trpgダブルクロス:天開司卓「Certification of Hero」 作:夏目ヒビキ
そびえ立つ、悪。対するは、燃え滾る純然たる意志の煌めき。
少年少女達は、己が欲する「日々」をつかみ取るため、その手を伸ばす。
「ガルルル……」
唸る白尾の獣は、ただ目の前の敵に対して殺意を向けている。
「フン、ガキが奪われたか……だが、ここでお前たちを倒してしまえばいいだけの話よ」
〈ディアボロス〉は嗤う。その侮蔑を帯びた眼光はいまだ衰える気配はない。
「グアッ!!!」
コミヤ扮する獣が、口に加えた刀を振り下ろす。ひらりと身を躱す〈ディアボロス〉。経験の差では、相手が一枚上だ。
「甘いんだよお!!」
異形と化した腕がコミヤに襲い掛かる。刀で受け止めるも、勢いで後ろに吹き飛ばされた。
瓦礫ともに転がるコミヤ。今までの戦闘でダメージもかなり受けている。こうなればもう、出し惜しみはなしだ。
瞬間、目に見えぬ速さで体制をととのえ、地を蹴る。あまりに急に身体を動かしたため、関節が変な方向にひん曲がったのがわかった。だが、そんなことは気にも留めない。
全身の力を振り絞り、レネゲイドの力をフルに活かした一撃。回避は不可能。これなら、今度こそは――
「なっ……?!」
反応が遅れた〈ディアボロス〉は、手を翳すのが間に合わない。致命打だ。
駆ける音速の一閃。――が、女神は微笑まなかった。
(っ……刃が……)
「残念だったなあ?!お嬢ちゃん?!」
(く……)
その一撃は、命を刈るまでには至らなかったのだ。〈ディアボロス〉は、自身の片腕を引き換えに、体の中心部を守っていた。そして使ったのは片腕。つまり――
「これでジ・エンドだ!!!」
血の弾丸が右手に収束する。先ほどと全く同じ攻撃。だが、刀が奪われ、隙を晒してしまったこの姿勢では――
「コミヤ!!!!」
それら一連の動作を遮るように、響く声。対峙している相手のみに集中をしていた両名は、そこで初めて気が付く。彼らの周りには、既に大量の「眼」が浮かんでいた。
「虎の子だ……喰らえ!!!」
シュンがそう叫んだ途端、世界が、凍る。
あまりにもあっけなく静止した全員の姿、一人その法則を破って動くのは、背丈に合わぬトレンチコートをきた少年のみ。非力なはずのその少年は、いともたやすくその「絶望的な状況」を打開する。
――世界に、色が戻る。
気が付いた時には、致命の一撃は無効化され、呆然とする二名のみ。
「んな……一体今、何が起きて……?!」
「ふっ……そんな口を叩いている余裕はあるのかな?〈ディアボロス〉?」
「チィ……!」
背後から迫る、剣閃。間一髪、気が付いた悪魔、受ける。
状況は五分にもちなおった。彼らにできることは、これが限度。
後は託すだけだ。かの英雄となりうる少年と少女に。
(……さあ、頼んだよ。蒼葉、森藤くん)
戦闘は依然継続中。だが、その終止符も、きっとすぐ近く――
♦
「小賢しい連中ですねえ…貴方達は!!」
〈パラケルスス〉は吠える。まとった瘴気もさらに濃くなり、禍々しさもどんどん増していく。だが、もうそれも全て、二人にとっては――蒼羽と、森藤にとっては、ただ立ちはだかる壁にしか見えないだろう。
「あんたが今までやってくれたことの万分の一くらいはお返ししないとね!」
「だな。気色の悪い技ばっか使いやがって……ボッコボコにしてやるぜ」
「クッ……」
怯む白衣の悪。ここに今、雌雄が決する。
「行くよ森藤!!」
「ああ!!」
先行したのは森藤。先ほどまでの、殺意と本能をむき出しにした牙ではなく、明確な意思を宿した一撃。右腕に力を込め、獣のソレと成る。
(この力、確かに気持ちのいいもんじゃねえが……だが、アイツのためになるなら)
大蛇の如く、伸びる、腕。廃墟の柱ごと貫いて、〈パラケルスス〉の元へと向かっていく。
「二対一、分が悪いですが……貴重な被検体である君を、失うわけにもいかないのでね!!」
〈パラケルスス〉は、纏った瘴気で迫りくる牙を逸らそうとする。自分への視界を塞ぎ、少しでも回避の可能性がたかまるように――だが、攻撃が襲い来る方向は自由自在。右から、左から、予測不可能な牙が襲う。
「見つけた……喰らいやがれ!!」
「……ッ!」
森藤が叫んだ途端、瘴気の霧が晴れた。そこには、鋭利な牙で肩を食い破られた〈パラケルスス〉の姿が。
「今だ蒼羽!!!」
「うん!!」
蒼羽は頷く。無二の存在である「彼」を横目に見ながら。
(これで最後……)
容量も分かってきた。その引き出し方も。そして、そのための条件も。今の私には、今の私なら――
「ハアアアアアアアア!」
掌に意識を込める。固い覚悟と、絆によってのみ成せる剣。それは絶対に折れず、煌々と燃える意思の炎を滾らせている。
足を踏み出す。一歩、一歩と倒すべき敵に向かって。
「不味いですねえ……ですがこの距離、隙だらけです――なっ?!」
瞬間、少女は飛翔した。その先には、炎の回廊。朱と蒼の螺旋を描きながら舞う爆炎が向かう先は無論、〈パラケルスス〉。
「……あんたが今までしたことの報い、アタシが受けさせてあげるから……覚悟しな!!」
「お、おのれえええええええ!!」
〈パラケルスス〉は、必死に残った瘴気をかき集め、炎を迎え撃とうとする。しかしその全ては、炎の螺旋よって掻き消されていく。
「なんなんです?!なんなんですか貴方は?!」
恐怖に顔が歪む〈パラケルスス〉。そしてそれに毅然と炎を翳す少女は――
「――私の名前は、蒼羽朱。ちょっとおせっかいな、森藤の唯一の幼馴染で、コミヤの友達で、シュン君の友達で、そして――」
蒼羽は流星の如く加速し、巨悪へと向かう。燃え盛るのは、炎光の尾。二色の混じったそれはきっと、彼女の色であり、彼と彼女の色でもある。
「アタシたちの日常を守る、
加速する意思。彼女のこれまでと、これからを乗せたその流星は、さらに勢いを増す。描く螺旋、燃え盛る炎。滾る流星は、全て目の前の宿敵へと――
「こ、この、小娘ごとき……があああああああああ!!!」
振りかざした炎は、勢いよく〈パラケルスス〉を吹き飛ばす。その廃墟を形作っていた数々の
視界が崩落した支柱達と煙で埋め尽くされる。誰もがその瞬間に注目した。
――数刻後。煙が晴れた先、そこには――
「ケホッ……ケホッ……!私の……私の野望があ……」
瓦礫を押しのけ、立ち上がろうとする男。――トドメを、させなかった――?いや、違う。
「で、どうだい?今の気持ちは」
蒼羽が、その前に立ちはだかる。倒れている〈パラケルスス〉と、立っている蒼羽。勝敗は自明だ。
「どうって……最低な気分ですよお……」
「ふん!そうだよ。その最低な気分を、アタシたちは味あわされたんだ。だから――」
蒼羽は深呼吸をした。
「――だから、懲りたらもうやるんじゃない!分かったか?」
〈パラケルスス〉は少し拍子抜けしたような顔をしたが、結局すぐに、呪詛を吐き捨てた。
「最後まで、不愉快な小娘ですねえ……」
「アタシにとっちゃあんたの方が不愉快だよ!」
蒼羽はうっぷんを晴らすように転がる〈パラケルスス〉の脇腹を足先でつついた。
「ですがねえ……」
「ん?」
「貴方なんかに捕まる私では、無いんですよ……」
突然、〈パラケルスス〉は上体を返した。気が付けば銃を口に咥えている。そしてそれを手に取った。狙いは当然、青羽の頭だ。
「ッ!不味い!蒼羽君!!」
誰よりも早くそのことを察知したシュンが叫んだ。
「……!」
蒼羽は自由になった〈パラケルスス〉の腕を掴み、背中に回してキツく固める。手のひらから力が抜け、拳銃が床に転がった。そのまま拳銃を遠くの方へと蹴っ飛ばす。
「クッ……」
「させないよ!大人しく捕まっときな!」
「……最後まで本当に、不愉快な小娘ですねえ」
「逆に私は超愉快だけどな!」
「……。」
〈パラケルスス〉は今度こそ、本当に観念したように、うなだれた。
「よし!これで一件落着、かな?」
蒼羽は腰に手を当て、快活に笑った。――と、思ったら。
今度は別の場所で、うめき声。
「……?俺は、負けた……のか……?」
「そうだよ!まけたんだよ!!」
うめいたのは〈ディアボロス〉。そしてそれに真っ先に反応したのはまさかの遠くにいる蒼羽だった。大分機嫌がいいようで、さんざん煽り倒している。
「グウ……こんな小娘と、ガキごときに、この俺が――」
「ガキって言うんじゃねええええええ!!!!!」
今度は真逆の方向から〈ディアボロス〉を鉄拳が襲った。声の主は、もちろんシュン。
ドゴっと鈍い音がすると、〈ディアボロス〉は後ずさり、よろめいた。
「クッ……なるほど……こうなっちまったら……」
「?」
「こうなっちまったら……」
「どうするんだよ?」
「こうなっちまったら――」
〈ディアボロス〉は両足に全力を込めた。
「にーげるんだよおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
そう言うと、先ほどまでボロボロだったとは思えないほどの俊敏さで駆けだす。
誰かが追おうと気が付いた時には、〈ディアボロス〉の姿は跡形も無かった。
「ハアー……また逃げられたか」
いつの間にか獣化を解いていたコミヤがため息をついた。
「だな。まあ、〈ディアボロス〉だし、仕方がない」
シュンも肩をすくめた。〈ディアボロス〉の通り名として、不死身、というものがある。それはこの逃げ足の速さにも由来したものでもあるのだが――ここでは、解説を省こう。
そんな様子を見て、輪の中に入りそびれている少年がいた。
「あー、その、えっとー……」
「ん?森藤?なんなのそのよそよそしい態度は!ほらこっちきてホラホラ!!」
「いやあ……」
何かを言いよどむ森藤に、声をかけるのは蒼羽。見かねたコミヤも口を出した。
「あー、気にしてないでお前もとりあえず来い」
「その……」
「?森藤!こっちおいで!!」
よくわからないといった様子で声をかける二人。
「――言いてえことが、あるんだよ」
「?」
「あの……悪かったな」
その言葉を聞いた途端、目の色を変えて蒼羽が森藤の元へ駆け寄った。
「いやあ、なんかさ。化け物だのなんだの、ひでえこと、言っちまっただろ?」
申し訳なさそうに森藤は目を伏せる。意識を半分以上洗脳されていたとはいえ、自分のしたことだ。罪悪感も大きいのだろう。
そしてその言葉を聞いても、青羽は変わらず笑みを浮かべたままだ。
「森藤……大丈夫だよ!こうやって正気にも戻ったんだし!!」
「……」
森藤は、青羽の言葉を聞いて、少しだけ安心したように。顔をそむけた。
「お?お?森藤?」
「……なんだよ」
「いや、黙ってたから……あ、もしかして反省してるの?珍しいねえ!あんまり反省しないあんたが!!反省を?!」
蒼羽は先ほどとは少し変わったいたずらっぽい笑みを浮かべて、森藤に迫った。
「ぬ……く……だあー!もういい!もういい!!」
「あれー?怒っちゃったかな?森藤?」
今度は脇腹までつっつき始めた。こうなった蒼羽は、なかなか止まらない。森藤は観念したように口を開く。
「ほら!行くんだろ?!競馬のゲームしに!!」
「……ああ!うん。ショッピングモールね!!競馬はよくわかんないけど……」
約束を思い出した蒼羽は嬉しそうに跳ねた。そして視界を巡らせた先には、つい最近できた「友達」の姿。
「あ!コミヤとシュンも一緒に行くー?」
「行くわけないだろ!!」
「えー」
反射的にコミヤが叫ぶ。とんでもないといった様子で、顔を真っ赤にしている。
だが、その背後では、指を顎に当て、思案をしている様子のシュンの姿が。
「うーん。よし。支部長命令だ。行こう!」
「……ハア?!だから、私は行かないと――」
不服そうなコミヤだったが、シュンはそんなこと意に介していない様子。
「はーい命令なのでダメですー」
森藤ははにかんだ。
「よし、メダル代は俺持ちでいいよ」
シュンが目を輝かせる。
「お、太っ腹じゃーん」
「色々迷惑かけたからな」
「やったねー!あ、じゃあ森藤、フードコートのおっきいステーキもちょっとお願いしますよ森藤さーん?」
蒼羽がここぞとばかりにたたみかけた。だが、流石の森藤もそれには乗らなかったようで、
「あんま調子に乗んなよ……?」
だが、蒼羽は食い下がる。
「いやーだってアタシここ噛まれたし?痛いよー!」
「しょうがねえなあ……!」
前言撤回。森藤はチョロかった。
「んふふー。そういう甘いところも大好きだぞ。ありがとうな!!!」
――全ての交渉を終えた蒼羽は満足気にニヤニヤしていた。
「……なあパラケルスス、いたたまれない気持ちになるよな」
いつの間に隅っこに移動していたコミヤがげんなりしている。
「本当ですよねえ……」
「少しだけこの状況下にいるお前のことを同情したいと思った」
「……じゃあ逃がしてくださいよ」
「――それはできんな」
「ちょっとおーーーーぅ!!!!!!!!!!」