「あ、音楽プレーヤーです。なんでかこれだけは無事で……」
「あー、私もこれ欲しかったんですよね」
「ふーん? 何か曲が入ってるの?」
「はい。確か……あれ? 何が入ってたっけ……」
「ふふ。説明を先にしましょうか」
「あっ、はい。お願いします」
少年は事態の把握を試みて
「最初に言っておくと、ここは貴方の居た世界ではありません」
「……はい?」
当然の様にそう言う早苗に対し、春良は首を傾げる。
「ここは幻想郷と言って、戌井さんが居た世界に忘れられた物が集まる所なんです」
どきん、と心臓が高鳴った気がした。
自分の今いるここが、今までいたところとは別の世界。
また不安になっているのか、それとも、もっと別の何かか。
「へぇ……」
「あれ? 案外普通の反応だね」
「正直信じられないけど、とりあえずは頭に入れとこうと思って」
そう言った後、春良は立ち上がり、小さく辺りを見まわした。
「……でも、どこか懐かしいというか、見慣れた感じがします……」
「お、そう? なんだかうれしいね」
「まぁ、この神社も元は現代の物ですから」
畳に少し大きめのちゃぶ台。
春良にとっては落ち着くくらいの空間で、それが何よりの証明となった。
「あーっと、……俺、迷惑じゃないですかね?」
「そうでもないけど、ホントに落ち着いてるね。……早く帰りたいとか思わないの?」
「ん……まぁ。帰るにはどうしたらいいんですか?」
「明日博麗の巫女に聞いてみましょう。今日はお泊りになってはいかがですか?」
博麗の巫女という人物も気にはなったが、春良はそのあとの言葉の方が驚いた。
「い、いいのか?」
向こうからの誘いとはいえ、自分と歳も近そうな女性の居る家に泊まるのは流石に春良も緊張物だ。
「あ、やっぱり早く帰りたいですか?」
「いや、その、俺、男だけど……」
「え、えぇ。そうですね?」
「駄目だよ春良。早苗は鈍いから遠回しじゃ分かんないと思うよ」
諏訪子のからかうような言葉に春良は小さくため息をつく。
春良、とすでに呼び捨てで呼ばれている事には、不思議とあまり抵抗は沸かなかった。
「多分神奈子様は博麗の神社にお泊まりになると思いますし、ちょうどいいですよ?」
「神奈子様?」
「えぇ、諏訪子様と同じ、神様です」
また出てきた神様の二文字に少々飽きを感じ始めた春良だったが、そういうことなら、とおこぼれに預かることにした。
「……ぅぅむ…」
居間に布団を敷いてもらい、寝床を作ったはいいのだが、やはり簡単には寝付けなかった。
少女と一つ屋根の下で眠ることになるだなんて、想像もしていなかったし。
「……幻想郷、ねぇ…」
そんな世界の話も、正直信じられない。
星が輝く時間。
春良は頭を掻きながら外に出た。
「あれ?眠れない?」
「えっと、諏訪子様、だっけか?」
「諏訪子でいいよ」
「……え?」
「余所余所しいの嫌いだから、ね? 私も貴方の事春良って呼ぶしさ」
諏訪子は目玉帽子を横に起き、ぴょんっ、と弾む様に春良の元に歩いてくる。
「それで、春良は勝負事とか興味ある?」
「……向こうじゃ弓道してたけど、勝負事なのかはわからんな」
「へぇ……」
パラパラと降り続ける雨に二人濡れながら、小さく星を見上げた。
「……神遊び、する?」
下からのぞき込むようにして、諏訪子がそう言う。
可愛い、とは口に出さずに、春良はなんだそれ?と紅い顔で返した。
「幻想郷ではね、弾幕ごっこって言う勝負方法があるの」
「それが神遊び?」
「まぁ、それはお祭りの事なんだけどね、とりあえずやってみよっか」
まじかよ、と春良の言葉は聞かず、諏訪子は一枚の符を春良に渡した。
「弾幕ごっこではね、スペルカードっていう自分の必殺技を込めたカードを使うの」
「はぁ……」
「カードと自分の弾を使って相手を倒す。そうすれば春良の勝ちね」
「はぁ……」
「よし!んじゃやろっか」
まったく春良の心中を掴んでくれない諏訪子は、てってってっ、と小走りに離れていった。
弾だとかなんとか言っていたし、それならなんとなく分かるが。
(……サバイバルゲームみたいな物だよな…?)
ようは互いに『何か』を打ち合い、被弾させればいい。
そんな風に軽く思っていたことを、春良は思い切り後悔することになる。
「それじゃ、スタート!」
まさに一陣の、風が吹いた。
「……は?」
春良の目の前まで迫る無数で色彩たっぷりの弾玉。
美しいだなんて感想を漏らす暇もなく、ゴゥッ、と言う音と共に、それは春良の頬をかすめていった。
いったいどれほどの重さだったのだろう、その弾は春良の背後の木にぶつかると、水風船のように破裂した。
(……や、やっべぇぇぇぇええええ!!)
感じたのは命の危機。
しかし、考える暇などないほどに立て続けで弾の大群、まさに弾幕が春良に襲いかかってきた。
(と、とにかく、避けないと……!)
気合を一瞬で入れなおして、春良は腰を落として低く構える。
「……っふ…!」
息を吐きつつ、ぎりぎりで弾を回避していく。
チリッ、と時々頬を弾がかする度、自分の心臓が跳ね上がるような間隔がした。
「春良も撃って!」
「ど、どうやって!」
「イメージだよ、いめーじ!」
無茶振りだ…!と息も絶え絶えにかわしつつ、ふと手にある一枚の符に目が行った。
さっき諏訪子は何と言っていた?
『自分の必殺技を込めたカード』
そうだ。
これなら、これなら対抗ができるかもしれない。
その符は真っ白で、まるで自分が念じるのを待っている様だった。
(っくそ…!とにかく、武器、武器だ…!)
どれだけ強く念じただろう。
キュン、とカードが輝き、絵柄と文字が浮かび上がった。
そこに描かれているのは、最も春良に近しい物だった。
「ど、どうやって使うんだこれ……!」
「読むの! 文字を読んで! それが自分の弾幕だと、強く意識して!」
訳も分からずにとにかくスペルカードを掲げ、春良は叫んだ。
何でもいい。
(力を、貸してくれ――)
「弓符『サジタリウス』!」
その言葉に反応したかのようにカードが輝き、春良の手元に蒼い弓が出現した。
鈍く輝き、弦すら細い光の道おように輝いている。
「お……おぉ、カッコイイな……」
弓だけで肝心の矢が無いが、何となく理解はできた。
きっと、これに矢は必要ないのだ。
ギリッ、と矢をつがえずに弓を引くと、光が集まり、矢としての形を精製した。
不思議な感覚だった。
「よーし、じゃあ私も当てにいくよ!」
「……武器さえあれば、こっちのもんだ!」
矢を射りつつ、弾をかわす。
なるほど、これが弾幕ごっこかと春良は理解した。
(……楽しいな…)
このぎりぎりの空気というか、緊張感。
そのあとのことなんて考えないような、こういったスリル事が大好物なのだ。
が、
「土着神『ケロちゃん風雨に負けず』」
「……うぉお!?」
諏訪子が唱えると同時。
蒼い弾が雨のように春良に覆い被さってきた。
絶望的なほどの蒼い輝き。
それを見た瞬間立ち止まってしまったのは諦めてしまったからではない。
「どう? 春良。私のスペカは」
「…………ああ、すごく、綺麗だな」
そう言って春良が息を飲んだ瞬間、無数の『雨』が春良の体を直撃した。
「春良、大丈夫?」
「なんとか、かな」
なさけない。
春良は先ほどの弾幕に見事被弾。
見とれていたとはいえ、まともに防御もしなければ今のように雨で濡れた地面に仰向けに倒れるのは当然のことである。
「手加減、してただろ?」
「そりゃぁ、怪我させるつもりじゃなかったから…」
「……うわ、俺格好悪いな…」
「初めてにしては良かったと思うよ。スペカも使えた訳だし」
弓符『サジタリウス』。
諏訪子の様に綺麗な弾幕そのものではないが、春良にとっては一番必要な物だ。
「……うん、楽しかった。ありがとな」
「こちらこそ、楽しかったよ」
にぱっ、と無邪気な笑顔と共に差し出された手を、春良はしっかり掴み立ち上がった。
「幻想郷の人たちはみんな弾幕ごっこするのか?」
「うん。戦う手段だったりもするし、遊びにもなるね」
「なるほどな……」
とにかく、また明日。
春良は痛む体を動かして、服を乾かしに向かった。
「戌井さん、朝ですよ」
「……ぅ…む…」
さっき寝たばっかりなのに、何故もう朝なんだ、と春良は愚痴を心の中でこぼし、布団を蹴り上げた。
「おはよう、ございます…」
「はい、おはようございます」
にこっ、と朝から爽やかな笑顔を振りまく早苗のまぶしさに目がくらむが、そのおかげで目は覚めた。
「ありがとうございました、今でていくからさ」
「え?朝ご飯は食べないんですか?」
「う……頂きます…」
「はい。隣の部屋に準備しておきますんで、諏訪子様を起こしてきてくれませんか?」
ぐぅ、とお腹の音を抑えながら、春良は廊下を歩いていく。
すぐに『ケロちゃんの部屋』と書かれたふすまを見つけた。
「……神様って、寝るんだな…」
まぁ当然か。
そう思いながら春良は勢い良くふすまを横に開いた。
「おーい、諏訪子?」
部屋は殺風景で、中央に布団が敷いてある。
明らかに膨らみすぎの布団の中にいるのは、おそらく諏訪子であろう。
「ご飯だぞ……っ!?」
ばさ、と捲る程度に布団を剥ぐと、中にいたのはもちろん諏訪子だった。
だが、
「な、何故下着だけなんだ……っ!」
寒そうに膝を抱えて体育座りですやすやと眠る諏訪子は、蛙柄の下着を装備済みだった。
視界の隅に、諏訪子が来ていた袴のようなゆったり感のある服とまたも蛙マークのスカートが写ったのは、時すでに遅し、である。
「……ぅん…、あさ…?」
もぞり、と諏訪子が体を起こして目を開いた。
「…………え?」
春良としては、諏訪子から目を離せる訳はなく、結果として目が合い、それにともなって諏訪子の顔がどんどん紅く染まっていった。
「……ひゃぁぁぁぁああぁぁあ!!」
「すいまっせんでしたぁ――っ!!」
迫り来る弾幕を、恐いと感じるのは春良にとって初めての体験だった。
「……はぁ…」
「ど、どうかしたんですか?」
諏訪子の弾幕に被弾しつつも逃げ切り、今現在は箸を片手に朝ご飯だ。
「…………」
早苗の横に座る諏訪子は不機嫌モード全開で、下手するとまた弾幕を浴びることになるかもしれない。
「いや、なんでもないよ…」
「そうですか…。今日は博麗の神社まで行くんですよね?」
「ここにいつまでも居座るわけにもいけないしな」
「か、帰ってこないの?」
早苗と春良の言葉の間に諏訪子が割ってはいる。
声には出さず、春良は小さく頷いた。
「へ、へぇ……。そうなんだ…」
「でしたら、案内しますよ」
「ごめんな、ここは詳しくないから」
ことん、とお椀を置き、両の手を合わせ、
「ご馳走様、美味しかった」
「ありがとうございます。それじゃぁ…」
「待ちなさい!」
「…………はい?」
立ち上がった春良と早苗の前に手を出し、箸をくわえたままの諏訪子が高らかに、
「私が付いていってあげるよ!」
そう、宣言した。
「でも、それじゃぁ留守番が…」
「早苗がいればいいよ、私もたまには外に出たいのよ」
「いつも出てるじゃないですか…」
はぁ、と息を吐くと、早苗は春良の耳に手を添え、諏訪子に聞こえないような小さな声で、
「戌井さんの事が気に入っているみたいなので、諏訪子様のこと、宜しくお願いします」
そう呟いた。
はぁ、と上手く事を理解できない春良はとりあえずそう返す。
「それじゃ、いこっか!」
「お、おぅ…」
がっ、と手を握られ外へと強引に連れ出される。
正直早苗の方が安心できるのだが、と春良は視線を早苗に向けたが、早苗は嬉しそうに手を振るだけだった。
「あーぅー、……どこにいくんだっけ?」
「はくれいの神社、だったか?」
「あ、あそこね」
諏訪子がそう言うのと同時に、浮遊感が春良を襲った。
「……は?」
「春良は飛べないでしょ?しっかり掴まっててよ!」
言葉の意味が、良く分からなかったが。
その一瞬後、春良は風になった。
「ぬぅぉおおおぉぉぉお!」
目を開く事が出来ないほどの風圧が春良の顔をたたく。
「す、諏訪子。もうちょっとスピードを…!」
「私は幻想郷でも遅い方なんだけどなぁ……」
「ま、まぁ急ぐ必要もないからな……!」
すーっ、と風がそよぐ程度のスピードで空中を軽やかに滑る。
小さな女の子に背負われるとは、なんとも情けない。
「はくれいの神社って、俺を元の世界に帰せる場所なのか?」
「そうじゃないけど、異変っていったらそこって相場が決まってるんだよ」
「俺の存在は異変なのか…」
言い方悪くすると、そうだね。と諏訪子の言葉に若干へこむ春良。
うなだれて下を見ていると、広い森の中に小さな家が見えた。
かなり怪しげな森だが、誰が住んでいるのだろう。
「住むところは様々なんだな」
「人間はだいたい人里にいるけどね。見えてきたよ、神社」
視線を前に戻すと、春良から見ても分かるように、立派な神社が見えてきた。
「……よっ、と」
すたっ、と石畳の上に降り立つと、諏訪子が声を上げた。
「おーい!巫女ー!」
神社に向かって叫ぶ姿は子どもそのもので、とてもではないが何年も生きている神様には見えない。
言うとまた弾幕を食らうだろうから、口には出さないが。
「……何よ…、昼寝してたのに…」
神社の奥から出てきたのは、早苗の服を赤と白でペイントし直したような巫女服をきたこれまた腋見せの女性だった。
「……巫女は腋を見せるモンなのか……?」
「誰?あんた」
つい思ったことが口に出てしまったが、巫女は特に気にしている様子もない。
頭の後ろに付けた大きなリボンを揺らしながら、眠たそうに巫女は春良にそう聞いた。
「えっと、俺は戌井春良。外来人です」
「ふぅん……。私は博麗霊夢、ここ博麗神社の巫女兼トラブルバスターやってるわ」
「巫女。神奈子は?」
「あの酒飲みなら今帰ったわよ」
面倒くさそうに巫女、博麗 霊夢(ハクレイ レイム)はそうこぼし、で?と春良を見た。
「何の用?春良、だっけ?」
「はい。どうやったら元の世界に戻れるか、聞きに来たんですけど…」
「はぁ…、最近外来人が多いわね…」
ため息をつきながらそう言うと、春良は一歩近寄って、
「俺みたいなのが他にいるんですか?」
「それなりに多いわね、大抵はあのスキマ妖怪のせいだけど」
とりあえず、上がりなさいよ、と招かれた春良と諏訪子は靴を脱ぎ、おじゃますることにした。
「それで、スキマ妖怪って?」
「まぁ、貴方みたいな外の人を幻想郷に招待できる能力を持ったやつのことよ」
「能力?……言葉通り妖怪なんですか…?」
「えぇ、当然じゃない」
ずずっ、と自分にしか注いでいないお茶をすすり、霊夢はほぅ、と息をもらした。
「妖怪って……、そんな物までいるのか…」
「神様を隣に置いといて、良く言うわね…」
「諏訪子はいいんです、それで、どうすればいいですかね?」
コト、と飲みかけのお茶が入った湯飲みを置き、霊夢は口を開いた。
「スキマ妖怪…。紫の所に行きなさい、って言いたい所だけど、案内する暇もないし、案内できる気もしないし、まずは紅魔館へ行きなさい」
「こーまかん?」
「そこの蛙神様に掴まって空から見下ろしてみなさい。多分大きな湖と紅い館が見えるはずだから」
「それが紅魔館?」
「悪いけど、今は結界が少しおかしくなってるから、ここじゃ貴方を送り返すことはできないの」
ぺいっ、と外に放り出された春良と諏訪子。
まだ肝心な事を聞いていない。
「ちょ、ちょっとまってください!そこに行って何をすれば!?」
「そこに運命の吸血鬼がいるから、自分がどんな運命か見てもらいなさい」
「吸血鬼、って……」
ここにはそんな危なっかしい奴らしかいないのか、と頭を抱えるが、諏訪子に肩をぽんぽんと叩かれ、少し元気が沸いてきた。
「ま、私も付いていってあげるから、頑張って……」
「諏訪子様ー!」
諏訪子の言葉途中で、聞き慣れた声と共に、春良達の方に飛んで来る一つの人影があった。
早苗だ。
「どうしたの?早苗」
「神奈子様が帰ってきたんですが、酔っぱらってて止められないんです!」
「え、えぇ!?」
「私一人じゃどうしようもないんで、諏訪子様の力で…」
「で、でも、春良が…」
何となく話的に自分に不幸がふりかかるであろう事を予測した春良は、ふぅ、と息を吐いた。
「俺は大丈夫だから、行ってこいよ」
「ほ、本当に大丈夫?」
「おぅ、向こうだよな?」
春良が指さす方向は、紅魔館。
こくんと頷く諏訪子を見て、春良も小さく頷いた。
「本当にすいません。これを」
「……これ、俺のですか?」
「はい、戌井さんがいた所の近くに落ちてました。木の下だったので中身は濡れてませんよ」
受け取った小さなポーチを腰に付け、なんとなく見栄えを良くする。
早苗に向き直ると、何故か両の手を合わせて春良を拝んでいた。
「早苗さん…?」
「……ふっ…」
コォッ、と鈍い光が春良を包み、何でもなかったかのように消えた。
「……今のは?」
「私の能力を使いました。『奇跡を起こす程度の能力』を」
「……早苗、いいの?」
「……はい。戌井さんは、もう他人という感じがしませんし」
また能力か、と春良は自分の体をみるが、特に変わった様子はない。
しかし、妙に疲れた様子の早苗を見ると、確かに何かしらあったのだろうと分かる。
「三回。戌井さんに奇跡が起きます。身を守ってくれるはずです」
はず、と言われても正直なところ春良は何の実感も持てていなかった。
「それでは……諏訪子様」
「……うん…」
スゥッ、浮き上がる二人を見ながら手を振ると、諏訪子も帽子を振って答えてくれた。
「用事が終わったら、すぐに帰ってきてよ!」
「お前は俺の母さんか!」
返した言葉は聞こえていたかどうかは分からない。
もうその時には二人とも遠くへ飛び立っていたからだ。
「……駄目かもなぁ…」
ポーチを開け閉めして遊びながら、春良は今世紀最大のため息をついた。
「何が入ってるんだっけか…」
ごそ、とポーチの中を探ると、まず出てきたのは財布だった。
「どうせだし、お参りしていくか」
神と友達なのに神頼みするのも変な話だな、と思いながら、春良は500円玉を一枚賽銭箱へ投げ入れた。
カコン、と他にお金は入ってないのか、木に当たる音が聞こえた。
「……無事でいられますように」
目をつぶり、二礼二拍一礼。
ゆっくり目を開くと、
「あら、春良じゃない、まだいたの?」
「寝るんじゃなかったんですか?」
「まぁ、どうでも良いわよ。お茶でも飲む?茶菓子もあるわよ?」
いつの間にか霊夢が目の前にいた、しかもさっきまでと態度がまるで違う。
思い当たりがあるとすれば、賽銭を入れたことくらいだ。
(結構貧乏なのか…?)
口には、出さないでおいた。
「いや、行きます」
「そう?それじゃ、またいつでも来なさい」
茶菓子代とか取られかねんと判断した春良は、逃げるように石階段を下りていった。
「……春良、ねぇ…覚えておこうかしら」
その呟きは、幸か不幸か春良には届いてはいなかった。
「さて、のんびりしてられないな」
とりあえずは一直線に進むのみ。
安易な判断だが、それ以外にも思いつかない春良は、目の前の森につっこんだ。
「……熊とか、いるだろうなぁ…」
そういった直後、春良の耳に獣の遠吠えが聞こえた。
「うぉぅ!?……な、なんだよ、どこからだ…?」
続いて聞こえてきたのは、バキバキと木の枝が折れる音だ。
自分が狙われている訳ではないようだ。
音が遠いし、こっちに向かってきていない。
「も、もしかして、誰か襲われてるのか!?」
嫌な想像をしてしまった春良は、それを振り払うように走り出した。
音のする方へ向かって。
ガサッ、と自分が茂みから出た音に驚きつつも、春良は正面を見た。
「……あれは、妖精…?」
春良の前方、30メートルほど先に宙に浮かぶ妖精のような小人が見えた。
その小人は長い金髪、紅い服を着ていて、どこか人形のように綺麗だ。
「隣のは、熊だよな…?」
だが、それに似合わない存在が一つ。
その妖精を襲う様に熊が雄叫びを上げていた。
「弓符『サジタリウス』…」
キュン、と春良の手に淡い蒼色の弓が握られる。
(……足だ。足を狙って、とにかく動きを止める)
弓道の的までの距離は28メートル、だいたい一緒だ。
弓の軋む音と共に、春良は弓を引いた。
(……外すな。外したら終わりだ)
引きつつ狙いを定める。
その緊張が自分の身を完璧に包み込み、固まった瞬間。
矢は放たれた。
(……っ!……ずれた!)
離れる瞬間の、先手がぶれる感覚。
当たらない感覚。
そう思ったのだが、
「……当たった!?」
若干、途中で矢が曲がり、見事熊の足に命中した。
刺さることなく、弾としての矢は熊の足を易々と払い、その巨体を崩した。
「そこの君!早くこっちに!」
確認と共に弓を持ちながら妖精の元へ走り、その小さい体を鷲づかみにし、その場から離れた。
「……はぁっ…!」
それからほんの少しで春良の足が止まる。
大して離れたとは思えないが、緊張状態で疲れた体では、見えないところまで、が限界だった。
「……っぷはぁ!恐かったぁ……!」
ぶわっ、といまさら吹き出てきた汗を、強引にぬぐう。
鷲づかみにしていた妖精が、不意に離れた。
「…………?」
その妖精は話せないのか、身振り手振りで何かを伝えようとする。
「……ここには妖精もいるんだな…、びっくりだ」
「……?」
私?と言いたそうに不思議な顔をして妖精は自分を指さした。
「妖怪だっているんだし、妖精だよな?」
そう聞くと、妖精はふるふると顔を横に振った。
「違うのか?……まぁ、いいけどさ」
そう言って息を吐くと、妖精がぺこぺこと頭を下げてくる。
助けた事への、お礼だろうか。
「いいよ、別に。俺のお節介だったわけで…」
そう言って眼鏡を上げ、座り込もうとした瞬間。
目の前の木々が折れた。
「……っ!?」
木が倒れ、その奥から先ほどの熊が顔を出す。
「くそっ!やっぱし近かった……か?」
よくよく見ると、それは熊では無い。
姿は熊なのだが、明らかに空気が違う。
目の色は紅いし、牙が鋭すぎる。
「えーっと、妖怪、ってやつか?」
隣の妖精がこくりと頷く。
「なるほどな……っ!」
春良はそう呟くのと共に、妖精を投げ飛ばす。
その直後、春良を妖怪の突進が襲った。
「…………っが…!」
体が一瞬浮き上がり、手からは弓が落ち、春良の体は木々を縫うように転がった。
「……い…てぇ…」
「……!…!」
うずくまる春良を心配するように妖精が背中を揺らす。
妖怪の追撃に構えるため、痛む体を無理矢理立たせた。
「本当に、ついてないな……」
妖怪の雄叫びが、辺りに響いた。
「サジタリウス…!」
遠く地面に横たわる弓が、その一言で消え、再び春良の手に出現した。
「……奇跡は三回、か」
先ほどの突進の時は何も起きなかった。
おそらく、その程度でおこるのは『奇跡』ではなく『偶然』なのだろう。
「助けられるのは、ギリギリの時か」
そう呟くのと同時に、また妖怪が突進を仕掛けてきた。
痛む腹を押さえつつ、妖精を掴んで横に飛び込むようにそれをかわす。
妖怪は勢い余って木に衝突した。
「今だ!逃げるぞ!」
妖精は飛び、春良は走り、その場から一目散に離れた。
「……ごほっ…」
途中、痛みから咳き込む春良のお腹を、妖精は飛びつつさすってくれた。
「…………!」
「そっちに何かあるのか?」
走りながら、妖精は明後日の方向を指さす。
相変わらず喋ってはくれないが、今は妖精を信じ、春良は走った。
走り続けて少し、直進100メートルあたりに一件の家が見えた。
先ほど空から見えた家だ。
「み、民家か!」
「…………!」
くいくいと指をさす妖精の姿に安堵の息をもらした
あそこまで行けば助けを呼べるかも知れない。
それは、油断でしかなかった。
「…………!?」
バキン、と真横の木をなぎ倒して現れた熊の妖怪が妖精を吹き飛ばした。
「妖精っ!」
ドッ、と地面に倒れる妖精に声をかけながら、春良は一瞬で弓を引く。
「この距離で、外すか!」
力任せの離れと共に放たれた矢は、妖怪の頭に当たり、妖怪を仰け反らした。
「妖精……っ!」
その隙を見て妖精を拾う。
傷だらけの妖精は春良の手にしがみついてきた。
「ようせ……?」
その一瞬後、春良は妖精に突き飛ばされた。
思っていたよりも強い力で、少し遠くに尻餅をついた。
「お、おい!?」
妖怪と春良の間に、小さな妖精が一人。
足止めをする気だと、すぐにわかった。
「馬鹿!何してるんだ!」
すぐに立ち上がり、今度は春良が割ってはいる。
「……!」
その背中をどかそうと、妖精は服を掴むが、春良は動かない。
「この一撃で決める……!」
考えが無かった訳ではない。
奇跡がある。
本当に信じているとかそういう問題じゃない。
ここまで来たら、もう奇跡でも起こらないと助かりはしない。
「頼むぞ、早苗さん…!」
そう信じ、春良は渾身の力で矢を放った。
キュンッ、と鋭い音と共に矢が駆ける。
妖怪はすでに突進体勢に入っており、真正面から激突した。
が、
「止まらない!?」
その勢いは全く収まらず、春良に向かって一つの弾として向かってきた。
「まじかよ……!」
妖怪に背を向け、妖精を抱きしめる。
胸の中の小さい妖精は、震えていた。
その瞬間、
「……!?」
ヴィィン、とまるでレーザーのような音と共に春良の背後が光に包まれた。
熱風が服に入り込み、暑いよりも熱い感覚が体を包む。
光の後、ゆっくり振り向くと、横一線。
まるで道のように何メートルにも渡って木は無くなり、地面は焼けこげ、妖怪の姿はなかった。
「ふぃー、危なかったな!見つけたのが私で良かったぜ」
女性の声に横を見ると、小さな八卦炉を持ち、黒と白の服に身を包んだ黒いとんがり帽子の、魔女がいた。
「…………」
「お?上海じゃないか。アリスはどうしたんだ?」
魔女に上海と呼ばれた妖精は、春良の手中から魔女を見て、安心したようにため息をついた。
「この妖精、上海って言うのか?」
「妖精?そいつは人形だぜ?」
「に、人形!?」
「あぁ。それで、お前はどちらさんだ?」
「わ、悪い。俺は戌井春良、外来人だ。……助けてくれたみたいで、ありがとう」
そう魔女に言って手のひらの上海(シャンハイ)に目を向けると、上海はにこっと笑った。
「春良か。私は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだぜ」
そう言って霧雨 魔理沙(キリサメ マリサ)はどこからか箒を取り出し、またがった。
「見たところ、大変だったみたいだな?私の家で良かったら歓迎するぜ?」
「あ、あぁ、宜しく頼む」
「でも、お茶は自分で頼むぜ?」
了解、と答えた春良は箒で目の前の家に飛んでいく魔理沙を見ながら、上海を手に歩き出した。
「ごめんな、上海」
歩きつつ春良はそう言うと、手の内の上海を軽く撫でた。
上海は気持ちよさそうに顔をほころばせた後、何のことか分からないように首を傾げた。
「怪我したよな?」
妖怪の横からの不意打ちで、上海の紅い服は小さく汚れ、破けてしまっていた。
「だぁ……、何もできなかったな、俺」
はぁ、とため息を吐くと、頭を軽い衝撃が襲った。
大して痛くも無かったが、目の前に飛ぶ上海が小突いた事は分かった。
「…………?」
ぶんぶんと首を振る上海は、どこか春良を元気づけようとしている様で、とても微笑ましい物だ。
「ははっ。……うし、元気出た。ありがとう」
前を向いて上海の頭をもう一度撫でると、その手をかわすように上海は春良の頬に軽く口づけた。
驚いた春良が声を上げようとすると、それよりも早く上海は魔理沙の家に飛び込んで行ってしまった。
残された春良は呆然としつつも歩き、やがてたどり着いた家の扉を開く。
「遅いぜ」
「そうでもないと思うが…」
その目に飛び込んできたのは、まず本。
整理されている気配の全くない分厚い本達が、そこいらにばらまかれている。
「上海は?」
「そこにいるぜ?」
椅子に座りながら魔理沙が指さしたのは、使っているのかどうかも分からないベッドだ。
その影に、春良を覗くように上海がいる。
春良と目が合うと、すぐに隠れた。
「上海も恥ずかしがるんだな。初めて知ったぜ」
「座るところ…、ないな。ベッド借りてもいいか?」
「あぁ、構わないぜ」
ボフン、と少々の埃を舞わせるベッドに腰掛けると、様子を窺うように上海が出てきた。
軽く頭を撫でてやると、嬉しそうに春良の肩に座った。
「んじゃ、本題に移るとするか」
魔理沙は椅子を体ごと春良に向け、背伸びをしつつ言葉を紡いだ。
「春良は外来人なんだろ?どうして魔法の森にいたんだ?」
「霊夢さんに言われて紅魔館に行く途中だったんだ。飛べないもんでな、道も良く分からないんだ」
あぁ、道理で、と魔理沙は納得したらしく、それで、と続けて問う。
「なんで紅魔館なんだ?普通外来人と言ったらマヨヒガだろ?」
「なんだそれ、迷ひ、家?」
「スキマ妖怪がいるところ、って言えばわかるか?」
「あぁ、霊夢さんは案内する暇がないとかで、先に運命を教えてもらえって言ってたな」
肩に座る上海が体重を掛けてくる。
「それで、あの妖怪に襲われたもんだから、どっちが紅魔館かも分からなくてな…」
「それなら、私もそこの図書館に用があるし、送ってやってもいいぜ?」
「いいのか?」
上海の頭を指で軽く撫で、魔理沙に確認すると、ニッと魔理沙は笑って、
「その代わり、泣くんじゃないぜ?」
そう呟いた。
「むー……、遅い!」
そして場所は変わり、とある神社。
縁側に座る幼女が足をばたつかせながら不満そうにこぼした。
「遅いって……まだ一日もたってませんよ?」
「すぐ帰ってきて、って私は言ったんだよ」
早苗の言葉に蛙をイメージさせる神様、洩矢諏訪子は頬を膨らませて答えた。
「戌井だっけ?その外来人、死んでるかも知れないわよ?」
「神奈子、うるさい!」
はいはい、と手を上げる女性は、この神社の神。
八坂 神奈子(ヤサカ カナコ)だ。
どこにくっついているのか、背中に大きな円を描いたしめ縄を抱え、悪びれもなくため息をついた。
「だいたい神奈子が酔いつぶれるから悪いのよ!」
「う……、それは、悪かったわよぉ…」
「本当ですよ。神なんですから、少しは自重して下さいね」
早苗からの追撃を受け、神奈子は部屋の奥へと逃げていった。
「大丈夫ですよ、奇跡の力もありますし」
「後30分まって帰らなかったら、探しに行くよ」
「……はい。そうしましょう」
にこり、と笑って早苗は懐のスペルカードを眺める。
その時気が付いた。
「……あれ…?」
自分の創作用白紙カードが、足りない事に。
「……俺はどこにつかまればいい?」
「どこでもいいぜ?」
中々座り心地の良い箒にまたがり、春良は自分を支えるポイントを探していた。
魔理沙にしがみついても良いのだが、男勝りであってもその体は確実に女の子な訳で、ためらうのは当然だ。
「良し、いくぜ」
「お、おう」
とりあえず魔理沙との間にスペースを作り、そこの箒の竹部分を強く握った。
「振り落とされるな……よ!」
一瞬で箒は加速。
本日二度目、春良は風になった。
「う、おぉぉぉおぉ!?」
しかも、諏訪子よりも早い。
「しゃ、上海、だいじょ…ぶ、か!?」
風のせいで上手く喋れないが、肩にいるはずの上海に声を掛ける。
その上海は振り落とされまいと必死に春良の肩を握っていた。
「あっはっはっは!もっと早く行くぜ?」
「無理にきまってんだろ!」
風は走る。
紅い、館に向けて。