「……こあ?」
夜の闇に、こあくまの黒い姿がマッチする。
「食べないんですか?たくさん料理ありますよ?」
皿を片手に、こあくまが春良の隣につく。
どれも洋食だ。
「んー……。じゃぁ、その赤いやつもらっていいか?」
「え?あ、どうぞ」
皿とフォークを渡し、こあくまも夜空を見上げる。
「うん。美味しい」
「そうですか?良かったです」
安心したように微笑むこあくまに、皿を差し出す。
「ん。ありがとな」
「あ、良いですよ。全部食べちゃってください」
「いや、こあが食べれないだろ?」
「私はもう食べましたんで。これ以上食べると、ちょっと……」
自分のお腹に視線を送り、残念そうにため息をつく。
そんなこあに習って春良もこあのお腹を見るが、
「別に気にすることないと思うけどなぁ…」
太っているとは誰が見ても思えない程の細身だった。
「その油断が命取りなんですよぉ…」
まるで以前に体験済みとでも言うような言い方に、春良はただ感心したように息をもらす。
そして、再度空を見上げた。
「…………星が綺麗だな」
ほどよい雲が明かりの存在しない空で黒く停滞する。
その隙間で輝く星を、綺麗ではないと言える人は万が一にもいないだろう。
「……そうですね。春良さんがいた所はどうでしたか?」
「え?」
「あ、星は見えましたか、ってことです」
「……あぁ。まぁ、ほどほど、かな…」
濁る様に、戸惑うように。
そんな言葉と感情を、春良は発した。
「あ、流れ星、流れ星ですよ!」
「おう、見てた見てた」
「願い事しましたか?3回で叶うらしいですよ」
「いや、早くて無理。……こあは?」
空を見上げていた顔を、こあくまに向ける。
すると、こあくまははにかんだように笑った。
「3回は無理でしたけど、唱えましたよ」
「……なんて?」
「……えっ?」
聞かれるとは思わなかった。
そんな驚いた顔をした後、こあくまは顔を赤くして俯き、呟くように頭の中で唱えたのであろう言葉を春良の耳へ届けた。
「……ずっと、一緒に居れたらいいなぁ、って……」
夜空に、溶けるように消えた言葉に、空気が冷める。
こあくまは、決意したように顔を上げ、春良を見つめた。
「あの、こんなこと言うと怒るかも知れませんけど!」
「……?」
「ここで、ここに、住まわれる気はないですか…?」
「…………」
「私は、それが良いと、思います…」
それは、単なるワガママだった。
ただ、ただ単に自分がそうであって欲しいと願うが故に、わき出る、欲とも言える行動。
「だ、だって、幻想郷はただでさえ危険ですし…」
「……こあ」
「でも、ここなら、ここなら安全です!」
「…………こあ」
気持ちは、すでに聞いた。
返事をしていないのは、自分。
「…………はい…」
「本当に悪いけど、ここには住めない、かな」
「……どうしてですか…?」
「……若干、自分でも確証がないけどさ」
ポツ、と雨が一滴春良の頬に落ちる。
脳裏に思い浮かぶは、初めて見た鮮やかな弾幕。
「……待ってる人が、いるんだ」
――――――――――――。
「…………あれ…?」
視界が、揺らぐ。
「春良さん…?」
こあくまが、斜めに立っている。
いや、自分が傾いている。
いや、
「春良さんっ!?」
自分が、倒れている。
「…………っ」
カシャン、と皿が石の床に落ちる。
割れては、いない。
「……だ、誰か!誰かいませんか!」
視界が揺らぐ中、こあくまが必死に助けを呼んでいるのが分かる。
春良は、床に落ちてしまった皿と料理に、手を伸ばす。
「春良さん!しっかりして下さい!」
「うぉ?これは一体全体どうしたんだぜ?」
「ま、魔理沙さん!た、助けて、助けて下さい!春良さんが…!」
「とりあえず落ち着け。んで、落ち着いたら春良をベッドまで運ぶぜ」
自分の体が浮いたような感覚を、春良が感じてすぐ。
春良の意識は、完全にブラックアウトした。
そんな言葉は無いが、対照的に言うとホワイトイン。
春良の意識が戻ったとき、そこは見慣れた紅魔の一室だった。
「あ、起きましたか…?」
すぐ隣で、こあくまが椅子に座っている。
目の下が、荒れている。
「……俺、何日寝てた…?」
「今度は二日です。短かったですね…」
つまり、あの日も入れると約三日と言うこと。
そして、こあくまのクマが酷い、ということは。
「こあ、ちゃんと寝たか…?」
「……二日くらい、大丈夫ですよ」
にこりと、本当に表面上だけは取り繕うとするこあくまに、春良は罪悪感だけしかなかった。
「魔理沙さんと紅さんの話だと、単純な肉体疲労らしいです」
「……こあ、寝て良いぞ…?」
「多分、親愛の符ですね。力に体がついていかなかったんだと思います」
「……こあ」
布団から出て、こあくまの腰を掴み上げる。
そのままベッドへ優しく放り投げた。
「……え!?えぇ!?」
(あれ?本当に元気だったのか?)
急に目がパッチリとしだしたこあくまを見つめ、春良は顎に手を当てる。
「そ、そそ、そんないきなりですか!?こ、心の準備が…っ!あ、あぁいえっ!嫌ではないんです!あの時よりもちゃんとした場所ですし、気持ちも高ぶってますけど!ちょ、ちょっと寝不足というか、わ、私初めてで!ちゃんとできるかどうかわからないんですけど!が、頑張りますので!ふつつか者ですが、宜しくお願いしますっ!」
どこか、デジャブだ。
「……何言ってるかわからんけど。寝不足なのはわかった」
「そ、そうですけど。……あ」
「問答無用。寝なさい」
布団をかぶせ、頭に手を乗せる。
熱くはない、むしろ冷たいくらいだ。
「風邪はひいてないな、良かった…」
「……すいません」
布団から顔の上半分だけをひょっこりと出して目だけで見つめてくる。
可愛さに目がくらむが、口には出さなかった。
「今度は俺が見る番だからな」
そう言った瞬間、ガチャ、と部屋のドアが開いた。
誰かと思い見てみると、タオルを持った上海が浮き固まっていた。
「上海…?」
その一瞬後、超高速の飛び込み抱きつきが春良を襲った。
「ご、ごめんな、心配かけたな。もう大丈夫だから」
そんな風に、部屋は暖まる。
心も、体も。
終わりは、すぐそこにあるのを、誰も口にはしない。