ではでは。
正午。日本が昼のど真ん中に到達した瞬間だった。
――ぐうううう……。
低音がした。微かな地鳴り、かと思ったが違う。どこを向いてもなにひとつ揺れていない。
と、すると。
「なるほど……」
真実が脳内ではっきりとアナウンスされるより先にわかった。間抜けさ可愛さが共存したこいつは――まるでアニメのSEだが、紛れもない人間としての福音なのだ。
では出所はどこから? 自分が犯人ではない。実のところその方が良かったかもしれない。
慎重に、つい目が合ったりなんてしないようにソファーに座っている海未の方を見る。
「…………聞きました?」
やはり、というかなんというか。すでに彼女はこちらが立っているのとは反対側へ顔を背けていた。角度上耳が真っ赤なのしか見えないが、本人がどんなふうになっているのかは想像に難くない。とっても静かだったタイミングで事が起きてしまったというのがさらに追い討ちだったろう。なんてこったい。
どうするか。無論、いち良識人としてフォローをすべきだ。……ゆっくり深呼吸してから、浮かんだ口にする。
「New record!!」
「お黙りなさい!」
腹部を隠すように押さえ、海未は睨んだ。こちらの悪意なき悪意を盛大に責めたのは、遅れてダウンから解放された海未のプライドの欠片によるものとみて間違いない。
「だってさー、この間鳴ったときに12時3分をお知らせしますって時報みたくフォローしたら怒ったじゃないかよぉ」
「あれは悪意が丸出しだったので」
「今回は? かつてより3分早かったことを元にもうちょいコミカルにしてみたんだが」
「ダメです……もう」
とはいっても限界か、海未はすぐに色白い綺麗な手で顔を覆った。慰めに撫でてみるも、海未はくたびれたぬいぐるみのごとく流されるように応じるだけ。いつも凛々しい分ギャップあっていいぞ励ますも、効果はない。前回もそうだったのだが……誰かの前で腹を鳴らしてしまうのは本人的には相当はしたないらしい。今日とて例外ではないだろう。
行くところまで行ったか、この世の終わりみたいな感じで海未が空を仰いだ。彼女の涙が外から差し込む光で煌めいて、なんだかちょっと渋い。
――普段、海未は目標や問題、使命にはそうそう打ちのめされない。いつでも全力で立ち向かっていく。
が、しょうもない恥辱・敗北感といった類には滅法弱い。百戦錬磨、勇猛果敢、物腰丁寧大和撫子な海未における数少ない弱点のひとつだ。
……待てよ、わりと弱点は多い。例えばトランプのババ抜きなんて絶望的に弱い。実力は……いつも答えを表情に出してしまうほど。
「何か失礼なこと考えてません? 」
「そ、それよりつっこめるとは思ったより元気じゃないか! よかったよかった!」
「そういえば……ババ抜き、一回たりとも勝てた試しがありませんね」
「ん?」
「無性に悔しくなってきました……」
「んんんんんーっ??」
心なしか、ますます雲行きが怪しくなってきたように思えるのは何故だろうか。昇天でもしそうだった彼女の雰囲気が、どうもギラギラしてきた。さながら挑戦者のごとく。
「忘れてもらえませんか」
「へ」
「私があなたをババ抜きで負かした暁には……な、鳴ってしまったことを忘れてもらえませんか、と」
いつの間にか自分の額に脂汗がこんにちはしていた。海未のトランプの弱さは折り紙つきだ。
彼女は負けず嫌いである。始まったらきっと勝つまで終わらない。蟻地獄状態一直線。すなわち終わりの始まりだ。
「とんでもなーい! そんなことしなくたって今すぐにでも忘れますとも!」
「そ ん な こ と?」
「……あ」
必死、回避したさは焚き付けに。自分のうっかりを自覚したときにはとっくに取り返しつかず、証拠に海未がにっこり笑っている。増しに増してやる気満々、ブラックな影を際立たせて。
「トランプはもう用意してあります! ではそこの机でいざ!」
「ああああああああ!!!」
きっとこれから、ジョーカーが海未の手札を入れ替わり立ち替わりすることとなるのだろう。
どちらか(の腹)が、音をあげる頃まで。
腹の虫が鳴ったときの海未ちゃんの反応に妄想を膨らませたかった。だがそればかりになってオチが強引になった許せ