夕飯食い、風呂あがり、歯ぁ磨き。夜闇が世界に馴染んだ頃に、
「せいやっ!」
布団のありか、もとい押し入れを雑にスライドさせるのはもう慣れっこなもので。
「またそんな開け方して!」
「あーやらかしたごめん」
まっこと正論を唱えられるのも慣れっこなもので。
「10の指で数えられないほど聞きましたが」
「スライドすんのが最速だべ」
「む……!」
「……もうしません」
「次こそは許しませんよ?」
謎の理屈を振りかざしてみては、有無を言わさぬ眼光に屈するのも慣れっこなもので。
わーわーしながら各々二つの布団を敷き、やがて眠りにつくのも慣れっこなも……
「これは……?」
「ちょっと海未さんや、心の声を遮らないで」
「いや、実は敷き布団が破れていて」
「ほう」
ささやかな牽制も虚しく、海未はすっかり下地に集中。凝視する彼女に便乗し、後ろからのぞきこめば――確かに、ふちの方が5円玉分の丸部分くらいはげて中身が見えている。
「あちゃー。いつできたし」
「不覚です」
ただ、広がりはかなり小さい。自分はもちろん、しっかり者の海未ですら今の今まで気付かなかったくらいなのだ。転がるだの畳むだのしている間かは知らないが、ひょんなことでできたのだろう。珍しいこともあるもので、今宵はほんの少しアウトローっぽい。
さて、気を取り直して寝るとしよう。
「海未さんやい。ひとつ、いいかな」
「なんでしょうか?」
「何故我々はひとつ布団の下にいる?」
「ひとつ屋根の下、みたいに言わないでください」
「せっかく動揺を隠したつもりなのにぶっ壊さないで」
「知りませんよ……しかも、隠したつもりと明言してしまっては意味がないのでは」
「ちがいねえや」
寝るはずだったのだが。
見事にふたりがひとつに。……なんとなく卑猥だから言い直す、布団ひとつをふたりで。うん、救えない。
平然とやりとりしている、とお思いか。とんでもない。ハートのビートは爆発寸前だ。お互い胸に耳を寄せたなら、おそらくどっくんどっくん鳴っている……あ、あその手があった!
「海未。ちと失礼するぞ」
「は、はい」
ちょっともぞついて、被っている布団に頭ごと深くもぐる。そして鮮やかに海未のパジャマへ、詳しくは胸元へダイブ――よし。
「ふああああっ!?!」
「ぶっへぇああ!!」
合法ではなかったそうで、反射的神速ビンタいただきました。命名わたし。
「あ、あっ、あんまり驚かせないでください!」
「発端は海未氏じゃないですか……」
「それとこれとでは話が別です!!」
「ひどい! 生殺しだ!」
そう。元々は破れた方をとりあえず男サイドぼくが使う、ということでいこうとした。実際全然気にならない程度の綻びだし、当初の案で解決できたはずなのだ。が、海未のひとことで状況が変わったのである。
『や、破れてしまっては仕方ありません……
一緒に、眠り……ましょう』
『異議なし』
耳まで赤らめた彼女からしりすぼみに発されたお誘いに、秒で頷いたのは記憶に新しい。
……基本的に恥ずかしがり屋な海未だ、こうなるのはなんとなくわかっていた。ゆえに衝撃はない。第一、彼女とぐだぐだと騒ぐのが素晴らしいひとときだというのに変わりはないのだから。
「一緒に寝るってゴーサインじゃないのか! 海未に飛び込みたかったのにぃ!」
「清々しいくらい直球ですね……」
矛盾? 嘆き? なんのことやら。
必死の訴えも空振り、一周回って呆れたようになる海未。ドキドキなシチュエーションになるだけなった挙げ句、こちらがクソザコヒールな感じで終わりそうになっている。さすがに不服だ。はじめ布団に入るところまでは何かが起きそうな緊張感があったのに、彼はとっくに行方不明だし。諦めるわけにはいかない。
「こういうのはどうだ」
「ダメです」
「まだ何も言ってないよ!?」
つんと顔をそらす園田海未。一見可愛いつっけんどん、しかしそんな彼女のファンシーげなガード、とても崩せる気がしない。
「再ダイブ! ハグ!」
「却下!」
「せめてひざまくら!」
「同じく却下です!」
「ぐぬぬ、じゃあ手繋ぎ! 指切りげんまん! ユーフトモモグッドプレイス!」
「却……ってどさくさ紛れて何を!」
ついには枕を振り上げさせる始末。なんとか妥協案を探り当てたかったものの残念、彼女の柔弾道を放たんとする腕を支えるので手一杯になってしまった。
「ふふ、すごい力だな」
「あなたの鍛練不足ではないのですか?」
「海未が強すぎ……いえ、なんでもないです」
「このっ、言わせておけば!」
「ヒエ~ッ」
返せば返すほど、海未の頭に鬼の角でも生えてくるようだ。まさに修羅場。傍からしたらイチャイチャしているかに見えるだろうが、これはあくまで修羅場である。
「まて、早まるな! ……そ、そうだ! なんなら明日好物の穂むまん買ってくるぜぇ!」
「自分で買い求めますっ!」
命乞いをする子悪党のごとく和解を狙うも通じず、冷や汗が出る。大丈夫、海未はたいへん慈悲深い。ギリギリで止めてくれる。
「覚悟!」
なんてことはまったくなかった。気合い籠った勝利宣言にビビり、緩くなった我が腕を海未は簡単に払いのけ――音速まくら(通称)をついに解き放った。
至近距離からの砲弾は、コンマ何秒後顔面に不時着した。おんそくまくら、なかなかの威力だ。
後悔があるとすれば。
「ぎゅえ」
もう少しマシな断末魔はあげられなかったのか。
「いい天気だな」
「もう真夜中ですよ」
「明日の天気のことを占ったまでよ」
「適当に切り出したんですね」
「バレたか」
そんなこんなで決着。様々な意見交換をしたところ最終的には元通りに。
「ま、ほどほどが大事ってこった」
「そうですね」
余計な茶々入れはもうない、一度まとまれば静かなものだ。鈴虫のざわめきだけが、外から微かに届くくらい。
「なぁ海未」
「はい」
「今度なんか運動しようや」
「そうですね、あなたはもう少し鍛えた方がいいです」
「ありがたし」
「ふふっ、なんですかそれ」
ふと、隣を向くと。
「明日もまた、よろしくお願いします」
改まった挨拶とともに、笑いかける海未。別に初めて告げられたわけじゃないのに、ひどく新鮮だった。
手を伸ばして、彼女の深い郡青を撫でる。きめ細かい毛が、自分の手の中で少しだけくしゃっとなった。
「っ」
「ごめっ、つい……ん?」
謝りかけて、違うと知る。慌てて布団の中に引っ込めた右腕を、海未自身の手が取ったから。応えてくれた……らしい。
……彼女のことは、未だによくわからない。
瞼を閉じているのは、眠たいからだろうか。それとも照れ隠しか。どちらにしろ訊くのが野暮だってことだけは、はっきりしていて。
海未同様、開かせていた目に蓋をした。
「おやすみ」
「……おやすみなさい」
明日は晴れる予感がする。根拠はない。
もっとうまく海未ちゃんを想像しきりたかった。だが筆力が足りなかった許せ