trpgダブルクロス:天開司卓「Certification of Hero」   作:夏目ヒビキ

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ミドルフェイズ
シーン4 「見知らぬ、天井」


「ハァ……ハァ……しつこい……女だ……」

 

閑静な住宅街。そして、そこにそぐわぬ少女二人。かたや煤まみれで息を切らし、かたやアスファルトの跡の先で気を失っている。夕方ではあったが、幸い人通りは無く、彼女らの姿を見て騒ぎ立てる者は居なかった。

 

そんな状況で、先ほどまで彼女と死闘を繰り広げていたコミヤは、ようやく安堵する。幕切れはほんの一瞬だった。逃げ回るコミヤに対し、なお追い縋る炎を纏った女。だが、常時熱波を放っている状態に彼女自身も耐えきれなかったのだろう。赤々と燃え盛る炎がだんだんと弱くなっていったかと思うと、ついに道端で倒れ伏したのだ。もちろんコミヤにも余裕などあるはずもなかったので、まさに紙一重、という状況ではあったが。

 

(さて、どうしたものかーー)

 

神宮寺には連絡してあるが、おそらく彼も現場の事後処理でてんやわんやだろう。本来ならば待機してもう一度連絡の一つでもした方がいいだろうが、残念ながらあまりゆっくりしている場合ではなさそうだ。

 

(ーーまあ、通例通りに、だな)

 

そう考えて気絶した女を抱えようとしたところでふと気づく。自分は、もともと一人男を背負っているのだった。オーヴァードの身体能力を持ってすれば人間二人くらいどうってことないのだが、疲労困憊の身体には流石にこたえる。

 

(ーー本当に、めんどくさい女だな……)

 

少し忌々しげな目で女を見やると、そのまま気怠げに俵を担ぐような形で二人を担ぐ。

 

まだ少し上がったままの息を整えて、そのままコミヤは、夕暮れの向こうへと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

頭が痛い。記憶がおぼつかない。今は、いつ?ここはーー

 

ーー眩しさを感じて、ようやく目を開いた。だが、その景色は、真っ白な部屋と、窓から射し込む遮光に照らされた花瓶だけ。清潔感溢れる空間ではあったが、見覚えがない。

 

「ここは……?私は……?」

 

うわごとのように呟きながら、首を動かす。動くかどうかも不安だったが、なんの問題もなく動いた。

 

見渡せば、これまた見知らぬ少年と少女。少年は窓の外の景色をカーテン越しに眺め、少女はそっぽを向いて俯いている。

 

「ここは?あなたたちは誰……?」

 

不安に駆られて問いかける。少年はその一言で朱が目覚めたことに気がついたようで、安堵した笑みを浮かべた。

 

「あぁ、気がついたみたいだね。よかったよかった」

 

「よかったーーって、私あなたのこと全然知らないんですけど……どうして?」

 

その朱の一言は以外だったようで、少年は首を傾げた。

 

「あれ?コミヤさっきーー」

 

少年は不思議そうにコミヤと呼ばれた少女の方を見やったが、相変わらず俯いたままだ。少年も何かを察したように言葉を遮ろうとしたが、コミヤがようやく口を開いた。

 

「知らん。お前が対応しろ」

 

「んなっ……」

 

あまりの物言いに少年は少し身を乗り出しかける。だが、時と状況を鑑みて我慢したようだ。

 

「あ、あー。これは失礼ーーし、しました」

 

「はい」

 

急にしどろもどろになる少年に首を傾げながらも、朱は頷いた。

 

「ぼーー私は、神宮寺シュン。目覚めたばかりで申し訳ないんだけーー申し訳ないかもしれませんが、えーー……やっぱなれないな。クソッ」

 

「……普通でいいだろ?いつもの喋り方で。変に気取るなガキ」

 

何故か自分の喋り方に悪態を吐くシュンに、やたらと口の悪いコミヤ。二人の顔を交互に見ながら朱は困惑する。

 

「……あー。わかったわかった。そうだな。うん。ーーじゃあ、すまないけど、この喋り方で。まずは、どこから話そうかーー」

 

 

続いてシュンは、朱に話せることを全て話した。朱はレネゲイドというウイルスに感染し、オーヴァードという異能力者になったこと。今回の事件にはFHというオーヴァードの組織が関係しているということ。そしてシュンとコミヤはFHに対立するUGNという組織の人間で、今回の犯人を追っているということ。かなり長い話になったので、シュンもすこししどろもどろになりながらも頑張って説明する。

 

ーー朱は、あまりにも突飛な話にやはり困惑しているようだった。当然だ。日頃普通に暮らしていれば絶対に関わることのない話なのだから。

 

「ーーえっと……ごめんなさい。君が頑張って教えてくれたのはわかるんだけど、あんまり理解が追いつかないっていうかーー」

 

しばしの沈黙。そしてーー

 

「つまり私は、変わってしまったーーってことなの?」

 

「ーーまあ、そうなるね」

 

シュンは首を縦に振る。あまりにもあっさりと突きつけられた衝撃に、なお気を失いそうになりながら言葉を紡ぐ。

 

「ーーそれって、戻れたりしないのかな?」

 

「んー。色々頑張ってる研究者も居るみたいだけど、基本的には戻ることは不可能だね」

 

大真面目に答えるシュン。あまりにも非日常なその言葉に、現実ではないのではないかという希望にすら縋りたくなる。

 

「こんなこというのもどうかとは思うけど、そもそも、子供の君に言われても正直信じがたいというかーー」

 

「こどっーー」

 

朱の言葉を聞いた途端、先程と同じように顔を赤くするシュン。ただ、今回も分別をわきまえたのか、ギリギリのところで踏みとどまったようである。

 

「ところで、隣にいる女は、さっきから全然喋らないけどーーどういう関係なの?」

 

「ーーん?コミヤかい?コミヤは僕の部下だよ」

 

「ああ。不本意ながらな」

 

相変わらずの仏頂面で答えるコミヤ。しかし、朱はその様子にどこか見覚えがあったようだ。

 

「ーーねえ、あなた、コミヤさんっていうの?」

 

「そうだ」

 

「どこかでみたことがあるようなーー」

 

「私は知らんな」

 

そう最低限の会話を交わすと、コミヤはすぐにそっぽを向いてしまった。気分でも害してしまったのだろうか。

 

「ーーそっか。私の見間違いだったかもしれないね。ごめんなさい」

 

朱は瞠目し、今話された言葉を反芻する。あんな事件に巻き込まれて、こんな目にあって知らない力を手に入れて。私はーー

 

「ーーどうすればいい?今話してもらったように、力を誰のために使っていいかも分からないし、あなた達のように世界のために使っていいかも分からない。まだ何も、何も、分からないんだ」

 

深く、静かに自分に問いかけるように口に出した。分からなかった。子供の頃に憧れた、ヒーローみたいな力。馬鹿みたいな話だが、冗談でもない。朱は苦悩する。

 

そう一人静かに考える朱の姿を見て、シュンもまた別のことを考えていた。「誰かのため」「世界のため」朱はそう言っていた。こんな状況に巻き込まれて、こんな現実を突きつけられて。それでもまだ、彼女は人のためにと考えている。彼女ならば、もしやーー

 

 

「ーー話だけ、聞いてほしい。僕とコミヤの所属しているUGNという組織は、僕たちのような過ぎた力を持った人々を匿うためにあるんだ。考えてもみてくれ、こんなメディアに出れば大変な騒ぎになるような力の持ち主が世間に出てしまったら大変だろう?だから守ってるんだ。社会をーーそして、自分達を。UGNは、そういう組織なんだ」

 

「ーーなるほど。理解はできた。じゃあ、同じように力を手に入れてしまった私もそこに入るべきなのかな?」

 

あまりにもあっさりと乗ってくる朱に標識抜けしながら、シュンは話を続ける。

 

「ああいやーー別に強制っていう訳じゃない。あくまでもUGN側から保護するっていう形もできる。そこは君の自由だよ」

 

「ーーそっか。でも、私が助けなかったら、助かるはずだったものまで助からなくなる可能性だってあるんだよね」

 

そう言って自分の掌を見つめる朱。シュンも、そんな彼女の様子を見て、一つの決心がついたようだ。

 

「ーーこの、レネゲイドのもたらす力は恐ろしい物だけど、正しく使うことができれば、心強い味方にだってなる。君さえよければ、UGNで力の使い方を知る事だって出来る。その力を正しく使って、社会を守る事もできる。……どうだい?」

 

朱はそんなシュンの言葉を聞いて、しばらく固まっていた。ーーただ、一言。

 

「ーーそっか。ごめん。直ぐに返事はできないけどーーもう少しだけ、考える時間は、あるのかな?」

 

「ーーああ。それについては大丈夫。ゆっくり考えてくれていい。その間は、UGN側でしっかり君のことを保護するから。心配はいらないよ」

 

「本当にごめん。ただ、まだ状況も飲み込めてないし、自分の中でも整理がつけられてないんだ。まずは、自分の整理からさせてほしい」

 

真面目な顔で頷く朱の瞳に、微かに炎が灯ったのが見えた気がした。まだそれは何色になるかも分からない小さな灯火だったが、シュンはもういいようだ。

 

「……うん。分かった。ーーおいコミヤ。そろそろ帰るぞ」

 

「……」

 

コミヤは無言で頷き、この場を背にする。続いてシュンも出て行こうとしたところでーー

 

「ちょ、ちょっと待って!!」

 

「うん?」

 

「ショッピングモールが爆発したところまではまだ微かに覚えててーー傍らに、もう一人居なかったかな?名前は、森藤涯って言うんだけどーー」

 

「……友ーー達?」

 

シュンは己の頭脳をフル回転させ、自分の記憶を辿る。確かに朱一人ではなかった気がする。

 

「あっ」

 

(あっヤバい忘れてた。そういえばもう一人いたな。そういえば名前もーーそうだった)

 

「あっ、いやっ、ええと、うん。もちろん。UGNが、しっかり保護してるよ。もちろんさ。うん。なんにせUGNは正義の味方だからね。当たり前だよ」

 

若干冷や汗をかきながらどうにか誤魔化すシュン。当然のように忘れていたとか死んでも言えないのだがーー

 

「ん?そうなのか。あの後保護されたのだなアレ。」

 

あまりにもサラッと忘却宣言をするコミヤに、顎が外れそうになるシュンだったが、どうにかこらえてコミヤにヒソヒソ話す程度に留める。

 

『……バッ。ちょっ。おまっ。ここで、そういう事いうとまた怪しまれるだろ』

 

『……あっそ』

 

急にヒソヒソ話し出す二人に一抹の不信感を抱く朱。

 

「なあ、本当にーー森藤は保護されたんだよーーね?」

 

「ーーああそうだな。お前が思う存分に暴れてくれた後で私が回収してーー」

 

「ゴッホォン!!ゴッホォン!!!」

 

シュンは暴走しかけるコミヤの言葉をわざとらしい咳で遮った。

 

「ああいや、コイツはそのな。コミヤは凄い凶暴なんだよ。気にしなくていい。うん。コイツが支部の中で暴れ回って何個の机が無駄になったことかーーってイッテェ!!」

 

饒舌にコミヤの悪業を挙げ列ねようとしたシュンのすねに強烈なトウキックが入った。シュンは足を抱えて悶絶する。

 

 

「ーーそ、そうなんだ……と、とりあえず、森藤は無事なんだね?」

 

「あ、ああ。心配はーーイテッ!!いらなーーやめっ!!いから安心してくれーーちょっ、マジ無理本当無理痛い痛い!!」

 

続いて片腕で関節を極められかけて悲鳴をあげるシュン。側から見るとかなり憐れなのだが、朱にはどうすることもできないので会話を続ける。

 

「ーーそっか。それだけは本当に心配だったから。よかった」

 

胸を撫で下ろす朱。ようやく解放されたシュンも無事な方の片手で鷹揚に応える。

 

「ーーねぇ、森藤は今どこに居るの?そのーーUGNの施設とかに居るの?」

 

「いいや。この同じ病院内に居るよ。幸い傷も浅かったみたいで君と同じくすぐ退院できそうだよ」

 

「ありがとう。ーーさっきの話も、また私がちゃんと整理がついたら話そうと思うから。今日は長々とごめん」

 

「いいや、大丈夫。ーーいつでもこの僕を、頼ってくれたまえ」

 

小さい身体を頑張って逸らすシュン。言葉は頼もしいことこの上ないのだが、いかんせん九歳児がそれをやるとーー

 

「あーー!!お前本当にかわいいなぁ!!そんなちっこいのによく頑張ってるし!!そうだ、飴!飴居る?私イチゴミルク味ならいつも持っててーーホラ!あげる!!」

 

「あー!!子供扱いするなー!!」

 

そう言って頭を撫でにかかろうとする朱からジタバタして逃げようとするシュン。気合いで朱の魔手をかいくぐり、病室の外へ出て行ってしまった。

 

そんな様子を見て少し残念がる朱だったが、まだ隣にコミヤが居るのを見つけた。

 

「あ!!コミヤも、飴、いる??」

 

急に手渡された飴に少々びっくりして、しばらく固まっていたコミヤだったがーー

 

「……帰る」

 

 

そう一言告げると、これまたそそくさと出て行ってしまった。

 

誰もいなくなった病院で、朱はちょっとだけしょんぼりしながら、布団を被る。色々あったが、先の事は目が覚めてから考えよう。幸い、時間はあるようだからーー

 

 

ーー結局、衝撃と興奮覚めやらぬまま朱は布団に潜りこみながらも夜通し考え抜いてしまった。そして翌朝、ついに導きだした結論はーー

 

 

 

 

 

 

 

ーーヒーローになる。だった。

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