「この前も言ったとおりだけど、フランの相手ぐらいしか困ってることはないわねぇ…」
「そ、そうか…ですか」
「あ、まだあったわ」
ピン、と指を一本立て、レミリアが言う。
「な、なんですか!?」
「図書館の、清掃委員」
「……へ?」
すぐ横ではフランと上海が手を合わせて遊んでいる。
上海はフランが無意識に流す殺意に慣れたのか、以前のような強張りはない。
「ここには大図書館があってね、魔理沙って分かるかしら?」
「あ、はい」
「その魔理沙が良く本を『借り』に来ていて、ちょっと散らかっているの」
「…………?」
本を借りに来て、散らばる。
なんだか微妙に納得いかない言葉だが、スルーした。
「まぁ、私もフランも図書館は使わないけど。一人本好きな子がいて、その子のためにちょっとばかり本を整頓してくれないかしら?」
「はい、おやすいご用です」
良い返事ね、とレミリアが笑うと、遊んでいた上海とフランが戻ってきた。
「お姉様、お姉様」
「何かしら?フラン」
「えへへ、なんでもないっ」
にこにこといつも嬉しそうなフランを見ていると、こちらも嬉しくなってしまう。
「図書館はそっちよ、頼んだわね」
「ハルぅー。時間が出来たらあそぼーねー」
正直、この前のようなことになるのは、死んでも勘弁願いたいが、春良は笑顔で手を振った。
「さて、行くか、上海」
肩の上ならぬ頭の上に乗る上海にそう告げ、春良は大図書館に歩を進めた。
「上海は本とか読むのか?」
道中そう尋ねると、上海は首を横に振った。
「アリスは?博学なイメージあったけど」
今度は縦。
「今度、童話とか読んでやろうか?結構面白いんだぞ、寝る前とかにちょうど良い」
またも縦。
寝る前、と言う言葉が出た瞬間、上海が紅くなった顔を手で隠したが、春良はそれに気づけなかった。
「と、確かに、若干ほこりっぽいなぁ…」
仰々しい扉の奥。
そこは春良にとって想像もしていない図書館があった。
「……大ってつくわけだ…」
一体どうやったら外から見た紅魔館よりも広そうな図書館が作れるのだろうか。
正直、体育館を何個も繋げたかのような広さだ。
カツン、カツン、と薄暗い空間に足音だけが響く。
誰もいないのか。
そう思った瞬間、声が響いた。
「……誰?」
か細い声に視線を向けると、部屋の片隅で椅子に座り机に頬杖をつく少女がそこにいた。
「……あ、えっと、俺は」
「戌井春良、かしら?」
「……え?」
頬杖を外した少女の姿がよく見える。
若干厚めの寝間着の様な格好に、紫髪、三日月付きの帽子をかぶっている。
「フラン、知ってるでしょう?」
「あ、はい」
「あの子が話してきたのよ。『戌井春良って外から来た人、壊れないんだよ!』って」
「そりゃまた、嫌な伝え方だなぁ…」
「レミィも、少し目を付けてる様だったわね」
レミィ。
レミリアの事だろうか、と春良が思うのと同時に思い出す。
たしか、パチェとかいう人とは会っていない。
「もしかして、パチェさんですかね?」
「……それはレミィだけが呼ぶわ。本名はパチュリー・ノーレッジよ」
読みかけていたのか、開いていた分厚い本を閉じ、パチュリーは春良を見つめる。
「貴方、ここの従者じゃないんでしょう?」
「え?あ、はい」
「敬語、止めて良いわよ。従者以外に使われると気分が悪いの」
見下してる気分になるのよ、とまた頬杖をつくパチュリーを見つめ、はぁ…、と春良は軽く頷いた。
「じゃ、そうするな。えっと……、パチュリー?」
「お好きにどうぞ」
ギッ、と椅子から立ち上がりこちらへ歩いてきた。
並んでみて初めてわかったのだが、本当に小さい。
(魔理沙とはるんじゃないか…?)
「ここには、来てどのくらいなのかしら」
「三日目……、かな」
「三日……。その人形、七色の人形遣いの?」
頭の上海を指さされる。
七色の人形遣い、おそらくアリスの事だと把握した春良は、多分、と頷いた。
「上海って言うんだ。半自立らしいぞ?」
「魔力が注ぎ込まれてるわね…。土人形(ゴーレム)に応用できないかしら」
まじまじと見つめるパチュリーから隠れるように、春良の後ろに隠れる上海。
人見知りらしい。
「……で?何しに来たの?挨拶だけ?」
眠そうに半分閉じられた目を向けられ、目的を思い出した。
「実はかくかくしかじかでな……」
「分かるわけないじゃない」
「……悪い。慣れてきたもんで少し調子に乗った」
結局、事の経緯を伝え、何か手伝えることはないのかと聞くと、パチュリーは、
「レミィの言うとおり、掃除と本の整理くらいかしらね」
「了解。手伝って良いか?」
「するのは助かるけど、手伝われるのは私じゃないわよ」
「って言うと?」
「私は読む専門。ここの本を管理してくれてる子がいるのよ」
多分、今も本を整理してるはずだけど、と辺りを見まわす。
正直、人の気配はまったくない。
「まぁ、そのうち会うわ。そこの本、片づけてもらっていい?」
「……どの本だ」
「『そこ一帯』の本」
パチュリーの指さす『そこ一帯』には、春良が4人縦に繋がったぐらいの高さまで本が積み重なっていた。
「それもほんの一部だから、片づけたら教えて」
「まじかよ……」
正直、自分が読んだら高校生活が終わりそうなくらいの量なのだが、そろそろ幻想郷のありえなさにも慣れてきたのか、衝撃は少なかった。
「……読めないな」
「そこらのは大体魔導書。読めたら貴方も魔法使いよ」
「……ってことは、パチュリーは魔法使いなのか?」
「言わなかったかしら?」
ひょうひょうと答えるパチュリーに、春良はそろそろ飽きてきたため息を落とした。
訳の分からない、文字と言えるのかどうかすら怪しいその文字列を見ても、理解出来るはずはない。
「…………ん?」
というわけで、本を直そうと思うと、何故か『その本がどこの棚の何段目の右から何番目』にあるべきかが頭に浮かんだ。
隣で同じく手伝ってくれている上海も同じなようで、不思議そうな顔をしていた。
「……これは魔法なのか?」
「物体のあるべき場所を示す魔法。私は属性系の魔法が得意なのだけど、そのくらいの魔法だったら使えるわよ」
属性と言うと、火や水だろうか。
今度見せてもらうことにしよう、そう春良は無意識に思っていた。
「それじゃ、片づけるか。上海、重くないか?」
こくりと頷く上海と本棚通りの奥へ消える。
最奥には、たどり着けそうにないくらい広い。
「……そろそろ、来る時間かしらね…」
こほっ、と軽く咳き込みつつ、パチュリーは壁高くにある窓に視線を向けていた。