まだでした。黒森峰高校整備部、見入クルトです」
「お~、黒森峰ねぇ。それで急いでたんだ、成程成程…………はいこれ!」
ケイが紙に書いて、クルトへと手渡したのは携帯の電話番号とメールアドレス。あまりにもざっくりとし過ぎて大丈夫なのかと不安になる。が。
「大丈夫! こう見えても人を見る目は確かだから! もし学園艦に来たなら案内するわよ! その時はお礼にバーガー一個で良いわよ!」
「成程、成程。案内、ありがとうございました。また何処かで」
「もう、夏休みに会うんだから学園艦で、でいいじゃない! 湿っぽいわねー」
「すいません」
どうにも、ノリと勢いは強いが悪い女子生徒ではないのはクルトも既に理解していた。向こうも変に下心も無ければ疑う事もなく、竹を割った様な性格で人気者なのだろうと理解する。通りすがり、彼女へは男女関係なく挨拶が飛び交っていたのが証拠だ。
その場でケイと別れたクルトは、先ほどの売店で選んだ料理を頼み、ケイのよしみで揚げ物は出来立てを貰って袋を両手に持って戻る。
「おー、戻ったかクルト」
「いやぁ、凄かったですねサンダースの売店。普通にレジャー施設と変わりないですよ」
「だろうな。あの場所は緊張感を抜くにはちょうどいい場所だから、お前さんも楽しんでいけ」
全員が座るテーブルの上に買ってきた物を載せていく。チリドッグとシカゴ風ドッグを二つ、ホットチキンと山椒のチキンがそれぞれ四つ、山盛りのフレンチフライ、コールスロー、サラダとまるで夕食の様なラインナップである。
「お、ステーキは流石に買ってこなかったか」
「まだ食べるんですかカリウスさん」
「勿論、日本人と違って俺たちの胃は頑丈だからな!」
大きく笑うカリウスに、リッベントロップとヴェンドルフが頷く。
「まぁ、試合見ながらつまむ量にはベストだな。マッシュポテトがあれば最高だったんだがな」
「あ、そういえばそれ買うの忘れてました、すいません」
「おいおい、頼むぜ? なーんて、冗談だよ」
ヴェンドルフがノンアルコールビールを大きく飲み込みながら、右手にシカゴ風ドッグをもってかぶりつく。ししとうを焼いた物に、スライストマトと輪切りのピクルス、刻んだ玉ねぎがたっぷりと乗って実にボリューミーだ。ソーセージが隠れんばかりのソレは、かぶりついた瞬間に野菜の旨味がじゅわりとあふれ出し、フレッシュなトマトとピクルスの酸味、玉ねぎの僅かな辛味に、ケチャップとマスタードが絡まり、肉厚なソーセージはしっかりと自己主張を忘れない。
一方のチリドッグは、挟んでいるパンがひたひたになるほどのチリミートがたっぷりと乗っており、細かく刻んだハラペーニョと玉ねぎのアクセントは最高といえる。その辛さと刺激によって、思わずクルトの大好物でもあるスタウトを一気に飲み干してしまうほどだ。
「お、良い飲みっぷりだな。うん、このホットドッグ美味いな」
「あぁ、こっちのシカゴ風なんて野菜がこんだけあるのにソーセージまで美味いと来た。アメリカのジャンクフードなんて言ってられねぇな」
ヴェンドルフの想像では、アメリカのホットドッグに使われているソーセージは皮無しのあまり歯ごたえがない柔らかいタイプだと思っていた様だ。とはいえ、ケミカルカラーのドリンクやスナックやケーキがあるアメリカと言えど、そこに関しては譲れなかったのだろう。
「お前ら、食ってばっかりじゃなくてモニターも見ろ」
一方のリッベントロップは溜息をつきながら、フレンチフライを齧りつつモニターを凝視していた。
『それでは第一回戦、黒森峰学園対継続高校の試合を開始します」
上空に放たれた開戦を告げる花火が小さく開くと同時、両陣営の戦車が動き出す。まずは黒森峰、こちらのスタート地点は中央を森林で真横に区切られた丘陵からのスタートである。
選んだのは左側にある丘陵を超え、視界の悪い森林地帯を避ける事にした。いかに王道の戦いをするとは言え、無駄な犠牲を出す必要など無い。抑えられる被害は抑えるのがベストであり、加えて自分たちが戦いやすい陣地を選ぶのもまた、戦上手の基本といえる。
一方の継続高校、使われている戦車は主にユーラシア北国と北欧の戦車が主流で、数は少なく最低数の5輌。BT-42が二輌、KV-1が1輌、Ⅲ号突撃砲 が1輌といったラインナップだが、注目を集めているのはなんといてもISU-152という戦車だ。主砲の口径が152mmと戦車の名を冠する物を持ち、戦車に搭載される主砲口径の中でも最大クラスと言えるだろう。
分類上は自走砲でもあるが、駆逐戦車としても分類され、天板がついているのでレギュレーションには違反していない。走破性も重量に対して申し分無く、唯一の懸念点は榴弾砲なので狙った位置に当たりにくいといった点だろう。とはいえ、その一撃はたとえパンターやティーガーであろうとも致命的であり、圧倒的な硬さを誇るティーガーⅡやヤークトティーガーですらも大ダメージは免れない。
仮に撃破されなくとも、爆破のダメージで足回りがやられたりエンジンを破壊されて、結局は撃破判定にまで持ち込まれるので、それを仕込んでいるであろう森林地帯を避けるのは当然の判断とも言えた。
さて、一方の継続高校側。こちらはゲリラ戦を仕掛ける為に各車両が幅広い位置に散会。自分からの見通しは良く、相手からは悪いという場所をきっちりと選んでいる。ここで動いたのは虎の子であろうISU-152だった。
「あのISU、動き面白いな」
「ほんとだ。エリカ達が西側通って森迂回してるのに、逆に森の中突っ走ってる」
「全体が見えてるから読める手段だが、面白いな」
「面白い、ですか?」
「あぁ、奇抜な動きってのは大した策は必要ない。単純に、相手の裏を掻くだけで成功なんだ」
「この場合、本来は正面から待ち構えている、もしくは奇襲する為に伏せているはずのISUを森に走らせて、丘陵を抜ける位置を狙撃するつもりだろうな」
「……見晴らし悪いですけど、そんなこと出来るんですか?」
リッベントロップがISUを動かした意図に気付き、カリウスがクルトの疑問に対して答えた。
「あの戦車、分類上はなんだったか分かるよな?」
「えと、自走砲ですよね? ……このルート、もしかしてあの主砲でやるんですか?」
「やるだろうなぁ。んでもって、これは刺さるぞ。俺たちの学園は威力偵察に割ける戦車はパンターしかないからな。最初から森を捨てるならその位置に走らせたところで敵の位置が見えずに撃破されるだけだ。撃破報告である程度の場所を絞れるかもしれないが、不確定要素は戦況を曖昧にする。それで足並みが崩れるくらいなら、狙った陣地に到着した後の丘陵地帯の偵察って所だろうな」
「じゃあ、継続側が森に隠れてたらどうしようもないんじゃないですか?」
「それもあり得んよ。戦車のタイプからしてⅢ号以外はどれも主砲口径はデカイ。デカイ分、森は逆に射撃の邪魔になるうえに障害物が多過ぎる。これで高機動戦車ならそれもアリだが、全体を通しても装甲でゴリ押し出来る。問題は全く動いてないフラッグのBT-42だ。何考えてんだ? ありゃ」
モニターで戦況を分析する一方で、黒森峰側は未だに動きのない相手に対して怯える、という事はなく、ただ粛々と戦車を前に進めるだけだった。
「隊長、森への偵察は出さないんですか?」
「エリカ、森は最初から戦場ではない。相手は確かにゲリラ戦を得意としているが、そもそもの数が少ない。戦う場所を固定していれば包囲殲滅の的になるうえに、森も広いとは言えない。あれでは逆に居場所を狭めるだけでなく、射撃の邪魔になる障害物のせいで首を絞めるだけだ」
「了解しました」
エリカとしては、現在地から東側に存在する森を警戒すべきだと声を上げた。しかしまほは、早々に見切りをつけるべきだと判断したのだ。
現在行われている試合は何百年、何千年前の戦とは違って定石や戦法は誰でも簡単に調べられる時代となっている。そうなると、王道パターンはむしろ自分の首を絞める事となってしまう。お互いがお互いの裏を掻き、一瞬の有効打を勝利の流れへと持っていく為にとるべき行動は、自分を疑わない事である。
裏目に出たらどうしよう、ではなく、そうなった場合はいかに冷静に対処出来るかだ。故にまほは疑わない。まっすぐ進み、敵が見えたら撃滅するのみ。背後からの奇襲など既に頭の中でパターンを構築している。故に、キューポラから顔を出しながらマップを見つめていた最中、微かだが確かに耳に響いた砲撃音と同時に号令を出す。
「全車、左に動け」
するりと、不自由なく全車がまほの号令に続く。発射音からのタイムラグと、砲撃したであろう戦車の主砲が着弾する時間を想定した結果の動きだ。右はちょうど丘陵地帯へなだらかに続く道だが、左は逆に少しだけ切り立ったポイント。だが、迷いなくそちらに進んだ結果、飛来した砲弾は右側、そちらに回頭すると予想しての一撃だった。
もしこれで指揮系統に歪みがあり、回避運動で隊列が膨らんでいたら落伍車が出てもおかしくはない一撃。逆に言えば、相手の射撃制度の高さも馬鹿にならないという事だ。
「スポットしてないのに飛ばしたってことは予測撃ちか」
一連の動きを見ていたリッベントロップが呟いた。
「モニターだと継続はちょうど反対側に位置取ってるから、そこから進行速度を逆算したのか。だとしても俺たちで調整した、期待スペック通り速度は出るパンターじゃなく、ティーガーに合わせた進軍速度を狙ってきたな。誰かは知らんがなかなかにやる」
「よくわからないですけど、凄いんですか?」
「着弾までの時間、移動ルート、地形この三つが合わさっても自走砲っていうのは本当の力を発揮しない。自走砲が本当に強いのは観測手があってこそだ。それが居ない状態であれだけの至近弾を撃ち込めるんだ、相当な自信があるか、指揮を執ってる奴の頭がキレるかのどっちかだろうな」
「成程。お、継続側が動きましたね」
「あぁ、これまたとんでもねぇ事しやがる。正面衝突でもする気か」
次に動いた継続側の車両はあえて、黒森峰が進むであろう正規ルートへと集まり始める。ISUは森の側面で待機、そこからは残りのKV-1とⅢ号突撃砲とBT-42が雁行の陣形の様に、斜めに配置された。そしてリッベントロップが呟いた理由の、残るフラッグ車が黒森峰陣営に突撃を始めたのだ。
「大和魂でも乗り移ったんですかね」
「流石にそれはねぇだろ。真正面からぶつかって、掻きまわす方法でも思いついたんだろうよ」
味方であるはずの黒森峰側だが、継続高校の一手が気になって仕方がない。走る勢いを殺すことなく進んだBT-42はやがて、黒森峰の戦車を捉えた。それはつまり、エリカやまほ達もそれを視認したことになる。
「戦力差に絶望してヤケになったのかしら。まぁいいわ、照準合わせて」
嘲笑う様に呟きながら、エリカは車内に指示を飛ばす。他の車両も主砲を一点に集中し、ただ呆気なく終わる。かに思われた。
まるで砲撃の瞬間を読んでいたかのように突如として蛇行を始めたBT-42の脇を砲弾が通り過ぎて行った。十輌中、全車の攻撃を回避したという事に会場からは驚愕の声が上がる。まるでスポーツカーの如く動き回るBT-42は既に間合いに入っていた。
「ちょっと! 装填まだなの?!」
「まだ、かかり、ますよ!」
一方、距離を徐々に詰めてくるBT-42を見てエリカは焦りを浮かべた。それもそうだ、普通であればあの斉射によって沈んでいるのが当然。だというのに、無駄な事だといわんばかりにすり抜けたBT-42は逆に攻撃のチャンスを得ている。フラッグ車であるまほのティーガーの足を止められでもしたらその時点で終わりだ。故に、陣形が乱れ始めた。
「お~お~、マグロに追っかけられてる小魚みたいになってんぞ」
「笑いごとじゃないですって!」
BT-42は主砲をティーガーへと向けていたが、間一髪で装填を終えたパンターの一撃に阻害されてルートを変える。だが、しっかりと別の車両に照準を合わせた砲塔は、戦車の命でもあるエンジンを、すれ違いざまに的確に打ち込んだ。小さな爆発と共に起こる火災、先に白旗が上がったのは、黒森峰側のパンターであった。
「あー!!!! エンジン!! 整備大変なんだぞ!!!」
「落ち着け落ち着け」
一方で、明らかに被害箇所が見えた瞬間、クルトは椅子から立ち上がって声を上げた。エンジンは戦車の心臓。そんな場所に砲弾を撃ち込まれては堪ったものではない。この後の整備を考えて暗くなるクルトだが、それで終わらない。
糸の合間を縫うようにして動き回るBT-42は確実に、焦らずしっかりと一輌ずつを喰らっていく。それに追従する形で森林部分からの支援砲撃。ISUの一撃を側面に喰らったパンターは、下手すれば死ぬのではないかと言わんばかりの衝撃と爆炎が包み、二転三転と転がってから白旗が上がる。
間違いなく流れは継続高校にある。王者黒森峰のこの状況に会場は熱気に包まれた。一方で空気が死んでいるのはクルトである。
「なんだ、ギャンブルで全額飲まれたみてぇな顔になってんぞ」
「ほっとけカリウス、後で嫌でも現実を見るハメになる」
クルトの絶望はさておいて、黒森峰側も負けていない。
「全車、まずは落ち着け。パンターは二輌で敵のフラッグ車を追走、撃たせる暇を与えるな。残りは森林地帯の敵車両に集中、エリカ、敵のISUはお前に任せる」
「了解!」
敵は上手く黒森峰の弱点を突いた。それは、黒森峰は完全なトップダウン制になっている指揮系統であるが故に、突発的な事態に個人が対処し辛く混乱するという点だ。そして指示待ちをしている間に敵に撃破される、というのが今回の出来事。
仮に個々を重んじているのであれば、こういった事態に対してもまた柔軟性をもって対処出来ただろう。それができないのは、黒森峰では個人プレーを考えていないからである。多少なりとも個性はあるが、一つの枠組みに嵌められた時点で潰えてしまう。加えて、学園艦の風潮でもある質実剛健を重んじる生徒が多いからこそ、上の命令に縛られるという弱点があった。
だが、そういった事態を想定出来るにも関わらずなぜ常に何故トップダウンか、それは隊長に任命された者のカリスマと確かな腕を信頼することによる編隊行動を重視しているからだ。一瞬の迷いも一つの号令で引き締まる。それこそが逆に、黒森峰最大の強み。
【砲撃させない、近づかせない】という命令に純粋に従う為、砲撃ではなく運転に集中したパンターはしっかりと先ほどのBT-42を追い出した。そうなると、露出した残りの戦車に火力が一斉に集中する。
まずは足の遅いKV-1とISUに砲撃が集中する事で一瞬で撃破。平べったい形で隠蔽する為の迷彩を施しているⅢ号突撃砲もまほのティーガーに撃破され、フラッグ車ではないBT-42も落とされた。
そうなれば残るは最後のフラッグ車のみ、まるで殲滅戦の様になってしまったが、手間の掛かる相手にはそれ相応の対処をすればいいだけ、と言わんばかりに、ただ涼し気にまほは指示を続ける。
「砲撃にタイムラグを作れ、同時間隔に撃ってはまた回避されるだけだ。パンターは1号車、3号車、4号車は足回りを重点的に狙って潰せ。残りの車両でティーガーⅡの射線に誘導しろ。
エリカ、この中で砲弾の速度が一番早いのはティーガーⅡだ、相手は癖のある動きだが、やれるな?」
「勿論です」
隊長に信頼されている、ただそれだけで力が湧いてくる。味方の砲撃と敵の動きをしっかりと把握しつつ、その瞬間を逃さない。
森に逃げ込もうとした所に釘を刺され、相手の車両が縦に見えた瞬間、トリガーを引いた。まっすぐに素早く飛んだ砲弾は車体後方に突き刺さり、白い旗が上がった事で一回戦の勝利は黒森峰の物となる。
「…………主砲、曲がってる。エンジン、吹っ飛んでる。装甲板、めくれてる。うへ、うへへへへ、うへへへへへへへ」
一方、この後の忙しさを想像して絶望している者がいるなど、その場に居合わせた者以外は誰も知る由もなかったのであった。
次かその次当たりで正式にエリカルート入ります。ちょっと速足に見えるかもしれないけど許して、許して……ミハカスは許すな