20時にもう一話投稿します。
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トンパは十歳の時からハンター試験を受け続けたが、実力が伴わず四十歳を越えても未だにハンター試験をクリアすることが出来ていない人間だ。
最初こそ熱意を持ってハンター試験を受けていたが徐々にその情熱は風化していき、今では同じハンター試験受験者を潰すことに快楽を見出す人間へと変貌している。
才能が有り将来有望な受験者を、試験にずっと合格出来ていない自らの策に溺れて落ちていくそのさま。その相手が絶望する表情こそが、今のトンパの生き甲斐なのだ。もうこれは、彼自身にもどうしようもないライフワークなのだ。
(おーおー、今年もみんなやる気に満ちちゃってまあ)
ハンター試験287期会場に集まった受験者達を流し見て、トンパは用意した下剤入りの缶ジュースに視線を移した。飲んだ人間がその後の惨状に気が付いた時に絶望する表情を想像し、思わず下卑た笑みが漏れそうになるのをトンパは必死に堪えた。
(ヒソカか、あいつは駄目だ。ヤバ過ぎる)
当然、渡す相手は選ぶ。ハンター試験の常連であるトンパの目利きは正確に、危険な奴等を見分ける。新人潰しの二つ名を持っている自分を知る人間も対象外だ。
今回のメインターゲットは新人だ。
トンパから見れば無防備としかいえない新人達にトンパは熟練のコミュニケーションを発揮して、下剤ジュースをプレゼントする。トンパが作り上げた柔和な表情を見て、殆どの人間は彼を悪人だとは決して思わないだろう……こんな時にジュースを配る変人だとは思うかもしれないが。
(お……めっちゃ綺麗な女の子だな)
新しく会場に現れた金髪の少女を見て、トンパは思わず目を見張った。
煌びやかな美しさでは無い。清廉な雰囲気を漂わせた、どこか人を惹き付ける魅力がある美少女だった。
周囲もこの試験会場には場違いな彼女を見て、眼を白黒とさせている。ぱっと見はとても強そうには見えない。華奢な身体だ。
身なりは軽鎧を着用して万全にしているようだが、その鎧越しでも分かるくびれた細い腰つきを見て彼女がマトモに戦える人間だと思う奴は少ないだろう。
誰もがごくりっ、と唾を飲み込んだ。
トンパもそうだ。年相応の色気も感じるが……トンパは彼女を見てから沸き起こる、謎の感情を努めて抑えるのに必死だった。
――護りたい。
(お、落ち着け俺っ。俺はいわば、このハンター試験の質を上げる役目を自己的に担う裏の試験官といっていい存在だ。その誇りにかけて、たかが美少女というだけで下剤ジュースの対象から外すわけにはいかない!)
トンパは自分でも厳しいと思っている理論を振りかざし、にこやかな笑みを浮かべて彼女へと近づいた。
「? なんでしょう」
「ここんにちは……あ、あ、あのですね」
「はい」
(ちょ、おまッ! 近くで見たら余計に美少女じゃねぇかッ! なんだこのオーラは!)
それは正に一輪の花。薔薇の様な華やかな花では無く、野原に咲く大輪の
「あー! その、喉乾いてませんか? こ、これ良かったらどうぞ」
「え? いえ、その」
「ご遠慮なさらず、実は間違って多く買い過ぎて……余ってしまったんですよハハ」
「……それならお気持ち、ありがたく頂きますね。ありがとう御座います」
こちらが騙しているなんてまるで思いつきもしていないだろう彼女の優しい微笑みに、トンパは浄化されそうだった。
駄目だ俺何してんだろう真面目にやり直そう、なんて危うく改心しかけている自分に気が付く。
トンパに先を越されたと感じた者達が上手くやったトンパへと嫉妬の眼を向けるが、生憎こちとら精一杯のトンパが気づくことは無かった。
自分でもかなり罅割れている自覚が有る笑みで彼女と別れるや否や、トンパは全力の力加減で自分の頬を両手でバシバシと叩いた。
(彼女は絶対、有望な若者だ。間違いねぇ。とてもそうは見えんが、数十年培ってきた俺の勘がそう言っている――つまり、俺にとって不倶戴天の敵! 惑わされるな)
トンパは気を引き締め直し、気持ちが落ち着くのを待って再び新しい下剤ジュースを後ろ手に握った。
その表情はどこか険しく、眼には炎が宿っていた。トンパは小さな携帯手鏡を表情を確認し、善人そうな笑みを作る。
慣れた作業を淡々とこなすことで、気持ちも回復する。
丁度良く、子どもを連れた若者三人組が新しく会場にやって来たのをトンパは発見する。険しきハンター試験に子ども連れとは、とんだカモだ。
(へッ、俺は『新人潰し』のトンパ様だ! この誇りにかけて、改心なんぞしねぇっ)
トンパは、出来るだけ自身を惑わしかねない彼女を視界に入れない様にして、心の中で啖呵を切った。トンパの名演技が、始まる。
◆◆◆◆
(あー、やばいです。皆私を見てる)
これだけ沢山の人間に見られて、自分が大きく注目されていることに気付かない馬鹿は居ない。
小中学校までは多数の人間に似たような視線を送られることはままあったが、ここ数年は人込みから離れた生活をしていたのだ。多少気おくれする。
「し、失礼お嬢さん。私は――という者だが。試験開始までまだ時間が有る。始まるまでなにか話でも」
「おいおい、お前見ない顔だな新人だろ引っ込んでろ……彼女お前の強面に驚いてるじゃねぇか。あー俺じゃねぇワタクシはハンター試験をもう五回は受けた歴戦だ。分からないことが有れば何でも聞いてくれ、お嬢さん?」
「ふっざけんなボケ、お前のようななよっちい奴より俺の方が彼女の力に成れる。二人ともあっち行け」
「むさ苦しい男共は引っ込んでて! 同じ女の子の私の方がこの子も安心出来るに決まってるじゃないっ!」
初対面のオジサンから渡された飲み物を片手に、それを皮切りに続々とやって来た受験者仲間? 達が話し掛けて来る。
思わず、その剣幕に引いた。なんだか様子がおかしい。
(……これって、もしかしてスキル『カリスマC』の効果?)
創作の中の美少女たちとは違い、彼女は自分の容姿が人を惹きつけるに足ることをきちんと理解している。しかし、初対面の人間がここまで世話を焼こうと迫られるほど美人だとは思っていない。
これも修行の成果か。
彼女……レティシアの容姿は、ある人物に非常に似ている。
(『
彼女は色々あって、そのfate/という作品に出て来るとあるキャラクターっぽい能力を限定的に行使できた。
当然最初はそんな超常現象染みた能力など彼女には欠片も存在しなかったが、その特殊な来歴ゆえか先天的な才能か定かではないがその不思議な能力に目覚めたのだ。
「……では、試験を始めます。先ずは私に付いてきてください」
試験官がそう言って走り出す。なかなかのスピードだ。
周囲から投げられてくる心配そうな視線に、レティシアは大丈夫という意味を込めて軽い微笑みを返した。
暫く走り続けても平然と走るレティシアに彼女の周囲は安堵の表情を浮かべると、同じように前を向き走った。
一時間を過ぎても、走るペースは落ちない。
それどころか、むしろ徐々にペースが上がっていく。
脱落していく受験者達から、頑張れーっ! とレティシアにエールが送られる。その中には心配してアドバイスをくれた者達も混じっていた。
「ありがとうっ。残念ですが、これで諦めないで下さい!、共に研鑽していきましょう! 同じハンターを目指す同士、私は忘れません! これで諦めないでくださいっ!」
レティシアの声援に、脱落していく者達の沈んだ顔に光が差す。次いで再起を決めた雄叫びを上げると、彼らはこぶしを握って天に翳した。まだ走る者達も、そんな彼らの声に心を熱くした。負けるわけにはいかないと、脱落した彼らの気持ちを受け継いだ多くの者達が奮起する。
先頭を走っていた試験官のサトツは、わざわざ振り返らずとも分かる背後の様子に笑みを浮かべた。今年は有望そうな若者が多そうだったからだ。それに、来年にも期待できそうだ。
奇術師ヒソカは、そんな彼らの様子を興味深そうに観察しながらそれを引き起こした中核の人物を愉快そうに見つめた。
レティシアの背に悪寒が走る。
(面白そうな子だけど――さて、どうしようかな♠)
軽く"凝"をすると、彼女の強いオーラがヒソカの眼に映る。まだまだ粗削りながら、美しい"堅"だ。ヒソカの顔が愉悦で歪む。この状況で疲れやすい"堅"をする理由はよく分からないが、ああ見えて周囲を警戒しているのだろうか、それほどオーラ量に自信があるのか。
それに彼女の衣服は、なんとその全てが念で出来ているようだった。恐らくは具現化系、或いはそれに隣接した系統だろう。
オーラ量は観る限りかなりの物だろう。
(彼女はまだまだ伸びる。収穫の時期は、もうちょっと先かな♥)
彼女が後ろを走る自身の視線から離れるように走るペースを上げていくのを、彼は笑顔で見送った。
◆◆◆◆
「先ほどから、私に何か御用でしょうか?」
「うん。取り敢えず、ちょっと早めに唾つけとこうかなって思ってさ♣」
(こいつ、色々ヤバいですっ!)
レティシアは目の前の変態の舐めるような視線に、顔が引き攣りそうになるのを堪えた。しかもタチが悪いことに、この変態はめちゃくちゃ強そうだとレティシアは思った。
「ふっ! トランプ、ですか」
「うん。反応は悪く無いね♦」
レティシアは巻いて槍のようにした旗で、飛んでくるそれを叩き落とす。
ただのトランプでは無いのか、接触した感触が可笑しい。トランプがまるで鉄のように硬かったのだ。
「特殊な合金製のトランプですか?」
「?…………あぁ♥君、もしかして天然の能力者かい?♦ なるほど」
「っ!? し、知っているのですか、 この超能力のこと」
「あー、念能力って言うんだけど……いや。念を知らなくてそこまでの練度かぁ――フフッ♥」
一人で頷くヒソカに怪訝そうな顔をしたレティシアの身体に、戦慄が走る。明らかに今のやり取りで、先程より相手から感じる重圧が増している。
明らかに先程より危険度が増している。あることにレティシアは気づく。
相手の下半身の状態に気付いたのだ。
(こいつ、アレが勃ってますうう!!)
ヤバイ。ヤバイ。とにかく不味い。かつて無い貞操の危機に、レティシアは全力で後退した。表情は引き攣って青白い。
「おっと♣ちょっと昂っちゃったよ。抑えないと抑えないと♥」
「…………」
「お見事♥君は合格だよ♦」
「能力について、その……念?について貴方は知っているようですね」
「うん♥」
「では教えて――いえ、辞めておきます」
自身に発現したこの特殊な力について、レティシアは何も知らなかった。この力が念能力と言うらしいと分かっただけでも収穫だった。
相手も教える気は無かったようで、満足そうにして不気味に笑っている。それにレティシアとしても、この変態に教えられるのは絶対に避けたかったので、両者の利害は一致していた。
その後小さな少年がやって来て、レティシアの前にヒソカにノされていた男性の倒れ伏す様子に怒ってヒソカに突撃する事件などがあったが、レティシアはなんとか危険な生物達が犇めくヌメーレ湿原を突破した。
まさか少年を助けるために二度もヒソカと戦う羽目になったのには、レティシアも参ったが。
『ジャンヌ・ダルク』が死に赴こうとしている少年を助けないなんてレティシア的にあり得ない図柄だ。
ジャンヌに似た容姿で生まれ更には酷似した能力を持つレティシア、ジャンヌが死ぬほど好きでジャンヌロールプレイに今や人生を捧げている彼女が、この状況で命を懸けないなんてことは、あり得なかった。
ちなみにその少年……ゴンは、レティシアに横槍を入れられて不満気だった。
――レティシアは落ち込んだ。
ゴンの異常な嗅覚のお陰でレティシアは、無事に第二次試験会場に辿り着いた。
心配して駆け寄って来る受験者仲間の質問を、彼らの命が危なくなりそうなのでレティシアは嘘に慣れない舌を動かして必死に誤魔化した。
レティシアの誤魔化しに当然彼らは気づいていたが、無理に聞いても仕方が無いと彼らは出そうになる心配の言葉を飲み込んだ。
レティシアがここまで運んだ事をゴンに聞いた、目が覚めたレオリオという男性がレティシアに感謝の言葉を贈る姿を見た彼らは、彼らなりになんとなく経緯を想像してため息をついた。
(なんかあの女、違和感があるんだよなぁ)
その光景を遠目から観察していたキルアは、レオリオと話すレティシアをどこか腑に落ちないといった顔で眺めていた。
キルアの訝し気な様子に、ゴンも気になって同じようにレティシアを見た。特に違和感は無い。
視線の先では、レオリオがレティシアの手を握っている。握手の割りには長い。
残念ながらゴンの眼には、可憐な美少女に触れて如実に顔をにやけさせているレオリオが映っている。いつものレオリオである。レオリオは面倒見が良くて良い人だけど、特に女の子に興味が無いゴンには良く分からない部分が、レオリオにはあった。
キルアの眼つきは、レティシアにだけ向けられている真剣な物だ。
「どしたのキルア。レティシアさんが気になるの?」
「……ちょっとな。あいつも、あのヒソカと戦ってたんだろ? ゴンはそれ見てたのか?」
「遠目からだけど。多分レティシアさん、相当強いと思う。レティシアさんと戦ってるヒソカ、楽しそうだったから」
「そっか。やっぱ危ない奴かもな」
「ん~? レティシアさんは善い人だと思うよ? ちょっと変わってるけど」
「そうかよ」
キルアも別に、彼女が悪人に見える訳では無い。少し何かを隠している気もするが、人間は皆大なり小なりそういう部分があるものだ。そういう意味では、レティシアから危機感や何らかの悪意は感じない。
問題は、その強さだ。
何気ない動作から垣間見える身体捌きは中々の物だが、キルアには余り脅威には映らない。レティシアがあのヒソカを戦いで興奮させ、渡り合えるだけの強さを持っているとキルアには判断出来なかったのだ。
つまり、何かカラクリがあるのだろう。
キルアは好奇心を擽られたが、取り合えずは今まで気にしていなかったレティシアを頭の中の要注意人物リストに入れた。関わる時は、少し警戒しておくべきだと。
キルアにとっては暇つぶし半分で受けたハンター試験だが……予想外に、退屈は少なそうであった。