trpgダブルクロス:天開司卓「Certification of Hero」 作:夏目ヒビキ
シーン9-1「白衣の悪」
そこは、陰気な雰囲気が漂う廃屋の地下だった。かつて様々な人々が楽しんだであろう娯楽の残骸が、もの侘しく残っている。
そこに立ち入る3つ人影。そして、ソレを辟易するように待ち構えていたのが、〈ディアボロス〉こと春日恭二、そして森藤涯だった。
「おやおや、ここにたどり着くとは・・・・・・」
春日は相変わらず人を小馬鹿にしたような態度で口を開いた。そして、それにシュンが意趣返しをするが如く憎まれ口を叩く。
「このアジト、変えたほうがいいんじゃないの?丸見えだったよ。UGN支部からもね」
「フッ・・・・・・なるほどなるほど。
最上級にいやみったらしい口調で春日も返答した。UGNに比較すれば予算は潤沢なのである。
そんなやりとりの応酬もつかの間、背後にいる森藤の異変に気づいた蒼羽が口をひらいた。
「・・・・・・森藤?」
その様子は、もっとも親しい親友が来た、という安堵の表情でもなく、得体のしれない男に監禁されている、という不安の表情でもなかった。
敵意だ。その目には敵意と恐れが宿っていた。そしてその視線は、あろうことか蒼羽の方へと向かっている。
「・・・・・・。」
「ね、ねえ・・・・・・森藤?私だよ、わた――」
「・・・・・・名前を、呼ぶな」
苦悶の表情を浮かべながら、森藤は吐き捨てた。
「ッ・・・・・・!」
蒼羽は絶句した。改めて、明確な拒絶を受けた、というショックも大きかったのだろう。だが今度は泣き出すことはせず、最愛の親友への視線を逸らしはしない。
「絶対、助けるから。森藤。・・・・・・そこにいる化け物にだって、負けないから」
そういって蒼羽は春日の方を見遣った。
「おいおい、化け物はお前もだろうが?」
春日は反論したが、蒼羽も負けじと言い返す。
「・・・・・・いいや、違う。化け物にだって種類はあるよ。ただ・・・・・・間違いなくお前は、悪い化け物だ。だから・・・・・・」
見かねたコミヤが口を挟んだ。かなり苛立っているのか、まくし立てるような口調だった。
「あー落ち着け。状況をみるにお前の友人はどうやらあちら側につくようだ。・・・・・・つまりは無理やりこちら側に引きこまないといけないってことも分かる訳だ。いいか?ポジティブ女?」
「いや、でも無理やりこっち側にひきずり込んでも、心の傷は消えないし、森藤とそんな関係なんてやなの。だからまずは慎重に説得して・・・・・・」
「その慎重な説得とやらをするためには一旦こちら側つれてきてからでもいいだろう?!」
「・・・・・・でもさっきもそれしようとして逃げられたじゃん!」
「今度は捕まえる。足の一本でも二本でもぶった切ればいい」
「あの・・・・・・私の友達だからやめてもらってもいいかな・・・・・・」
蒼羽がドン引きといった風に返答をした。が、コミヤの表情を見て発言の意図を理解したらしい。なるほど。コミヤも焦っているのだ。
「大丈夫だよ。なんとかなる。なんとかなるから!頑張ろう?コミヤ」
コミヤはその言葉を聞いてため息をついたあと、そっぽを向いた。
そんな様子を眺めていた森藤は、苛立ちも隠さずに言葉を吐いた。
「俺は、お前達みたいにはならない」
「・・・・・・ほう?それはどういう意味だい?」
それに答えたのはシュンだった。
「理性をなくして暴れまわるなんて、俺は御免だ」
森藤は忌々しげに目の前の三人をみつめた。特に――蒼羽を。
「それって、私のこと・・・・・・?」
「ああそうだ。お前――お前達三人だよ」
シュンが口を挟んだ。そうだ。ここを訂正しなければならない。FHに一方的な情報を植えつけられている――皮肉にもそれはUGNにも当てはまるのだが――状態なのだ。ここの紐は解かなければ鳴らないのだ。
「ちょっとまってくれ。それは誤解だ」
蒼羽が隣で頷く。
「そうだよ。私達一回死んでるから・・・・・・仕方のないことだったんだよ。森藤」
「・・・・・・。」
森藤は沈黙を貫いた。突き放したような態度。ただ――瞳の奥には少し、恐れ――不安――そういった、少し別の何かも揺れているような気もする。
シュンは言葉を続けた。
「理性を無くした化け物――か。確かに、そうなってしまう存在もいる。・・・・・・だが、ソレに近いのはどちらかというと君が立っている方だ。そのままだと君は、
「ッ・・・・・・!?」
森藤はそれが本当なのかと確かめるように、春日の方を振り向いた。だが、春日は我関せずといった調子で首を振る。
「おいおいおい、見ただろう?あんなに俺は苛められてたんだぜ?」
「んなっ・・・・・・あれはもともとそっちから仕掛けてきて――」
「はて?」
蒼羽の抗議にも白を切る春日。どうやらこれで通すつもりらしい。それでもなお抗議しようとする蒼羽にコミヤが右手を出して制止した。
「――そうだな。そもそものショッピングモールの爆発もそこに立っている男の仕業なんだがなあ」
「そうだよ森藤。私達はあの爆発に巻きこまれたの。忘れちゃったの?」
コミヤも蒼羽を制止はしていたがかなりイライラしているらしく、刀の柄に手がかかっている。
それを見たシュンは流石にまずいと思ったのか、懐に用意してあった資料を取り出して読み上げ始めた。
内容は至ってシンプル。これまで春日恭二という男がしでかしてきた悪事をあらいざらいあげ連ねるというものである。ただ、良識ある一般人に対しては十分すぎる不信の種となっただろう。
「え・・・・・・?」
森藤は再び春日の方を振り返る。それでも春日は白々しく肩をすくめていた。ただ、流石に隠し切れないことは分かっているようで、ソレを認めたとも同然の態度ではあったが。
「・・・・・・これで分かったかな、森藤くん。理性を失った化け物を、むしろ利用している側なんだ。その男は」
森藤は、苦悩するように頭を抱える。
「お、俺は――」
彼を蝕んでいた毒が、ようやく引こうとしていた。彼は良識ある人間で、蒼羽のかけがえの無い親友である。そんな彼の心は確かに、正しい方向へと動こうとしていた。
――だが。
「・・・・・・まどろっこしいですねぇ」
背後の暗闇の奥から、声がした。視線を移すと、それなりの体躯の男が歩いてくるのがわかる。白衣を身にまとい、メガネを掛けた――いかにも研究者といった出で立ちの男。この緊迫した空間に似つかわしくない、余裕を感じさせる足取りで近づいてくる。
そして、それはあまりにも一瞬だった。森藤の側へと近寄り、そのまま頭に手を添える。不味い。この場にいる誰もがそう思った。だが、誰かが割り込む間も無く――
「〈ブレインジャック〉」
その瞬間、森藤の目の輝きが失われた。彼はそのままそこに立ってはいたが――いや、
「・・・・・・森藤?」
白衣の男はやれやれといったように肩をすくめて、蒼羽たちのほうへと向き直った。
「僕はね――賢者の石さえ手に入ればいいんです。
蒼羽が激高する。
「お前――しゃべり方が気に食わないんだよ!!!出で立ちも!!!森藤に何をした!!!!」
「いえいえ、悪いお友達と付き合って欲しくなかったので――少し、大人しくしてもらったんですよぉ」
「悪い友達・・・・・・?私と森藤は、小っちゃいころからの友達だし――今も――多分――」
白衣の男は小馬鹿にしたようにため息をついた。
「はあ・・・・・・友達って言うのはね、お互い利するものなんですよ。利益が無きゃやってられないんですよ。幼い頃から一緒に居ただとか――そんなくだらない理由のものではないんですよ」
「くだらいないものだなんて――」
「――僕は森藤君を高みに昇らせる。そして森藤君の中の賢者の石が、僕にさらなる知識を与えてくれる」
「賢者の石?それが、森藤の身体の中にあるの・・・・・・?」
「そういうことです――」
シュンが考え込んでいたところを、納得したようにうなずき、口を挟んだ。
「その言い草――君が〈パラケルスス〉か」
「ご名答!」
そのパラケルススと呼ばれた男は下卑た笑みをさらに強めて答えた。
シュンはそれに睨みをかえして、蒼羽の方を振り向く。
「――と、いうことらしい蒼羽。そのパラケルススとかいうエージェントが、春日恭二と手を組んで、君の友人をあんな風にした黒幕ってやつさ」
「・・・・・・そんなこと、分かってるよ」
「じゃあ、君はどうしたい?」
シュンは蒼羽の顔を覗き込む。
「私は――」
喉が鳴る。
「――あの二人をボッコボコにして、森藤を取り返す」
曇りの無い目で、蒼羽はきっぱりと言い放った。
それを聞いたコミヤがようやくかといった様子で――だが、少し嬉しそうに――ニヤッとした。
「フッ。珍しく意見があったな・・・・・・私もそう思ってたところだ。コイツらが話し合いで解決させてくれると思ったか?」
コミヤは刀の柄に手をかける。そしてシュンはすこし肩を落として、そしてすぐ目の前の悪に向かって目を見据えた。
「――じゃあ、話は早いな」
魔眼が辺りに散らばる。臨戦態勢。彼らの日常を取り戻すため――あるいは、彼と彼女の日常を守り抜くため。
「・・・・・・怖いですねぇ」
パラケルススは相変わらず人を小馬鹿にしたように肩をすくめて呟いた。
「そんな態度とられたら――こちらも抵抗するしかないじゃないですか」
「・・・・・・今なら、森藤をこっちに帰してくれたら何もしないよ」
蒼羽が口を挟む。ただ、横の二人は構えを解くつもりはないらしい。
「なあ蒼羽、こいつらが話し合いで解決するような奴らじゃないのは――」
「分かってるよ。でも、森藤を巻き込むのが心配で――」
不安げに話す蒼羽に、コミヤが少しだけ体から力を抜いて答えた。
「・・・・・・そこは任せろ。お前の――友達なんだろう?」
蒼羽が意表を突かれたといったように顔を上げた。
「コミヤ・・・・・・」
「うるさい。やるぞ」
「・・・・・・うん!」
そんな様子を見ていたパラケルススが、心底呆れたといった様子でため息を吐いた。
「・・・・・・しょうがないですねえ。頼みましたよ、〈ディアボロス〉」
〈ディアボロス〉は口角をあげる。
「へっ。ここでヤツらを倒さねえと旨味がねえからな。やってやろうじゃねえか」
その返答を聞いた〈パラケルスス〉は、再び肩をすくめ――顔にかけたメガネをあげる。
――そして、彼の身体から黒い靄のようなものが吹きだした。
「・・・・・・?!」
その場に居た全員が硬直する。その瘴気は、閉鎖されたこの空間を視界と共に一瞬にして覆い尽くした。
「こ、これは――」
誰かが呟いただろうか。その瞬間、身体の奥のナニカが――ドクンと、波打った気がした。
化け物が身体を侵蝕していく。それぞれの――それぞれの内なるものとの、戦いが始まる。