【完結】ソードアート・オンライン ~幼き癒し人~ 作:ウルハーツ
時は過ぎ、詩乃が何度も行かなければ駄目なのかと確認しては久遠に駄目と答えられ、アスナ達が待ち遠しく思っていた詩乃の修学旅行へ行く日がやって来る。家を出て久遠が見えなくなるギリギリまで1歩進んでは振り返り、また進んではを繰り返した詩乃。だがやがて久遠の姿が見えなくなると、彼女は溜息をついて憂鬱気に自分の通う高校へ足を進めた。……別に行った振りをする事も可能と最初は思っていた詩乃。しかし『自分の写る修学旅行先の写真を撮る事』と証拠を作る様に言われてしまった為、彼女は行かざるをえなかった。
詩乃を無事に見送った久遠は自分もまた学校へ行く為に家を後にする。
何時もの様に珪子や里香と会い、明日奈に抱きしめられてから何とか解放されて授業を受け、午後まで過ごした後に帰宅。そこで普段とは違って泊まりに行くための準備をする為、久遠は着替えや生活用品を纏める。前日から下準備はしてあった事で滞りなく終了。……そこで久遠はベッドの頭の傍にあるアミュスフィアを手にする。
「……」
少しの間を置いて、それをベッドの上へ戻した久遠。それは毎日の様に入っているVRMMOの世界へ今日は入らないという決意の表れだった。……久遠にとってVRMMOの世界へ入る理由。それはそこに自分を待ってくれる皆が居るからである。だが今日この日、その世界に自分を待つ者は居ない。代わりに自分を待つ皆は現実で、一緒に夜を過ごすのだ。
そこまで大きくない鞄を持って家を外に出た久遠。すると僅かに聞こえて来るエンジンの音に気付き、彼女はその方向へ視線を向けた。少し遠くから見えてくるそれは……バイクに乗った和人の姿。それは久遠の迎えであり、彼は久遠の傍へ近づくと軽い調子で声を掛けた。
「準備は大丈夫なのか?」
「ん……お願い」
「あぁ。じゃあ、行こう。これ被ってちゃんと掴まっててくれよ」
和人の言葉に頷いた後、差し出されたヘルメットを被って彼の後ろへ座り込んだ久遠。彼の腹部へ手を回して落ちない様にしがみ付けば、エンジン音と共にバイクは走り出した。これから向かう先は桐ヶ谷家であり、久遠は和人と彼の妹であるリーファの住む家の場所を知らなかった。故にこうして彼に連れて行って貰う事が前々から提案されていたのだ。
普段は感じる事の無い風を感じ乍ら数十分。もう見た事も無い風景をきょろきょろと見回しながら、久遠はとある人物の姿を想像する。……それはまだ、ALOの中でしか会ったの事の無い人物。リーファの
「お姉さんは無事に行ったんだよな?」
「ん……面倒だった」
彼の言葉で想像を止めた久遠は無表情乍らも何処か遠い目をし乍ら答える。彼女の表情は見えないものの、その声音に含みを感じた和人は苦笑いを浮かべながら「お疲れ」と告げた。すると、徐々に見え始める和風の大きな家に和人はそれが自分の家である事を告げる。それを聞いた久遠は和人とリーファが結構お金持ちなのだと思い、目を見開いて驚いていた。
バイクが止まり、ヘルメットを外して大きな建物を見上げる久遠。するとそんな彼女へ1人の少女が声を掛け乍ら近づき始める。短く切り揃えられた髪も、目の色も黒。服の上からでも見ただけで分かるその大きな胸は何処か見覚えがあり、声にも聞き覚えがあった。故に久遠はそんな少女を前に僅か乍ら首を傾げ、何処か自信無さげに告げる。
「……リーファ……?」
「っ! アークちゃん!」
途端に喜びを全身で露わにした少女は久遠の身体を抱きしめた。豊満な胸へ強制的に顔を沈められ、驚きながらも徐々に理解して少女の身体を少々手こずり乍らも自分から引き剥がした久遠。感激とばかりに恍惚とした表情を浮かべるその姿はリーファにそっくりで、久遠は思わず和人へ視線を向ける。彼は何とも言えない表情で頬を掻き、少女の名前を呼んだ。
「直葉。一応、現実じゃ初対面だろ?」
「あ、そっか。結構一緒に遊んでるからすっかり忘れてた。……桐ヶ谷
「朝田 久遠。……よろしく」
「うん! あ、一応年上だけど学校も違うし私の事は直葉って呼んで? 直ねぇとか直葉お姉ちゃんとかでも良いよ?」
「……直葉」
一瞬何処かの姉呼びを求める先輩を思い出しながら、久遠は少女……直葉の名前を呼ぶ。彼女は僅かに残念そうにし乍らも名前を呼ばれた事で嬉しかったのか笑顔を見せると、久遠に手を差し出して「家の中を案内してあげる!」と告げた。大きな家故に場所を覚えるのは良い事だと思った久遠。まだ他の面々も来ていない様であり、和人へ振り返れば許しを出すかの様に彼は頷いた。
それから少々時間を掛けて桐ヶ谷家の中を歩き回った久遠。泊まりをする上で知って置くべき場所を理解してリビングへやって来た時、そこには和人とは別に見知った人物が既に揃っていた。
「あ! アークちゃん!」
「家の中を見せて貰ってたの?」
「中々広いものね、この家」
「ん……入っちゃ駄目な場所。覚えた」
明日奈。珪子。里香。3人が和人と共にリビングに居り、直葉と共にやって来た久遠を出迎える。桐ヶ谷家に今日1日泊まる面々はこれで全員であり、和人は直葉に「お疲れ」と言って飲み物をテーブルへ置いた。同様にアークの前にも置き、全員が一斉に同じリビングで過ごす事に。
「そう言えば寝る場所はどうするの? 何処かの部屋に私達で集まるのかな?」
「流石に私の部屋に5人は多いので、ここに布団を敷いて皆で寝ようかなって思ってます」
「言っとくが、俺は自分の部屋で寝るからな」
アスナの質問に直葉が答え、和人が続ける。この場で唯一の男子故に寝る場所にまで交ざるのは問題がある。本人も居心地が悪くなるのは確実だと分かった上での言葉であり、明日奈や珪子は追い出す様で少し申し訳なさそうに。里香と直葉は当然とばかりに彼の言葉に同意する。久遠は唯話の流れに身を任せるのみであった。
「夕飯は全員で作るわよ。働かざる者食うべからず、ね!」
「頑張る」
「アークちゃんの手料理……!」
里香の言葉に頷いて気合を入れる久遠。その傍で珪子は久遠が料理を作ると言う事実に自分も作る事は忘れて期待し始める。
その後、夕食の準備を始める時間を決めてそれまでの時間何かをする事にした全員。だが普段から時間が空けばALOに入っていた面々は何をして現実で時間を過ごすか考える事に時間を有してしまう。そもそもお泊り会の経験が全員殆ど無かった為、いざ迎えれば何をすれば良いのか分からない。故に考えた末、出した時間潰しは……修学旅行で同じ班の友達と部屋で遊ぶ様に、トランプをする事だった。
その頃。修学旅行でバスに乗っていた詩乃は携帯の画面を見つめていた。映るのは久遠へメッセージを送れる画面。既にその画面では久遠へ何度もメッセージが送られており、しかしそのどれもが既読になっていなかった。
「久遠……まさか、何かあったんじゃ……!」
居ても立っても居られない。そんな心境に追い込まれ、妹のピンチに修学旅行へ行っている場合じゃないと先生へ声を掛けようとしたその時。携帯から聞こえる通知音に詩乃は画面へ視線を向ける。そこには一文と、写真を伴った一文。
『メッセージ送り過ぎ。私は平気』
『無事に和人と直葉の家に着いた。明日奈達も居る。お姉ちゃんも、ちゃんと楽しんで来て』
最初の一文は大量に送られていたメッセージへの内容。そして次に送られて来た一文と共に添付された写真は桐ヶ谷家のリビングで全員が写った写真であった。無事に返信が来た事で安心した詩乃。だが添付された写真を眺め……徐々にその表情は般若の様に恐ろしい形相へ変化し始める。
「貴女達、近すぎるのよ……!」
「ひぃ!」
その写真はまず和人が撮影したのだろう。一番近い位置で自撮りする為の姿勢になっており、そんな彼の向こう側に久遠が居た。だが彼女の頭には直葉の胸が。右には自分の頬を久遠の頬へ付けた珪子が。左には身体を抱きしめる明日奈がおり、明日奈の後ろに何とも言えない表情でカメラへ視線を向ける里香の姿があった。余りにも近すぎる距離に詩乃は憤りを見せ、傍に座っていた生徒がそんな彼女の姿に思わず恐怖する。今すぐにでも修学旅行を抜け出して怒鳴り込みに行きたい。そんな感情を必死に抑え、彼女はミシミシと嫌な音の鳴る携帯をしまう。……それから目的地へ着くまで、彼女へ話し掛ける者や彼女へ近づく者は誰1人として居なかった。