【完結】ソードアート・オンライン ~幼き癒し人~   作:ウルハーツ

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少女、理由を語る

 アスナの質問にアークは黙ったままであった。だがすぐに答えない事はアスナも想定済みであり、決して引く事無くアークへ強い視線を向け続ける。誤魔化すことも有耶無耶にする事も出来ないのは雰囲気から一目瞭然。アークは目を瞑って覚悟する様に息を吐くと、アスナに視線を合わせた。

 

「……帰りたく……無かった」

 

「それは、私達のところにって事?」

 

「違う。……現実に」

 

 告げられた言葉に最初、アスナは嫌われてしまっていたのかと辛そうに聞き返す。だが帰って来たのはアスナが思っていた事とは大きく違う、驚愕の答えであった。攻略組を始め、この世界に居る人々は皆が元の世界に帰りたがっている筈。そう、何処かで思っていたアスナ。だからこそ、目の前で【帰りたくない】と考えている存在がいる事に驚きを隠すことが出来なかった。だが今まで決めつけていただけで、そう考える者が居るのも決して可笑しな事では無いとすぐにアスナは理解する。

 

「強くなって……攻略を止める。……それが、私の目標……」

 

「そう、思うのは現実に何かがあるから……なの?」

 

 今現在居るゲームの世界に置いて、現実についての話をする事はマナー違反と認識されていた。しかしアスナはアークがそう思ってしまう理由について聞かずにはいられず、質問してしまう。幸いだったのは、アークがその認識を知らなかった事だろう。再び目を瞑りながらもやがて静かに頷いた光景を前に、アスナはそれ以上聞くべきか悩み始める。本心ではどうして帰りたくないのかを聞きたくて仕方無いものの、それを聞く事は他人が入ってはいけない領域への1歩を踏み出すのと同じ事。悩み続けるアスナを前に、そんな常識もアスナの葛藤も知らないアークは聞かれた事に答える様に語りだしてしまう。

 

「お姉ちゃんが……人を、殺した」

 

「え……」

 

 突然告げられた言葉にアスナは驚きと共に今度は何も言葉を発することが出来なくなってしまう。だがアークはそんなアスナの驚く顔を前に首を横に振って、すぐに否定する様に続けた。

 

「お姉ちゃんは何も悪く無い。……強盗が来て、お母さんと私を助けようとして……でも皆、お姉ちゃんは人殺しだって……違うって言っても、皆……」

 

 下を向いたまま徐々に開いていた手が強く握られ始め、普段は見せない怒りの様な雰囲気をアークは見せ始める。

 

「皆私から離れて……避ける様になって……それでも良かった。……お姉ちゃんは悪くないから……でも」

 

 悲痛な面持ちで無意識に握り締め続ける拳。だが突然その力が緩み始めると、アークは顔を上げるとアスナと視線を合わせた。

 

「お姉ちゃんに、言われた……『私に近づかないで』って。……それから話もしてくれなくなって……お母さんもあの日から可笑しくなって……」

 

 今まで変わらなかった無表情なアークの顔は今でも変わらない様に見えた。しかしアスナは話を続けるその姿が余りにも辛そうに見え、やがて話の途中にも関わらず立ち上がるとその頭を自分の胸に当てる様に抱きしめ始める。唯静かに頭を撫でて優しく、「無理しなくて良いよ」と告げて。泣く事も無くアスナの腕に抱かれたまま目を閉じ始めたアーク。やがてアスナの腕の中でアークは眠りに付いてしまう。今まで1人で行動し、戦って来た彼女はゲームの中であろうと関係の無い人の温もりに安心したのかも知れない。アスナは優しくアークをベッドに横にすると、その隣に横になった。

 

 見た目からしても、アークは現実でまだ小学生ぐらいの年頃だろう。それも3,4年生ぐらいと大きいとは決して言えない年頃だ。アスナから見ても間違い無く子供であり、だがその抱える内容の大きさに戸惑わずにはいられなかった。話からして事件に巻き込まれた事やアークの現実における姉が助ける為に行動した事、そしてその結末を理解出来たアスナはアークが必死に姉の味方になっていた事も良く分かった。だが周りは冷たく、そして到頭その姉からも見放されてしまったと考えている事も。

 

「でも、それはきっと……」

 

 アスナは思った言葉を続けようとして、首を横に振る。もしも考えた事が真実であったとしても、まだ幼いアークがそれを理解出来なかったとしても、踏み込んで良い領域を完全に超えてしまっていた。この世界で保護者の様に例えこれから過ごせたとしても、結局は他人である事実は変えられないのだ。アスナはもどかしさの様なものを感じ乍らも、これからどうするべきか考え始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アークちゃん!」

 

「……シリカ」

 

 翌日。アスナは自分と同じ様にアークを探し続けていたシリカに連絡を取った。無事にアークを見つけた事や、今現在も一緒に居る事を伝えれば数分で現れたシリカ。アスナと並んで立つアークの姿を前にシリカは目に涙を浮かべながらその名前を呼ぶと、飛びつく様にその身体へダイブした。シリカの方が身体が大きかった為、勢いに負けて後ろに倒れそうになるアーク。だがすぐにアスナがその背を支えれば、2人に挟まれる様な状況となってしまう。

 

「アークちゃんだ……本物の、アークちゃんだ!」

 

『きゅう♪』

 

 アスナ程大きくは無いが、それでもアークよりも大きな身体でアークを抱きしめたまま頬を擦りつける様にしてその感触を確かめ続けるシリカ。そんな彼女の身体を伝ってピナもアークの頭の上に移動すると、喜びを露わにする様に鳴く。61層の転移門前で抱き合う2人と1匹、それを支えるアスナの姿は非常に目立ち続けていた。アークが居ない間に『ビーストテイマー』として中層のアイドルになりつつあるシリカと、攻略組では攻略の鬼とすら呼ばれる『閃光』のアスナ。そんな2人に挟まれる黒い髪の少女がアスナが昔連れていた少女だと理解する者は決して少なく無かった。もう長い間連れている姿を見られなかった事もあり、非常にレアな光景である。

 

「ずっと、ずっと探してたんだよ! 良かった……生きててくれて、本当に良かったよぉ」

 

 浮かべた涙が更に増え、到頭泣くに至ってしまったシリカ。アークは自分のせいだと分かっていた為に引き剥がすことも流石に出来ず、そのまま受け入れ続けた。やがてシリカが少し落ち着いたところでアスナの提案によって宿屋へ移動。シリカもそこに1日泊まる事になり、新たに3人部屋を借りる事となった。……そして

 

「離れて」

 

「やだ! また居なくならない様に、これからずっとこうしてる!」

 

「さ、流石にずっとは無理だと思うけど……でもその気持ちは分かるかな」

 

「……」

 

 借りた宿屋の一室にて、アークはシリカに横から抱きしめられたまま座っていた。離れる様に告げても強い声音と共にシリカは離さないと答え、アスナはその光景に頬を掻きながらも止めさせる事は無かった。本人が言う様に、シリカが思う事も理解出来るからである。これもまた自分のせいだとアークは溜息を吐きながら、それを受け入れ続けるのであった。


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