足を踏み出すたび、反動がかかってきつくなっていく。服が擦れ、汗に濡れたシャツがあったまった肌にあたって気持ち悪い。フォームが悪いからと把握していても、実際すぐ直せたら苦労はなく。
「は、はあ゛ぁ」
極めつけには、スタミナ自体足りないという大問題。
とうにキレよく連動させられなくなった手足に続いて、ついに頭までぐったり垂れる。
「すっ、はっ」
もちろんそれは、海未がいなければの話。
柄のないシンプルなタオルを首にかけ、悠然と走る彼女は……微かに汗ばんでいるだけで、息があがってなんかいない。諦めてしまえば男としてのメンツに関わる。もっとも、運動不足を指摘されて始めたこのランニングなので、今更メンツもくそもないわけだが。
「ペース落ちてますよ!」
「待っ……いやハイ」
一度スイッチが入れば容赦はないことに定評のある海未は、実に安定したペースで進む上で注意を促すほど余力を残している。
「はっ、はっ」
それでいて、どこか楽しげだ。集中して体を進ませながらも、吐息から苦痛の色はまったく感じられない。現役スクールアイドルだったときは色んな練習をしたと――海未から聞いたことがあるが、おそらくランニングもやったことがあるに違いない。本人的には懐かしくあるのだろうか。まあ推測にすぎないが。
「って!」
考えるうち滅茶苦茶離されているではないか。目測……いや知らん。まあだいたい10mぐらいか。
「おーい、まってくれーい」
「お断りします!」
「うおぉおい!?」
めちゃくそ情けない声が出たのを深く気にする猶予はなく、なけなしの持久力を絞り出してなんとか走る。
「そのままで!」
「ひえぇ」
しかし海未もさらにペースを上げだして、差が縮まらない。風と勢いにちょっと流れるトレーニングウェア、そうして見え隠れを繰り返す腰。そんなチラリズムを楽しむぐらいしか対抗手段は残されていなかった。
「どこ見てるんですか!」
「ぬーん……?!」
ばっちり読まれてた。後方を確認せずとも千里眼よろしくしてくる園田さん半端ねえ。
「この道を抜けたら公園があります、そこまで耐えてください!」
「へあ」
「先行ってますよ!」
結局。キレッキレでキラッキラな彼女に追いすがるに至らず。海未は終始たくましくあった。
「お疲れ様です」
「ありがとうございやーす……」
白く輝く太陽のもとをぜえはあぜえはあ走り抜け、やっとこさ休憩地点。まだ折り返しだという事実を一旦忘れ、公園のベンチにへたりこんだ。海未は既に到着し待っていたという有り様である。彼女の労い、対し蚊みたいに細くうめいたわたし。もはや何も言うまい。
運動量のみならずペースも速かった海未は、前髪が汗でふにゃついている程度で、まだまだやれるという雰囲気だ。全盛期はもっとすごかったのだろうけれど。
自分のことは棚にあげ分析していると、表現しがたい冷たさが頬に触れた。
「よく、投げ出しませんでしたね」
温度差と驚愕から思わず体をねじり不安のままに振り返れば、その正体はスポーツドリンクだった。500ml程度のペットボトル中まんぱんにおさまっている。俺が追い付くまでのあいだに海未が買ってきてくれた……のだろう。
「いいのかい」
「水分は生命線ですよ。それに、そのために先回りしたんですから」
「なんだって?」
「……あ! なっ、なんでもないです」
海未、つい口が滑った模様で。すぐさま誤魔化し笑いを浮かべ、これでもかというくらい目線も泳がせるが、それでは答えを教えているようなものだ。
当然煽らない手はない。
「鬼かよと思ったりもしたがねぇ。胸打たれたよ、泣いていいかい?」
「きこえ……っ!? さっさと飲む! それと鬼は余計ですっ!」
案の定。彼女は赤面とツッコミを同時にこなしてくれた。満足したので軽くごめんと返して、改め一息つく。近くの木に茂る青葉が穏やかに揺れていた。
「こんなふうにへばってちゃいけないんだけどね……」
「はじめはそううまくいかないものです。その中で、最後までやり遂げることが大切ですから」
「……どうもありがとう」
「どういたしまして」
負けていられない。ペットボトルの蓋を明け、流し込む。ひんやりした甘さが喉にからみついて、すぐに奥へと抜けていった。
「では、もうひと頑張りですね?」
「あいよ」
飲むのに一区切りつくのを待って、手を差し伸べる海未に。彼女のさりげない優しさに感謝しつつ、その掌につかまった。
「ぐああああっ……」
「玄関で寝転ばないでください!」
小一時間して。
いい具合に足をきしませて帰宅するなり、おもくそぐったりしたのはまた別の話。
もっと姉貴な海未を表現したかった。だがやはり筆力が足りなかった許せ