trpgダブルクロス:天開司卓「Certification of Hero」   作:夏目ヒビキ

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シーン9-2「uncontrollable」

気がつくと、見慣れた白い空間だった。

 

そこには、「カレ」の姿が。炎を身にまとった、形の無い何か。まさしくそれは、揺らめく蒼羽の心のようで――でも、それは似て非なるモノであるということも、分かっていた。

 

「ここは――どうして?今、一体何が起こって――」

 

「君の本音を、聞きにきたのさ」

 

「へ?」

 

その言葉は、甘く、とてもとても――やさしかった。その言葉に全てを委ねてしまいたくなるような、そんな声色。

 

「本当は、辛いんじゃないのかい?苦しいんじゃないのかい?友達に突き放されて、今まで住んでた世界から隔絶されて――泣きたいんだろ?叫びたいんだろ?」

 

「な、何を言って――」

 

「いーや、しらばっくれたって無駄さ。君はかわいそうだ。そして、弱い」

 

瞬間、真っ白だった世界に、少しずつ影がにじり寄る。頭が割れるように痛い。視界がぼやけて映る。――いや、違う。ここから見えるのは、私が今見ている景色だ。

 

最初にここに来て、彼に出会った時と同じように、数々の場面が、モニタのように何もない空間に浮かびあがる。その中の一つに、今、まさに、蒼羽が見ている景色が映しだされていた。

 

白衣の男は瘴気を放ち、辺りをドス黒く染めている。そして、その向こう側に見えるのが、森藤――瞳からは意思が抜け落ち、空を宿したその姿は、痛々しくさえ感じた。そうだ、私は、彼に拒絶されて、ここまできた。ここに居るんだ。

 

「な?そうだろ?やっぱりそうなんだよ。かわいそうな蒼羽。お前は報われない運命なんだ。いつからだったかな?つい最近の出来事じゃないよな?お前が、あの時、親父のDVをみて、母親が痛めつけられている姿を見て、動けなかった。全てはそこからだよ。そうなる運命だったのさ。誰もお前を愛したりしない、救ってくれなどしないのさ」

 

辺りを包む影はより一層暗く、重くなっていた。ついにはその影たちもが嗤いはじめる。

 

「お前は弱い」

 

「お前は醜い」

 

「化け物め」

 

その中心に立った少女は、その全てに攻め立てられる。

「私は、私は・・・・・・」

 

俯いて、立ち尽くす。そんな中で、ダレかが、声をあげる。

 

「そうだ」

 

「そうだ」

 

「そうだ――」

 

輪唱は、より大きく、より激しく。

 

――そして、ダレもが静まり返った。途端、中心の揺らめく影が、口を開く。

 

「ゼンブ、壊しちゃえよ」

 

「壊せ」

 

「壊せ」

 

「壊せ」

 

「「「「「壊せ!!!!!!!!」」」」」」

 

 

破壊。その言葉が、概念が、空間を支配する。その中で、口を開いていないのは、少女独り。俯いたまま、口を結んでいる。

 

周りの影達は、唐突に口をつぐんだ。まるで、この空間の主の、最後の伝令を待つように。それさえあれば、ここの影達は一気に解き放たれ、外の世界で力をふるえるだろう。

 

最後だ。少女の言葉が、最後だ。

 

「私は――私は――」

 

少女が、顔を上げる。

 

「私は――」

 

息をめいっぱい吸う。思いは、言葉に。

 

「私は、蒼羽朱だ!!!――もう誰も殺さない。傷つけない。この私の炎は、誰かの、皆の、森藤の為の炎だ!!!!!!!!!」

 

蒼羽は、大声で、叫び上げた。

 

世界が揺れる。黒い影は、霧のように消えていった。景色は、元の色に戻る。

 

結局、残ったのは、揺らめく「カレ」と、蒼羽のみ。

 

「――そうか。君はやっぱりそれを選ぶのか。おもしろいね、本当に」

 

揺らめきは、蒼羽に語りかけた。少し唖然としたような――でも、少しワクワクしたような声で。

 

「うん。ちょっとしんどいけどさ、私は森藤を助けるって決めたから」

 

「アハハ。本当に退屈しないなあ。いいよ。やってみるがいいさ」

 

その炎は蒼羽を見送る。少女はもう振り返らない。この世界は、彼女の世界。振り返る必要などない。

 

(私は迷わないよ。だからまってて、森藤――)

 

 

 

 

 

視界は、再び今に戻る。

 

対峙する二つの勢力。廃れたボウリング場の地下。緊張の糸は、最高潮に張り詰めている。

 

ようやく空間を覆い尽くしていた黒いもやが晴れる。全員が、己の中の何か(レネゲイド)と葛藤していた。

 

最初に口を開いたのはシュンだった。

 

「蒼羽、コミヤ、無事か?」

 

「う、うん・・・・・・なんとか・・・・・・」

 

疲労困憊といったような声で、蒼羽が返事をした。外傷は当然無く、無事なようだ。――だが、コミヤからの返事がない。

 

「おい、コミヤ――」

 

シュンがそう言いかけたところで、異変は現れた。コミヤの身体の殆どが、獣のように変質している。まるで、力を抑えられていないようだった。今その場に留まって震えているのも、()()()()のではなく――()()()()()からだ。今すぐにでも目の前の敵を喰らいつくしたい。そんな、衝動に身を包まれているのである。

 

「クソッ、暴走か・・・・・・」

 

「暴走?」

 

「ああ、さっきの黒いもやの仕業だ。体内のレネゲイドを強制的に活発化する力がある。君も、どうにかして抗ったんじゃないのか?」

 

「あ、確かにさっき――」

 

そんな会話もつかの間、パラケルススが声を上げる。

 

「おっと――呑まれたのは一人だけでしたか。これは残念。ですが、貴方達もそんな悠長にはしていられないかもしれませんね?」

 

瞬間、今度はその身体から、先ほどと同じような黒いもやが再び放たれた。だが、それは先ほどまでのもとは違い、指向性を持たされたもの。その向かう先は、〈ディアボロス〉と、森藤。それらは瞬時に二人の身体へと吸いこまれる。

 

そして、直後。

 

 

「グアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

二人が絶叫をした。体内に注入された多大な量の黒いもや。それらは彼らの身体に力を与え、理性を失わせた。〈ディアボロス〉はもちろん、森藤の瞳にも、僅かだが光が灯る。だがそれは、破壊の色。目の前の敵を打ち倒すというだけの意思。そこに、彼の意識は介在していない。

 

「さあ始めましょう。あなたたちも、ここで終わりですねえ!」

 

パラケルススが白衣を翻し、二人を操る。その姿は、まさしく悪の親玉。狂気に染まった瞳が、爛々と輝く。

 

「クッ・・・・・・応戦を――」

 

シュンがそう呟いた瞬間、コミヤが〈ディアボロス〉の方へと向かって走りだした。刀に今、まさに手がかかっている。

 

電光石火。それが戦いの火蓋となっただろう。その一閃で、コミヤと〈ディアボロス〉が衝突する。

 

「速いな、譲ちゃん。いいぜ・・・・・・今俺は、最高に気分がいいんだ!!!!」

 

〈ディアボロス〉は、片腕を再び異形と化し、コミヤの剣戟に応戦する。加速する斬撃と打撃。避け、刈り、穿つ。その勝敗は、暫くつきそうに無い。

 

その最中だ、コミヤが一瞬だけシュンに視線を送る。衝動に駆られた瞳ではなく、理性のある瞳だった。シュンは、意図を汲み取る。

 

(分かったよ・・・・・・コミヤ)

 

口に咥えた野菜スティックを噛み切ると、今度は蒼羽の方へと振り向いた。

 

「蒼羽!!」

 

「何?!シュン君?!」

 

「恐らくこの状況だと、森藤か〈ディアボロス〉の片方を倒さないとあのパラなんとかまで届かない。いや、なんとかならなくは無いけど、間違いなくあんまりいい手じゃない。コミヤは〈ディアボロス〉に行った。君は森藤くんを頼む!!」

 

「わ、私森藤を傷つけたくは――」

 

不安そうに首を振る蒼羽に、シュンはニヤっと笑って返す。

 

「当然!森藤くんを傷つける訳にはいかないさ。だから、君に任せるんだ」

 

「それってどういう――」

 

「やり方は、君にしか分からない。でも、君なら取り戻せる、そうだろ?」

 

少しの間。だが、蒼羽の決意は直に――いや、既に固まっている。

 

「そう、だね。――行ってくるよ、シュン君!」

 

そう言うと、蒼羽は駆け出した。少し離れた場所にいる森藤の元へ、大切な人は、すぐ側にいる。あとは、彼女が手を伸ばすだけだ。

 

――だが、次の瞬間。

 

「アアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

森藤が身体を震わせながら叫び上げた。苦しみ。聞くに堪えない負の感情を乗せたそれは、辺りを覆い尽くす。そして、彼の身体は、異形と化す。

 

歪な獣の姿。そこから生えた無数の腕。変幻自在に変化するその肉体と、明確な殺意が宿されたその拳。それはあまりにも醜く、悲しかった。

 

その腕は、絶叫と共に敵と認定した対象に飛んでいく。おびただしい数の連撃と速さ。それに対処するのは、至難の業だ。

 

「っ・・・・・・」

 

蒼羽は、襲いくる腕を逸らし、かわす。だが、その立体的な軌道には反応が追いつかない。何発か掻い潜ったところで――油断した。そのまま、腹部に拳が直撃する。

 

「カッ・・・・・・ハッ・・・・・・」

 

血反吐を吐き、地面に転がる蒼羽。身体が思うように動かない。自分の身体が自分のものじゃないみたいだ。傷の治りが遅い、これでは動けない――

 

――いや、動く。動くんだ。意地でも。父がどうとか、過去がどうとか、そんなことに囚われて――負けてなどいられない。手を、足を、動かせ。たった一人の、かけがえのない大切な人の為に、走るんだ、もう一度。

 

頭の中で、自分を日常へと近づけていたものが外れる音がした。そうだ、オーヴァードは、そうやって力を得る。まだ死なない。想いの力は無限だ。だから私は、森藤を――

 

「助けるん・・・・・・だあああああああ!!!!!!!!」

 

蒼羽は立ち上がる、必ず、彼の元へ辿りつく為に。朱と蒼の炎の尾は、輝きを増す――

 

 

 

 

コミヤは、苦戦していた。目の前の男、そして、定期的に飛んでくる腕。これでは不利だ。あまりにも。

 

意識が朦朧とする。破壊の衝動は、留まる所を知らない。

 

原因は、あの黒いもやだろう。アレが身体に進入してきて、思い出したくも無い記憶の数々を引っ張りだしてきた。自分を怖れるような――忌むような、冷たい目線。温もりなんて生まれてこの方出会ったことは無い。FHからUGNへ引き取られた私の運命は、そんなものだった。

 

目の前の男が、異形と化した腕に力を籠めた。この動き――覚えがある。この間の路地で受けた攻撃だ。だが、今回は庇うべき対象も無い。幾ばくかは楽なはずだ。

 

飛来する血の弾丸。それらは、全てコミヤへと注がれる。咥えた剣でいなし、切り裂き、受け止める。

 

ああ、また既視感だ――そんなことを覚えながら、攻撃を避け続けた。

 

似たような訓練をした。ずっと、施設で、一人で。誰も私を見てくれなくて。私は、私じゃなくて、538だった。

私が私となったのはいつだろうか?霧谷、という姓をもらった時だろうか?あの少年と――シュンと、出会った時からだろうか。分からない。嵐は、やまない。

 

弾丸が、腹を貫く。受け止めきれなかった。視界が赤く染まる。だが、動ける。そう教えられた。そう身体がなっているのだ。

 

立ち上がり、再び剣を構えなおす。勝負は続行だ。再び飛び掛る。

 

ふと、思った。

 

――私は今、何の為に戦っているのだろう――

 

度々、思うことがある。こんな状態の時は、特に。だが、今回はいつものとは違う、そんな気がする。

 

視界の片隅に、魔眼が飛んでいく。何処へ向かうのだろうか。こちらでは無い。なら――パラケルススだ。

 

森藤の可能性は、無い。何故?

 

私は、何故、森藤の可能性を捨てた?そう信頼していたからだ。約束したからだ。誰と?

 

――そうだ。()()だ。

 

蒼羽は笑顔で私にこういった。友達だと。仲間だと。あの時は舐めた口を――と思ったが、案外嫌な気持ちはしなかった。

 

(ああそうだ。・・・・・・嫌な気持ちはしないな。全く)

 

少しだけ、口元が緩む。戦う理由――今なら、少しだけ見える。私は、戦える。

 

そんな思考の中で、ようやく外側から飛んできていた拳の嵐が止んだ。何が起きたのかなんて、考えるまでもなかった。

 

 

目の前の男のその向こうで、炎が――蒼羽が、少年に触れる姿が見えた。

 

想いは、きっと届くさ。だから――

 

(・・・・・・行ってこい、ヒーロー)

 

そして視界の彼方の()()は、少年を抱きしめた。


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