「は、春良さん、大丈夫ですか……?」
今朝と同じベッド。
だが、誰かがメイキングしてくれたのか、シーツも新しかった。
「んー……。まぁ、多分大丈夫」
今回は不意打ちでもなかったし、身構えていたうえ恐らくかなりの手加減。
それでも体が動かなくなるくらいのダメージだが。
「本当にすいません…。病み上がりでしたのに…」
「だ、大丈夫だって、気にするなよ」
しゅんとするこあくまの頭を軽く撫でてやる。
しかし、そんな小さな動きさえも痛みに繋がった。
「っつ……!」
「手、痛いですか…?」
こあと上海が手を握ってくれる。
上海は握ると言うより抱える感じだが。
「あ、血が出てます…」
人差し指の腹から、一目で分かるくらいの血が垂れている。
そして、何を思ったのか、こあくまはその指にゆっくり顔を近づけて、
「…………ん……」
「……っ!?」
はむ、とくわえる。
突然の出来事に春良は固まり、上海はぽてんと床に落ちた。
「ちょ、ちょちょちょこあっ!?」
「……ふぁんふぇふふぁ…?」
恐らくなんですか?とくわえながら首を傾げる。
「な、何してるんだ?」
「……ん。わ、私の唾液、少しですけど再生作用があるんです」
顔を赤らめながら言うこあくま。
確かに、見ると指の傷は完全に消えていた。
「そ、そりゃ、ありがとう…」
「い、いえ…。もとは私のせいですから」
そう言うと、こあくまは舐めるように春良の体を見る。
何故か、ぞわぞわする視線だった。
「まだ、傷ありますね……?」
「や、もう大丈夫だ。うん」
少し物足りなそうなこあくまを横目に、へたり込んでいる上海に手を伸ばす。
「ほら、大丈夫か?」
「…………」
ぱくり、と。
差し伸べた手の人差し指、さきほどこあくまが舐めていた部分を上海はくわえた。
「いや、真似しなくていいぞ…」
「……!……!」
口を離して、いやいやと駄々をこねるように首を振り、またくわえる。
顔が真っ赤だ。
「というか、もう治ってるし……」
「あ、あのっ!」
「……ん?」
ちぅちぅと指を吸い始めた上海を放置し、こあくまに視線を戻す。
「わ、私、今日は図書館にもどりますねっ!」
「ん、じゃぁ俺も…」
「春良さんは、今日ゆっくりやすんでください」
「いや、そう言うわけにも…」
と体を起こそうとするが、動かない。
「ほら、ゆっくりしててください」
「……ごめんな」
「いっ、いえいえ!手伝ってくれるって言ってくれただけで嬉しいんで!」
「そっか、なら明日はちゃんと手伝うからさ」
「は、はい!では、失礼しました!」
バタンッ、としめられたドアを見つめ、ふと思う。
「……なんか、様子が変だったな…?」
明日、それとなく聞いてみよう。
春良はそう思いつつ、昼間にもかかわらず襲ってきた睡魔に身を任せた。
「……!……!」
上海は、まだ指を吸っていた。
紅魔館の廊下。
「~~~~~~っ!!」
こあくまは競歩のようなスピードで図書館へと向かっていた。
(……やっちゃった…!やっちゃいました……!)
あり得ないほどに真っ赤に染まったその顔を両手で隠しつつ、さらに歩く。
図書館の扉を開いたところで、
「……あら。お疲れ、こあ」
ゆらゆら揺れる椅子に腰掛けるパチュリーが迎えてくれた。
「ぱ、パチュリ、様…!」
「……どうかしたかしら?」
不思議そうな顔をするパチュリーから逃げるように、すれ違い、本棚の奥へ消えようとする。
「な、なんでもないです…」
「……予想はしてたけど、貴方も随分大胆ね」
「――――っ!?」
バッと振り向くと、目を薄めてニヤニヤしている魔法使いがいた。
「……な……なんっ…で!」
「……これは何かしら?」
そう言うパチュリーの手には一つの水晶玉。
占いで使うようなそれの内側には、春良の部屋が鮮明に映し出されていた。
「……再生作用ねぇ…。上手いこと言ったじゃない」
「……うぅぅぅぅ…!」
真っ赤になって俯くこあくまに、パチュリーは本をペラリと捲り、解説するように語った。
「……小悪魔の一族は、自が尽くすべき相手の指を吸い、忠誠を誓う…」
「な、なんで知ってるんですかぁ……!」
「……書いてあるもの」
『忠誠の儀、一覧表』とご丁寧に書かれた本を満足そうに掲げて、パチュリーはまたニヤニヤと笑う。
「……でも、何も言わないで良かったの?」
「な、何がですか?」
「……普通、『好きです』だとか、そういうのも必要なんじゃないかしら?」
「だ、だって……」
「……だって?」
自分の目の前で指を合わせ、もじもじとしおらしそうにこあくまは呟く。
「そ、そんなこと言って、変な空気になったら……」
へにゃ、と頭の蝙蝠羽がたれる。
「い、嫌じゃないですか…」
涙目すぎるこあくまを眺めて、パチュリーはため息をつく。
なんで春良も春良でこんなに分かり易い気持ちに気づけないのかと。
「私、可愛くないですし…」
(……十分可愛いわよ…)
思うだけで、口には出さない。
どうせ信じようとしないのだから。