【完結】ソードアート・オンライン ~幼き癒し人~ 作:ウルハーツ
「……お願い」
家の中でアークは1人、両手を胸の前で繋いで窓の外へ祈る様に呟いた。ユイが居なくなって数日。突然アスナとキリトは血盟騎士団の団長から呼び出しを受け、再び攻略へ復帰する事になった。元々攻略に参加していた2人が自分の為に休んでくれていたのを理解していたアーク。攻略に戻るという事はこの数日間感じていた平和な日々がまた失われる可能性があると言う事でもあり、アークは2人の無事を願い続ける。攻略に参加したところで、半年程前から前線での戦いを離れた自分は戦力になれない。それもまた理解出来ていたアークが出来る事は、疲れて帰って来るであろうアスナや一緒に帰って来るかも知れないキリトを出迎える事だけだった。
「? シリカ、から?」
突然、自分の目の前にメッセージの着信を知らせる画面が出現する。その相手はシリカであり、内容は『これから家へ行っても良いかな?』と言うもの。彼女もアスナ達が最前線へ復帰した事を知っている為、1人になったアークを心配しているのだろう。1人で心配するよりも2人で。そんな思いなのかも知れない。アークは唯『分かった』とだけメッセージを送り、シリカを迎える準備をする。既に料理スキルは極めた為、お菓子を作るなどアークにはお手の物であった。
『アップルパイ、食べたいな……』
「よし……やろう」
何気無く数日前にアスナが呟いていた言葉を思い出して、アークはキッチンに立つ。胡桃の様な林檎の味がする材料は手持ちにあり、パイ生地になりそうな食材もある。過去、アスナと一緒に作った事のあるアップルパイを思い出してアークは1人手を動かし始めた。
時間が少し経った頃、シリカが来訪する。入室を許可すればその姿が家の中に現れ、彼女はピナと共に美味しそうな匂いに気が付いた。
「何か、甘い香りがする!」
『きゅきゅ!』
この世界での料理は非常に単調であり、現実で数時間掛かる料理も数分や数秒で終わる可能性がある。アップルパイは現実では時間が必要だが、この世界では数分すれば出来上がる料理であり、リビングに入ったシリカはテーブルの上に置かれた美味しそうなアップルパイにピナ共々目を輝かせた。中に入っているのは見た目林檎では無いが、それは仕方の無い事。アークは6つに分けた後に3つを自分の手持ちにしまい、3つをテーブルに置いていた。
「おはよう」
「おはよう! アークちゃん!」
『きゅる! きゅるっ!』
「あ、こらピナ! 勝手に食べちゃ駄目だよ!」
「平気。……シリカも、食べて良い」
「本当! それじゃあ、頂きます!」
挨拶する2人を尻目にピナがアップルパイの1つに飛びついた。シリカがそれを怒るが、アークは無表情のままに優しくそれを許してシリカにも食べる事を許す。途端にピナへ怒っていたシリカは笑顔になって椅子に座り、置いてあったフォークを手にして食べ始める。一口食べれば、その笑顔が更に輝いた。
「美味しい!」
『きゅるる♪』
2人の笑顔にアークは僅か乍らに笑って、自分もまたアップルパイを食べる。余り変わった様子は無いが、それでも僅か乍らにアークが笑った様に見えたシリカは驚いた。普段滅多に見れない故に、その微かな変化はとても貴重なものである。
「シリカ……リズのところ、行く?」
「リズさんの? う~ん、予定は無いけど何時でも行けるよ?」
「……これ。渡して、欲しい」
首を傾げるシリカの前にアークはプレゼントボックスの様なものを出現させる。中には今現在シリカが食べているアップルパイと同じ物が入っており、シリカはそれに気付くと笑顔で了承しながら受け取った。帰りにリズベット武具店へ寄る事を決め、まだあるアップルパイを食べる。
その後、アップルパイを食べ終えた2人と1匹は家の中で過ごし続けた。主にシリカがアークに話し掛け、ピナが2人の頭や肩に乗って欠伸をしたリ眠ったりを繰り返す。環境は違えど前の日常に戻った様な気がして、アークは窓の外へ見た。……その空は、何かが違った気がした。
『11月7日 14時55分、ゲームはクリアされました』
「……ぇ」
それは、余りにも突然すぎるアナウンスだった。
「はぁ……はぁ……! 久遠!」
病院の廊下を全速力で掛ける1人の少女は自ら進んでデスゲームの世界へ入ってしまった妹が目を覚ましたかも知れないと言う事実に思わずその名前を叫ぶ。何時その命が頭につけられたナーヴギアによって奪われるか分からない日々の中で、それでもまだ昨日は生きていた。今世間ではソードアート・オンラインの世界に閉じ込められていた人達が次々に目を覚ましている。なら彼女も目を覚ましている筈だと思った故に。
「謝らなきゃ。私のせいで……!」
姉である彼女はずっと、妹が現実から逃げる様に仮想世界へ身を投じたのが自分のせいだと自らを責め続けていた。
まだ自分が6歳で妹が3歳の頃、父親が事故で死亡。以降弱った母親と笑わなくなった妹を守ると少女は誓った。そして4年前、
『朝田 久遠』
息を切らして辿り着いた病室の前で、少女は深呼吸をする。ぼやけた扉にある窓の向こうには動く人影があり、看護師か先生が居るのだろう。少女は意を決してその取手を掴むと、横にスライドする事で入室し始める。
「! 朝田さん、お姉さんが来ましたよ」
姉の入室に気付いた看護師が優し気にベッドで横になる女の子へ声を掛ける。伸びた真っ黒な髪に弱々しく開かれた目。2年程眠り続けていた彼女に起き上がる力は無かった。何とか点滴などで命を繋いでいた身体は2年間全く成長しておらず、女の子の元へ近づいた少女と入れ替わる様に看護師が離れる。
「ぉ、ねぇ……ちゃ、ん」
「あ……ぁあ……く、おん……久遠!」
何も繋がれていない身体と自分の顔を見て弱々しくも声を出す妹の姿に少女は涙を溢れさせてその手を握る。両手で二度と離さないとばかりに強く、だが壊れない様に優しく。
「御免ね。私が、私が貴女を追い詰めたから!」
「わ……た、し……は……ぉ、ねぇ……ちゃ、ん……の……」
気付けば再会を邪魔しないためにか看護師達の姿も無くなり、無事にSAOから生還したアーク……久遠は自分の思いを伝える為に言葉を紡ぐ。病室の中には泣きじゃくる姉の声が響き渡り、それから面会時間のギリギリまで彼女は久遠の傍に居続けた。これから久遠にはリハビリなどの辛い時間が待っている事だろう。姉である少女は改めて妹を守ると共に絶対にもう彼女を苦しめない様に改めて誓うのだった。
本編は今話にて終了。以降は後日談となります。