【完結】ソードアート・オンライン ~幼き癒し人~   作:ウルハーツ

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詩乃、妹と日常を過ごす【終】

 授業が終わり、HR(ホームルーム)を終えた教室の中は騒がしくなり始めた。これから部活に向かう人も居れば帰る人も居る。私の場合は後者で、教室内に居る生徒の中では一番最初に帰宅していると思う。

 

「あの、朝田さん。もし時間があったら良ければで良いんだけど」

 

「時間も無いし良くも無いわ」

 

 最近声を掛けて来る男子。確か新城? 新宿? ……どっちでも良いわね。彼は休み時間や放課後に何が目的か知らないけど、頻繁に話し掛けて来る。休み時間には適当に返す事もあるけれど、放課後の時間を彼なんかに奪われる訳には行かない。私は1分1秒でも早く帰って久遠に会わないといけないのだから。呆然とする彼を置いて鞄を手に廊下に出れば、私達の教室よりも早くにHRを終えた生徒達の姿が廊下にはあった。以前先生に注意されて無駄な時間を使った経験があるから、廊下を進む間は決して走らない。

 

 校舎の外に出て正門を潜れば、後は誰にも邪魔されない。私は全速力で帰路を走り続けて、歩けば10分程の距離を3分近くで到着する。昔は運動系が正直そこまで得意では無かったけれど、走りと体力なら最近は自信がついた。それも全て久遠の為。これがきっと、愛の力ね。

 

「ただいま」

 

 鍵を開けて返って来ないと分かっているけれど、私は念の為に言っておく。既に久遠の靴は靴箱に入っていて、帰宅しているのは間違い無い。ちょっと特殊な学校とは言え、高校生と中学生では高校生の方が遅くに終わるから当然よね。結構シリカに放課後誘われているらしいけど、断ってるとも聞いたわ。それはつまり私を優先してくれていると言う事。きっと久遠も私の事を……。

 

「……」

 

「……ふふっ、ただいま」

 

 鍵を閉めて中に入り、制服を脱いで楽な恰好になってから手洗い嗽を済ませた私は久遠が居るであろう部屋を軽くノックして、返事が無いのを確認してから中へ入る。予想通り頭にアミュスフィアを付けて横になる久遠の姿があって、私は彼女のベッドに座ってその頭を撫でる。私も久遠も帰って来たら殆ど外に出ないでVRMMOに入ってばかり。世間的にそれは余り良く無い事なのかも知れないけれど、私達に取ってはそれが幸せだから止めるつもりは無い。まぁ、私は久遠が一緒に居るなら何方でも良いんだけれど。

 

「久遠」

 

 何気なく名前を呼んで、私は久遠の頬を撫でる。ゲームの中に入っている為、当然返事は返って来ない。半年以上前はそれが苦しくて、辛くて仕方が無かった。でも今は違う。私も彼女と同じ世界に入れて、一緒に目覚める事も出来る。何の音も無い部屋で、それでも私はそれを考えるだけで幸福だった。

 

「今、行くからね」

 

 ベッドから立ち上がり、撫でていた頬にキスをしてから私は部屋を後にして自室に入る。私が帰って来たって事は、アスナも下校済みな可能性が高い。別にアスナの事が嫌いな訳では無いけれど、久遠と2人きりには出来る限りさせたくない。何か、取られてる気がして気に入らないから。久遠の姉は私だけで良い。……正直、アスナにはそれ以上に何か久遠と2人だけにしたら危ない何かがある気がするのよね。

 

「今日は何しようかしら」

 

 アミュスフィアを手に私はベッドへ横になる。久遠が閉じ込められてしまったVRMMO。私は久遠がそれを再びやりたいと言った時、全力で反対した。でも久遠は本気でやりたいと言い続けて、何度か話した末に決まったのは私も一緒にやると言う事。今まで体験した事の無かったゲームの世界は想像以上で、2年以上久遠がこんな世界で生きていたのかと驚いたのは今でも鮮明に覚えている。久遠曰く、大分違うらしいけれど。

 

 アスナ達と出会って、一緒にALOを毎日の如くやる様になって初めて私は久遠と同じ世界に立ち始めたのかも知れない。他にも色々なVRMMOはあるらしいけれど、久遠がやる気を見せないなら私が興味を持つ意味も無い。あぁ、興味と言えばずっと私が興味を抱き続けている事がある。それは……結婚システム。

 

「リンク・スタート」

 

 今私がしたい事は結婚。VRMMOの世界にもしっかりと性別の概念はあり、結婚と言うシステムまで存在している。そしてその結婚に……性別は関係ない。女性同士でも男性同士でもVRMMOの中でなら結婚が出来る。血の繋がりは当然ゲームの中じゃ関係なくて、それはつまり久遠と私は結婚が出来ると言う事! 当たり前だけど彼女以外と結婚する気なんて毛頭ない。今はまだ難しいけれど、何時か必ず私は久遠と結婚して見せる。絶対にアスナ達には負けられないわ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこっ!」

 

 私が放った矢がモンスターの身体に当たり、僅かに怯んだ隙をついて私の横を飛び出したアークが身の丈以上ある大きな剣を振り下ろした。光る斬痕を残した後に消えるモンスターを背後に剣を背中に乗せるアークの姿は小さいのにカッコ良く見えて、私は近づいてハイタッチ出来る様に手を見せる。

 

「お疲れ様」

 

「ん。お疲れ……お姉ちゃん」

 

 ここでポイントなのはアークが手を上げるだけでは届かない位置に手を用意する事。そうするとアークは近づいて来てから小さくジャンプしてハイタッチをしようとするから。これが凄い可愛くて、私は戦いが終わる度にハイタッチをする様にしている。でも流石に頻繁にやり過ぎると不審に思われるから、そこそこ強敵と戦った時等に限定されるけれど。……それにしても毎回思わずには居られないわ。

 

「それ、使い難くは無いの?」

 

「平気」

 

 アスナやシリカから聞いた話ではSAOの時、アークが使っていた武器は赤い刀身の剣だったらしい。でもALOになってからアークが選んだのは自分よりも少し大きな大剣。今では軽々それを使っている様にも見えるけれど、最初は自分が振り回されたり、背中に斜めで上手く納めないと地面にぶつかったりと大変そうだったのを覚えてる。何度も変えた方が良いと皆で言ったけれど、アークは一向に変えようとはしないのよね。リズベットだけは何か納得してた様だけれど。

 

「アークちゃーん! シノンさーん!」

 

「リーファじゃない。どうしたのよ?」

 

「いやぁ、やっぱり本物の禁断なる姉妹愛……じゃ無くて、アークちゃんの傍なら面白い事があるかな? って思ったので来てみました!」

 

 少し遠い距離から声を掛けて来たのはリーファ。特に用事も何も聞いていなかったけれど、ここに居る理由が分からなくて私は質問した。にしても、誤魔化せて無いわね。最初から誤魔化す気も無いのかも知れないけれど。アークも可愛いジト目でリーファを見始め、それに気付いたリーファは笑みを浮かべたまま。……実は彼女も少し、私は警戒している。と言うのも、女の子同士の恋愛である百合が好きと言い続けている彼女も女の子。他に誰も居ない時に彼女がアークと近い距離で過ごしているのを私は知っている。彼女も油断ならないのよね。膝に乗せて頭を撫でて、羨ましい。

 

 それからしばらくの間、私達は3人で行動する事にした。特に何か大きな目的は決めずに過ごす事が多いこの世界では何時もの事で、主に私が後衛を。アークが前衛を行い、リーファが補助をする形で戦闘は進めて行く。と言ってもリーファは剣も使うからアークと並ぶ事が多いけれど。私も短剣辺り、使ってみようかしら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久遠をALOに残して現実に戻った私は夕飯を用意する為に部屋を出る。他の誰かと一緒にするのは余り良い気分では無いけれど、家の戻った時点でアスナの他にも殆どの面々が揃っていたから可笑しな事は起こらない筈。久遠には30分経ったら一度ログアウトする様に告げておいて、料理は20分程度で完成させる。献立はぱっぱと出来る野菜炒め。

 

 完成させた料理を鍋に残して蓋を閉め、すぐには冷めない様にして私は久遠の部屋に向かう。帰って来た時と同じ様にノックをして、返事が無いのを確認してから中へ入れば何も変わらない光景が広がっていた。アークが起きるまで後8分。さぁ、何時ものを始めましょう。

 

 8分後、私は乱れた久遠の服装を整えて部屋を出る。と同時に聞こえて来る部屋の物音を確認して自室の扉を今出て来たかの様に開けた。そして今日3回目のノックをすれば、静かな声で「ん」と返答が聞こえた事で私は久遠の部屋へ三度入った。

 

「戻ったわね。もう出来てるわよ」

 

「ん……今、行く」

 

 片手にアミュスフィアを持ったまま私の言葉に頷く久遠を確認して、リビングへ。出来て数分しか経ってない野菜炒めはまだ出来たての範疇に入るわよね。それを1つの大皿に盛り付けてからテーブルの真ん中に置いて、お茶碗2つにご飯を盛れば夕食の支度はお終い。私の提案で洗い物は無駄に増やさない様、大皿から直接取る事にしている。

 

「美味しそう」

 

「そう、ありがとう。それじゃあ、食べましょうか」

 

「ん……頂きます」

 

 一緒に手を合わせた後、野菜炒めをおかずに夕食を済ませた私はお風呂を溜める準備をしてからリビングで久遠と共に時間を潰す。テレビは一応あるけれど、私も久遠も何方かと言えば静かな空間が好きだから見たい番組でも無ければ早々付ける事は無い。そう言えば、休み時間にあの男子が言ってたわね。たしか……。

 

「久遠。GGOって聞いた事あるかしら?」

 

「GGO……?」

 

「えぇ。アミュスフィアで出来るVRMMOらしいけど、どんなのだったかは覚えて無いわね。確か、銃がどうとか言ってたけど……」

 

「……銃……」

 

 私も久遠も銃に思い出はあるけれど、良い思い出な訳じゃ無い。もう銃を見ても平気にはなったけれど、確かに自分から近づこうとは思えないわね。……この話は無かった事にしましょう。私の為にも、久遠の為にも。

 

「忘れて良いわ。ALOに飽きた訳じゃ無いでしょ?」

 

「うん。皆、居るから」

 

 元々ALOを始めた切欠は久遠がやりたいと言ったから。でもその久遠が始めた切欠はアスナ達が居るから。私にとってVRMMOは久遠と一緒に居なければ意味が無くて、久遠には彼女達が居なければ意味が無い世界なのかも知れない。……そう考えると新しい世界を求める理由は無いわね。

 

「お風呂、沸いた」

 

「みたいね。先に入ってて良いわ。片づけたら入るから」

 

「また、一緒?」

 

「当然よ」


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