trpgダブルクロス:天開司卓「Certification of Hero」 作:夏目ヒビキ
朝日を照り返す学校の校門。あの嘘みたいな一件から僅か一晩。朱は再び日常へと帰っていた。あれだけの大きな事件だったにも関わらず、こうしてまたこの場所に戻ってこられたことを本当に嬉しく思っていた。
ーーだが、彼らからの話を聞いてしまった以上、どうしても心に残ったモヤは晴れないままでいたのだが。あの後UGNに加入する意思を伝えたのはいいものの、具体的なことはまだ何も言われていない。全く同じ平穏な日々に戻ってきた筈なのに、景色はなんだか変わってしまったような気がした。
「おはよー」
挨拶をしながら教室に足を踏み入れると、クラスメイトの話す声が普段よりも多かった。
「また昨日爆発事故があったみたいだぞ?」
「えー。今月でもう何件目よ?」
少し耳を傾けてみると、どうやら昨日の噂でもちきりのようだ。まあ、この近辺でもかなり有名なショッピングモールだったし、最近頻繁している爆破事件とあっては話題になるのも無理はないだろう。
だが、朱にはそんなことよりも気になることがあった。同じく事件に巻き込まれた、森藤の安否である。昨日シュンから聞いた話によると大した事は無かったそうだがーー彼の定位置の席に目線を向けるのは、すこし怖かった。
ーーだが、そんな心配はどうやら杞憂に終わったらしい。彼は、いつもと同じように気怠げに机に頬杖をついて座っていた。窓の外をぼーっと眺めているのもいつも通りだ。
「森藤ぅーー!!!」
その姿を見た瞬間、朱は速攻で森藤に走り寄った。唐突な行動に回りがギョッとするが朱は気にしない。
「ーーお?おお!」
急に駆け寄られて驚いたのは森藤も例外ではなかった。オーバーリアクションで後ろに仰け反り、椅子ごと倒れそうになるーーが、朱に肩を掴まれ難を逃れる。
「おはよう!!け、ケガは?!もう大丈夫?!」
「ーーあ、ああ。なんかかすり傷だったみてぇでな。大丈夫だよ」
その言葉を聞いて朱もほっと胸を撫で下ろした。
「……よかった。もうすっごい心配したんだよ!!よかった。本当に何もなくて」
幼少期からの親友である森藤は、朱にとってもっとも大切な人間だった。両親のことで彼女が暗く沈んでいた時も、手を差し伸べ、救ってくれたのは彼だったのだ。
「いやあでも、変な事件に巻き込まれちゃったね」
「ああ。よりによって休みの日に行って爆破事件とか……あるかよそんなの」
そう悪態を吐く森藤の横顔を見ながら、朱は安心すると同時に一つの罪悪感に苛まれる。そうだ。元はと言えばーー
「ーーなんか、私が無理やり連れて行かなかったら巻き込まれることも無かったんだよね。……ちょっとだけ、反省してる。ごめんね」
いつになくしおらしくなる朱にどう返したらいいかつまる森藤。普段から振り回されている彼にとって、謝られる事は珍しいことだった。
「ーーまあ、良かったんじゃねぇの?……無事だったんだから」
「そうだね。あれだけの爆風だったし、かすり傷程度終わってで良かったね。本当に」
改めて無事に日常が帰ってきたことを噛みしめる二人。次に口を開いたのは朱だった。
「ーーあ、でもあんまり無理はしないでよ!体育とかお互いに休もうな!!なんか体動かしたらいけない気がする。ね?ね?!」
「体育休んでいいのかよお前。生きがいだったんじゃねぇのか?」
「ーーいやぁー!!まあ、そうだけど、だけどね!じゃ、じゃあ、私は大丈夫だと思うけど、森藤は休んだ方がいいなーって。蒼羽は、思うよ???」
「……都合のいい奴だな」
呆れたように森藤はため息をつくと、窓の外を再び眺める。そして、ポツリと言葉こぼした。
「そうだ。お前、昨日ーー」
暫しの間。だが、その続きは紡がれることは無かった。
「ーーああ、やっぱなんでもねぇや」
「……どうしたの?何かあったの?」
朱の声が少し震える。表面上は平静を装っていたが、完全には無理だった。昨日。自分があの力に目覚めた日。なにも後ろめたい事は無い筈なのに、何故か言い知れない不快感が襲ってきた。
「いや、なんでもねぇって」
「ーーなによぉ!何かそんな!全く!!朝から意味深な雰囲気出さないでよ!もーう!!」
「やかましぃわ!」
笑顔を作る朱。いつもの楽しげな会話だったが、距離ができてしまった気がして少し寂しかった。誰も悪くないし。なにも隠していない筈なのだ。ーー筈なのだが。
「ーーまあ、ただ。何かいいたい事があるんだったらいつでも言ってよ。隠し事は寂しいからさ。ね?」
「ーーああ、そうだな」
あくまでも気さくな口調だったが、果たしてその言葉は、森藤に向けた言葉だったのか。もちろんそれもあるだろうだが、自分にも言い聞かせるように言ったのではないだろうか?
朱の胸の中には、未だ言い知れないモヤモヤした気持ちが渦巻いていた。
「じゃあ、授業頑張ろうね?」
「ーーああ」
朱は話を切り上げると、自分の席へついた。当たり前のようにある自分の机がありがたかった。一日ではあったが、ここまで感慨深いものだとは。
数分も経たない内にチャイムが鳴る。朝のホームルームのチャイムだ。立ち話をしていた生徒達も席に着く。すると、教室の前扉がガラガラと音を立てた。そこから表れたのは、後退した白髪を湛えた教師。少しよれたスーツと曲がった腰が年季を感じさせる。
彼はこの学級の担任であり、生徒からの信頼もまあまあ。俗に言う、どこにでも居がちなおじいちゃん先生だ。
「えー。それではホームルームを始めます」
見た目相応の少ししゃがれた声で、話を続ける。
「昨日もね。爆破事件がね。あったみたいでね。えー。蒼羽さんと森藤さんが巻き込まれてしまったみたいですけども……大丈夫ですか?二人は」
「あっはい。私は大丈夫です。ーーただ!森藤が心配なので!!森藤は!!体育を!!お休みします!!!」
「ーー誰もいってねぇだろそんな事は!!元気だよ!ピンピンだよ!!」
「えー!でもーー」
食い下がる蒼羽に頭を抱える森藤。そんな様子を見て教師も口を開く。
「えー。二人ともいつも通り元気だそうで。良かったですねぇー」
クラスからドッと笑い声が上がると、立ち上がっていた蒼羽は恥ずかしそうに再び座った。なごやかな空間。朱は、ようやく本当に日常に戻ってきたのだと実感した。世界の裏側ともいうべき衝撃的な事実。それを知ってしまい、片足すら突っ込んでしまった自分に今でも、帰るべき日々があるのが本当に嬉しかった。
自分の席から周りを見渡すと、そこには見覚えのある顔があった。白髪の少女。昨日とはまるで印象が違い気弱な印象すら受けるが、彼女はコミヤだ。見覚えがあるのはこういう事だったのかと納得する。
目があったので手を振ってみたが、プイッと目を逸らされた。冷たいコミヤの反応に少し落ち込む。
彼女の印象が薄いのは恐らくコミヤがクラスでは陰のある少女を演じていたためだろう。確かに存在は知っていたのだが、学校ではおしとやかな美少女で名が通っていたため、病院のときはイメージが違いすぎて結びつかなかったのだ。
コミヤを意識したことで、自分の置かれている現状を再び考え始める。
昨晩、散々悩みぬいた末神宮寺に連絡を取った。彼らーーUGNのことは、正直たまに胡散臭いことも言っていた気もするし、完全に信頼しているわけでもない。だが、あの二人には奇妙なシンパシーを感じた。
それに、幼いころのあの後悔を再び繰り返したくもなかった。こんどは自分が助けてみせると誓った。そしてその手段まで手にいれた。なかったことにして日常に帰ることはできなかった。
あの頃、自分の思い描いたような、テレビで夢みたようなーー
ーーそして、私を救ってくれた「彼」のような。そんなヒーローになれるかもしれないのだ。ただの自己満足かもしれない。もしかしたら、周りに迷惑までかけてしまうかもしれない。それでも私は、彼らに協力することにした。
もう引き返せない。力は消えることは無いそうだ。だったら、それを人のために使えるなら幸せなことなんじゃないかと思う。これからどうなるかも分からない。
窓の外の木の葉が風になびいた。誘われた一片が開いた窓から飛び込んでくる。
この平穏な日常と、顕れてしまった非日常。
行く先はまだ、誰にも分からない。