拳のマニフェスト   作:蜘蛛ヶ淵

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産みの苦しみ…。


不運と踊ろう

 夕刻に差し掛かり黄昏の光が窓ガラスを透して差し込こんでいる衛宮家、台所…。

 その流し台の前で包丁片手に、もう片方の手に持たれたジャガイモの皮を剥きつつ、

藤村 大河は物思いに耽っていた。

 物思い…と言うより、最早悩みの種と言っていい、その対象…。

 ソレはこの家の元家長である衛宮切嗣の忘れ形見であり、

彼女の弟分でもある衛宮 士郎の事である。

 

 (最近、士郎の様子が(とみ)におかしい…。)

 

 溜息と共に、皮を剥き終わったジャガイモを再び水洗い。

 その後適当な大きさへと切り分け、熱湯が収まった鍋へ、手早く入れる。

 

 (玉葱…炒めるのめんどいな…。)はぁ…。

 

 玉葱の皮を毟りつつ、彼女は衛宮切嗣の葬儀後から今日に至るまでの弟分の奇行、

それ等を思い出しては頭を悩ませる。

 最早それは彼女の日課の一つになりつつあった。

 憂いを帯びたその表情は、同回生(異性)の大半が見れば、

瞬く間に恋煩いに罹る者もいるだろう。

 実際、彼女は喋らなければモテている。

 …だが彼女との恋愛を発展させるにおいて最大のネックと言えば、

やはり実家が893という一点にあったりする。

 …とは言うものの、

藤村家自体が地域の商店街やご近所との折り合いが悪いという話は特に無く、

周囲とは比較的良好な関係の下、

長年受け入れられている事は誰もが知るところな訳で。

 その為「大丈夫だろう」タカを括っては、

大河に交際を申し込む者も中には居た訳だが、結局は藤村組総出に迎えられ、

彼等に気に入られなければ、ソレも叶わず諦める他に無しという…。

 …つらつらと書き連ねてみたが、やっぱり主に実家のせいで彼女の春はまだ遠い…。

 まぁ、彼女の恋愛模様はさて置いて。

 刻み終えた玉葱を、結局炒める事も無く鍋へと投入。

 人によっては文句を言う者もいるだろうが、作っている大河本人は勿論の事、

共に夕食を済ます士郎本人も、特に気にする事はないだろう。

 

 「結果カレーであるならば、過程なんぞどうでもいい。」

 

 毎食インスタントで済まそうとする士郎に対し、

「コレではいけない」という考えの下、

彼女なりに四苦八苦しながらも最初に作った衛宮家での夕食に対し、

彼の感想がコレだった。

 当初、調理に不慣れな彼女なりに一所懸命作ったメニューを前にしての、この感想。

 この言葉で居間の空気が瞬時に凍り、彼女の表情も極寒の如き無表情。

 

 (…私は今、馬鹿にされてるのか?)

 

 そんな思いに駆られ、眉間に皺を寄せつつ壁に立て掛けていた竹刀の方…ではなく、

その隣に何故かある木刀の方に手が伸びかかりもした訳だが、

まぁそれも今の彼女には詮無き事。

 正直今夜、彼に切り出す話の内容を考えるリソースに時間を割きたい彼女に取っては、

悠長に腰を据えて調理をする精神的余裕はあまり無い。

 どうせ適当に作ったところで奴自身が文句は言わないだろう事からも丁度良かった。

 ―――今日彼女が夕食で切り出す話の内容。

 それは目下の悩みの一つである士郎の不登校問題についてである。

 …まぁ他にも彼については悩むべき内容が結構な数あり、

彼女の頭の中はその整理にてんてこ舞になっているのだが。

 

―――とりあえず一つずつ解消していく他にない。―――

 

 そう答えた彼女の祖父・雷画からの助言は尤もであるし、

それは彼女自身も解ってはいる。

 それでも日々の日課になってしまったが為に、彼女の思考はやっぱり止まらず、

今日も葬式当日まで記憶が(さかのぼ)ってゆく…。

 

 (葬儀の最中は父親である切嗣さんが亡くなったからか、

年相応に取り乱してたり、遅い夕食の最中に気を失ったりと大変だったけど、

あの子の事情を考えてみれば、ソレは当然の事かもしれない…。

 新都での災害で実の御両親を…、今回で育ての親(切嗣さん)を失ったんだ。

 精神的な限界から混乱したり、挙動がおかしくなったりするのは…、

なんらおかしくない…。)

 

 当時の年相応の弟分を思い出しつつ儚く笑い、刻んだ人参を鍋へ投入。

 

 (……まぁドサクサ紛れに胸とかお尻とかお腹とか……、

揉みくちゃにされた様な気もするけど、

きっと親を立て続けに失ったショックによる幼児退行的なものでしょう…。

 実際あの子、精神面もまだ幼いし…。

 本来なら甘えたい盛りな年頃だろうから…。)ウン。

 

 当時の親父臭い弟分を思い出しつつ、真っ赤な顔で鶏肉を鍋へ投入。

 

 (葬儀後しばらくは無気力状態からの不登校児にもなっちゃったけど…。

ソレも…まぁ、おかしくはない。)

 

 葬儀が終わって(しば)らくの間、

陸に打ち揚げられ力つきかけてる魚の様に横たわる弟分を思い出しつつ、

疲れた表情で灰汁(あく)取り開始。

 

 (でもある日突然家の庭中を穴だらけにするっていうのは、

どういうことなの…!?)

 

 ある日の事、最早日課である朝の挨拶をしにお隣さんを訪問した彼女。

 門を潜った彼女の目の前に突如広がるのは、

家屋を除く敷地内全てが穴だらけという何とも信じられない光景。

 ソレを思い出した瞬間、眉間に皺を寄せながら刻んでいたカレールーに、

彼女は勢いよく包丁を入れてしまう。

 まな板から「ダン!」という鈍く重い音が台所に響くが、

その包丁捌きは手馴れたもので…。

 …何故手馴れているのか…実家稼業が関係しているのかどうかは置いといて…。

 指を怪我するという事も無く、彼女はその後もルーを淡々と刻み続ける。

 刻んでいるのは玉葱では無いはずだというのに、

その目尻にはじわり…と、涙が浮かんでいた。

 

 「ど~してぇ…一体どういう事なのぉ…。」

 

 思わずそう口に出してしまう程、後見人である彼女は精神的に追い込まれていた。

 それほどまでに今日まで続くあの光景は、衝撃的かつ悩ましい出来事であった。

 その後も士郎の異常な行動は留まる事を知らず。

 現在も隙あらば取り上げた筈のツルハシを片手に庭中に穴を掘ろうとするし、

誰もいないはずの空間に突然話しかけたと思えば、

突然おかしな行動を取り始めたりと…。

 具体的に言えばシャドーボクシング的なアレとかシフトウェイト的なソレとか…。

 まぁソレ等は全て、彼女には視えないヌミディア生まれの妖精さんの仕業な訳だが。

 

 (最初は男子思春期特有のゴッコ的な行動かと思ったけど、

ソレにしては度が過ぎてるでしょお…。)

 

 彼女の様に妖精さんが視えない以上、

士郎がやってる行為の数々は中二病…その考えに行き着く。

 刻み終えたカレールーを涙目になりつつ鍋へ投入。

 お玉で中身のカレーを掻き回しつつ溜まった涙を指で拭う。

 

 (わ、私がしっかりしないと…私がしっかりしないと…私がしっかり…。)

 

 もはや口癖になりつつある台詞を頭の中で反芻しつつ、

彼女は今夜、彼に話すべき問題について再び頭を働かす。

 出だしは士郎(仮)の好物でご機嫌を伺いつつ、

後はどのタイミングでどう切り出すべきかと悩ませる。

 正直もう見捨ててもいいんじゃないかと例え後見人であろうと思う所だが、

そんな選択肢は最初から考慮に入っていないという所が、

藤村大河という人間の美徳であり彼女が周囲から慕われている理由でもある。

 

 (…えーい!もうウダウダ悩んだってしょうがないじゃない!

 出たトコ勝負だ!!)

 

 そしてこの思い切りの良さもまた彼女の長所であり、

人に好まれる理由でもある。

 まぁ、今回の不登校云々の問題が解決されたとしても、

今後また新たに生まれるであろう問題に頭を抱えていく彼女な訳だが…。

 

 (うん、そうよ!―――私が…、私があの子をちゃんと看ていかなくちゃ!!

 あの子にはもう私しかいないんだから!」

 

 陰鬱な気持ちを無理矢理切り替え気合を入れた結果、

自身に念じていた言葉が声に出ていた彼女。

 ソレが恥ずかしかったのか、

場を誤魔化すかの様に赤くなった表情(かお)で更に声を張り上げる。

 

 「しろ―――!ご飯できたわよ―――!!」

 

 主に士郎(仮)の影響で、

何気に原作よりも家事・育児能力が上がっている藤村大河であった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 ―――食後の満腹感から心地の良い眠気が襲うが、まだ彼は眠る訳にはいかない。

 この後また身体を丹念に解しつつ、

疲労が残らぬ程度に筋トレを行わなければならないからだ。

 …ここ毎日の日課内容…。

 朝日が昇るよりも早く起きては柔軟して筋トレしてランニング。

 朝食済ませたらウィービングしつつシャドーして、

ミット打ちの最中に突然飛んでくる反撃に対し、

スウェー及びダッキングにパリィングという複合訓練。

 昼食済ませたらツルハシ握って、ひたすら穴掘って穴掘って穴掘って穴掘る。

 本来ならば、ここまで詰め込む様な訓練など素人目から見てもド論外。

 児童の身でこんな無理を押し通せば最悪成長の妨げに成りかねない。

 しかし彼の前に立ちはだかる最大の壁、それはギリシアの大英雄ヘラクレス。

 これだけやってもまだ足りない…この休憩時間すら彼には惜しい。

 正直死んで楽になったほうがマシかもしれぬ程の質と量である訓練内容。

 本格的な死を経験した事が無い彼にとっては、死は本能的に避けるべきモノ。

 死にたくないと願うからこそ今もこうして、日々繰り返される苦行に耐えていられる。

 出来る事ならば訓練以外の時間は食事と睡眠に当て、

このクソッたれな現実から少しでも逃避したい…しかし…。

 

 「ねぇ士郎、そろそろさ…その…学校、行く気にはならない?」

 

 苛烈な訓練による疲れを、瞑目しつつ癒す食後の貴重な休憩時間を、

藤村大河のそんな一言によって台無しにされた。

 正直そんな時間は欠片も無いし、出来る事ならば実年齢上を鑑みて、

小学校なんて通いたくも無い。

 しかし精神的に殺伐としたこの現状下。

 鼻水垂れた小学生共を尻目に優雅なシエスタ決め込みたい。

 平和な時間を体感したいし満喫したい…そういう気持ちも確かにあった。

 だが、彼の答えは既に決まっている。

 

 「悪いがそんな時間は無い。俺にはやるべき事がある。」

 

 これが特になんら生命の危機も迫っていない、

緩やかな作品の二次創作トリップであるならば、

実年齢上の事もあり曖昧にお茶を濁しつつ、事態の先送りを計るのだろう。

 しかしハッキリと生死に関わる事案が数年先に待ち受けているとならば話は変わる。

 この碌でも無い世界に訳も分からず放り出されてしまった以上、

彼の精神は既に典型的な日本人と違い、

はっきり「NO」と言える人間へ切り替わっていた。

 …だが、次の彼女の発言で空気(士郎)が凍る。

 

 「…でもさ…アナタ、来年は中学生になるでしょう?」

 

 「………………………………………………………ハイ?」

 

―――チウガクセイ…?今、目の前のこの女は何と言った?―――

 

 『中学生』…現在の士郎にとっては聞き捨てならないそのワード…。

 ソレが彼の脳内一帯を埋め尽くし、両の眼球が小刻みに震え出す。

 身体中からは冷や汗がドッと流れ出し 、

(はらわた)が重力に負けその全てが下腹部へ垂れ落ちる幻覚に襲われる。

 この混乱から来る動揺を少しでも落ち着けようと、

彼は懐や腰周りにあるポケット等を執拗に弄るが、

何時もならばソコに在るであろう目当てのブツが存在しない。

 それに気付いてしまい、しかし少しでも体裁を整えたかった喫煙者。

 利き手を自らの口元に着け喫煙中の体を取る事で、

苦し紛れながら心を落ち着かせる様必死に努めていた。

 

    ―――来年中学生という事は今、何歳だ?12歳?

        待て、という事はあと五年?十年じゃなくて?五年?―――

 

 …が、そんな努力をしようとも、口元に置いたその利き手は面白い程に震えている。

 限界は最早目に見える距離に在り、正直彼はこのまま意識を手放したい気持ちで一杯だった。

 しかし彼には聞かねばならない事が…、確認しなければならない事がある。

 

 「…あの…藤村さん。」

 

 「ふ、藤村さん!!?」

 

 「あの~ですねぇ、非常~に申し訳無いんですがぁ、

…藤村さん宅にある今日か、昨日の新聞あたりを拝見させて頂けるとですね…

大変ありがたいのですが――…。」

 

 胸元で両手を揉み擦りながら平身低頭。

 取引相手に顔色見つつお伺いを立てようとするその様は、

生前取った杵柄による悲しき宮使えのソレである。

 

 「…ちょっと、その気持ちの悪い喋り方は止めなさい。

 その仕草も…揉み手も止めろ!!はぁ―――…

 …で、何で突然新聞なんか…?

 それに新聞読みたいなら家の…あ、そっか…。

 切嗣さん、家空ける事が多いからって新聞契約して(取って)なかったんだ。」

 

 そう言うや、彼女は疲れた表情(かお)でその場から立ち上がる。

 

 「…ちょっと待ってなさい。」

 

 そう言い残しつつ溜息と共に居間から退室。

 その後、頼んでいた物を片手に数分と経たず彼女はその場に戻ってきた。

 そしてその手から渡された、新聞のとある箇所に目を通す…。

 

 …平成12年(2000年)○月○日発行…

               …平成12年(2000年)…

                        …2000年…

                             2000ネン

                                  2000

 

 (エ、ナンデ!?2000ネンナンデ?95ネンチガウ!?ナンデ!?!?)

 

 最早本来(・・)の現状を受け入れる余裕など欠片も無く…。

 訓練による疲労も相まって、心身共に限界を迎えた士郎は意識をあっさりと手放した。

 気持ちのいい虚脱感と嘔吐感が彼を襲い、

胃に収まっていた夕食を盛大に吐き出しつつ倒れ逝く。

 その様を見ている大河は慌てる以前にこれまでの疲れで呆け掛けており、

 

 (…あ、なんかコレ前に観た映画のワンシーンみたいな倒れ方だ。)

 

…と、なんとも場違いな感想を抱いていた。

 宙に吐き出された吐捨物が綺麗な放物線を描き、

吐き出した張本人の顔に盛大にブッかかると同じくして呆けから覚める大河嬢。

 

 「し、しろぉ―――――!!」

 

 笑いの神が降臨した士郎(仮)の傍らで彼女の叫び声が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …暗い意識の遥か底で…。

 生暖かい空気漂う真っ暗な空間の中、膝を丸めて身体を横たえる士郎(仮)。

 その(さま)はまるで母体に包まれた胎児の様…。

 傍から観ると何とも穏やか()つ安寧たるその光景。

 しかしその(じつ)、これは彼の諦めの心象である。

 

 (もうダメだオシマイだ。

 残りあと5年て何だよ 10年じゃなかったのかよ...。)

 

 現在、彼が宿る衛宮士郎と呼ばれるこの身体。

 見た目小学校低学年くらいの体格をしていた為に、

今迄彼は致命的な勘違いをしていた。

 10年もの猶予があるのならばもしかしたら…と、ある種タカを括っていた。

 余裕がある…希望がある…そう思っていたというのに、

実際の士郎終末時計は10年どころかその半分、…5年である。

 5年しか無いのである。…―――詰みである。

 

 (こんなよぉ分からん状況に陥った時点で、

まず最初に調べておくべきだったろうが!

 重要項目やんけ、西暦何年か調べるのなんざ!!

 あぁ―――…、よくよく考えてみれば、

士郎が切嗣に引き取られてから死に別れるまでの期限もあった訳だし、

ソレを考えに入れて当たり前だったってのに馬鹿なの俺は…。

 …コッチに来てから本当に冷静に物を考える余裕が出来てねぇ…。

 俺の型月知識まったく使い物になってねぇやん…。)

 

 生前、彼は仕事の合間合間に出来た微妙に暇な時間があれば、

何とはなしにネット小説などを掘り起こし、時間を潰していた。

 それが実際、我が身にハ―○ルンやらアル○ディア的な展開が降り掛かってみれば、

ご覧の通りトコトンな迄の空回り。

 正直ここに至り、彼はスコッパーとしてもそうであるが、

それ以上に、これまでに纏めた自分の原作知識を欠片も信用出来なくなっていた。

 実際穴だらけの知識である…仕方の無い事やもしれないが。

 

 (てゆーか、なんで小6にもなってこんな背ぇ低いんだよ!

 130cmも無ぇじゃねーか!!欠食不良児かコイツは!

 もっとご飯食べろよ!肉を食えよ!お米!食べろよぉ…!!)

 

 彼の魂からの慟哭が、黒洞々たる闇の中へと吸い込まれていった…。

 

 

 

 

 『立て。』

 

 もはや音すら響かぬ静寂な意識()の中。

 蹲り不貞腐れる士郎(成れの果て)を見下ろすは、

地面に杖を突いた、一人の屈強な伝道師。

 

 『もはやお前には絶望に浸る時間すらも無い。

 生き残りたければ、まずは立て。

 これからの五年間、一分一秒・刹那の間でさえお前の血肉に変えねばならぬ。』

 

 「…今迄十年の余裕があると思い込んでいたのは俺のナリが小学校高学年にしては

幼すぎた為だとか、現状の衛宮士郎の情報のみを掻き集める為に必死になり過ぎて

やる気無くなったりして正確な年代を調べなかった俺自身の落ち度もある訳だが

俺が勘違いをしちゃった遠因を作ったのはアンタのせいでもあるんだからな。」

 

 彼を見下ろすザファルに対し、流暢なペラ回しで非難する衛宮 士郎(成れの果て)。

 

 

 

―――十年後、泣くも笑うもお前の努力次第だぞ。―――

 

 

 

 …前回、そう彼に言われた言葉を思い出し、

非難がましい目でザファルのツラをガン見する。

 …そんな成れの果て(士郎)とザファルの(もと)へ、静かに歩み寄る男が一名。

 その人物、どう見ても堅気には見えず…、本職の893よりも893している風体。

 剃髪した坊主頭に右目には眼帯が…顔面は至る所が傷だらけ。

 そして服の上からでも解るほどに鍛え上げられた、武術家特有の機能的な肉体。

 常在戦場を掲げているのか、その身に纏う空気は精練に、

且つ混じり気無く淀んでいる。

 

 『クク…五年でこのワッパを一端の玄人に仕立て上げるかぁ。

 …中々の無茶振りだが、まぁ無理ってぇ訳じゃあねぇ…。』

 

 「…オ、愚地、館長…?」

 

 士郎は目の前に現れた男の名を、震えた唇で紡ぎ出す。

 彼を見下ろす二人目の男…その人の名は愚地独歩。

 長く続く格闘漫画 『刃牙シリーズ』の登場人物の一人である。

 彼を視界に入れ、その姿を認めた時、

士郎は驚きと共に正直なところ、安堵していた。

 あの漫画ともなると、どうしても地上最強の生物が思い浮かんでしまうし、

ソレは士郎(仮)本人とて例外ではない。

 もし仮に、この場にあの男が出て来たとしても、

士郎はあの男が指導者として優れているとはどうしても思えない。

 息子の事を極上の餌とかヌカす割には育成は妻まかせ。

 途中からは息子本人の自主性任せだったし、

最後は範馬の血如何(どう)こうでゴリ押しするしで

その性格上、欠片も信用が出来ないのだ。

 まぁ長期連載が故の弊害と言えば、それまでなのかもしれないが。

 しかし、目の前にいるこの男は奴とは違う。

 長期連載故の弊害こそ被ってはいるが、才能云々で物を言わぬ、

文字通り努力型の人間だ。

 しかも物語上、指導者としてその地位を確立させている。

 この男ならば、ザファルの指導も相まって、

さらに自身を強くしてくれる事だろう。

 でもやっぱり五年の時間制限の上に、その先に立ちはだかるは、

死亡フラグの大権化であるギリシアの大英雄ヘラクレスである。

 それに彼が半世紀も努力して、やっと手に入れた珠玉の正拳突きとやらを、

十分の一の時間で体得なんて、まず無理無理無理のカタツムリであるし、

5年努力したところでやっと一端の空手家を名乗れるかどうか。

 しかもソレは空手一本で努力した場合の話であって…。

 その考えに至ったところで、再び士郎に絶望の(とばり)が降り始める…。

 

 『まぁ一番成長の見込みがある時期だ。

 徹底的に鍛え上げりゃあ、一通り使える(・・・)様にはなるだろ。』

 

 そんな黄昏始めた士郎の前に、闇の向こうから、

言葉と共に両腕を胸に組みつつ、ユルリとした足取りで現れた三人目。

 服の上からでも分かる程に屈強な体格を誇る、

無精髭の目立つ短髪・高身長の中年男性。

 …その男の名は入江文学。

 武術富田流六代目継承者…38歳童貞。無職。普通自動AT限定。

 十兵衛ちゃん曰く「教え方がヘタ。」

 

 「童貞(文さん)…。」

 

 『……ねぇ、何か俺だけ呼び方おかしくない?!

 紹介も何かこうアッサリ風味っていうか…。

 特に最後の方が何かこう、何か…。ねぇ、おかしくない?!』

 

 彼等の他にも、かつて観た事のあるキャラクターが、

暗がりから続々と此方へ現れる。

 何故か皆が皆、格闘漫画のキャラクターで統一されているのだが。

 それ等の中には、どう見ても格闘漫画から逸脱しているだろうチートキャラが、

ちらほらと士郎の視界に映る。

 例えば長髪で黒いカンフー服を身に纏った仙人志望の青年(年齢不詳)だとか。

 質素な着流しを着込み、その身長は2Mを超え、

立派な白髭を蓄えた老人(年齢不詳)だとか。

 それからパンツを被り網タイツを履いた、

これまたマッパで筋骨隆々の―――…。

 

 『君の慟哭の叫びが、私の魂に届いたんだ…。』(イケメンボイス)

 

 「…待って。」

 

 『諦めずともいい。君の身体からは常に、無限の可能性が(ほとばし)っている。』(セクシーボイス)

 

 「いや、あのちょっと…。本当に待って。」

 

 『さぁ正義の為、共に戦って行こうではないか!』(イメージCV:紅茶)

 

 「話聞いて。」

 

 何とか冷静を保たせつつ会話を試みるものの、相手は常に全力投球。

 会話のキャッチボールをする気配は無く、常識も通用しない。

 挙げ句の果てには実力行使。

 何処から持ってきたのか知らない女性用下着を手に、

ソレを無理矢理 士郎に被せようと両手を後頭部に組み、

腰をクネらせながら彼の方へジワリジワリと近づいてくる…。

 …その後繰り広げられた語りたくもない長い死闘の末、

無敵超人と元スプリガンに脇をガッチリと固められ、

闇の彼方へ引き摺られ消えていく変態仮面。

 連行される最中、『フォオオオオ!!』という名状しがたい奇声がその場に残る…。

 

 『ふぅ…おぅ、切りもいいところだ。

 今日はもうここ等でお開きとしようかぁ。』

 

 その後、静まり返る暗い空間の中、

先程の一種壮絶な殺り取りに満足したのか、その奇声を終わりの合図と定めたのか。

 薄っすらとミミズ腫れした両腕を(さすり)りつつ、

周りに同意を求める愚地館長。

 

 『…そうだな。今宵はここまでとし、明日からの訓練に備えようか。』

 

 同じくミミズ腫れした肩などを擦りつつ、それに応えるザファル先生。

 

 『あ―――っ!!クソ!サイン貰うの忘れてた。

 いや、そっか…。 ○んど先生じゃなくて主人公キャラの方だから…、

 ソッチのサインは、…違うのか?』

 

 メタい事を口にしつつ、片手を額に当て変態仮面が消えた方角に目を向ける文さん。

 

 「はははははっははハッ、ゲフォッゲホッ……ゲフ…フゥ――…。」

 

 士郎(仮)の目の前で起こった一連のひょうげた馬鹿騒ぎ。

 彼は某織部正(おりべのかみ)の如く腹筋が()る程に笑い切り、

落ち着いていくその過程で色々と吹っ切れてしまった。

 

 (どうせ死ぬのが確定というならば、もう盛大にコイツ等に任せちまおう。

 胡散臭いけれど、もう仕方がないし…。うん、仕方ないし…。

 目の前のコレが希望(中年共)というなら縋ってみよう…。うん、仕方ないし…。

 

 ある種言い聞かせに近い決意内容であった。

 とゆうか正直なところを言えば、彼には切れる札が無い以上、

もはや目の前の胡散臭いモノに縋る他に無かった。

 人、それを自棄とも言う…。

 宴(たけなわ)の中、中年共が一人、また一人とこちらに片手を振り、

闇の向こうへ帰っていく…。

 その内の一人…独歩が思い出したかの様にこちらへと振り返り、

士郎の今後について、簡単に言葉を残していく。

 

 『あ~、そうそう…。今後はちゃんと学校には行っておけ。

 テメェの最終目的は平凡な日常を取り戻す事だろう。

 なら、ある程度の学や社会的立場は必要になる訳だ。

 な~に心配するなぃ!

 訓練の遅れは授業中、下層意識化(この場所)に引き擦り込んで、

 手ずから揉んでやるからよぉ。』

 

 そう言いながら彼は再びコチラに背を向け、

片手を軽く振りつつ闇の向こうへと消えていった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …そして、その後の三年間…。

 毎日休む事無く行われた、グラップラー式イメージトレーニング。

 教室内で授業中、居眠りしているにもかからわず、

彼の身体中至る箇所が痣だらけ。

 着ている私服が、後には学生服が血塗れとなり、

机に突っ伏し痙攣する衛宮少年がそこにいた。

 始まった当初こそ内外共に騒然としており、泣き出す女子まで出る始末。

 しかしその都度、士郎本人からゴリ押しに近い誤魔化しの言葉が入る。

 

 「あ、大丈夫。」

 

 「持病みたいなものだから。」

 

 「まぁ、よくある事だし。」

 

 …この様に、何とも軽薄な口調と態度で、

その場を乗り切る血達磨少年・衛宮 士郎。

 日常の一幕として、どう表現しても異常とも言うべきこの光景。

 そんな光景が五年後の原作開始に至るまで、

信じられぬ事に周囲に受け入れられてしまう。

 因みに小・中・高と進学するに連れ教師陣…、

特に上の役職にある教頭・校長、両教諭等からは、

彼と顔を会わせる度に遠回しにこう勧められる。

 

―――…その手の施設に診てもらったほうが…―――。

 

 彼を気遣っての言葉なのか、それとも厄介払いがしたいのか…。

 恐らく後者だと思われるが、それでもそんな彼等に対し申し訳なく感じつつ、

士郎はやんわりと断っている。

 なので教師陣も、これ以上は強くも言えず…。

 まぁ言えば言ったで後見人である藤村大河が、

鼻息荒く出張ってきそうである為、

結局現状維持を貫き通し、遂に小学校をめでたく卒業。

 …中学進学後は悪魔憑きなんていう心無い綽名までついてしまったが、

彼にとっては瑣末事。

 言い得て妙だが、ある意味悪魔以上に性質の悪い連中が、

彼の身体には憑いている。

 まぁ仮に、神社・仏閣・教会などの霊験あらたかな

神主・僧正・神父に御祓いなどを依頼したとしても、

対象者(士郎)を視た瞬間に敷地内から平身低頭しつつ追い出される事だろう。

 「二度と来ないでくれ」という熱い言葉(エール)と共に…。

 

 

 

 

 

…―――そして、血と汗と涙と鼻水による思春期の日々は過ぎて行く―――…。

 

 

 

 

 

 『数を追う事に専念し手段が目的化してしまったか。

一打一打を意識して打ち込め。罰として追加50回。』

 

 「はいッ!!」

 

 

 

 

 

 

 『…――習得と体得では次元が違う。真理を悟り初めて技は身となり――…』

 

 「あの~…先生、僕もう腕が…腕が上がらないんですぅ…。」

 

 『何故たやすく諦める!?何故言い訳を捜して怠ける道を選ぶ!?』

 

 

 

 

 

 『いいか坊主 、琉球空手にはコッカケという技法があってだなぁ…。』

 

 「あの、僕まだ空手習い始めて今日で三ヶ月くらいなんですが…。」

 

 『あぁ?三年も経ってりゃ充分出来んだろぉ?』

 

 「いえ、三ヶ月です三ヶ月!!」

 

 

 

 

 

 『オイオイ…家、出てすぐにメタルスライムと出くわすたぁ、

お前中々持ってるじゃねぇか!

 よぉし、教えた通りに殺れ!奴の弱点は心臓だ!』

 

 「…いや、あの兄ちゃん藤村さんトコの若衆さんで…。」

 

 

 

 

 

 『さぁ被りなさい。』

 

 「ねぇ待って。やっぱりこの縞パンお隣の藤村さん()の娘さんのだよね!

 俺この間顔パンッパンになるまでボコボコにされたんだけど!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


―――そして三年後―――


 

 

 

 

 冬木の地から遠く離れた、とある夜の繁華街。

 小雨が降り始めている街中の、人気が感じられない路地裏の更に奥。

 四方を雑居ビルに囲まれた、微かな光差す袋小路…。

 薄汚れたビルの外壁に不満を発散するかの如く、

バンテージでガチガチに保護された両の(こぶし)を、

何度も打ち付ける一人の大男がそこに居た。

 

……衛宮 士郎……そう、彼である。

 

 その風体は三年前の欠食不良児と同一とは思えぬ程に様変わり。

 現在中学三年生にして背丈は190cmに迫る程。

 着込んでいるスカジャンから覗く、

タンクトップをはち切らんばかりに自己主張する大胸筋。

 ジーパンの上からでも分かる程に盛り上がった大腿筋から観て、

体重の方も恐らくは100kgを優に超えている事だろう。

 15歳という年齢でこれだけの体格を誇る事から、目立つなと言う方が最早無理な話である。

 その為か最近は地方のローカル番組にて、

冬木市在住のスーパー中学生としてテレビデビューを飾ってしまった。

 これも(ひとえ)に現代科学に基づいたトレーニング理論を真っ向からガン無視し、

文字通り『日に30時間の鍛錬という矛盾!!』をコレでもか コレでもかと

この身に施してくれた中年共(一部例外あり)と、彼の為に教師として働く(かたわ)ら、

栄養士資格を取得してまで食生活向上に徹してくれた、

藤村大河の食育による賜物であろう。

 …後は原作版衛宮士郎の様に無茶な魔術の鍛錬という、

心身共に来る弊害を日課として組み込んでいない事も付随しているかと思われる。

 ここまでガチムチに成った要因は他にも幾らかあるだろう。

 しかし挙げれば切りも無さそうなので、とりあえずココまでとさせて頂くが。

 堅気連中はなんとも分かりやすいその画風と言うか、見た目に注目されがちになるだろうが、

それに対し、玄人連中は彼が纏う修羅場めいた空気と首や肩の異常なくらいの盛り上がり、

そして本職のマルボウや機動隊ですらも顔負けする程の拳ダコにこそ、まず目を向けるだろう。

 もはや堅気のソレでは断じて無い尋常為らざる雰囲気を持つこの男に、

学び舎の全校生徒や教師陣からは当然の如く恐れられ、

『悪魔憑き』などという綽名は既にナリを伏せており、

懇意(こんい)にしているお隣さん()が893という事も相まって、

現在、新たにこの男についた綽名は『リアル片桐智司』『世紀末世界からの来訪者』等である。

 

【挿絵表示】

 

 最初、士郎がコレ等の呼び名を聞いた時、目に見える程に驚いた。

 

 「この世界にあの漫画とかあんのかよ?!」

 

 …と、この様に声にまで出す程だったが、

ファンディスクである『ホロウ』の日常イベントに於いて

英雄王(金ぴか)が小学生達相手にジャ○プ買ってこいとパシらせていた場面があった事を思い出し、

○ンデーやマ○ジンがコチラにあっても不思議じゃないかと彼なりに結論づけた。

 その後、生前読んだ事のある、漫画の登場人物の名前を偶然聞いた事により、

懐かしさを覚えた士郎は、コチラの世界のサブカル関連がどうにも気になってしまい、

苦行による時間の合間を見つけては、その手の書籍を求めて書店へと足を運んだ。

 俗世間から、ある意味で懸け離れた生活を送っていた彼にとって、

昔を…生前を懐かしめるナニかがあるのは、一種の心の慰めへと繋がっていた。

 けれど特定の漫画…彼が生前読んでいた、格闘漫画関連の作品群だけが、

何故か掲載されてはいなかった。

 もしかしたら日々、目の前に現れては無茶振りを要求する中年共と、

何かしら繋がりがあるのかと思いはしたが、

彼自身が納得出来るソレらしい答えこそ出るものの、

結局ソレ等は確信めいたモノとも言えず、

今日に至るまで、この一部胡散臭い中年共と彼は日々を過ごしている。

 

 ―――まぁ、中年達の正体云々における考察は、本筋には関係ないので一先ず置くとして…。

 

 …さて、現在…。

 そこ等のチンピラ、ヤクザも視界に入れた瞬間、

泡食って逃げ出すであろう鉄人・衛宮 士郎の足元には、

数人の男女が、顔や胸を陥没させて倒れている…。

 一見、彼等はこの大男の手に掛かった、憐れな一般市民に見えるのだが、

その正体は食屍鬼(グール)と呼ばれる超常たる存在だ。

 要は人間を辞めさせられた憐れな犠牲者達であり、簡単に言えば『人外』である。

 この世界に彼が来訪して三年…。

 ジャック・ハンマーと範馬刃牙を足して更に、

色々と掛け合わせるという空前絶後の健康的な生活を送り続けた結果、

もはや人間如きでは彼の遊び相手…もとい訓練相手は務まる事(あた)わず、

必然、彼は人間以上を追い求めた。

 

―――人間以上…そう、先程も言った『人外』である。

 

 もしも、この世界に彼と同じ様な生活を送っているグラップラー…、

もとい人間が無数に存在したならば、彼もここまで実戦相手に苦心する事も無く、

食屍鬼(グール)という犠牲者達が、彼に止めを刺される事も無かっただろう。

 しかし、残念ながらここは型月世界であって、

グラップラーの世界線でも無ければ、拳闘暗黒伝の世界線でも断じて無い。

 彼は来るべきDOOMS-DAY(聖杯戦争)に備え、

三年前の運命的な出会いから今日に至る迄、常に実戦相手を求めていた。

 更なる強者との立会いを望むが故に、自らの更なる高みを目指し、

それ故に呆れるほどの修練を己に課す。

 それに併用して、とある身体的問題から常時、大地に広がる龍脈から『精』を、

冬木の管理人から無断でその身へと吸い上げ続けた結果、彼は一般人程度ならば、

もはや地を這う虫けらと認識出来る程の強さと身体を手に入れてしまった。

 力を求め苦行に励み、力を得たならば強者を求め自らが現在、

どこまでのモノなのかを確かめる…。

 そして、また満足出来ず更なる力を、強者を追い求め、また ひたすら歩き続ける。

 …もはや終わり無く続くこの男坂に、

主に中年共のせいで見事に囚われてしまった、憐れな『闘い』の巡礼者…衛宮 士郎(仮)。

 当初、願っていた本来の目的は一体何処へやら…。

 かつて死亡フラグとして恐れていたヘラクレスでさえ、

今や恋焦がれた想い人へと昇華してしまった彼は、来るべき2年後を指折り数えながら、

今日も強者を求め夜の街を彷徨い歩く。

 …なんとも傍迷惑なホーリーランドであった…。

 

 しかし今日、今宵は少々事情が違う。

 食屍鬼(グール)というワードが先に書かれていた通り、ここは地元冬木市でも無ければ

その隣の市という訳でも無い。

 更なる強者である『人外』を求めての遠征である。

 

 …強者…実戦を始めた当初は刺激的で、

今まで溜まりに溜まった鬱憤も晴らされ、満足していた。

 しかし成長するにつれ、地元内ではその非常に目立つナリで知られ過ぎてしまった。

 実地訓練というヤンチャが出来なくなり、彼なりに考えた結果、

その後は冬木から駅を二つ三つ程離れた見知らぬ街で、

腕に覚えのあるヤンキーやチンピラ相手に、花金の夜には火種を振り撒いていた。

 時には893相手にその(こぶし)を振るうケースもあったが

自身の風貌から正体が露見され、お隣さんに御迷惑がかかり、

最悪、血で血を洗う仁義無き抗争に繋がりかねないという考えから、

半グレ連中との接敵は、出来うる限り避けていた。

 最低限の変装で顔も隠してはいるが、なにせ目立つ体格だ。

 念には念を入れての事であるし、本来であるならば関わらない方がいい。

 なにせ、ほんの少しの切欠で下手をすれば、

和風伝奇ノベルから地域制圧型シミュレーションに移行しかねない

何ともデリケートな問題でもある為、喧嘩を売る相手には、厳選に厳選を重ねていた。

 『FATE/stay night』というタイトル名が『大大河』なんて物になってもまた困るし。

 とりあえず、そのおかげもあるのか、彼の観察眼は徐々に養われ、

現在パッと相手を観ただけで、どれくらいのヤバさかが大雑把にではあるが、

判別出来る様になっていた。

 簡単に説明するのなら、奇生獣の物語上で、

強さの表現を巨大なカマキリやらクモ等で表現した様なものだろうか。

 …しかし、それなりに腕に覚えのある893と違い、街中を練り歩く場馴れした不良程度では、

彼の経験値的に見て1とか2程度であり、

しかも下手に加減を間違えてしまえば彼等を殺しかねない為、

当然の如く現在の士郎では、満足に力を振るう事も出来ず。

 ストレス発散も出来ないこの現状に 彼のキチゲは当然の如く溜まっていくばかり。

 レベルアップのファンファーレが鳴る気配の無い…その現状に焦りを感じ、

狩場、もとい自分に適した訓練相手に事欠かない場所はないものか…と、

頼りない原作知識を漁ってみた結果、

『吸血鬼』という一つのワードが彼の頭の中に思い浮かんだ。

 

―――そうだ、ここ型月ワールドなんだし吸血鬼がいるんじゃね?―――

 

 『吸血鬼』という型月世界においての『絶対強者』…。

 訓練相手に難儀していた彼がその存在に思い当たり、

興味を示すのは必然だったのかもしれない。

 ただ、彼のこの思いつきだが、本来『英霊召喚を可能とする』FATE時空であるならば、

死徒二十七祖自体が結成されていないという点もあり、

バルダムヨォンさんが、もしかしたら遠野四季として転生こそしてはいても、

吸血鬼では無いという可能性等があった為、

本来のFATE/stay nightという物語上、今回の遠征はほぼ徒労に終わるだろう、そのはずだった。

 しかし、食屍鬼(グール)という存在が現在、遠征先である(くだん)の町で彼に確認された通り、

二十七祖の存在はともかくとして、少なくとも『吸血鬼』はこの街に存在する様だ。

 衛宮 士郎(仮)にとって都合がいい事に、この型月世界は『なんでもありの世界線』らしい。

 しかし原作…というよりも型月知識に乏しい士郎(仮)本人が、

そんな細々(こまごま)とした設定など、知る由も無いのだが…。

 

 話を戻し、その後、彼なりに調べた関東のとある地域…。

 …吸血鬼が、もろびとこぞりて来訪する例の都市、○○県三咲市三咲町。

 もはや吸血鬼連中にとってのメッカなんじゃないかという、

そんな物騒な場所へ、せっかくの思いで喜び勇んで遠征と称し、

安くもない交通費を支払って、関東くんだりまでやって来たと言うのに、

結果、求めた相手は挨拶代わりに放ったジャブによる、ワンパンダウンの体たらく。 

 メタルスライムと呼ぶ事すらおこがましい。

 甘く見積もったとしても、せいぜい経験値16(バブルスライム)くらいであろう。

 そこらのヤクザですら格闘技を齧った使い手であるならば、

68(さまようよろい)くらいはあるというのに。

 当初の絶望から三年、それなり以上に実力を身につけてしまった為、

実戦(レべリングとも言う)を常に求めている彼の不満も

今回の遠出に於いて特に期待していた以上、殊更溜まるというモノである。

 標的である彼等を発見した当初、彼は思わず嬉しさの余り笑いが込み上げ、

(つい)「エフッ」「エフッ」と 、ガラにも無くエヅいてしまった程だというのに。

 しかもその弱さのみ為らず、矢鱈に数が多い為に鬱陶しい事この上ない。

 恐らくは原因であるバルダムヨォン先生、

もしくは遠野 四季先輩がハッスルした結果と思われる。

 この惨状を作った張本人を知っている者ならば、

「そら座敷牢にも幽閉されるわ」と、士郎ならずとも思う事だろう。

 こうして、彼が今抱いている不満をツラツラと記述してみたが、

とは言え人間とは違い、気兼ねなく殴り倒せる相手ではある。

 なまじ見た目がソコ等の人間と差異が無い所為か、

良心の呵責が多少働き、何時もの様に手心を加えてしまうところはあるが、

仮に殺したとしても、何等問題の無い都合のいい動く木偶(でく)人形である。

 あまりにも脆過ぎるその耐久性にさえ目を瞑れば、

本当に都合だけはいい存在なのだ。

 

 (…既に死んでる人間な訳だから殴り倒しても問題無いし、

心臓潰せば消えて無くなってくれる訳だから…まぁ、うん。)

 

 先程まで「エフッ」「エフッ」と、熱に浮かれていた士郎であったならば、

木偶(でく)人形生産機』に対して「いいぞもっとやれ」と、

適当に声援を送っていたのだろうが、すっかり熱が冷めてしまった現状、

こんな糞の役にも立たないチリ紙を大量生産して、

一体何がしたいんだろうという疑問が浮かぶだけだった。

 

 (正直、ここまで脆弱にも程がある兵隊なんぞ作って、一体何の意味があんのよ?

 え~と、確か死都を造って………んで、何だっけ?

 あ~いかんな~、如何せん知識が足らんわ…。)

 

 正確には戦う為の兵隊としてでは無く、

食事を用意させる為の小間使いとして、彼等は大量生産される訳だが、

吸血鬼の生態に明るくない彼がソレを知るには、型月知識が足りない。

 

 (奴等の行動原理なんぞどうでもいい。

 それよりもこれから如何するか…。

 いっそ木偶(グール)に見切りつけて大物(吸血鬼)狙い、行っちゃうか?)

 

 溜息と共に戦意を失いつつある拳を壁に撃ち付ける事で、

モチベーションの維持に努めつつ、今後の予定を組み替える。

 

 『不満そうだな、士郎(セスタス)。』

 

 眉間に皺を寄せながら壁に拳をぶつける士郎に対し、

そんな言葉を投げ掛けるのは、屈強な肉体を持った浅黒い肌のターバン男。

 彼の名はザファル…士郎の内に存在する、比較まともな方の師の一人である。

 

 「…不満?…当然さ…、あるにきまってるだろう!」

 

 ただでさえ想定していた相手が期待はずれにも程があり、

キチゲがさらに溜まってしまい苛立っていたところへ、

ザファルから無遠慮な言葉を投げ掛けられた事で、

ついに彼のフラストレーションが爆発。

 自身の(こぶし)をあらん限りの力を籠めてビルの外壁へと撃ち付ける。

 元々壁の強度が限界を迎えたのか、それとも建物自体が元々老朽化していたのか。

 結果はどれもが違う…たったの一撃、それだけで叩き付けた箇所を中心にして、

ビルの外壁に凄まじい数の罅が(またた)く速さで入り始めてゆく。

 

 「ゲッ…、ウッソ、やべぇ…!」

 

 結果、音を立て派手に崩れ逝く外壁を見ながら、焦り始める士郎。

 今迄、中年親父共の訓練を除けば実戦ですら本気らしい本気を出した事が無かった為に、

この様な見慣れぬ異常事態に出くわした経験が彼には無かった。

 その為、見た目一般市民の何人かが死屍累々としているその中で、

見っとも無く慌てる大男という客観的に見れば日常であるかも知れない…、

そんな光景がその場に生まれる。

 …因みに彼がこうして暴力を振るう上で、

身体に在るであろう魔術回路なるモノは一切用いてなどいない。

 …かと言えば今、このビルにデカい風穴を空けてしまったのは、

彼自身による純粋な膂力による結果という訳でも無い。

 実は、彼には前述した身体的問題から、常時とある権能が発動していたりする。

 

 

 

 …三年前、彼が衛宮 士郎に成り代わった当初、

欠食児ながらも取り合えずは心身共に正常の範囲内で、

まともに人として機能出来ている状態であったのだが、

妖精おじさんことザファル先生が彼の前に現れた事によって、

とある問題が発生してしまった。

 このザファルを始めとする中年親父共は、

士郎の身体に寄生しているオカルト的な…こう、よく解らぬナニかであり、

寄生している以上、彼等は存在維持に必要な栄養源を欲している訳で。

 ソレは人間の想いだとか、感情だとかそういうフワッフワしたものでは無く、

動物が生命活動をする上で必要な活力だとか、精力と言った至極単純なモノである。

 ザファル一人のみを維持するだけならば、

特に日常生活に支障も無く自然と賄える量であり、

 一晩休息してしまえば回復してしまう為、

士郎が生きていく上で特に問題も無かったのだが、ある日を境に大所帯となり、

どう見てもこのままでは宿主である士郎が精気不足へと陥り、

いずれ衰弱死する事は必至であった。

 この事態を早急に対処すべしと、

彼等は余所から取り入れられる栄養源を、急遽探す事になったのである。

 他者から精気を失敬する房中術から、

果ては魂魄を喰らう事で力を維持させる魂喰い等々…。

 見つけられた候補に挙げたモノを幾つか列挙し、

宿主である士郎の心情も考慮したその結果、

一番穏便と思われる方法として、

大地を巡る龍脈から流れている『精』を、日に少しだけ失敬すれば、

この問題は取り合えず解決するだろうと彼等は結論づけた。

 そして、おあつらえ向きな事に、

ソレが出来る技能をもったキャラクターを知っていた士郎の生前の記憶に、

無断で手を伸ばし漁り散らかした末に、

その人物を見事サルベージし、こちら側へと招き入れた。

 呼ばれたその男の容姿と言えば、やっぱり筋骨隆々とした体格を有しており、

身長は無敵超人と並んでも遜色の無い巨漢の老人であった…。

 

―――その漢の名を、風祭蘭白という―――

 

 格闘系…と言うよりは、もはやバトル系と表現した方がいい漫画の登場人物であり、

どちらかと言えばチート枠に位置するこの人物の、

人となりを簡単に説明するならば…。

 

 『例え味方であっても弱い奴は所詮そこまでだから死ね。

 敵は無論殺すし、女は美人ならば敵味方関係なく○す。』

 

 …大体こんなヤベェ人物である。

 

 …そんな危険人物、通称『蘭白老師』が主に用いる武術である『白鶴拳』には、

『地根力』と呼ばれる奥義があり、その技の内容は、

足の裏から大地の精を吸い上げ身体へと取り込む事で、

己の力に変えるといったモノである。

 

 『あ、いいですねぇソレ。後で私にも教えてくれませんか?』

 

 『いや教えてて…。一応これ奥義なんじゃが…。

 ま、ええわ。テメェ功夫(クンフー) 異様に高ぇし。

 あと何かココ、ワシの知ってる場所(世の中)と違うし。』

 

 士郎の身体を通じて、地根力を用い精を吸い込んでいる蘭白老師に対して、

軽い口調で教えを請う元スプリガン。

 取り合えずこれにて問題は解決…かに思われたが、

更なる問題が彼等…というか士郎を襲った。

 吸い上げていた精気に不純物が混じっていたのである。

 そう、皆さんご存知アンリ・マユである。

 大聖杯と霊的に繋がっている冬木の龍脈へ、長年かけて入り込み、

冬木市全土に浸透していたこの黒い泥が、

吸い込んだ『精』にも当然混じっていた為に、

士郎の身体へと侵入してきたのである。

 士郎本人の預かり知らぬところで、生命最大の危機到来である。

 原因を作った中年共が侵入先で待ち構えてなければだが。

 

 『何じゃ、あいつ等?吸っとる端からワラワラと湧いてきよったぞ!』

 

 『うむ、少々雑味が酷いか…。出来うるなら海鮮物が欲しいところだが…。』

 

 『毒も喰らう、栄養も喰らう――…。』

 

 『いや、それアンタの台詞じゃ無いだろ。』

 

 『さぁ食べなさい。』

 

 『ヒィッ……!!!いややぁ~~…』

 

 『…色丞さん、食べ物(?)で遊ぶのはお止めなさい。』

 

 『ホホ、なんとも賑やかな食卓じゃの~。』

 

 アンリ・マユにとって侵入してきたその場所は、正しくモンスターハウスだった。

 武術家として、時には泥を啜る事もあった彼等はどこまでも悪食であり、

当初こそ彼等もこの予期せぬ襲撃に驚きこそしたモノの、

今やアンリ・マユによる襲撃など日常茶飯事であり、

士郎本人の知らないところで繰り広げられる「中年共VS人類約60億人分の悪意」という、

レイダー同士の一大抗争は、三年経過した現在も士郎の内側で絶え間無く続いている。

 この結果、士郎の身体というか中年共という濾過装置(ろかそうち)を通す事で、

大聖杯に溜まった泥は少しづつ除去が進んでいき、その後も彼等は空腹を感じては、

その都度逆探知したその先にある大聖杯へと逆襲撃をかまし、

外食と称してはアンリ・マユと書かれた暖簾(のれん)をくぐる。

 結果、溜まっていた魔力やソレに含まれている泥なども、

彼等の糧へと成り変わってしまい、

現在アンリ・マユとして構成されているであろう3分の1近くの泥が、

この三年間続く彼等の食害によって、大聖杯の中から消失してしまった。

 無論、数世紀程溜まっていた大聖杯内の魔力に至っても、

セルフサービスと称して少しづつ中年一同の腹の中へ…。

 こうして今日に至るまで、そして現在も精を吸い続けている事により、

彼等の宿主である士郎にもその恩恵に与り、

常時、仙人の如き凄まじい力を振るえるに至ったのである。

 因みに士郎本人は、ソレ等一連の出来事を一切知らない…。

 

 「くそっ…、全然ッ殴り足りねぇ――――――…!!

 

 常時『地根力』という反則能力が発動している事など露知らず。

 仙人という領域に知らぬ内に迷い込んでしまっている小物、

その名は衛宮 士郎(仮)…。

 彼は路地裏を囲むビルの外壁の一方を、盛大に粉砕してしまったその瞬間、

一般人的な感性からくる罪悪感が働き、脱兎の如く逃げ出した。

 …彼が犯罪者の如く逃げ去った直後、倒したであろう動く亡骸が、

霧の如く闇の中へと消えてゆく。

 彼らが身に着けていた衣服と雨音をその場に残して…。

 

 

 

 

 その後、地理に明るくもないというのに、

見知らぬ街中を 食屍鬼(グール)達を殴り倒して尚、ありあまる体力発散の為、

遮二無二走り続けたその結果、繁華街の喧騒から少々離れ、

閑静な住宅街の入り口付近と言っていい場所にある、

結構な広さを有している公園に入った辺りで、彼は徐々に足を止めていった。

 

 (あ~ビビッた~…。

 ちょっと力入れただけで壁壊れるってマジありえへんわ…。

 そりゃ~見た目逞しく為ったし、力もついたな~と感じるけどアレは無いって!

 偶々あのビルが老朽化してただけだって、きっと!)

 

 顔に両手を当てつつ、言い訳めいた理由を頭の中でつらつらと展開し始める鉄人 ・衛宮 士郎。

 ここまで本気で走っていた彼であるが、

本来ならば特に息が切れるような事も無く、疲労から来る発汗もまったく無い。

 …が、意図せぬ損壊行為によって、焦りから来る激しい動悸と、

(いま)だ止まらぬ冷や汗ならば、身体中からわんさと出ているが。

 とりあえず…と、少しでも自身を取り繕ろうと、

不自然なくらいの笑顔と判り易いくらいの挙動で辺りを見渡し、

初めて来訪した公園内を観察する。

 因みに時間帯故に周囲には人っ子一人いない為、

この大男の行動は非常に滑稽にしか見えない。

 

―――この曇天の空の下、

俺の不安(こぶし)を受け止めてくれる誰かは、

何処にもいないのか…?―――

 

 …ふと、そんなキザったらしい台詞を思いつつ、

空を見上げてみれば、夜も更け始めた曇り空に、

彼の待ち人であるヘラクレスがキメ顔で浮かび上がっていたが、

高々三年程度の苦行でアレに勝てると思うほど、

彼は楽観的ではないし、自らの力に自信も驕りも一切無い。

 …まぁ正直な所を言うならば、

現状の彼でも充分あの大英雄と真っ向勝負が可能なのだが、

当の士郎がグラップラー式イメトレによる弊害を被っており、

彼のイメージするヘラクレス像が、原作よりも遥かに強大になってしまっていた。

 しかも何度も対戦を繰り返す度に、イメージ的な強さが加算されていき、

「絶対に勝てない」という現実の格闘家であるならば、

最悪の事態に陥ってしまっているのだが、

当の本人は「まぁ、だってヘラクレスだし?」と納得してしまっている。

 苦手意識以前の問題であったが、

「闘いは思い通りに行かぬもの」という事を知っている中年達から見れば、

(むし)ろいい傾向だそうである。

 因みに師匠連中がじゃあ暇つぶしに…と、

原作よりも遥かに強化されたスーパーヘラクレスと一戦交えているのだが、

皆が皆必ず一度以上は殺しきっている上に、

無敵超人に至っては不殺を貫いた状態で、あの大英雄を再起不能に追い込んでいる。

 

…そして、変態仮面は鞭と蝋燭のみで12回分、彼を昇天させている…。

 

 かつて絶対無敵として恐れていた存在が、

亀甲縛りで天井から吊るされた挙げ句、

鞭で攻められて恍惚の表情で、オンオンと鳴いている…。

 そんなふざけた光景を観た事により、

士郎の自信と正気度は最底辺にまで下がると共に、

これまで以上に『日に30時間の鍛錬という矛盾!!』という不定の狂気に

ドップリと浸かる破目になった。

 …余談だが時期を同じくして、大河が胃薬を常薬するようにもなった。

 

 (男は女以上に強い者に惹かれる…だったか。

 まぁ、強い云々で言ったら俺に憑いている連中、大概にも程があるんだが。)

 

 公園の中央付近までゆったりと歩を進めつつ、

脳内で何度も見学させてもらったあの死合い…、

あのヘラクレス相手に遠慮無くブチかまされる中年達の美しい闘技の極致、

その数々を頭の中で反芻する………約一名分を除いてであるが。

 ほんの少しでも手透きであるなら、自然と行うようになった彼の習慣である。

 やがて目的地まで辿り着くと面を上げ、

物思いに耽っている最中から感じていた、妙な静けさが漂う公園内を、

またゆっくりと見渡す。

 

 (あの(・・)三咲町に夜の公園か。中々嫌なシチュエーションだなぁ…。)

 

 先程の器物損壊行為と、鬱憤(うっぷん)を発散出来ぬ苛立ちによる気持ちの昂ぶりから、

ある程度の落ち着きを取り戻した彼は、

視界にあったブランコを取り囲んでいる鉄柵の一つに、

溜息と共に腰を下ろす。

 上手く事が運ばないこのイラつく現状から、一時でも気を紛らわせる為、

彼は既におぼろげとなった原作知識(笑)をソレと無く漁り始める。

 

 (こんな時、ヤニでも吸えれば気も紛れるんだろうけどな~。)

 

 こちら(・・・)に来て以降、事ある毎に懐を(まさぐ)り、

タバコの在り処を探る癖があった彼であるが、

(範馬兄-薬物+範馬弟)×アトラクションみたいな数式的に合っているのか、

よく解らない死すら生温(なまぬる)い健康的な生活を三年間も送っていく内に、

すっかりその癖は無くなっていた。

 とは言え、かつて喫煙していた頃の名残なのか、

物事を考える最中の彼は利き手を口元に運ぶという癖が、

自然とついてしまっていたが。

 

 (そう言えば、月姫の主人公が襲われるロケーションの一つに公園があったな。

 襲ってきた人物は―…確か吸血鬼化した女子生徒だったはず。

 名前は―――…えーと、なんだっけ?)

 

 そんな物思いにふけっていると、突如後方の風の流れが極端に変わり、

同時に獣じみた臭いが、瞬く間に彼の背後へ近づいてくる。

 瞬時にそれを害意と判断し、士郎は上半身をやや前倒しにしつつ、

鉄柵から腰を浮かせて右脚を軸に反時計回りに回転し、

左脚による気持ち手を抜いた後ろ廻し蹴りで迎撃。

 襲い掛かってきたソレを、見事左足の踵で視界の左端の方へ蹴り飛ばし…。

 

 「あっしまった。」

 

 対象に衝撃を与えた彼の左脚は、直後ピタリと宙に止まり、

一連の殺り取りによる余波で奇怪なオブジェと化した元鉄柵の上に、

音も無く足を着けた。

 

 (あ~あ、ま~た器物損壊…。)

 

 暢気にまだ一般人的な罪悪感に苛まれつつ、

公園の端にある植え込みまで雑に蹴り飛ばしてしまった、物体の方へ目を向ける。

 訓練通りに殺るならば…、蹴りの軌道を地面へと変えて、

自身の足元に対象を叩き付けてからの踏み砕きまでが、

喧嘩完了までの綺麗な終わり方だ…と、

どう訊いても人を殺すまでの一連の流れを、懇切丁寧に泣くまで教わったのだが、

どうも突発的な事態になると対処が雑になってしまう。

 まぁ、その雑さに救われてるお陰で、未だに人殺しには至っていないのだが。

 「まぁやっちまったモンは仕方ないな」と、とりあえず気持ちを切り替え、

油断無く蹴り飛ばしてしまった下手人を確認する為、

ゆっくりとソレに近づき…、パッと見で分かるオカルト的なソレに対し、

思わず彼は呻りを上げる。

 

 (人…じゃあ無ぇ。猿…、にしてはちとデカ過ぎないか、コレ…。

 生前愛読していたオカルト漫画に、ヤマコとか言う猿の化け物がいたなぁ。

 うん、アレに似てる。)

 

 正直パッと見では人間と変わらない食屍鬼(グール)と違い、

ここまで分かりやすい化物を見たのは初めてである士郎は、

口元に手を当てつつ「あぁそっか、非現実的な世界に来ちゃったんだな~」と、

改めて実感が沸く。

 

 (あぁそうだった、そういえばココ型月世界だった。

 なんだろうな~、今迄こういったオカルト的な存在と接触した経験が皆無だったせいか、

実際に観るとナンかもう感動的だわ。

 思えばこの三年間、寝ても覚めても訓練鍛錬調練修練ばっかりで…。

 もう途中からココ、格闘漫画の世界なんじゃないかな~と思ってたし。)

 

 ちなみに、そんな士郎に訓練鍛錬調練修練を施す連中は、

どう考えてもオカルト的な存在であるのだが、

身近に居る弊害故か、彼自身はソレに気付いていない。

 

 既に死んでいるであろうソレの傍にしゃがみ込み、

マジマジと観察していた彼だが、やがてソレは霧の如く夜の闇へと溶けていった。

 

 (ありゃ、消えた。手加減し損ねたのかな?)

 

 彼の耳元に『見た目よりアッサリ風味』という、

よく解らない誰かの囁きが届くと同時に、

心成しか全身に力が湧いたような感覚を覚える。

 はて、誰が言ったのかと首を左右に振りつつ、

周囲にいる士郎にしか視えない親父どもを見回し…、

まぁ、取り合えずその場から立ち上がろうかと腰を浮かせた辺りで、

ぞわり…と、悪寒が背中に走るのを感じ取る。

 過去、実戦経験において一度も体感した事が無い未知なるソレに反応し、

勢いよく気配のする後ろへ振り返ってみれば、

数メートル…目と鼻の先とも言える距離に、ソレは居た。

 

 「何時まで経っても帰ってこぬと思い、こうして来てみたが…。

 貴様がやったのか?」

 

 公園の街路灯による頼りない灯りから、

ぼんやりと映し出されたソレは全体像が黒く、人の形を模した人以外のナニか。

 体格や背丈の方は此方と然して変わらず…、

だというのにその存在感は、見た目以上に大きく感じ取れてしまう。

 晒している頭部は病的に白い地肌と、白髪と言うよりは灰色の毛髪。

 初めて目の前のソレと対峙した彼の身体は、本能的に判ってしまう…。

 …あれは人間では無いと…。

 

 (…ネロ・カオス…?)

 

 グラップラー式イメトレにより、

散々ヤバイ空気というものを疑似体験してきた士郎ではあるが、

こと現実においてソレを体感してみれば、肌の粟立ちに脂汗、

生理的嫌悪から来る吐き気等が全身を襲い、

自身を正常に保つ事がここまで辛いのかと痛感する。

 生前の感覚で言わせてもらえば、

月姫もしくはメルブラでよく見たセレクトキャラクターの一人程度の認識であり、

目の前に現れた実物にしても、

よく出来た3Dカスタム兄貴という暢気な感想しか浮かんでこない。

 この様に彼自身の精神面は至ってフラットなのだが、

彼のガワである衛宮 士郎の身体の方が、目の前のキャラクターに対し、

完全に拒絶反応を引き起こしている。

 

 (あ~、これクトゥルフ的に言えばSAN値チェックのお時間って奴だワ。

 …で、多分この反応からして士郎君のダイスロール、物の見事に失敗してますワ。)

 

 久方ぶりに中身である彼が、外身である衛宮 士郎に引っ張られる感覚に襲われる。

 小雨が降りしきる夜中に加え、目の前に突如現れた圧倒的な存在に相対し、

今迄彼の身体に発せられていた熱が、急速に冷えていく。

 衛宮 士郎の身体が吸血鬼という存在に対し、声無き悲鳴を上げる中で、

中の人である彼が必死に意識を保とうとしている…そんな状況下において、

この二人の大男の遣り取りを少々離れた場所から観戦している、

ギャラリー達の方はと言えば………。

 

 『…ほぉ。』

 

 『コイツぁ、中々…。』

 

 『なんとも………闘り甲斐がありそうな…。』

 

 『いいねぇ、このヒリつく感じ。』

 

 『WELCOM!!(いらっしゃいませ!!)

 

 各々が目の前に現れた黒尽くめの大男に対し、呑気に意見や感想を言う中で、

約一名だけシリアスぶち壊しのM字大開脚で見当違いの発言をしていた。

 簡易的な作りとはいえ、人避けの結界が施されたこの場所に、

仲良くwelcomしちゃったのはむしろコイツ等の方である。

 「暢気なモンだなあんた等」と、

こんな危機的状況であろうと自由に泳ぐ野郎共に対して怒鳴りたい気分の中、

目の前の化物の方はと言えば、

信じられないモノを視る様な目で士郎を凝視し、

恐らく疑問対象であろう親父共にも、その視線を向けた。

 

 「…貴様、その身に何体の魔を飼っている?一体ナニを 此方に持ち込んだ?」

 

 「…はぁ?」

 

 

 

 『ああ、どうやら彼は我々の事が視えているようですね。』

 

 『こりゃあ生かして帰す訳にはいかねぇなぁ。』

 

 『いや~、本当に残念じゃのぉ~…。』

 

 士郎にとって化物と認識しているその男が、

言いようの無い…まるで怯える子供の様な表情で、

よく解らぬ疑問をぶつけてきた為、彼が戸惑いを見せるのと同じくして、

普段は士郎にあまり関わらず、言葉も特に発することも無いチートな連中が、

各々に意見を述べる。

 どうやら中年達にとって、己の存在を知られる事は結構拙い事態らしい。

 本来、不殺を信条としているはずの人物からも、

ナニやら不穏な言葉が出ているし…。

 しかも最後の方では皆が皆、口を揃えて『殺そうか』『殺そうぜ』と、

不気味に囁いてまでいる。

 それにあの吸血鬼の口から、なにやら聞き捨て為らない単語まで出て来た。

 コレ等一連の事から、士郎の彼等に対する胡散臭さが二割増す。

 

 (………色々と訊きたい事はあるが、オイ。

 今、アイツは聞き捨てなら無いワードを口にしてたな。

 『魔』って一体なんだ、『魔』って!

 テメェ等!今後も本ッ当に信用してもいいんだよな!?)

 

 『相手の動揺から隙を造る…、まぁ言葉を用いた一種の忍術だな。

 俺から言わせれば 分かりやすいったらありゃしねぇ。』

 

 『なんでぇ、動揺を誘う魂胆丸見えの安い手じゃねぇか。』

 

 『あなたも修羅場に身を置くと決めた身ならば、常に明鏡止水を心がけなさい。』

 

 『フォフォフォ、まだまだ若いのぉシロちゃんも。』

 

 『フォオオオオ!!

 

 普段以上にペラが回ってる上に、普段喋らない連中までもが必死に説得の言葉を紡ぎ、

最後の一人に関しては奇声を発してこの場をゴリ押しで乗り切ろうとしてる魂胆が、

士郎ならずともバレバレである。

 彼等を見つめる士郎の眼が 徐々に半目になっていく。

 彼等に対し、更なる胡散臭さが二割増す。

 

 『えぇい!落ち着け、士郎!

 今日初めて邂逅した者の弁に信を置いてどうするか!

 今迄我等と共に過ごした、苦楽の日々を思い出せ!』

 

 中年共の中では比較的、良識のある師であるザファルにそう言われ、

仕方なくコレまでの苦い日々を思い出す。

 まぁ、彼が士郎と呼ぶたびに付けられる『セスタス』というルビが無い時点で、

奴も充分に胡散臭いのだが。

 

 

 


 

 

 

 ツルハシ用いた穴掘り作業で、両手の平に出来た豆が潰れてはまた出来てを繰り返し、

痛みの余り箸等の食器が使えない時期、

大河の目を盗んでは、犬喰いで食事を行っていたのだが、

当然見つかり咎められた挙げ句、ツルハシを取り上げられた春…。

 

 

 空手を習い始めて日も浅い中、

無理だ無理だと言っているのに身体の主導権を乗っ取られ、

無理矢理コッカケを敢行され腸捻転を引き起こし、

大河に発見されるまでの数時間、炎天下の中ひたすら悶絶し続けた夏…。

 

 

 秋を向かえ未だ残暑の続くある日、

水分補給を行う為に台所へ赴くと、中央にあるキッチンテーブルの上に、

カスピ海ヨーグルトと書かれたタッパーが置かれてる。

 流し台で夕飯の仕込み作業をしている大河に対し、

「何コレ、どうしたの?」と 訊ねてみれば、

 

 「何ってあなたが作ってって頼んだんでしょう?」

 

 ………いや『俺は』頼んでないです。

 

 

 三年前、『士郎自身』は盗んでもいない大河のショーツ群が、

士郎の自室や衣服の中に見つかる度、

彼女による物理的な教育指導が入っていたが、

肌寒さを感じ始めたある日、顔を赤らめながら、

 

 「まぁ、士郎も男の子だし…。」

 

 …と、コチラに対し異性として意識しているかの様な、

恥じらいの眼差しで口元を手で隠しつつ、

やんわりと咎められてしまった、そんなある冬の一幕…。

 

 

 そして極めつけは、日々の就寝後も深層意識下で行われる、

グラップラー式イメージトレーニングによって、

次の日の朝目覚めると寝具・寝巻き共に血塗れ、身体は切り傷、痣だらけ。

 体力こそ回復してはいるものの、けれど痛みで身体は動かない。

 結局何時まで経っても起きて来ない士郎に対し、

不振に思った大河が自室に様子見に来るまでの間、

死の淵を延々と彷徨う破目になった、そんな毎日…。

 

 

 


 

 

 

 (おぅ…、色々と思い出してみたけどな。

 心身共に苦しか残って無かったワ!苦しか!!

 楽は一体何処にあんだよ、楽は!?)

 

 『『『『『『『『カスピ海ヨーグルト?』』』』』』』』

 

 (やかまし――…)

 

 中年共に向かって怒鳴ろうとしたその一瞬、

視界から外していた目の前の黒い大男から放たれる強烈な殺意。

 ソレと同時に、黒い身体から全く同じ色合いをした黒い体毛をざわつかせ、

全体で見ればまるで熊の様なフォルムをした、

巨大な獣が鳴き声と共に湧き出てきた。

 その熊擬きは一瞬の逡巡を見せた後、こちらの存在に気付くと、

勢いよく立ち上がり、こちらに向かって圧し掛かるように襲ってきた。

 両の前脚を天に掲げる熊特有のなんとも典型的なフォームで。

 

 (…あ、コレ綺麗に殺れますわ。)

 

 立ち上がったその状態で、

大体2メーター半といったところはあるその熊擬きの動きが、

徐々にスローモーションへと知覚されていく…、その過程で。

 士郎は迎撃方法をあれやこれやと摸索し…、

結局「ああ、でも熊といえばコレだろう」と、

見た目阿吽の如き肉体を誇る彼の身体から、

もはや大開脚と言ってもいい、ダイナミックな右上段前蹴りが放たれる。

 熊擬きの心臓に形容しがたい擬音と衝撃を与えた必殺のソレ…。

 

(かつ)て入江文学の父親である入江無一は、

2Mを超える灰色熊を、一撃の下に殺害せしめた。

その一撃に用いられた技の名は…『金剛』…。

 

 敵対象の心臓部に目掛け、力の限り打ち込むソレは、

打ち込む箇所が心臓であるならば、その過程は一切問わず。

 拳であろうが蹴りであろうが構わない。

 状況によっては肘や膝による心臓打ちも『金剛』として扱われる。

 文字通りの一撃必殺である。

 例え言いようの無い恐怖に駆られていようが、身体は自然と動くもの。

 …いや、そうなる様に徹底的に泣くまで仕込まれてきたのだ。

 公園の端で管巻いてギャラリーに徹する、得体の知れない存在達に。

 …現在、『地根力』というバックアップを受けている士郎により放たれた、

全く遠慮の無い彼本来(・・・)の『金剛』。

 原作である『喧嘩商売』よりも遥かに馬鹿げた威力により、

巨大な熊擬きが蹴鞠の如く前方へ、

まるで一昔前のワイヤーアクション並みの勢いで蹴り飛ばさる。

 蹴鞠の持ち主であるネロ・カオスの横を(またた)く間に通り過ぎ、

大きく弧を描き宙から、そして地面へと落下。

 それでも勢いは止まらずソレは地面を転がり続け、

やがて彼等から遠く離れた後方に設置されている街路灯のひとつに、

甲高いド派手な音を立てて衝突した。

 その黒い蹴鞠はそうしてやっと止まる事が出来たのだが、

間を置かずして、止めとばかりに衝撃を受けた部分を起点に、

倒れたポールが熊の頭にゴンという音と共に圧し掛かる。

 見事なまでにへし折れた街路灯を背にして、

黒い液体の混じった泡を吹いて静かに事切れる熊擬き。

 …その様を遠目で見て、ふと思い出す。

 嘗て実戦に於いて、彼が『金剛』を使用したのは、たったの一度きりだった。

 記念すべき最初の犠牲者は最初にヤのつく自由業。

 吸い込まれる様に心臓部分にソレをカマした直後、

血の泡吹いてゆっくりと倒れ逝く自由業…。

 そんな変わり逝く自由業だったモノを見ていく内に、

(なん)か恐くなり、殺害現場その場から逃走してしまった為、

その後ヤ93の人がどうなってしまったのか…、それは彼にももう分からない。

 それ以降から彼は金剛を撃たなくなった。

 トラウマから、というものでは無い。

 単純に出会う相手が悉く脆かったから。

 

 しかし今日この日をもって、初めてなんの躊躇いも無く放った『金剛』。

 その感触に彼は総身が粟立ち、とても晴れやかな気分と、

襲い来る開放感に打ち震えていた。

 やっとこの現実において、気遣う事無く暴力を振るえる相手(とも)と出会えたこの瞬間に、

思わず「ありがとう」と満面の笑顔で言いたくなるほどに。

 …もはや完全にバトルフリークである。

 

 『フッ…。調子を取り戻してきた様だな。』

 

 微かに笑い、心なしか軽快に士郎へと言葉を掛けるザファルと同じくして。

 何も出来ず霧の様に消え逝く憐れな熊に対し、一体誰がソレを発したのだろうか。

 

―――臭味がひどい―――。

 

 そんな謎の呟きが、またしても士郎の耳元へ届いてきたと同時に、

心身に力が湧き出てくるのを感じ取る。

 不可思議な力によって自身が(みなぎ)っていく事により、

充実していく社会不適合者・衛宮 士郎。

 彼は嬉々とした(まなこ)でこれまで願い、

追い求めていた絶対強者に対し、視線を向ける。

 その視線に捉えられた人物は、先程の一連の遣り取りの中に、

何か気になるものでもあったのか。

 吸血鬼ネロ・カオスはまた、あの信じられないモノを見る様な目で、

士郎を凝視していた。

 一度彼から視線を外し、黒尽くめである自身の身体を手早く確認。

 そして再度士郎へと、交互に何度も視線を向ける。

 

「…もう一度訊く。…貴様等は一体、なんなんだ?一体何をした?」

 

 (さっきから何だ何だと疑問を投げ掛けられてもな…。

 寧ろ何だと言いたいのは、襲われたコチラの方なんだが。

 あ~、もしかして名前を尋ねられてんのか?)

 

 しかし仮にそうだとしても正直に名乗るほど彼は馬鹿ではないし、

もちろん度胸や心意気もまったく無い。

 とは言え、思わぬエンカウントからの見事なカウンターにより、

衛宮 士郎の身体は今や、脳内麻薬の作用によりドエライ事になっている。

 グラップラー式イメージトレーニングが行われている時と同様、

総身が力に酔い痴れている程に。

 けれどソレに反するかの如く、精神を司る彼の方はこと保身や打算が絡めば、

何処までも行ってもフラットである。

 それ故に黙して名乗らぬか、若しくは偽名で答えるか。

 それは一般的な感性を未だに保つ彼にとっての普通であった。

 故に彼は呼吸する様にこう答える。

 

 

 

「愚地独歩です。」

 

『…………………………まぁ良いけどよぉ。』

 

 

 

 

 

彼に取って生涯忘れる事の出来ぬ、熱い夜が始まる…。

 




次回、人間卒業。

気長に待ってもらえると有難く…。

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