trpgダブルクロス:天開司卓「Certification of Hero」 作:夏目ヒビキ
「クソッ……!」
コミヤはソファにドカッと腰を掛け、その足を乱雑にテーブルの上へと投げ出した。表情から――というか、後ろ姿だけで殺気立っているのが良く分かる。
森藤を逃がした後、一旦東京タワー内のN市支部に戻ったコミヤ達一行。しかし、当然いい気持ちのする帰還ではなかった。
敗走。嫌でもその単語が頭にチラつく。森藤涯。彼をみすみすと逃がしてしまい、結果的になにも為せなかった事実事態がどうしても許せないのだ。
そんなコミヤの横で俯いている蒼羽とシュン。彼らの胸にも同じくなんともいえない感情が渦巻いていた。
重苦しい雰囲気の中、蒼羽がはじめに口を開いた。
「あの・・・・・・シュン君?」
「なんだい?」
「森藤の姿を見て色々思ったんだけど・・・・・・あれっていわゆる、私みたいな力を得てしまった――ってことなのかな?」
「まあ、そうだろうね」
「――だよね。でも、あんな森藤初めて見たし・・・・・・」
蒼羽は俯いた。彼の様相を反芻し、ただただ考える。
「元に戻す方法って、あったりするのかな?」
「残念だけど。オーヴァードが元の人間に戻った事例は、僕の知る限りでは一つも無い」
「そう・・・・・・だよね」
一縷の望み。だが、それも即座に砕かれる。無常にも彼は有識者だ。どうしようもない。それでも。
「――どうやったら助けられるかな?」
シュンを真っ直ぐに見つめる蒼羽。澄んだ瞳には曇りは一点も無い。それに応えるようにシュンも言葉を返した。
「彼を元に戻すことはできないが――僕やコミヤをみてもらえれば分かるように、こうして普通に暮らすことだってできる。だから後は気持ちの問題だ」
そういいながらシュンはコミヤを、そして窓の向こうを一瞥する。
「さっきは彼も、ああいう風に逃げ出してしまった。僕には止められなかった。だが、君なら――話せば、分かってくれるんじゃないか?」
自分よりも背も年齢も下の少年の言葉。だが、その言葉は確かに重みをもっていた。私なら――そんなこと、できるのだろうか?もう一度拒絶されてしまったら?
「でも、私は力を使ったところを見せてしまったから――」
言い訳が口から溢れてくる。こうやってまた、自分には何もできないのだろうか。
「私が行ったら、また森藤は怯えちゃうんじゃないかって――」
もううんざりだった。結局こんなのばっかじゃないか。
うじうじするのはもう止めにしようって思ったはずだ。ヒーローに、なるんだろう?
「んー!!!!しっかりしろ蒼羽!!!!」
自分で自分の言葉を遮るように、自分の頬をペシペシと叩く。気合が足りてない。
「森藤と私は友達だから、ちゃんと話し合ったらわかってくれるし、気持ちも変わると思う!!!多分!!!」
息を大きく吸い込んだ。もう一度シュンの目を真っ直ぐ見据える。
「私は、森藤を守るためにも変わらずついていくよ」
シュンはうなずいた。
「――だから、今後どうするかを話し合いたいな」
揺るがない決意。迷いはなかった。
「君は強いな・・・・・・」
そんな風にシュンはボソッと独り言つと、椅子から立ち上がった。
「よし。じゃあそうと決まったら作戦会議だ」
「うん!・・・・・・あっ、コミヤもちゃんと参加してね!」
唐突に――というか自然な流れのはずなのだが、一人悪態を吐き続けていたコミヤに会話が飛ぶ。当然のように苛立っていたので、つっけんどんに返事をした。
「私もなのか?関係ないだろう」
「えー!仲間じゃん!一緒に頑張ろうよ!!!!」
「なっ・・・・・・仲間――」
狼狽するコミヤに、シュンが追い討ちをかける。
「はい支部長命令でーす。参加してくださーい」
「――はいはい」
不満そうにも、しぶしぶうなずくコミヤ。なんだかんだ言って、コミヤもここのことは嫌いではないのだ。
必要な面子も揃ったので、シュンが早速話をきりだした。
「――さて、まずは森藤を追いかけるのが先決だけど・・・・・・情報が少なすぎるからまずはそこからだね」
そういうと、デスクの上に置いてあったメモとペンをとり、見た目相応の若干崩れた字で文字を書きだした。
・蒼羽の友人について
・黒幕について
そんなことが箇条書きで書いてある。
「多分突き詰めるとこの二点が今必要な情報になると思う。蒼羽の友人・・・・・・っていうのは、もちろん彼、森藤涯のことだね。行方とかを探ることになると思う。そして、もう一つの方なんだけど――」
「黒幕、か」
コミヤが口を挟んだ。
「そう。あの〈ディアボロス〉の様子から察するに彼に指示を出してる人間が居るはずだ。おそらくそいつが、今回の事件の黒幕になると思う」
「なるほど。役割分担は?森藤のことなら私が調べるけど・・・・・・UGNでも手を焼いてるんでしょ?」
「ああ、それなら僕がなんとかするよ。データベースとかにも探りを入れてみるし・・・・・・
「――そっか。わかった。コミヤは?」
「・・・・・・好きにしてろ」
コミヤはそっぽを向いた。
「な・・・・・・」
「とりあえずほっといてやって。そのうち機嫌も直るから」
「はーい」
すこし残念そうにする蒼羽。この中で一番冷静なのがシュンという絵面もおもしろい。
「とりあえず行動開始としようか。コミヤは別件を任せるから蒼羽は気にせず行ってきてくれ」
「りょーかい」
蒼羽は頷くと、扉を背にして出て行った。残ったのはコミヤとシュンの二人だ。
「いいのか?蒼羽を単独で動かして」
「うん。・・・・・・それに、好きにしろって言ったのはコミヤだろ?」
シュンはそういいながら、デスクに座り、パソコンを立ち上げる。
「なっ。それは――」
その横でコミヤがうろたえると、シュンは少し微笑んだ。
「ハハッ。冗談だよ。蒼羽なら安心――というか、多分敵の狙いは蒼羽じゃないから、危険は無いと思う」
「・・・・・・ほう?」
「ああ。なんとなくだけど、敵の本当の狙いは彼、森藤のほうだと思うんだ。根拠は――まあ、直にわかるよ」
「・・・・・・」
コミヤは少し唸ると、再び腕を組み目を瞑った。シュンはノイマン。思考では完全に常人の域を超えているので、度々このように推理において置いていかれることがある。もうなれっこなので何も言わないのだが、どれだけ賢くてもガワは小学生だ。コミヤのプライド的には複雑な気分である。
「ああ、そうだ。コミヤに頼みたいことなんだけど・・・・・・」
「ゲッ」
「そこで寝てて言い訳ないだろ。とりあえず物資の買出しを頼む」
「マジで言ってるのか?ウチの支部の予算って確か――」
コミヤが言ってはいけないことを言おうとしたので、当然シュンは遮るように言葉を被せる。
「あんまり働かないと、日本支部長に――」
「ああ分かったよ!行ってくればいいんだろ?!行ってくれば!!!」
コミヤは逃げるように支部の扉を乱暴に開けて出て行った。反動で勢いよく閉じたドアが景気よく音を立てる。
「ハハハ・・・・・・」
今のはコミヤを動かすときにちょくちょく使う常套句である。普段誰に対しても傍若無人な態度をとるコミヤだが、霧谷雄吾――またの名をリヴァイアサン、あるいはUGN日本史部長――には別である。理由は割愛するが、彼はコミヤの大恩人であり、特別な感情を抱いている。
(さあ、仕事をしようか。時間ももう無い)
シュンはそう言うと胸ポケットのココアシガレットを出し、口に咥えた。
♢
「ただいまー!」
その言葉と同時に扉が開いた。快活そうなこの声の主は――間違いなく蒼羽だ。
「おかえり。どう?成果はあったかい?」
パソコンに向かって座っていたシュンが顔を上げた。手元に置いたオレンジジュースの水面が静かに揺れている。
「うん!それなりに!!ついでに怪我用のガーゼとかも買ってきたよ」
「おお、ありがとう」
シュンが鷹揚にうなづくと、再び事務所の扉が開いた。先ほどよりかなり乱雑だ。
「おい神宮寺。どういうことだ?予算下りなかったぞ」
「だよねえ・・・・・・お疲れ様」
コミヤは先ほどよりも苛立っているようだった。
「だよねえ・・・・・・じゃない!お前支部長だろう?!どうにかならないのか?!」
蒼羽が口を挟んだ。
「え?なに?どうかしたの?」
シュンはなんとも言えない表情で目を逸らした。
「いや、なんでもないよ。なんでもないんだ。なあ、コミヤ」
「ああ。ウチの支部は死ぬほど貧乏だからな。どうやら医療器具もまともに買えないらしい。本当にこれだからUGNは――」
「はいコミヤさん失言はやめましょーねー」
「チッ・・・・・・」
コミヤは例によって例の如く舌打ちをすると、そっぽをむいた。
「――さて。時間も無いので情報の共有からいこうか」
ようやくシュンは椅子から立ち上がり、中央の机へとやってきた。
「どうしようか。とりあえず――そうだね。蒼羽からでいいかい?」
シュンの言葉を受けて、蒼羽は真っ直ぐにうなずく。
「おっけー。私は森藤について調べてきたんだけど・・・・・・そんなに対したことじゃないけど、一応。オーヴァードに覚醒する可能姓があって、そのFH?ってのに狙われてる――らしいよ。まあ、分かりきったことだけど。それだけ」
「ありがとう蒼羽。まあ憶測が確証に変わったくらいだけど、情報が多いに越したことは無い。さて、次は僕だね」
シュンは特になんの資料をみることもなく、すらすらと言葉を紡いだ。
「じゃあ、一番大事な今回の事件の黒幕だけど――パラケルススっていうFHエージェントの仕業っぽいんだ。結構陰湿なやつらしくて、裏から春日とかを使って色々手を回してたらしい。蒼羽には言っても分からないかもしれないけど、賢者の石っていう特別な結晶が目当てらしいね。だから、森藤が狙われた理由は恐らくその――」
蒼羽が神妙な顔で口を挟む。
「――賢者の石?」
シュンは頷いた。
「ああ。それの鍵を彼が握ってるっぽいんだ。それが渡るのはUGN側としてもいろいろ不味くてね。なんとしても奪還しなくちゃならない」
「分かった」
蒼羽が応えると、コミヤが思い出したように口を開いた。
「――で、肝心の敵の場所は分かってるのか?」
「もちろん。町外れに潰れたボーリング場があっただろう?そこの地下らしい」
「了解」
シュンは二人とも他に異論が無いのを認めると、先ほどよりもさらに真面目な顔で話した。
「――と、いうわけで。いまから僕たちはそこに向かう。森藤を取り戻し、やつらの作戦を食い止めるためだ。コミヤはいいと思うけど――蒼羽、本当に大丈夫かい?この先は間違いなく戦闘になる。覚悟がまだきま――」
「大丈夫。覚悟はできてるよ。私が、森藤を助けるんだ」
シュンはその言葉を受けて目を丸くし、瞠目した。
(蒼羽。君は本当に――)
「・・・・・・ああ、そうだね。じゃあ、行こうか」
「うん!」