拳のマニフェスト   作:蜘蛛ヶ淵

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 士郎(仮)「誰でもいい訳じゃない、藤ねぇのじゃなきゃ駄目なんだ!」

 大河「………何が?」



 月姫・メルブラ女性陣…特にシエル先生が結構ひどい目にあいます。
 苦手な方はブラウザバックを推奨致します。

 彼女たちの下の事情が分からない為、独自解釈をタグに追加。


俺は正義の味方だが、世間ではただの犯罪者らしい…

 …早朝…衛宮家の敷地内…その片隅に設けられた小さな稽古場(けいこば)

 赤黒い染みが至る箇所に点在し、この五年間ですっかり血生臭くなった、

けれど手入れがしっかりと行き届いている場内。

 気持ちのいい空気と静寂(せいじゃく)の中、その中央で悠然とモスト・マスキュラーをかましている、

一人の益荒男(ますらお)がそこに居た。

 

…衛宮 士郎…そう、彼である。

 

 日の出と共にこの男は一体何をしているのかと言えば、

彼にとっては当然の事ながら日課である自らの肉体チェックである。

 本来ならば掛け軸が掛けられているはずの神前には現在、

罰当たりな事に彼の姿が収められる程に巨大な姿見が()え置かれている。

 この姿見が設置された当時、藤村 大河がどれ程に怒り狂ったかは想像に(かた)くない。

 姉弟仲が一時期氷点下にまで冷え切った、そんな原因を作った姿見を前にして、

彼は様々なポージングを(ゆる)やかな速度で行いつつ、

筋肉のカット具合や次のポージングへと至るモーションに阻害(そがい)が無いか、じっくりと確認する。

 

 (hum…m…m。また、少し…、筋肉が(ふく)れた…か…。)ミシ…ミシ…

 

 鍛え上げられた肉体に張りが出来る事は、彼自身いち(おとこ)として正直誇らしくもあり、

しかし同時に複雑な想いでもあった。

 筋肉が肥大化すればそれだけ動きが阻害(そがい)されてしまう為、

技を行う上でフォームが崩れ、パワーを拳に伝えきる事が難しくなる。

 今まで(つちか)った格闘技術を繰り出す度に、

自身の身体に振り回されるかの様な感覚に苛まれ、

スピードとキレが感じ取れなくなってしまうのだ。

 常に切迫した時間の中、訓練と平行して行われてきた実戦に()いて、

調整及び覚醒を繰り返す破目(はめ)になるのは、衛宮 士郎に成り代わった以上はもはや常であり、

こうして無理矢理にでも身体を慣らしていく他にない訳だが、

その度にこの違和感が原因で危機に(おちい)り死にかけては、

正直戦闘狂である彼であれど辟易(へきえき)してしまう。

 特にこの間行われた戦闘等では、序盤から本調子とはズレた感覚に苛まれ、

何度か地に(ひざ)を着き掛けた。

 最終的にはこうして命を拾い、生き(なが)らえる事が出来た訳だが、

連戦に次ぐ連戦もあって彼自身、(しば)らくは厭戦(えんせん)気味になりかけていた。

 それでもこうして喉元過ぎて熱さを忘れてしまえば、再び闘争を追い求めてしまうのだから、

何とも救えぬ男になったものである。

 …5年前、母屋の縁側(えんがわ)に座って死んだ魚の様な目で、

両腕グルグルさせながらイデオンソードとか(のたま)っていた事が、本当に嘘の様である。

 一通りの作業が終わると、彼は身体の所々に付いている、

既に(うす)くなっている傷の一つ一つを見つけては、

利き手の人指し指と中指でゆっくりとソレ等をなぞり、

ついこの間の様に遭ったであろう鮮烈な闘争の記憶を、遠い目で思い出す。

 

 

 


―――…半年前…〇〇県三咲市三咲町、夏。―――


 

 

 

 ―――冬木の地より遠く…○○県三咲の地で生じた、後にタタリと呼ばれる怪奇現象。

 FATE時空であるならば、本来起こるはずの無い出来事ではあるが、

生憎とココは何でもありの世界線。

 そんな怪奇的な事件を解決する為、深夜の街を彷徨(さまよ)いゆくのは、

この物語の主人公である少年少女…そう、メルティブラッドな彼等である。

 本来彼等により、()り成されるであろうボーイミーツガール…、

しかしそんな学生共の青春模様なんぞ一切知るものかと、

更なる闘いを追い求める漢・衛宮 士郎による強制武力介入が、

深夜の三咲町にて遂に開始されてしまった。

 以前、何処かでチラリと見かけたであろう(こん)色の学生服着た眼鏡男子と、

ちょっと変わった異国風の服装をした少女とが、

キャッキャウフフとお互いの関係を構築している、その間…。

 そんな甘酸っぱい()り取りどころか、婦女子との出会い事態が、

もはや無縁となってしまった今生を往く(おとこ)・衛宮 士郎はと言えば、

目的地に着いて早々、個人情報保護法の下、持参していた虎の覆面をズッポリと装着。

 これで紺色の軍服とサーベル辺りも拵えれば、

思わず『ありがとう…』と言いたくなる様なキャラクターの出来上がりな訳だが、

実年齢上そこまで趣味に走る気もない為、マスクのみで妥協した。

 まぁ、仮にソレ等を揃えたとしても、左手に宿る予定であろう令呪が、

破滅の刻印なんていう馬鹿げたモノに挿げ変わっても、また困るし…。

 おまわりさんに職質されること請け合いなお色直しを公衆トイレで済ませ、

その出入り口で人の気配が無いか、巨躯を屈めながら何度も左右確認する覆面拳法家、

…その名は衛宮 士郎…改め、安直にタイガー・ジョー。

 そんな、なんちゃって閃真流の使い手へとジョブチェンジを果たした覆面男は、

さっそく深夜の街並みを、ヤクザよろしく肩で風を切りながら彷徨い歩く。

 そうして辿り着いた、人の気配が微塵も感じられない、光もまったく届かない路地裏で、

再び好敵手ネロ・カオス…などではなく、

街に広がる噂を元に、ソレを象ったタタリとの邂逅(かいごう)を果たしてしまう。

 半端者だった嘗ての士郎であるならば、

出会い頭に膝下ガクブルでSAN値チェックものだっただろうが、

この時期の彼は、最早完全に覚悟ガンギマリの拳奴死闘伝…。

 

―――ラウンド…1…、ファイト!―――

 

 なんとも可愛らしい少女の声で、そんな幻聴が耳朶(じだ)に届いた、…その瞬間…!

 両雄がド派手な音と共にぶつかり(アイ)

 衝撃と光とが奔流(ほんりゅう)となって、(またた)く間に周囲に被害を広めてゆく。

 (はた)迷惑の権化・計二名がド派手に三咲町内を縦横無尽に駆け巡る中、

タタリ現象を切欠(きっかけ)に主たる登場人物たちが、

忌まわしい因縁によって引き合わされていく…。

 …そして、そんな和風伝記から完全に蚊帳(かや)の外へと追いやられた阿呆共の方はと言えば、

お互い合意の下、(しば)しのインターバルを設けた(のち)怒涛(どとう)の第二ラウンドへと突入。

 様子見一切無しの攻撃から始まる、息つく暇も無い死の応酬(おうしゅう)が、

鉄風雷火の如く展開されるそんな中、少年少女達の物語の方も遂に佳境を迎え、

彼等は心身共に傷付きながらも互いを支えあい、

タタリの元凶の下へと辿り着く…。

 

……もう、何と言えばいいのだろうか……。

 

 圧倒的に落差のあるアチラとコチラ。

 もしもタイガー・ジョー(シロウ)が互いの在り様とその違いを知ったならば、

恋愛バトル青春群像劇を謳歌(おうか)している少年少女達に対し、

怒りの炎と共に大地から吸い上げたありったけの(ジン)

こねてこねてこねてこねて極限にまで圧縮したソレを拳に乗せて、

彼等の延髄(えんずい)目掛けて躊躇(ためら)う事無く

閃真流神応派奥義・天破雷神槍とでも叫びながら、ぶちカマしていた事だろう。

 …正確に言えば、ソレはそんな大仰な浪漫奥義などでは無く、

『断頭』という名のえげつねぇ殺人奥義であるが。

 

 ―――しかし、互いにそんな事情や状況など(つゆ)とも知らず。

 現在、21世紀最後の闘奴たる士郎青年は、眼前に相対する好敵手(ネロ・カオス)と共に…

彼等両名以外もはや何もかもが存在しない、真っ白い空間の只中(ただなか)に居た。

 

((―――…あらゆる事象や状況が頭から蒸発してゆく…))

 

((ほかの奴らの思い…頼み…目的…しがらみ…))

 

((もう何もない…))

 

((ここはオレとオマエだけに用意された純粋な空間…))

 

 

 

((ここがオレ達の聖地(ホーリーランド)だ!!))

 

 

 

 キャンペーンシナリオをガン無視し、闘う(おとこ)達の物語は今、

クライマックスを迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな落差のある両陣営をつぶさに観ていた、

元凶足るタタリこと、死徒ズェピア・エルトナム・オベローンの方はと言えば、

傷だらけになりながらも、目の前に立つ少年少女達の方に視線だけは向けているが、

その実、もう一方…ネロ・カオスにクロスレンジで対処する、

頭オカシイ虎頭の覆面男にこそ注目していた。

 自らが構成し、本物に迫る程に()されているはずの二十七祖…その一体が、

異能持ちであろうとはいえ、それでも(いま)だ、ただの人間であるはずの存在に、

(きわ)(きわ)まで追い詰められているという、異常な状況。

 アレこそ、まさに規格外。

 アレほどの面白い素材、注目するなと言う方が無理である。

 

…―――どうにかアレを再現できないものか―――…

 

 思案に暮れる吸血鬼。

 そも、アレほどに目立つ風体(ふうてい)と、現在進行形で破天荒を地で往く男である。

 彼に(まつ)わる噂の一つや二つ、無い方がおかしい。

 そう思い立ったら吉日とばかりに、三咲町全域に広げていた食指(しょくし)を再度動かす吸血鬼。

 …そうして彼は、この街にここ最近流れていた、あの大男に(つな)がる幾つかの噂の中で、

最も強烈的かつ眉唾(まゆつば)なモノを手繰(たぐ)り寄せ、(つい)にはソレを再現してしまったのである…。

 

…―――パンツ被った全裸の変質者が夜の繁華街を(ちょう)の如く飛び回り、

吸血鬼(へんしつしゃ)を縄と(むち)蝋燭(ろうそく)で成敗せしめる―――…

 

 結果、この物語の最終演目を(いろど)るのはタタリの元凶…、

死徒二十七祖第十三位、ズェピア・エルトナム・オベローンではなくなった。

 夜半、静まり返ったシュラインビルの屋上を舞台に、少年達を出迎えたのは、

頭の天辺(てっぺん)から爪先(つまさき)まで鍛え抜かれた暑苦しい大男のシルエット。

 その男は後ろ姿のままコチラを向こうとはせず、何故か両手を後頭部に組んでおり、

丸太よりも太ましい両脚を、(なま)めかしく交差して(たたず)んでいた。

 静寂(せいじゃく)が支配するこの場に()いては一種、タタリよりなお異質な存在。

 そして月光という(あわ)い照明の中、慣れてきた目でよくよく見ればその巨漢、

パンツ一丁ほぼ真っ裸(マッパ)、そのうえ網タイツまで()いている分、

より異様さが(きわ)立っている。

 月明かりの下、鍛え抜かれた真っ裸(マッパ)の肉体、

その(たくま)しい広背筋を()しみなくオーディエンスに(さら)す、パンツ一丁の大男…。

 十代(なか)ばの観客二名が、混乱の中で片唾(かたつば)を飲むと、(つい)にソレはクルリ…と、

上半身のみを(ひね)らせ、彼等の方へと振り返る。

 その怪人物の頭髪は炎の様に赤く、天を()く様に()らめいており、

その(かお)は白目を向いた狂相とも言うべきもので…。

 いや、ソレより何より注目すべきは、

ソイツは女性用下着と思われる縞柄(しまがら)のショーツを顔面に被っている…、という点である。

 

 

 

『「W E L C O M E!(ようこそ!)」』

 

 

 

「「 変 態 だ ―――――― ! ! ! 」」

 

 

 

 キャンペーンシナリオの方もある意味クライマックスを迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 …結論から言おう…。

 少年と少女、二人だけではまったくもって対処不可能だった。

 目を合わせた瞬間行われるSAN値チェック、男女共に見事失敗。

 精神が急激に磨り減り硬直した未成年達の方へ、

一歩目で音速の壁を景気良くぶち抜き接近する真っ裸(マッパ)の変態。

 そんな性犯罪者が彼等の真横を(すべ)る様に通過したその瞬間、

この物語に()いて今回、少年の相棒(バディ)を務める少女…、

シオン・エルトナム・アトラシアは下半身に気妙な違和を感じ、

(かたわ)らに居る少年に気付かれぬ様、手早く確認した直後、

その場に素早くしゃがみ込み、早々に戦意を喪失(そうしつ)

 主に変態による変態技巧により、すれ違いざまに彼女が()いているはずの下着が、

脱ぎ取られてしまった為である。

 

 『「ふむ…、白か。初心を思い起こさせる、良い色合いだ♡」』

 

 「か″え″せ″コ″ラ″―――!!」

 

 涙目でその場にしゃがみ込み、パンツを被ったパンツ一丁にパンツの返還を訴える、

ノーパンのシオンさん。

 そんな哀れな彼女に対して下手人たる変態は、彼女が()いていた白いショーツを、

これ見よがしにびよ~ん・びよ~んと広げつつ、

屋上に(もう)けられたペントハウスの上へと華麗な動きで飛び上がる。

 

 『「フォッ…!この(なめ)らかな手(ざわ)りに、(かぐわ)しきこの香り…。

 では早速、被らせてもらうとしよう!!」』

 

 「や″め″ろ″ コ″ ラ″――――――!!!」

 

 (ゆで)ダコの様な顔色で、腹の底から泣き叫ぶシオンさん。

 そんな意気揚々(ようよう)たる変質者の変態行為を、涙を流す彼女の為に少しでもそらすべく、

(かたわ)らに居た少年は、掛けていた眼鏡をゆっくりと外し、頭上で鼻息を荒くする変態に向け、

静かに問うた。

 

 「…おい…。お前は一体、ナンだ?」

 

 問いを投げかける少年の()んだ殺意に(こた)えるかの様に、

新たなパンティへ被り変えようとする変態の動きがピタリ…と、止まった。

 その瞬間、月が厚い雲に隠れ、場の影が色()くなり、

間を置かずして屋上が闇に(おお)われる。

 先程まで色んな意味で騒然としていた空間に、不気味なくらいの静寂(せいじゃく)が訪れる。

 まるで今までの悪ふざけが(うそ)の様に…。

 …そして張り()めた空気の中、再び月が顔を出し、

(あわ)い光が徐々に変質者の全体像を照らし出すと、

パンツ一丁の大男は(なめ)らかな動きで奇妙なポージングを決め、眼下に居る彼等に対し、

高らかに名乗りを上げた。

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

『「私の名は変態仮面!日々街の人々の安寧(あんねい)を守る‟正義の味方”だ!!」』

 

 

 

「「ふ ざ け ん な !!!」」

 

 

 

 無理矢理にでもシリアスに持っていこうと少年なりに努力してみたが、やはり駄目…!

 もはや完全に不条理に支配されてしまった空間で、

相棒である彼女…シオンが動けなくなってしまった以上、彼女に付き()う少年…、

遠野 志貴のみで正義の味方と大見得(おおみえ)を切った、あのフザケた存在に対処する他にないのだが、

出合い頭から続く精神的な(ひる)みゆえに、ファーストコンタクトから出遅れた。

 名乗りを終えた途端(とたん)に軽快な動作で、様々なポージングを取りつつ、

彼等の周囲を愉快(ゆかい)()ね回るワラキアの夜feat.(フューチャリング)変態仮面シロウ。

 慣性の法則を(むち)と縄を用いて、無理矢理ガン無視した変態軌道(りったいきどう)によって、

蜘蛛(くも)の糸に(から)められる哀れな獲物(えもの)の如く、彼等は徐々に行動範囲を(せば)められてゆく。

 そして(つい)には、屋上の中央から身動きが取れぬ状況にまで、

彼等は追い()められてしまっていた。

 …と、言うか変態の方は、とうとうトップスピードに乗ったのか、

彼等のパーソナルスペース()()れを通過するたびに、

某宇宙世紀作品の光学兵器とまったく同じ効果音が周囲に鳴り(ひび)いている…。

 

 『「ふぉおおおおおおおおお…!!」』ズギューンズギューン

 

 …もはや色んな意味で、タタリ事件は志貴達の手からかけ離れる展開になっていた。

 変態仮面が桃色のオーラを身に(まと)い、奇声を上げ周囲を飛翔(ひしょう)するたびに、

鉄筋コンクリートを主軸(しゅじく)に構成されたビルの屋上が、

豆腐の如く(けず)られてゆき、無残な姿を(さら)けだす。

 周囲の大小様々なビル群に至っても、変態機動の余波を受け、

窓枠に()められていた強化ガラスが連鎖(れんさ)的に割れまくり、室内に置かれた様々な業務用品が、

発生した強風により次から次へと夜空へ舞い上げられてゆく。

 地表で変態が亜光速で動き回ればこうもなろう…。

 それでも言うほど被害規模が少ないのは、

()の力だとかそういうフワッフワしたナニかが、変態の周囲で作用しているのかもしれないが。 

 …ちなみにだが、この時点でタタリこと死徒ズェピアの思考回路は、

変態仮面の形を()した時点で、文部科学省も真っ青な色()い内容ばかりとなっている。

 

 「…いや、もう目で追えないんだけど、…コレ。どうしろと…。」

 

 「…うぅ…。」グス…

 

 戸愚呂(弟)がビルを粉砕していく過程を、

呆然(ぼうぜん)()ている他にない霊界探偵の様な心境になっている志貴少年とシオン嬢。

 そんな身動き取れぬ彼等の下へ、この事態を重く見た土地の管理者…遠野 秋葉も腰を上げ、

教会からは三咲町へと派遣されていた代行者が。

 そして果ては、偶々(たまたま)この地に滞在していた真祖の姫君までもが、

抑止としての役割からこの事態の収束を(はか)るべく、変態仮面の(もと)へと走り出す。

 …この状況を作ったのが性犯罪者だというただ一点を除けば、

まさにシリアス…、風雲急を告げる事態であった。

 

 

 

 

―――数時間後―――

 

 

 

 

 完成間近だったはずが、もはや見る影もないシュラインビル…その屋上…。

 雲一つ無い晴れやかな空の下、暖かな朝の光が場にゆっくりと差し込み始めると、

痛々しい戦火の爪痕(つめあと)が、そこかしこに見受けられる事が分かる。

 

 『「このシルク特有の(なめ)らかな質感と、なんとも(あらが)いがたく芳醇(ほうじゅん)な香り…。

 いったい何年物……、(いな)。何時間物なのだろうか…。

 この一枚を手に取っただけで、()ってしまいそうだ…。」』

 

 そう(つぶや)くのは、(かろ)うじて残っているビルのヘリ部分に悠然(ゆうぜん)(たたず)んでいる、

パンツ被った真っ裸(マッパ)の巨漢。

 全身が白日の下に(さら)されている性犯罪者が、現在何をしているのかと言えば、

それは孤独のテイスティング。

 

 …―――ソレは繊細(せんさい)意匠(いと)随所(ずいしょ)(ほどこ)された、色とりどりの、

何とも頼りなさを感じる(うす)い布…。

 

 …―――ソレは男であるならば、一度は(あこが)れを抱く魅惑(みわく)の一品…。

 

 …―――そう、ソレ等は先程まで美少女たちの下腹部を健気に守護(まも)り続けていた、

脱ぎたてのパンティー…。

 

 興奮で大胸筋がピクピクと何度も弛緩(しかん)する中、

その一枚一枚をパンティーソムリエたる彼は恍惚(こうこつ)眼差(まなざ)しで鑑定(かんてい)してゆく。

 

 (…釣果(ちょうか)で言えば、最初にスポーティショーツが一枚、その後にランジェリーが二枚。

 カレー友達(代行者)に至っては()いていなかったので、

思わず(むし)り取ってしまったが…。さて、これは数に入れていいものだろうか…。)

 

 そんな具合に変態仮面タタリは数点の戦利品と数十本の〇毛を(あらた)めつつ、

コレ等を獲得(かくとく)するまでの経緯(けいい)を軽く振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 急行した(かしま)し三人娘のうち、現場への一番乗りを果たしたのは遠野 秋葉であった。

 最早、扉としての体を成していない、へしゃげ掛けたソレを、

人為らざる力を以って瓦礫(がれき)と共に気化し終えると、彼女は颯爽(さっそう)と屋上へ(おど)り出る。

 

 「兄さん!ご無事ですか!?」

 

 彼女の放つ安否(あんぴ)の声に、月明かりに照らされた屋上のほぼ中央で座り込む、

二つの人影が反応した…。

 (うす)明りの中見えたソレは、兄と呼ばれた(くだん)の人物…遠野 志貴と、

彼と共に寄り()う見知らぬ女性…シオン・エルトナム・アトラシアのモノである。

 

 (…また、他の女とッ…!)

 

 二人の姿を視界に映した当初の秋葉は、志貴とその隣で寄り()うシオンに対し、

何時もの如く嫉妬と殺意の念が、ムクりと鎌首をもたげていたが、

彼等三名が現在立ち入っている現場を始め、視界に映る周囲のビルの一つ一つが、

惨々(さんさん)足る状態である事を眉間(みけん)(しわ)を寄せながらも認めると、

冷静さを取り戻した上で彼等に近づく事を一旦避け、出入口付近で踏み(とど)まった。

 

 (…詰問は後に回しましょう。今はこの事態を引き起こした下手人の処断をしなくては。)

 

 (あわ)く頼りない光に照らされた傷だらけの修羅場を、油断なく見渡す彼女。

 …一分、…二分、…三分と、未だ姿を見せぬ相手に対し、彼女は徐々に()れてゆき、

腰まで届く()れる様な黒い長髪が、苛立(いらだ)ちで瞬時に(あか)く染め上がる。

 感情が表に出始めてしまったかの様に異能を発現させた彼女であるが、

その(じつ)何処(どこ)かに潜み此方(こちら)の出方を(うか)がっているであろう手合いに対しての、

彼女なりの本能的な迎撃態勢でもあった。

 

 (…―――こと、荒事に於いて、先走れば命取り…。)

 

 …自身に生まれた(わず)かな苛立(いらだ)ちを(しず)める為、秋葉は心に一つ念じる。

 かつて、荒事関連は経験の浅さもあり未熟であった彼女であるが、

今日(こんにち)に至るまで、数多(あまた)の泥棒猫たちと演じた()く無き死闘の数々が、

遠野 秋葉という少女を立派な戦闘巧者(こうしゃ)として鍛え上げていた。

 

 『「ふぉおおおおおお…!」』

 

 「えッ…、何!?」

 

 そんな(たくま)しく育った鬼女秋葉嬢の耳朶(じだ)に、聞きなれぬ男の(かす)かな(うめ)き声が響く。

 一瞬身体がピクリと反射し、精神が乱されかけた彼女であったが、それも即座に持ち直す。

 (いま)だ姿を見せようとしない得体の知れぬ相手に対し、

瞬時に対応出来るよう彼女は重心を低めにし、油断無く身構える。

 

 『「ふぉおおおおおお…!」』

 

 「…―――何?…何なの、コレは?」

 

 まるで地獄の底から聞こえてくる怨嗟(えんさ)の様な(うめ)き声に、

首を振りつつ周囲を視るも、発生源が分からない…。

 ふと中央に居る二人を見れば、彼女に対し、何かしらを訴えている。

 しかし、シュラインビルの屋上は結構な広さがあり、なお()つ彼等とは距離もある。

 何より、この得体の知れぬ(うめ)き声も相まって、

秋葉は彼等の声を上手く聞き取る事が出来なかった。

 (いま)だ分からぬこの状況に、平静だった心が乱れ、再び()れ始める秋葉嬢。

 彼女のイラつきに呼応するかの様に、その身に(まと)う空気が、

(あか)い髪の一本一本が、陽炎(かげろう)の如く()らめく…。

 

 「…この声は、いったい何処から聞こえてくるの…?」

 

 …若干(じゃっかん)、ドスの効いた声色で疑問を(つぶや)く、秋葉嬢…。

 

 …―――そんな鬼女彼女に対し、その答えを言わせてもらえるのならば…、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…―――それは無論、彼女が着用している長いスカートの下からである―――…。

 

 

 

『「ふ ぉ お お お お お お …!」』

 

 

 

「イ″ヤ″―――――――――――!!!」

 

 

 

 余りにも()み込めぬこの状況に、呆気(あっけ)に取られ、アワアワとその場にへたり込む秋葉嬢。

 そんな間の抜けた彼女の顔に黒い影をつくるその(おとこ)の名は、

月をバックにして仁王立つ不条理の化身、変態仮面タタリ。

 そんな彼の顔を見れば、先程とは容姿というか、

明らかに被っているパンティの種類が違う。

 

 『「…これはオー〇クチュール製か。

 縫製(ほうせい)職人の方々は、相変わらず良い仕事をしていらっしゃる。」』

 

 「なっ…ナッ…なぁあ″ッ…!!?」

 

 彼の顔面を()れば誰もが分かるように、登場当初から着用していたであろう

(うす)い緑を下地として白い横線で(いろど)られた縞柄(しまがら)ショーツから、

蠱惑(こわく)的なワインレッドのランジェリーへとお色直し。

 実家の様な安心感からチョイと刺激を求めて冒険してみた…そんな気分の変態仮面は、

この気持ちを(あら)たに、今宵(こよい)も犯罪者どもの悲鳴を上げさせる所存にあった。

 …対して、この状況から置いてけぼりを食らっているかの様な

錯覚に(おちい)っている一人の少女が居た…遠野 秋葉である。

 現在、彼女の思考は目の前の変態によって完全に漂白されており、

表情も若干(じゃっかん)ながら白恥(はくち)がかっていた。

 しかし、そんな状況下であっても、彼女なりに分かっている点が一つだけあった。

 変態が覆面の如く頭からズッポリと被っているその下着は、

まごう事無く彼女自身が先程まで着用していたモノだという事である。

 

 「う″ぅ…うぅう″―――…ッ!」

 

 変態が被っているワインレッドのパンティによって我に返った彼女は、

()れ出る(うめ)き声を(おさ)えつつ、手早くスカートの下を確認してみるが、案の定と言うべきか。

 本来あるべきモノが下腹部に収まっていない事を確認した直後、

力無くへたり込んでいたままの間抜けた体勢から、

瞬時にスカート越しから両手で下腹部を(おさ)えつつ座り直す。

 こうしてノーパンである事を強いられてしまった彼女は、

沸々(ふつふつ)と込み上げる羞恥(しゅうち)心ゆえに戦闘行為はおろか、まともに動く事さえ出来ない、

のっぴきならぬ状況下へと(おちい)った……一部分のみを除いて。

 

 「かッ…、かっ…、かッッ…、」

 

 顔面を(あけ)に染め、まるで過呼吸でも起こしたかの様に、

(のど)まで出かかった言葉を何度もつっかえさせる秋葉嬢。

 その過程で羞恥(しゅうち)憤怒(ふんぬ)へと徐々に変換されてゆき、その感情に合わせるかの如く、

彼女の背後で()らめく、(あか)い髪が風を受けた炎の様に勢いを増してゆく。

 ―――そして…。

 

 

 

「 か″え″せ″コ″ラ″―――!!! 」

 

 

 

 怒声と共に彼女は異能を発現し、その(あか)く染まった髪が束となり変態の下へと襲い掛かるも、

当の変態はいったい何処からソレを取り出したのか…あまりにも華麗な鞭捌(むちさば)きにより、

ソレ等はアッサリと(しの)がれてゆく…、と言うより吸収されてしまう。

 

 

 

 

 

 

 『甘辛い…。こう、綿菓子?みたいな?』

 

 『駄菓子でこういうの無かったか?…こう、ピリっと来る様な…。』

 

 『そもそも駄菓子喰う様な世代じゃなかったからなぁ。』

 

 『あぁ、美羽がたまに食べてた様な気がするのう、コレ…。』

 

 

 

 

 

 

 タタリが変態仮面へと(かたど)った直後から、

分霊という形でちゃっかりとズェピアの内へ潜伏していた中年達が、

思い思いに秋葉の攻撃に対して感想を述べる。

 そんな暢気(のんき)な空気を、タタリの一部と化した中年達が(かも)し出す中、

(なお)も続く秋葉嬢の(すさ)まじい猛攻を、

空気を叩き割る音を小刻みの良いリズムで奏でつつ凌いでゆく変態仮面(マスタークラス)

 攻撃を()り出す最中、鬼気迫る形相(ぎょうそう)(おん)敵たる変態を(にら)み上げ、

 

 「パンツ…パンツ…パンツぅ…!」

 

 …そう何度も(つぶや)き続ける秋葉嬢。

 しかしそんな彼女の執念も、(つい)には底が尽きたのか…、

燃える様に(あか)かった髪の色も、徐々に黒髪へと戻り始めていく。

 …若干(じゃっかん)ソレに(つや)が無くなり、所々が乱れているが。

 

 「…グウゥ……、く ち お し や …。」

 

 怨嗟(えんさ)(つぶや)きと共に、力の(こも)らぬ(こぶし)で地べたを何度も叩く秋葉嬢。

 もはや力を使い果たした彼女に出来る事は、

自らに恥を欠かせた変態を(にら)み上げ、涙する以外になかった。

 

 

 

 

 

 

 秋葉がブツブツと(つぶやく)く恨み節がBGMとなって、

陰気な空気が辺り一面に醸《かもし》し出されているシュラインビル…その屋上。

 

 「とぉおおりゃぁああああああ―――!!」

 

 そんなしめやかな空気を破るかの様に、

子供の様な勇ましくも可愛らしい掛け声と共に闘いの場へと乱入、

及び奇襲にもなっていない奇襲を行ったのはアルクェイド・ブリュンスタッド。

 真祖の姫君、堂々の二番乗りである。

 この街に(たたず)むビル群の中で、地上から最も離れているであろう建築途上の摩天楼。

 彼等が現在留まるその屋上の、(さら)にその真上から、

飛び降りざまの()りを変態へと見舞うべく、彼女は殲滅(せんめつ)対象たる変態へと勢いつけて直下する。

 人知では視認すら難しいその一合はしかし、至極あっさりと(かわ)される。

 それにより変態と交差した瞬間、彼女は着用していたシルク製…、

ベージュのセクシーランジェリーを、造作もなく(かす)め取られはしたが、

本来感情の起伏が(うす)かった名残もあって、彼女はその程度の奇手で(ひる)む事は無かった。

 着地後からの流れる様な動作で二合、三合、四合と踊る様に変態を襲う攻撃の数々。

 …この様に一切、手を(ゆる)めぬ彼女であったが、型も何も無い力任せの激しい動作ゆえに、

着用しているスカートの方も派手に舞い続け、(あわ)い光に照らされたデリケートな一部分が、

変態を始め、その場に座り込んでいる周囲の(まなこ)に映り込む。

 

 「チィッ…、この…!」

 

 『「…ほう…、パイパンか。」』

 

 攻撃がまったく当たらずイラつく彼女に対し、変態が何気なく放ったその一言。

 それは人間臭くなった彼女が最近気にしていた点であり…、

 何より、その場に居た遠野 志貴にまでソレを聞かれてしまったのは、致命傷でもあった。

 コンプレックスを想い人に知られた彼女はその後、攻撃の手に段々と勢いが無くなってゆき、

最後はまるで力尽きた様に、赤く染まった泣き顔を浮かべ、

スカートを両手で(おさ)えつつへたり込んでしまった。

 

 「…いったい何しに来たんですか…、アナタ?」

 

 「…今のアンタにだけは言われたくないわ、妹。」

 

 

 

 

 

 

 二人の戦乙女が変態の前に(ひざ)を屈し、彼女達のすすり泣く声が、

静寂に包まれたシュラインビル屋上に響き渡る…。

 ―――戦いは終わった…しめやかに泣く声を終了の合図と(とら)えたのか、

満点の星空の下、(なま)めかしいポージングで月を(あお)ぎつつ、

そう判断を下す変態仮面タタリ。

 

 『「それでは早速、二度目のお色直しを行わせていただこう!」』

 

 意気消沈中である婦女子たちの怒りを再燃させるかの様な台詞を(のたま)うと、

変態は蠱惑(こわく)的な赤から健康的な純白へ、華麗なるカラーチェンジに移るべく、

未だ生暖かさの残るショーツに両手を通した。

 

 「 ヤ″ メ″ ロ″ コ″ ラ″――― ! ! 」

 

 手に持ったハンドガンを変態に向けて撃ちまくり、再び必死の抵抗を試みるシオンさん。

 しかし変態の(なめ)らかな腰振り(さば)きで弾丸は(ことごと)く回避され続け、

(つい)には予備マガジンの弾まで撃ち()くしてしまう。

 最後は持っていたエーテライトを必死に伸ばし、最後の抵抗を試みるが、

奴が(たたず)んでいるその場所は彼女の射程範囲から今一歩届かない…。

 奴の鼻っ柱がパンティのクロッチ部分に届かんとする辺りで、

(つい)に諦めたのか頭を()れる、真っ赤な泣き顔のシオンさん。

 ―――しかし、その行動と同じくして。

 突如、変態の背後へ上空から無数の刃が襲いかかる。

 彼の広背筋に吸い込まれる様に向かうソレ等の武器は黒鍵(こっけん)…。

 聖堂教会に(ぞく)する代行者が悪魔祓いに用いる正式な概念武装である。

 コレを投擲(とうてき)した本人は、この一合で主導権を握る算段なのであろうが、

しかし相手は規格外の大変態である。

 

…―――戦場では後ろにも目をつけるんだ―――…

 

 そんな不条理(ニュータイプ的)な教えを、極一部の中年共から徹底して叩き込まれた()の肉体…。

 生憎(あいにく)(かたど)ったソレは模倣(もほう)なれど、分霊としてタタリ()の中へと(おさ)まった中年共による

人知を超えた第六感がまるでトグルスイッチのレバーが切り替わる様に次から次へと働く。

 結果、黒鍵の数々は彼に視認される事も無く、片手でアッサリと叩き落とされてしまう。

 

 『「ヌゥ、千客万来とはこの事か。」』

 

 そう(つぶや)きながら変態がクルリ…と気配が徐々に色濃くなってゆく背後へ、

(なま)めかしい動作で振り返ると、ソレは(すで)に目前。

 彼との距離をほぼ三間(さんけん)ほどにまで(せば)め、今まさに両手の指々に(つか)まれた無数の黒鍵(こっけん)を、

対象たる変態へと突き刺さんと突進する代行者シエルの姿が。

 しかし、その刃の先端がムクつけき変態の肌へ届くよりも先に、

奴が前に突き出していた黒い左腕が瞬く間に大きく円を描き、ソレ等の進行方向を阻害する。

 すると、左腕に打たれた白刃の数々が、(かん)高い音を立てて砕かれてゆき、

その破片が(まばゆ)きながら周辺へと飛び散ってゆく。

 まるで鋼鉄にでも剣を当てたかの様な衝撃が、シエルの両手や腕へと伝わったその直後、

(にぶ)い痛みと(するど)(しび)れが彼女の感覚を(さいな)み始め、

持っていた黒鍵(こっけん)の全てを我慢出来ず、地面へ落としてしまう。

 彼女の端正な顔が(ゆが)む程の頑健(がんけん)性を見せた、奴の黒い左腕の正体…。

 

―――その名を『鉄砂掌』―――。

…お隣りラーメン大陸沿岸部…特に台湾に於いては有名な拳法である白鶴拳その奥義であり、

世の白鶴拳士達が目指して止まぬ到達点のひとつである。

 

 視認出来うる限りで、変態に向けられていた害意の数々が、

刹那の早さで排除されたその直後、円やかに弧を描いていた例の黒い左腕が、

その軌道を直線へと滑らかに転じさせ、目前に迫るシエルへ襲い掛かる。

 とは言うものの、変態が狙う箇所は頭部や胸部など、

彼女に致命打を与えうる部位では無論なく、

その下腹部に収められているであろう例のブツ、ただ一点のみであるが。

 そんな彼女の方も、相対する変態の行動を予め分かっていたのか、

防御による接触を嫌い回避に徹する。

 現状、変態に手が届く位置にまで肉薄していた彼女は、

突進による速度を尚も維持したまま、自身の胸を軸にして前方へ、変態目掛けて宙返り。

 変態の繰り出した黒い魔の手を、擦れ擦れで飛び越える彼女であるが、

その過程で奴の巻き起こした拳圧が、群青色の頭髪を掠り、髪の毛数本ほどが泣き別れ。

 目を見張る様な速度で、変態の攻撃を空を舞うかの如く躱しきると、

その一瞬の交差の後、彼女は変態の背後から五間ほど開いた距離へと、音も無く着地した。

 

 『「……何故だ?」』

 

 …性犯罪者と修道女…。

 社会的に相容れぬこの二名が、息を呑む様な刹那の攻防を演じ、

互いが背中を見せ合うそんな中、

変態が彼女に対し、静かに疑問の声を投げかける。

 たった三文字という短い言葉ながらも、その声は動揺するかの如く震えている事が

その場で留まっている者達にも判る。

 

 『「…何故なんだ!?」』

 

 変態は狼狽える様な挙動でシエルの方へ、勢いよく振り返ると、

彼女の背中に向け、尚も問いを投げ掛ける。

 変態の言葉と挙動には、理解出来ないが故に解を求める必死さが見て判り、

その場で様子を見守る者達も、この二人の先程の攻防に一体何があったのか、

関心を持ち始めていた。

 …対して、この場に居る全員から注目を受けている、彼女の方はと言えば、

涼やかな表情で変態仮面の方へ、緩やかに振り返りながら、

法衣に仕舞われている予備の黒鍵の幾つかを、両手に持てるだけ取り出すと、

流れ作業の如く同時に形成していた白刃ソレ等を、

素早く黒鍵の束へと取り付け、体勢を立て直している。

 変態の必死の問いに、応える気配が感じられない彼女に対し、

遂に奴の苛立ちが最高潮に達したのか…。

 真っ裸の巨体が今まで発していた言葉同様、小刻みに震え出し、

苦悩を身体全体で表現するような暑苦しいポージングまで取り始める。

 

 『「…なんという事なんだ…。まるで意味が分からない…。」』

 

 彼は若干、怒りの混じった言葉を静かに吐き出しながら、

シエルに向けて、まるで射殺すかの様に利き手たる右手人差し指を差すと、

空気が震えるほどの大声で三度、彼女へ問いかけた。

 

 

 

 『「何故、パンティーを履いていないんだ!!?」』

 

 

 

 怒気を孕んだその絶叫は、まるで背信者を弾劾するかの如く。

 その大音声は遠く、閑静な住宅街にまで届くかの様。

 そして無論、これ等一連の遣り取りは屋上に留まる遠野 志貴や、

その他シエルにとって邪魔な敗北者達にも、現在ライブで視聴されている。

 平静を装う様な余裕綽綽としたシエルの笑顔に、ゆっくりと陰りが差してゆく…。

 

―――屋上に一陣の風が吹くと共に、その場に居た男女全員に、

沈黙の帳が下りる。―――

 

 …以下、各人の感想であるが、それぞれ誰のモノであるかは色で判別して頂きたい…。

 

 「あぁ~…、まぁ、うん…///。

 

 「まぁ、最近はノーパン健康法と言うのもあるそうですし…。」

 

 「いえ、あのカレーの場合は趣味でしょう。」

 

 「そういやアイツ、法衣の下は真っ裸(マッパ)だったわ!!」

 

 「ソレはロアだった頃の話でしょうが!!」

 

 見に徹していた四名が、何やら居たたまれない空気を感じ取り、

思わず一人ひとりが場を取り繕おうと、当たり障りのない感想を述べていく。

 まぁ三人目からは、そのまま感じた通りを言葉にしていたし、

四人目に至っては過去、まだ一般人だったシエルの身体へ憑依転生を果たして以降、

気の向くままに悪逆無道の限りを尽くしていた死徒…、

ミハイル・ロア・バルダムヨォン活動期間中の性癖混じった様な戦闘スタイルを、

シエル本人のモノとすり替えてしまっているが。

 中途半端に記憶を掘り起こし、脊髄反射でいい加減な事を言うアルクェイドに、

思わず怒鳴り声を上げるシエル嬢。

 そんな必死な彼女に弁護を入れるなら、ノーパンはあくまでも職務中のみであり、

ピッチりと肌に密着した戦闘用のインナーを着用する以上、

下着は動きの阻害に成りかねないという彼女なりの理由があったりする。

 …まぁ、仮にこの場でそんな事を長々と主張したとして、

彼女の都合など他の女性陣にとって、知った事ではないだろう。

 闘争から懸け離れた緩んだ空気がボーイミーツガールズの間に漂う中、

変態の方はと言えば、気を一旦落ち着ける為、

新着していた赤いランジェリーから被り慣れた縞柄ショーツへ、

いそいそと仮面を被り戻してみたが、

ノーパンという(シエルの)ライフスタイルに欠片も理解が追い付かず、

ソコから生まれる苦悩を身体全体で表現するかの如く、

誰も観ていないというのに、汗だくでポージングショーを披露し続けていた。

 

 『「おぉ…!おぉ、神よ…!」』

 

 

 

 

性犯罪者(アナタ)が神を語るなぁ―――!!!」

 

 吸血姫から変態へと振り向きざま、怒声と共に投擲された黒鍵の群れが、

再度変態仮面タタリを襲う。

 その速度、その威力…ギリシアの大英雄もかくやと言うべきソレ等の攻撃群は、

やはりと言うべきなのか…未だ苦悩のフリーポージングを続ける変態によって、

もはや作業の如く片手間で叩き落とされてしまう。

 怒りと羞恥により若干赤くなった表情で、変態に対し猛追を仕掛ける彼女であったが、

感情面は置いておくとして、思考の方は割合平常運転だったりする。

 投擲及び彼の者から弾かれてゆくソレ等黒鍵の回収を、

縦横無尽に屋上を駆け回りながら同時に行うシエル嬢。

 ミドルレンジ以上の距離を置き、戦況を維持しつつ、

彼女はジパング(いち)の大変態を視界から離す事なく、その攻略法に思考を働かせる。

 

 (…そもそもあの汚物、直接接触してもいないのに、どうして履いてないと分かって…。)

 

 思考に若干の愚痴を織り交ぜつつも、細心の注意を払いながら、

真っ裸の変態に攻撃をし続けるシエル嬢。

 魔術によってより強化されたその眼球は、変態の一挙手一投足を嫌々ながらもつぶさに捉え、

…程なくして彼女は変態の奇妙な変化に気付く。

 彼女が攻めあぐねている要因の一つでもある、奴の忌々しい黒い左腕。

 ソレが何故か握り拳を維持したまま、何とも精彩を欠く挙動で、

投擲された黒鍵を弾いている、という点にである。

 

 (―――先程の攻防で負傷でもしたのか?…あの左腕が?)

 

 疑念を持った彼女は奴の全体を捉えつつも、その左手を特に注視する。

 通常よりも強化された、その両の眼でつぶさに視れば、

その左手には動物の体毛らしきモノが十数本ほど握られている事が判別出来た。

 

 ―――アレは一体何だ?

 

 ―――接敵当初、奴はあんなモノなど持っていなかったはずだ。

 

 ―――何時から持っていた?

 

 ―――なんらかの呪物か?…いや、奴そのものが呪物か。

 

 慣れてくるにつれ、単調に為りつつある戦闘行為。

 思考にも余裕が出来たのか、彼女は此処に至る一連までの流れを、一通り回想し始める。

 しかし、延々と変化が訪れない状況により、思考が暇を持て余してしまったのか。

 延々とソレ等の過程を、脳内で反芻し始めてしまうシエル嬢。

 そうして、彼女は自身の記憶を何度も掘り起こしていく内、

特に気になっていたとある一部分を抜萃し、しつこいくらいに思い返していた。

 

 ―――何故、パンティーを履いていないんだ!!?―――

 

 ―――直接接触してもいないのに、どうして履いてないと分かって…。―――

 

 …その堂々巡りの末、遂に彼女は答えに辿り着いてしまった。

 あの黒い左手に握られているのは、嘗て彼女の身体の一部分だったものだ…という事に。

 彼女が身に纏う法衣の下に、密着するように着込まれた、

レオタードを改良したかの様な戦闘服(インナー)越しから、

どのようにしてソレを毟り取ったのかは分からない。

 しかし今までの事を考えうるに、恐らくアレは彼女のモノだ。

 そう…あの変態は最初の接敵で、履いていないパンツに代わり、

見事にソレを毟り取っていたのである。

 よくよく股座に意識を向ければ、痛みに似た微かな刺激も確認出来るし…。

 正直、アレの正体が分かった途端、理性が吹き飛びかける彼女であったが、

何とかその感情を抑え込む。

 精神の昂ぶりを少しでも抑える為、歯軋りしつつも一旦攻撃の手を止めて、

変態からも一定以上の距離を取り、立ち止まる。

 

 「………………左手に持っているソレを、今すぐに捨てなさい。」

 

 変態を見据え、静かに警告の言葉を吐くシエル嬢。

 溢れ出る怒りを際の際で抑えているが、その目は若干据わってる。

 

 『「フム…、ソレとは一体何かね?」』

 

 「………………三度は言いません。左手に持ったソレを、今すぐに捨てなさい。」

 

 『名称で言い給え、ソレとは…一体なんなのかね?」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソレを…」

 

「捨てろと…」

 

「言ってるだろぉが―――!!」

 

 羞恥と怒りと苛立ちが最高潮に達し、

遂に感情・思考共に爆発してしまった涙目のシエルさん。

 某格闘ゲームの登場キャラクターを彷彿とさせるかの様な、

モーションを置き去りにした連続投擲を行い、まるで無限に湧き出るカード(カーネフェル)の如く、

その身に纏う法衣から黒鍵を次々と取り出しては変態へ向けて全力で投げ続ける。

 …まぁソレ等も、変態の滑らかな腰の動きと華麗な鞭捌きで鎬がれてしまうのだが。

 本来ならば、こんなチマチマした飛び道具等ではなく、

切り札である第七聖典をブチかましてスッキリとしたい彼女であったが、

件の武装に宿っている精霊セブンは現在、とある事情から要介護状態にある為、

持参する事が叶わなかった。

 もう一つ挙げれば、この現状はジリ貧であり、

彼女の魔力許容量は規格外と言えど、無尽蔵という訳では無い。

 未だ死ににくい身体ではあれど、ロアと霊的に繋がっていた捨て鉢気味の当時と比べ、

現在は未練(男)が出来てしまっている分、肉体的な無茶には自制が働くし、

超必殺技もといアークドライブをプラクティスモードよろしく

延々とぶっ倒れるまで撃ち続けられるほどの特攻精神も、

既に持ち合わせてはいなかった。

 …それ故に…傍から観れば、留まる事無く続くかと思われた怒涛の黒鍵投擲は、

消耗により徐々にその勢いを無くしてゆき、ブチ切れたその表情も、

やがては様々な感情が綯い交ぜになった様な真っ赤になった泣き笑いに。

 遂にはその場に力無く蹲り、彼女…代行者・シエルの闘志は、

魔力量や体力と共に空となってしまった…。

 

 …―――当初、目を見張る程の異常事態に対し、

異端狩りとして培われた経験から、相当な修羅場であると判断したシエル。

 武者震いを抑えつつ現場へと駆け付けてみれば、ソコには何度か視た忘れ去りたい存在が…。

 着いて早々、ゴリゴリと削がれる戦意をそれでも何とか維持しつつ、

放棄しつつあった思考を再開。

 両手を後頭部に組み、腰をくねらせながら志貴とその敗北者たちに近づく汚物を、

オリジナル汚物を模倣したタタリであると瞬時に断定。

 ソレと同時に異変の元凶たる変態仮面タタリに対し、

奇襲を試みた結果、陰毛をゴッソリ毟りとられた挙句、

現在ノーパンである事を周囲に座り込む厄介な連中に知られる始末。

 何よりその後に続く一連のアホな遣り取りを、

意中の相手にまで観られているというこの事実が、彼女の闘争心をポッキリとへし折った。

 本腰入れて躍り出れば、出合い頭から悪ふざけにも程があるこの内容に、

あんまりにもあんまりだ…と、彼女は吐露したい心境であった。

 

 「えぇ…と、その、大丈夫…?…シエル?」

 

 「………………………もう、ほっといて下さい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 …簡単にこれまでに至る回想を終えつつ、品評を終える変態仮面タタリ。

 彼女たちのパンティー、その一枚一枚を丁寧に丁寧に折りたたむと、

最後ソレ等は被っている仮面(パンティ)の下へ…。

 思春期を迎えたムッツリ少年の様な趣きで、宝物(エロ本)を隠す様に仕舞っていく。

 

 『「ホフゥ…♡」』

 

 仮面(パンティ)の中がパンティたちの甘酸っぱい匂いに包まれて、幸せいっぱいの変態仮面。

 そんな生粋のド変態を、屋上だった場所でしゃがみ込む女子三名が、

羞恥と怒りとが綯い交ぜになった泣き顔で睨み上げる。

 残り一名の修道女に至っては、今日(こんにち)まで鳴りを潜めていた羞恥心と乙女の尊厳が、

押し寄せる波の如くその身を襲っており、未だに体が小刻みに震え、(うずくま)っている…。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 戦闘に参加した女子四名の中で、一番ダメージがデカいのは恐らく彼女かもしれない。

 そして黒一点である遠野志貴、…彼はと言えば…。

 

 「…ああ、兄さん…。なんて、おいたわしい姿に…。」

 

 彼女たちの視線の先には仁王立つ変態仮面…、その股間に注目してみれば、

妙な人型オブジェが力無くぶら下がっている事が、皆さんお分かり頂けるだろう。

 

…遠野 志貴…そう、彼である。

 

 

 

…回想にはまだ続きがある…蛇足とも言うべき内容が…。

 

 

 

 

 

 

 スペック的に見るならば、遠野 志貴よりも遥かに優れ、

絶対強者のカテゴリーに入るであろう姦し娘三人組が一人…、また一人と

身体の極一部分を繊維喪失し行動不能に陥っていく中、遂に最後の一人に至っては、

ノーパンとバラされた挙句、下の毛まで毟り取られるという、

ある種、筆舌に尽くしがたい様まで見せつけられ、

兄として、友人として、そしてひとりの男として義憤に駆られた志貴は、

彼我との戦力差から感じる絶望的な身体スペックの違いを顧みず、

怒りを抱いて変態の下へ、短刀片手に駆け抜ける。

 空間を瞬時に把握した上で周囲を跳ね回り、

相手を翻弄しつつ死角から致命の一撃を見舞う…これが遠野 志貴の基本戦法である…が、

奇しくも飛んだり跳ねたり回ったりは変態自身の十八番でもあった。

 周囲を飛び跳ね、必死に肉薄する志貴少年とご一緒に、変態は今宵も蝶の如く夜に舞う。

 

 『「アン・ドゥ・トロワ♪…アン・ドゥ・トロワ♪…」』

 

 「ちぃいいいッ…!」

 

 爛々と屋上を照らす赤い満月を背景に、二つの影が幻想的なワルツを踊る。

 必死の形相で殺害対象を志貴の持つ魔眼で視れば、変態の掛け声と合わせる様に、

その巨体に黒く奔る死の線は直線から曲線へ…、点に至っては大小様々に大きさを変え、

イチ・ニ・サン・シ…と、リズミカルなビートを刻む。

 湧き出る反転衝動を怒りで抑え込み、全霊を以って変態へと食い下がる志貴。

 

『「愛がある。」』

 

 彼に対し、何か感じ入るモノでもあったのか…、何事かを呟く変態仮面タタリ。

 そんな何気無い呟きを掻き消すかの如く、何合もの激しい打ち合いの末に、

星が煌めく天上から傷だらけの地面へと、目まぐるしく舞台転換を行う演者二名…。

 

『「…………哀しみもある。」』

 

 未だ続く、吐露するかの様な呟きと共に、

屋上の地面擦れ擦れを深海魚の如く、背面越しに高速移動するド変態。

 そんな変態のほぼ真上へと横っ飛び、志貴は力の限り速度を維持しつつ追いすがる。

 

『「―――しかし、」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「誠実さが無いでしょッッ」』

 

 

 乙女心を解さない無自覚ハーレム野郎の存在など、

現実から型月世界へと舞い降りた衛宮 士郎(仮)が許さない。

 此処が本来フィクションの世界である事を士郎(仮)たる彼は知っているし、

物語の成り立ち上、主人公の周囲に女性キャラクターが多いのも仕方のない事ではある。

 …そう、プレイヤー目線で観るならば、彼も納得は出来たのだ。

 …しかし…こうも真近で一人の男が複数の女性を侍らせているという、

そんな場面をこうも見せつけられては、恐らく彼ならずとも、

怒りと殺意くらいは生まれるというものである。

 ましてや現状の彼にとって、この世界は最早創作上のモノではなく、

不本意ながらもノンフィクションとして成立している訳であり…。

 遠野 志貴というプレイヤー目線で体感していたならばいざ知らず、

今の彼は本来無関係な第三者…八つ当たりによる怒りも倍増である。

 まぁ実際のところ、現実に於いて複数の女性と関係を持つなどという混迷とした状況、

一国の王様かアラブの石油王並みの甲斐性でもない限り、彼自身は真っ平御免であるが。

 

 …もはやハーレムタグとは完全無縁な存在である、鋼の肉体を持つ漢…、

その名は衛宮 士郎(仮)…もといソレをベースに象った変態仮面タタリが、

そんな士郎(仮)の精神性と思考に引っ張られてしまったのか、

人としてのモラルを力の限り叫んだ、その瞬間…。

 ビームライフルの効果音と共に志貴の視界から瞬時に掻き消える変態仮面(アンモラル)

 次に彼の視界に映ったのは、変態の後を追う様に地面の上を奔る、一本の白い縄だった…。

 

 

 

『「貴様には特別なおしおきをしてやる」』

 

 

 

 

 

 

 …そして翌朝、光差す屋上において、着衣緊縛・後手縛りに処され、

力無く萎れている十代男子学生の顔面が、変態仮面タタリの股間と今、

熱いベーゼを直に交わしていた。

 取り合えず、肉体的には生きている様で、時折ソレを思い出したかの様に、

身体がビクビクと痙攣している。

 尚、余談ではあるが、この一晩の出来事で彼はトラウマでも刻まれたのか、

プロレスラーやボディビルダーを視界に入れてしまうたび、蹲りながら小刻みに痙攣し、

数時間ほど泣きながら嗤い続けるという精神疾患に暫く悩まされる事になる訳だが、

変態仮面タタリは兎も角として、

衛宮 士郎(仮)本人に取ってはまったくもって関係の無い話である為、

どーでもいい事だったりする。

 そんな不幸真っ只中な遠野 志貴改めクライベイビーナナヤとは対照的に、

幸福に包まれている変態仮面の方はと言えば、

色取り取りのパンティから香る芳醇な匂いを嗅ぎながら、

終了を告げる日の出を遠い目で眺めていた…。

 

 『「至福の一時も、もう終わりか…。」』

 

 ―――演目は全て終わった…。

 名残惜しくもあるが、この陽の光をカーテンコールと捉え、

へたり込む観客達へ向けて謝辞を述べよう…。

 

 『「それでは紳士淑女の皆様方。」』

 

 昨夜の印象深いシーン…その一つひとつを、その厚い大胸筋に想起させつつ、

変態は滑らかな動きで彼女たちの方へとポージング、もとい姿勢を正すと、

別れの挨拶を送る。

 ちなみに紳士のカテゴリーに入るであろう志貴少年に、

変態からの別れの口上を聞く余裕など欠片も無い。

 

『「一夜の夢を、ありがとう♡」』

 

 未だ地べたにへたり込む婦女子達に対し、心からの賛辞も含ませての挨拶を済ますと、

夏の残滓を感じさせる暖かな光の中へ、溶け込むように消えていく変態仮面タタリ…。

 奴が完全に消えたその瞬間、志貴少年の頭部を拘束していた股座とパンツが掻き消える。

 死の束縛から解放された途端に、支えるモノが無くなった彼の頭が、地面へと直下。

 傷だらけの地べたへと頭から叩きつけられ、ゴンという鈍い音が周囲へ響き渡る。

 その一連の様子を、怒りと憎しみの感情を以って網膜に焼き付けていた彼女達は、

もはや此処には存在しない変態に対し、全霊を込めて怨嗟の叫びをシャウトする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「か″ え″ せ″ コ″ ラ″ ――――!!!」」」

 

 

 

 ―――朝焼けが日常の始まりを告げる中、彼女たちの罵倒が三咲町の空に木霊した…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 …ところ変わって…。

 此処はかつて二人の漢が互いの自己(エゴ)をぶつけ合った、因縁の大地…。

 またの地名を三咲町児童公園…。

 朝を告げる雀の囀りが響く薄暗い園内に、一条の光が天からスゥ…と差し込むと、

ソレを照明にして、奇妙な一つのオブジェが暗がりから浮かび上がる。

 ソレは被っていた虎マスクが半ばまで敗れた上半身真っ裸で血塗れの巨漢が、

もう一方の異形と化した血達磨となった巨漢の上体を両肩に担ぎ上げ、

ファイアーマンズキャリー決め込んでいるという、ナンとも奇怪なモノ…。

 通常の担ぎ上げと違う点を挙げるなら、両肩に乗ったブツを取り逃がさぬよう、

右手は対象者の後ろ首を、左手はその股間部分を、

強烈な握力で固定しているというくらいか。

 血が一滴…、また一滴と地面へ吸い込まれる様に滴り落ちる…ソレはまるで生ける彫刻…。

 今にも躍動しそうな芸術作品…その持ち上げている方の人間っぽい巨漢の方から、

微かながらに空気の漏れ出る呼吸音が聞こえてくる。

 

「コォオオオオ…、ホォオオオオ…」

 

 力を溜め込むかの様なその呼吸音が突如、止まったその直後、

上半身真っ裸の巨漢の両目が妖しく光り出したかと思えば、天馬の如く大空へと跳躍。

 その反動で粉塵が彼を追う様に宙へと舞い上がる。

 見た目による総重量二人合わせでおよそ四百前後の物体が飛び上がるその光景は、

まさに圧巻の一言であり、観ている者がこの場に居たならば、

プロレスファンならずとも興奮する事、請け合いだろう。

 

 「ぬぅうんッ!」

 

 腹の底から絞る取るように吐き出される唸り声と共に、

異形の股座に差し込まれていた左手が、股間部分を鷲掴み。

 力の限りソレを握り潰す。

 異形の絶叫を待たずして、右手によって絞められた首すじから、

地面目掛けて真っ逆さまに投げ落とす真っ裸の巨漢。

 

―――その名を富田流『高山』―――…、文字通りの必殺である。

 

 …原作を知っている方々が見れば、

コレはもう『高山』じゃねぇと突っ込みたくなる程の絵面の下、

異形が大地へ向けて高速直下。

 その頭部が地面と触れ得たその瞬間、生まれ出る轟音と衝撃波。

 無論その被害は凄まじく、公園の彼方此方に置かれた遊具の数々が、

原型を留める事無く明けの空へと吹き飛ばされてゆく。

 遊具だったモノと共に、周囲に舞い上がる大量の砂塵。

 瞬く間に辺り一面を砂のカーテンで閉められ、けれどソレが鮮やかに晴れていくと、

ソコには公園敷地ほぼ全体を占めるドデカいクレーターが出来上がっており、

その中心部には悠然と佇む人影が、一つだけ浮かび上がる。

 ソレはまごう事無く、この一戦の勝利者である。

 そんな俯く勝者の目線、その先には、

超人奥義によって大の字で地面に平伏す悪魔超人…敗者の姿も当然あった。

 しかし、そんな彼の心中に敗北を恥じる気持ちなど微塵も無かった。

 全身全霊を出し尽くした事など、互いが痛いほどに理解し合えているのだから。

 死闘とも呼べる戦いが終わりを迎えた…両者がそう判断したと同時に、笑い合う両名。

 

 「…次は、負けぬ…。」

 

 満足しきった表情を浮かべながら、朝焼けの中へと消えゆく清しき好敵手。

 ソレを静かに見届けた直後、力が抜ける様に両膝を大地へ着け、

組んだ両手を天空へ掲げ、勝利という美酒を一身に味わう血に塗れた一人の闘士。

 …そんな勝者の名は衛宮 士郎…。

 青春群像劇とはまったく無縁の人生を往く、悲しき漢である…。

 

 (―――何もかもを出し切った…。)

 

 オーディエンスが一切見当たらない闘技場と言うか三咲町児童公園、その中央で…。

 未だ両手を天高く掲げ、空を仰ぎ瞑目する士郎の背後へ、数本の黒鍵が投擲される。

 

―――戦場では後ろにも目をつけるんだ―――

 

 …そんな非常識を地で行く彼は、

自分目掛けて投げられたソレ等を、視認する事無くやっぱり片手で叩き落とすと、

背後にいるであろう下手人の方へゆるりと振り返る。

 

 「朝っぱらから随分と物騒なご挨拶ではないか、プリーステス。」

 

 「…もうこの街から出ていってもらえませんか…、『D』。てゆーか帰れよマジで…。

 

 朝の光を一身に浴びて、爽やかに受け応えする士郎とは対照的に、

不機嫌極まりない表情で、開口一番存外な言葉を彼に叩きつける彼女はシエル。

 そんな彼女が口にした『D』とは彼…衛宮 士郎に対し、

聖職者連中から呼ばれる様になった渾名(あだな)である。

 呼び名の由来は小説『吸血鬼ハンターD』からでは勿論無く、

ドッポ・オロチの頭文字から取ったモノからだと思われる。

 まぁそういう意味合いで言うならば、彼は間違い無く吸血鬼ハンターDで合っている…。

 …(ちな)みに聖堂教会はオロチ・ドッポと言うか衛宮 士郎という人間について、

既に根掘り葉掘りと調べ上げている為、

彼のプロフィールに至っては本名どころか本籍までバレている。

 それ故に過去、何名かの教会関係者が士郎に対し、接触を試みていたのだが、

派遣された関係者たちが総じて高慢(こうまん)な性格だった事が災いし、

第一印象からして最悪であった。

 …挙句、保護という名目とは名ばかりに、『藤村 大河』の名前を出してしまったのが

彼等にとっての運の尽き。

 ある者は外傷がまったく見当たらぬ状態で再起不能にせしめられ、

またある者は外科施術はおろか心霊治療を用いても回復不可能、頭陀(ずだ)袋の様な有様へ…。

 …そして、ある者は股間と熱いベーゼを交わす羽目になった…。

 その後、彼等は一枚の張り紙と共に、まとめて聖堂教会と繋がりがあろう冬木市新都に在る、

言峰教会の軒先まで送り返されている。

 …ロシア語ではなく、日本語のカタカナでそのまま書かれているが故に、

当時の教会連中にはまったく意味が通じる事がなかった一文と共に。

 

 

―――ダヴァイッッ―――

 

 

 …―――話を戻し。

 最近、聖人かどうかも疑わしく思われる、上半身を露わにした血塗れ男の下へ近づく傍ら、

叩き落とされた黒鍵数本を力無く拾い上げる修道女。

 そんな修道女シエルさんから見た、士郎との関係を簡潔に言うならば、

彼女自身、不本意ながらこの巨漢と共同で死徒討伐を行ってきた経緯が幾度かあり、

その過程で、一定の交流ならばある…その程度のモノであった。

 …まぁ、この二人の今日に至るまでの付き合いの大半は、

主にシエル嬢の涙声が混じった罵詈雑言で占められている訳だが…。

 ―――彼女自身…当時、この筋肉聖人との遣り取りの数々にストレスの溜まり具合が半端なく、

何度目かの討伐任務でかち合った際、本当に本当につい魔が差してしまい、

討伐対象もろとも亡き者にしてしまおうと、

第七聖典を仏ッ血KILL(ブッチギリ)全壊で使用してしまった過去があったりする。

 

 

 


 

 

 

 とうの昔に裏とか闇とか付きそうな夥しい数の組織に身バレしているにも関わらず、

それでも精神衛生上、素顔を隠さずにはいられない…そんな彼は事件当時、

バッタ(太陽の子)の造形をした覆面を被っていた。

 

 「クックック。お久しぶりかなプリーステス。

 改めてお互い名乗り合おうではないか。己の名は後藤 劾以。

 戦闘中でのTACネームは…そう、バーモントとでも呼ぶがいい。」

 

 「以前、お互いに自己紹介しましたよね~?…エ ミ ヤ シ ロ ウ ク ー ン ?」

 

 「そちらの今後の呼び名は…ヌゥ…面倒な…。

 ククレかクレアおばさん、どちらかを選ぶがいい。」

 

 「会話のキャッチボールする気無いんですかね、貴方は?」

 

 「ちゃんとしているではないか、我が心のカレー友達。」

 

 …その後、罵声が飛び交う中で行われた簡易的な打ち合わせを済ませ、

手筈通りに討伐対象を追い詰める凸凹コンビ。

 討伐対象と筋肉聖人が射線上に重なり合ったその瞬間、

彼女の手からぶっ放されるパイルバンカー。

 ソレと同時に凄まじい轟音と衝撃が大気と鼓膜を震わせ、周囲に粉塵が舞い上がる。

 今までに無い程の手応えを感じ取っていた彼女は、聖人殺しという咎もなんのその。

 これまでに見た事が無いくらい満面の笑顔で、ガッツポーズまで取りつつ、

粉塵が晴れてゆく過程を浮き浮き気分で見続ける。

 その結果、目的の死徒は無事殲滅が完了し、

同じ射線上に居たであろう筋肉聖人の方はと言えば…着用していた覆面や衣類を除けば、

当然の如く健在だった。

 …まぁ、一糸まとわぬ姿であるが。

 

 「…………申し訳ない。好機と思い、つい殺ってしまいました。」…チッ!

 

 「ヌゥ。ドンマイ、クレアおばさん!!」

 

 「殺すぞ。」(そう言ってもらえるとコチラも救われますよ。)

 

 見た目こそ笑顔で対応しているものの、

解消されたはずのストレスゲージが瞬く間に元通りし、

本音と建て前が真逆になっているシエル嬢。

 そんな彼女の心情など、まったく知らぬ裸体を晒す大男・士郎の方はと言えば、

特に気にする事も無く彼女の目線まで腰を下ろし、満面の笑顔でサムズアップ。

 続けてアメリカンなノリでHAHAHAと笑い、彼女の肩を何度も叩く。

 肩を叩かれるたび、シエルさんのストレスゲージが何度も振り切れかけ、

彼女の胃もキリキリと痛みが奔る。

 胃痛に加え、溢れ出る怒りと苛立ちを理性を総動員し必死に抑えるシエル嬢。

 その一環なのか、遂にはラマーズ呼吸までし始めているが、まぁ気にしては駄目なのだろう。

 そう…必死たる彼女故に、この時シエルは異常に気付いていなかった。

 手に持ったパイルバンカーもとい第七聖典に予期せぬ事態が生じている事に。

 彼女の手からぶっ放された、不意打ちにより始まるその一合。

 巨大な杭と奴の手が触れえた瞬間、新たな別荘…、

聖典の内へと来訪したインベイダー計六名…そう、六名である。

 問題の一名は、なんだかんだと理由をつけて、結局参加しなかった。

 …その男の名は入江 文学…齢40を前にして未だ童貞を拗らせる、悲しき漢である…。

 

 

 

 

 

 

 『なんでぃ、お前さんは行かねぇのかい?』

 

 『いや、だって…。年頃の女の子の部屋にお邪魔するのって、

 それなりに距離を縮めてからが一般的じゃない?』

 

 暗い空間の中、頬を赤く染めて自身の恋愛観を語る38歳無職。

 若干あきれた様な表情でソレを聞く独歩ちゃんのその背後で、

タンクトップを着た2メーター超えの筋肉ジジィが、ウンザリした様な顔で何気なく(つぶや)く。

 

 『…そんなんだから、何時まで経っても童貞切れねぇんだよ。』

 

 『『『『『あ』』』』』

 

 タンクトップジジィもとい蘭白老子のその一言で、場の空気が瞬時に凍る。

 『童貞』…ソレはある意味、この場に於いて禁句であった。

 様々な感情が()い交ぜとなり背中から滲み出る文学に対し、

各々の身に間を置かずして緊張が走る。

 NGワードを口にした当の本人・風祭 蘭白は張り詰める空気を察し、

入江 文学を見据え、静かに身構える。

 …しかし、いくら経とうと一向に構える事無く背中を向けている文学に対し、

訝しんだ面々は、ひとり…また一人と彼の正面へ、恐る恐る顔を覗かせる。

 

 

 

 …入江 文学は声を殺し、泣いていた…。

 彼は非常にデリケートな人間だった。

 

 

 

 『いや、うん。…悪かったよ…。』

 

 『ほれ、風祭殿もこうして謝っとる訳じゃし…。』

 

 『…私の秘蔵だ。受け取り給え。』

 

 気まずい空気が漂う中、タンクトップのジジィがぶっきらぼうに頭を下げるその横で、

着流しを着たボリュームある白い髭がまた特徴的なジジィも、

場を和ませようと優しい声色でフォローを入れる。

 しまいには何時の間にか(かたわ)らに居た変態仮面によって(なぐさ)められる童貞。

 差し出されたその手には、簡素ながら装飾が施された薄緑色のショーツがあった。

 

 『…え、コレ…ま、まさか愛子ちゃんの?』

 

 『大河ちゃんのだ。』

 

 

 

 

 

 

 未だに女性に対して理想を抱く入江文学を除いた中年共が原因となり、

精霊たるセブン嬢を存在させる上で編み込まれていた概念の極一部が、

中年六名に吸い取られてしまった為に機能不全を起こしかけ、

聖典は一時期使用が困難な有様にまで(おちい)ってしまった。

 …今でこそ持ち直しているセブン嬢ではあるが、現在要介護中である。

 たまに当時の事をフラッシュバックし、うなされているが…。

 

 

 

 

 

 

―――…もう、聖典(ココ)から出てってくださいよぅ(泣)…!!―――

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 …―――再び話を戻し―――…。

 園内が()に照らされ、近づいてくるシエルの顔を確認すると、

目元が赤く()れ、(ほほ)には涙の後がくっきりと付いている。

 そんな彼女に対し、士郎は両腕を胸に組みつつ話題を振るかの如く(たず)ねてみる。

 

 「ナニか悲しい事でもあったかね?」

 

 「えぇ、えぇ!ありましたとも!

 主にアナタの背後にいるド変態のせいでねぇッ!!」

 

 「ヌゥ?」

 

 今回、彼に(まと)わりつく親父連中は、変態含め(そう)じてヤジを飛ばしていただけであり、

タタリ事件とは直接的には無関係だったりは…、した。

 …しかし迎えた最終局面…タタリによる興味本位から、

彼等の情報に食指(しょくし)をのばした事により、本来(つづ)られるべき物語の歯車が非常に大きく狂い始め、

挙句(あげく)の果てには舞台装置を含めた何もかもが瓦解(がかい)してしまった。

 ―――そして、その結果は泣き()らした彼女の表情を視ればお分かりだろう。

 非常に切ない目にあった彼女からしてみれば、

怒りをぶつけるべき相手が、朝焼けと共に()き消えてしまった為に、

間接的に関係のあるであろう、あのド変態に怒りをぶつけたがるのも無理からぬ話であった。

 そんな泣き()らした顔を見せるシエル嬢に対し、この男なりに察するモノでもあったのか。

 彼はシエルの涙の理由を面倒そうなので特には聞かず、

彼なりの不器用ながら励ましの意味も込めて、

本来、栄養補給用として予め買っておいたスパゲティパン(・・・・・・・)数個に、

午〇ティーが入ったコンビニ袋を無言で差し出すと、

ニヒルな笑顔で片手を上げ、彼女の泣き顔に対しサムズアップ。

 受け取ったビニール袋の中身を、

眉間に皺寄せながら覗き見るシエルに背を向け、

児童公園とは最早名ばかりとなった血の荒野から、静かに立ち去った…。

 

「イヤミか貴様ッッ―――!」

 

 …背後から絶えず聞こえる、修道女からの罵詈雑言…、別れの言葉を背に受けて…。

 

 

 

 

 

「…アレ…待って。コレ、後始末するの…ワタシ…?」

 

 音速の壁をぶち抜き、三咲町を後にする彼の背に、

何やら途方に暮れるような修道女の呟きが届いた様な気がしたが、

ソレも彼にとっては過去の話である…。

 

 

 


 

 

 

 …これまでの長い長いあらましからも分かる通り、

タタリ事件は一切解決しておらず、むしろ(さら)性質(たち)の悪いモノへと成り代わってしまった。

 タタリという一概念に中年共…というか、

主に変態仮面の分霊が色()く入り込んでしまった事で、新たな変態が誕生してしまったが為に、

毎年関東圏の一部では夏が訪れるたび、変態仮面タタリによる納涼破廉恥(はれんち)祭りが、

彼主催の下、数日間開催される事態になってしまっている訳だが、

大元となっているこの大男・衛宮 士郎が直接関与している訳でもない為、

彼自身の知るところではなかった。

 …とは言え、彼の自室の片隅(かたすみ)に置かれている簡素(かんそ)な机の引き出し…その二重底には、

何故か見覚えのない色とりどりのパンティ数枚に数十本の〇毛らしきモノが、

それはもう大切に保管されている訳だが、そんな仕掛けなど一切知らない分、

やはり士郎の知るところではない。

 国家ヤクz…大量の警察官が各地域に導入され、

怒りに燃える婦女子の方々も奮ってご参加していらっしゃるその光景は、

(つい)にはマスコミの手によって全国報道されるまでになり、

放映当初、お茶の間でこれを観ていた藤村大河は、士郎に対してしきりに詰問(きつもん)する始末。

 

 「ねぇ、何かした?何かしたでしょ、ねぇ?」

 

 「怒らないから。お姉ちゃんに全部話しなさい。」

 

 「だって!コレ、どう()てもアナタでしょ!!」

 

 モニターに映るパンティ被った男の特徴(とくちょう)的な部分である、

赤銅色の頭髪や2メーターを超える(はがね)の巨体、変色した黒鉄(くろがね)の左腕などを何度も指さし、

涙目でゲロするよう士郎に訴える大河嬢。

 何より、その巨漢が被っているパンティー自体が決定打。

 

 (うす)い緑を下地にして白い横線で(いろど)られた縞柄(しまがら)ショーツ…。

 ソレはまごう事無く、藤村大河の所有物である。

 

 しかし、モニターに流されていたVTRは録画されたモノであり、

()られていたその日時、彼は藤村組の若衆と共に衛宮家の稽古場(けいこば)で組手を行っており、

彼等と共に(さわ)やかな汗を流していたというアリバイがあったりする。

 …にも関わらず、動かぬ証拠(ショーツ)を泣きながら何度も指差し、

余りにもしつこく()れ衣を着せようとしてくるこの姉を、アイアンクローで悶絶(もんぜつ)させると、

何処(どこ)にでもある何の変哲(へんてつ)もない縞柄(しまがら)ショーツだと指摘しつつ、

しかし狼狽(うろた)える様に座卓から離れようとする士郎。

 

「正直に…正直に言えば、まだ許してあげるから…。」

 

 (うずくま)りながらもそんな台詞(せりふ)()きつつ、

居間から出ていこうとする士郎の()いているズボンの(すそ)を必死に(つか)み、

なおもしつこく食い下がる大河嬢…。

 

 (…ヌゥ…その日は、ちゃんとしたアリバイがあったはずだが。)

 

 …最近、自身の記憶に若干(じゃっかん)自信が持てなくなっていた彼は、

()き手を自らの口元に当て、何度も自信にそう言い聞かせる。

 (いま)だにしつこく彼の足にしがみつく保護者の頭を、

無意識にグリグリと踏んづけつつ、今日も彼はあやふやな記憶を頼りに生きていく…。

 

 

 

 …ちなみに変態によるお祭り騒ぎ期間中、複雑怪奇な事件の数々が人知れず

解決されているのだが、日常を生きている人々の知るところではなく、

世間様から見れば奴は、やはりただの性犯罪者でしかなかった…。

 

 

 

 

 


―――…時と場所を戻し…現在、冬木市旧都、衛宮邸。―――


 

 

 

 主に変態によるこれまでの軌跡を、苦労して書き起こしたというのに、

秒の速さで回想を終わらせてしまう筋肉聖人こと衛宮 士郎。

 しつこいくらいに丹念なボディチェックを終わらせた彼は、

現在、道場ほぼ中央で逆立ちをしていた。

 しかし逆立ちと言うには、どうにも不自然なそのシルエット…。

 ソレもそのはず、その巨体を支えているのは、丸太のような右腕一本…では無く、

更にその先…右手の人差し指一本のみだからである。

 

 (クックックッ。嘗ては至難と言われた勁すらも自在に扱えるな…。)ミシィ…ミシィ…

 

 現状のパフォーマンスを確認し終えたと判断した彼は直後、

自身を支える一本の指へ、血流を一気に流し込む事で力を解放。

 そこから生まれる爆発力の反動を利用し、飛び上がってからの前方宙返り。

 ド派手な音と共に板張りへ着地すると同時に、

自身が映っている姿見に向けて、流れる動作で再びポージングポーズを取る。

 

 (……………やはり(オレ)は美しい。)キレテル!キレテル!

 

 この世界に迷い込んで早や五年…。

 来訪した当初、中年共の無茶ぶり一色の生活で、

あまりにも潤いの無い生活故に、発狂しかけた彼ではあるが、

ソレも最早過去のモノ…。

 かつて、思春期真っ盛りの肉体に精神が引っ張られ、

追い求めていた女性関係にしても、毎日の健康的な運動を強制された事によって、

現在の彼は常に賢者モード。

 そんな日々を送るが故に出会いなんてものは更々無く、

結局、藤村 大河を除いてトコトンまでに縁が無くなってしまっていた。

 …まぁ一部、例外も居るには居るが。

 とは言え目の前に映る姿見からも分かる通り、こんな筋肉ダルマに心惹かれる異性など、

少なくともこの日本国内に於いては少数派として数えられる方だろう。

 実際に、すれ違う女性の大半が、彼に嫌悪の眼差しを向けてたし…。

 

 (…ただ己を鍛え上げているだけに過ぎんというのに、

何故か女子供からは非難轟々だ…。

  だがこの美しき肉体の前では、もはやソレすら些事よ…。)

 

 こと此処に至り、あらゆる妄執から解き放たれていた彼にとって、

色事を始めとした俗世関連に対しては、トンと興味が薄くなっていた。

 まぁ、目の前でイケメンがハーレム作ってイチャコラ見せつけてくれば、

鉄拳粉砕もとい制裁するくらいの心の機微くらいなら残っているが…。

 

 (ククク…、かつて悟りを開いた釈尊も、こんな心境だったのだろうか…。)

 

 …明鏡止水…そんな境地へ至った彼の内にも、未だ揺らめくモノが一つだけ…。

 ソレは彼をこんな怪物にまで変貌させる原因ともなった、ヘラクレスに対しての情念である。

 

 (…奴を打ち倒したその瞬間、喜びの余り強制解脱でもしかねんな。)

 

 サイド・チェストからサイド・トライセップスへ、

滑らかな動作でポーズを変えながら、彼はヘラクレス打倒までの過程を、

何度もイメージトレーニングする。

 …何故か脳内同時上映で、ブッダや士郎に加え更にもう一名、

ブッダの友人と称するロン毛・髭面・茨の冠被った変なオッサンと共に、

三人仲良く肩を組みながら東京立川のとある商店街入口で自撮りするという、

何とも不敬かつ可笑しな妄想もしていたが。

 

 ―――感謝しよう。お前のお陰で俺は理想の肉体(オレ)を手に入れた。

 

 ―――お披露目の舞台も(アインツベルンの更地(もり)を除いて)整いつつある…。

 

 ―――共に心ゆくまで競技会(聖杯戦争とも言う)と洒落込もうではないか…。

 

 …尚、女性にはとんとモテないが、

学生という若輩でありながら極限まで鍛え上げた肉体を持つ故か、

野郎共には老若問わず(すこぶ)るモテる彼である。

 

 「…もういいかなー、衛宮 士郎くぅーん?」

 

 折角気分が(いち)ビルダーとして最高潮に差し掛かろうとしていた…そんな彼の背後へ、

水を差すかの様に冷めた女性の声が掛けられる。

 道場の出入り口を仕切る両引き戸…その片側に疲れた様に肩からもたれ掛って、

若干冷めた目で彼を見ている彼女の名は藤村 大河。

 主に士郎(仮)のせいで、原作からかなりキャラクター性が乖離してしまい、

家事全般が万能に成ってしまった超優良物件である。

 …実家がエラいハンディキャップになっている上、

ソコにボディビルダーも付随している事を除くなら、

交際相手は文字通り引く手数多であっただろう。

 

 「朝餉か?姉よ。」

 

 「そーだよ。だからとっとと身綺麗にしとくれ。…あと分かっているとは思うけど、

風呂上りにワセリンだけは絶対に塗るんじゃないわよ。」

 

 「ソレは女性に対し、化粧をするなと同義では?」

 

 「同義じゃねぇよ、馬鹿野郎。」

 

 

 広い居間の片隅(かたすみ)に置かれた大型ブラウン管テレビに映る情報番組…。

 コメンテーター二名による軽快なトークが室内に流れる中、

座卓の上に並べられた朝餉(あさげ)を黙々と口に運ぶ衛宮家の家人二名。

 栄養バランスが考えられた献立は、とある一品を除いて、

全て藤村 大河が(こしら)えたモノばかりである。

 

…そう、とある一品…座卓の中央に置かれたサラダボウルを除いて。

 

 ボウルの中に収められたソレは、千切りにされた山盛りのキャベツ…。

 …山盛りのキャベツである。

 

 (全くもって、ご機嫌な朝食だ…。)

 

 ―――モリ…メリ…モニュ…。

 キャベツの千切りを口内に()めるだけ()め込んで、

牛の如く頬張(ほおば)士郎(仮)()を、冷めた目で見つめる大河嬢()

 家庭崩壊一歩手前の様な空気が居間内に(かも)し出されているが、

これが彼等にとって何時もの食事風景である…。

 なんら問題は無い。

 

 「…はぁ。」

 

 毎朝の習慣になってしまった溜息(ためいき)を一つ()くと、

仕切り直した様に食事を再開する大河嬢。

 もう諦めて、ありのままの士郎(仮)を受け入れてしまえば楽になれるだろうに、

未だに何とか出来ないものかと頭を悩ませる辺り、彼女の人となりが良く分かる。

 …まぁ、最近はもう半ば捨て(ばち)気味になってはいるが。

 そんな彼女が咀嚼(そしゃく)をしつつ、ふとテレビの方へ視線を移してみれば、

明るいスタジオ風景が報道ニュースへとタイミング良く切り替わる。

 心なしか険しい表情で、けれど淡々と報道内容をお茶の間へ伝えるニュースキャスター。

 …最近、新都で頻発(ひんぱつ)するガス()れ事故に、刃傷(にんじょう)沙汰による無差別殺人…。

 なるほど、確かにソレ等は聴いていて気分の良くない物騒なモノばかり。

 原稿を読み上げるキャスターが、沈鬱(ちんうつ)な表情になるのも(うなづ)けよう。

 街の人々の安寧(あんねい)を妨げる、暴虐武人な(やから)が日常に(まぎ)れ込めば、

善良な市民の方々ほぼ全員が不安と(いきどお)りを(いだ)くのも至極当然だろう。

 現に食事を進めていた藤村 大河も、(はし)が止まり表情も(くも)っている。

 

 「おい」

 

 そんな陰鬱(いんうつ)な空気に反応し、士郎(仮)の内に眠る性技…もとい正義の心が、

股座(またぐら)もとい身体からいきり立つ…ソレもまた致し方無い事なのかもしれない。

 

 「おい」

 

 と言うか、先程から(けわ)しい表情で士郎(仮)の顔を(にら)み、

ドスの効いた声色で何度も彼に呼び掛けている大河嬢。

 まぁ、それもまた当然だろう…。

 現在、彼は(あふ)れ出る義憤(ぎふん)(まみ)れ、

両手で広げたパンティを、(たか)ぶりと共に今、被ろうとしている瞬間なのだから。

 …ちなみに、最早言うまでもないだろうが、

彼の顔面が今まさにがぶり寄ろうとしているその下着は、

藤村 大河の所有物である。

 

 「ハッハッハ!コイツは失敬!」

 

 「…失敬じゃあ、無ぇんだよ。」

 

 被りかけた縞柄(しまがら)模様ショーツを中空で丁寧(ていねい)に折り(たた)み、胸ポケットにスルリと収める士郎。

 つい内なる正義の心が(あふ)れ出てしまった…そう独り()ち、朗らかに笑う彼の(あご)下に、

剣道の訓練において用いられる六角棒、その先端が差し込まれる。

 本来両手で持つべき大きさのソレを、片手で軽々と持っている彼女は、

そのショーツの本来の持ち主である藤村 大河25歳…怒れる社会人である。

 普段学園で見せる朗らかな笑顔とは打って変わり、

今の彼女が見せるその(かお)は正しく極道の女のソレ。

 笑顔で謝意を見せる士郎に対して、(いかづち)の如く(ほとばし)る彼女の黒い殺意…。

 年代的に片落ち手前である大型テレビから、

芸能ニュースが明るいBGMと共に流れる現在午前七時二十五分、衛宮家・居間。

 最早日課となった、朝の体操(たたかい)が始まろうとしていた…。

 

 

 「じゃあ、お姉ちゃん…もう行くけど…。アンタ、ホンットに後で覚えてなさいよ…。ハア…ハア…

 

 (かす)かに肩で呼吸をしつつ、原付バイクにゆるりと(またが)る大河嬢を、

開け放たれた玄関越しから見送る士郎(仮)。

 若干(すす)けた背中をご近所方に(さら)しつつ、勤め先である学園へと向かっていく。

 その哀愁(ただよ)う姿は、正しく疲れ果てた社会人のソレ…と、

彼女を観た大半の者ならばそう思うのだろうが、

彼女の疲労の大元は衛宮 士郎(仮)に()るモノである。

 本来であるならば幸運値EXランクを誇る彼女であるが、

今作品に()いては主に士郎(仮)のせいでA‐‐にまでダダ下がりしている。

 そんな人並み程度の幸運となってしまった彼女の(またが)る原付の駆動音が、

遠くなってゆくのを確認すると、玄関の戸をゆるりと閉め、台所へと向かう士郎。

 台所…そのほぼ中央にあるダイニングテーブルの上には、

鋼の巨体を維持する上で、食事だけでは到底(まかな)う事の出来ない栄養素を取り入れる為、

これまた馬鹿げた量のサプリメントが各種、常備されていた。

 

 ―――用法・用量を守って正しく服用する事。 

 

 ラベルに記載された警告文、

及びソレとまったく同じ台詞を(のたま)っていた姉の警告をガン無視し、

士郎は薬物系グラップラーの如くソレ等を口の中へジャンジャカ流し込むと、

飴玉かチョコレートでも()み砕くかの様に、バリボリと口内で音を鳴らす。

 甘みと苦みで()き出る唾液を各種サプリと共にゆっくりと嚥下(えんか)し終えると、

彼はその後、深く息を吐きつつ瞑目(めいもく)すると同時に(うつむ)き、

そして(しばら)くの間を経て、ゆったりとした動作で木目細工の天井を仰ぎ見た。

 

 「今日も一日、がんばる『『『『『『『ぞ!」』』』』』』』

 

 

 

…貴様等に萌えなど求めていない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 申し訳ありません。次話は士郎とザファル先生が主にやらかしてます。
 変態はせいぜい二割。

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