「な、何がですか?」
「戌井春良。好きだったんでしょう?」
「え?別にそんなことはないですよ?」
「……?じゃぁ、なんであんなに親しく…」
「……いやぁ…」
「歯切れが悪いわね。はっきり言いなさい」
「……だって、私の名前、ちゃんと呼んでくれたじゃないですかぁ…」
「…………」
「え!?なんでですか!?そのナイフはなんでですか!?わ、私が好きなのは咲夜さんだけですよ!?」
「……っ……この……!」
「あらあら、今日は投げナイフの腕が悪いわね。どうしてかしら?ねえパチェ」
「さぁさぁ、私には分からないわねぇ、レミィ」
一休みなぞ存在しない切なさを感じ・壱符
「何か、言うことはある?」
突然だが、日本古来からの座り方、正座をご存じだろうか。
そこから派生したもので、足先だけを立てる起座などもあるが、それは礼儀の前に己の気を充実させるために存在していたと言う。
「……すいませんでした…」
しかし、その凜とした姿勢から、今は礼儀の一つ、マナーとして数えられることも少なくはない。
「諏訪子ぉ。寂しかったのは分かるけど、そろそろ許してやったらどうだい?」
今現在。
外来人、戌井春良は鳥居の真下、石畳の上で正座をしていた。
「そう言うのじゃない。帰りが遅いんなら、同居している者として、説教が必要でしょ」
「そんなこと言って、春良さんが帰ってきたとき、真っ先に喜んだのは諏訪子様でしたよね?」
久しぶりに見る腋空けの巫女服に身を包んだ早苗が箒を片手に困り顔で言う。
「違うってば!喜んでなんかないっ!」
「はーいはい。戌井、あがりなよ、疲れてるだろう?」
「あ、ありがとうございます」
「あ!まだ終わってないのに!」
立ち上がり、神社へと歩き出す。
上海も若干困り顔で付いていき、鳥居の下にはこあくまが残された。
勿論、正座は春良一人だったが。
「お名前、お伺いしても宜しいですか?」
どうしようかと迷っていたこあくまに、早苗が一歩近づく。
「あ、こ、こあくま。こあくまです」
「こあくまさんですか。私は東風谷早苗です。以後お見知りおきを」
「……え、えっと…」
「戌井さんのお友達ですよね?上がっていって下さい」
「あ、はい。ありがとうございます」
自分と同じ敬語であっても、少し違うような印象を受けてしまうのは、恐らく早苗の纏う『大人』なオーラのせいだろう。
それよりも、間違ってはいないのだが、やはり判断は『お友達』。
こあくまは、どうやってそれ以上になるかを必死に探していた。
「こあくまさん?」
「あ、すいません。今行きます」
タダでさえ、春良の周りには美人が多いのだから。
(……でも、いくらなんでもあの子とは…)
先ほど仲の良さそうだった(こあくまにはそう見えた)子ども、諏訪子と春良の関係も気にはなったが、流石に幼すぎるだろうと考えを改める。
(そ、そういえば、春良さんはいくつなんでしょう…)
実際、諏訪子はこあくまよりも早く世界に存在していたわけだが、今の状況では分かるはずもなかった。
(否定しませんか…。まぁ、戌井さんに限ってそういうのはないと思ってましたけど…)
背後に悪魔を一人連れつつ、東風谷早苗は唇に指を当てる。
(……でも、明らかに視線が恋人のそれなんですよね…)
あまりにも鋭すぎる巫女は、こあくまと春良の関係を探ろうとカマをかけていたのだが、成果は得られなかった。
(……紅魔館の方でしょうか?……神様に外来人に悪魔。いよいよここもなんなのだか分からなくなってきましたね…)
ふぅ、と意識もしないのに漏れてくるため息に、自然と笑みがもれてしまう。
「……ふふっ…」
「どうかしましたか?」
「あ、いえ。なんでもないんです」
楽しい事は良いことだ。
こうして集まってくれる人や妖怪、あるいは悪魔でさえ、神社の、神の信仰となる。
だからこそ、早苗は人には丁寧に接するし、賑やか事には進んで参加する。
(まぁ、悪い方ではなさそうですし。ゆっくり行きますか)
自分は、神奈子の役に立てている。
それが、嬉しくてしょうがないといった風に、早苗は笑う。
「『私達』の神社に、ようこそ。こあくまさん」
こうして、早苗は今日も幻想に生きるのだった。
「戌井ーっ!アンタ良い奴だねぇっ!!」
居間に足を踏み入れ、早苗とこあくまが最初に見たのは、春良が神奈子に抱きつかれているシーンだった。
「か、神奈子様!?何してるんですか!」
「春良が紅魔館の人から珍しい日本酒を貰ってきたらしくて…」
「あぁ、そうだったんですか…」
「ど、どうしてですか!?」
「神奈子様はお酒が大好きなんです」
プレゼントしよう者がいるのなら、抱きつくほどに。
そこまでの愛好者を見るのは、こあくまも初めてで、ただ目を丸くしていた。
「いや、一応聞いてみたら、ワイン派だったらしいんですけど、もらったのがあるって……」
ぶんぶんと振り回されながら答える春良を心配そうに上海が見つめる。
「いよぉし!飯にしようか!」
「晩ご飯にお酒ですか?もぉ…」
嫌々作り始める早苗を、解放された春良が眺める。
言いながらも、止めはしない早苗は、やはり優しいのだと春良は感じていた。
「んじゃ、作ってる間に自己紹介するか」
大きめのちゃぶ台を囲み、上海、こあくまを含む五人が見あう。
諏訪子だけ、何故か顔が険しかった。
「あ、紅魔館から来ました。こあくまです」
「私は洩矢諏訪子。ここの元神様。んで、こっちが…」
「現神様。八坂神奈子。よろしくお願いするよ」
「お、お二人とも神様なんですか…?」
失礼だが、見た目ただの子どもと主婦。
春良でさえ正直まだ信じ切れていないのに、こあくまが疑うのも当然だった。
「そ……。不満なら、試してみる?」
しかし、そんな違和感は一瞬で吹き飛ぶ。
にこりとした笑顔で諏訪子が呟いた瞬間、その部屋を『何か』が覆った。
「……っ!?」
「すーわーこー、止めなー」
「勿論、冗談だよ」
神奈子が呆れた表情でなだめに掛かると、諏訪子はすぐに両手を逆L字にあげ、やれやれといった顔つきになる。
包み込んでいた『何か』は消え、一瞬空気が止まった居間に、早苗が料理を携えてやってきた。
「もう、悪ふざけが過ぎますよ。諏訪子様」
「あーうー。早苗まで言わなくてもいいじゃない…」
そう言って机に突っ伏す諏訪子は、やはりどこからどう見ても母親に叱られた子どもにしか見えなかった。