「そ、それでさ…」
カチャカチャとちゃぶ台に置かれていく料理を眺めつつ、諏訪子が口にする。
「はい?」
「あなたと春良……どういう関係なの?」
料理を置く早苗の手がぶれ、食器がより大きい音を立てる。
(ど、どうしてこうストレートに聞きますかね、諏訪子様は……)
まぁ、これで少なからずはっきりするはず。
そう思った早苗は、食器と食事並べよりもこあくまの言葉に意識を向けることにした。
「わ、私ですかっ…!?」
「関係も何も、紅魔館でお世話になって、仲良くなっただけだぞ?」
「ぁ……、はい。そうですね…」
「へぇ……。今日はもう遅いけど、泊まっていくの?」
まだ疑いはしているが、敵対心はない。
そういう風な表情の諏訪子が再度こあくまに尋ねると、こあくまはしずしずと顔を俯かせ、
「み、皆さんが許してくれるのなら、しばらくの間ここに置いて欲しいのですが…」
「しばらくの間?」
「なんだい、リストラでもされたのかい?」
そのような状況に心当たりがあるのか、神奈子はうんうん、わかるわかる、と言いたげな表情で頷いていた。
「そ、そうじゃないんですけど、ちょっと、事情が…」
正直に言うと、『春良さんの隣に居たいからです』となってしまうのだが、勿論そんなことを言えるはずがない。
「まぁ、幻想郷にはそんなのがたくさんいるから、別に大丈夫だけど……ねぇ?」
「はい。部屋はありますし、大丈夫ですよ」
「おや、諏訪子にしては優しいねぇ?想い人が帰ってきて嬉しいからかい?」
「神奈子ぉ、ちょっと表出る?」
「ごめんだね。今日は良い夜の友がいるんだよ」
聞きようによっては少しやらしい言葉かも知れないが、神奈子の手にある日本酒を見ると、そのような事は皆無だと分かる。
「じゃぁ、問題ないんだよな?俺お風呂入ってくるわ」
そう言って立ち去ろうとすると、上海だけがふよふよと付いてきた。
「いや、お風呂だって、上海」
そう言うが、結局風呂場の前まで付いてきた。
おそらく、人見知りな上海はあの輪の中に入れる気がしなかったのだろう。
「んじゃ、ここで待ってろ。すぐあがってくるから」
心配そうな顔でこくこくと頷く上海を撫で、春良は脱衣所に入る。
久しぶりということもあって、少々勝手が悪かった。
「……あぁー…。生き返るわー…」
最近は弾幕、気絶が多かった為、自覚して入る風呂の数が少なかった。
「……明日からも、頑張らないと…」
だからこそなのか、久方ぶりの『我が家の風呂』は初めて入った時の何倍も気分が良かった。
「ふぁー、気持ちよかったー。……って、あれ?」
ガララ、と湯煙満載の春良が廊下に一歩出るが、いつもは来るはずの上海ダイビングが来ない。
なぜかと思い上海を見つめると、
「あ、寝てるのか…」
廊下の壁に背中を預け、若干傾いた姿勢で上海は可愛い寝息を立てていた。
「ここで寝たら、風邪引くぞー、っと」
とりあえず自分の部屋の布団に上海を寝かせ、諏訪子達がいるであろう居間に足を運ぶ。
すると、
「だぁかぁらぁー!私は春良なんてなんとも思ってないってぇ、言ってるよねぇー!?」
「ほんとぉにですかぁ!?全く信じられませんよぉ!?」
「………………は?」
神奈子が、笑って酒を飲んでいるのは先ほどと変わりない。
ただ異常なのは、諏訪子とこあくまの両者がちゃぶ台に片足をのせ、訳の分からない口論をしている所だった。
「だぃたいぃ、アンタはどーなのよー?いきなり駆け落ちみたいに転がり込んできてさー!」
「私はぁ!春良さんにこれっっっっっぽっちも相手にされてないんですよぉ!」
「…………あの、神奈子さん。これは…?」
唯一いつも通りの神奈子に跪いて近づき、状況を窺う。
すると、神奈子は酒臭い息を吐いて、されどしっかりとした頭で答えてくれた。
「いや、腹割って話すには、これが一番だと思ってねぇ」
「なるほど……。神奈子さんのせいですか…」
掲げられた日本酒をあきれ顔で見つめる。
水でも持ってくるか、と春良が立ち上がろうとした瞬間、異変は起きた。
ひらり、と。
「……桜…?」
一片の花びらが、神奈子の持つ大きなお椀に注がれている酒の上に小さく落ちた。
「おや、客人かい」
神奈子が呟くと同時。
「初めまして、かしらぁ?山の神様」
「西行寺幽々子、だっけ?」
「あらぁ、覚えててくれたの?」
「宴会の大飯喰らいと言ったら、有名だからねぇ」
すっ、と空気が流れてくるかの様な存在感を薄く放ち、西行寺幽々子(サイギョウジ ユユコ)はにっこりと笑った。
「冥界からこんな所まで、何の用だい?……ドンパチでもやろうってのかい?」
「いやねぇ、私が用があるのは、貴方よ」
すっ、と今度ははっきりとした動きで、幽々子は春良を指さす。
「お、俺ですか…?」
「面倒事解決屋さん。してるんでしょう?」
「な、なんですか?それ」
浴衣とも言えない、まるで死装束を鮮やかにしたような衣服を身に包む幽々子は、きょとんとした瞳で尋ねてくる。
「変ねぇ…。紅魔館の主から、山上の神社に住む男がトラブルバスターをしている、って聞いたんだけど…」
「え?」
紅魔館の主。
レミリア・スカーレットが春良に気を利かせ、『使命』が向こうから来るように仕向けた。
そのことを幽々子の一言で悟った春良は、慌てて口を紡いだ。
「あ、はい。そうです!面倒事を探してるんです」
「あら、そう?それじゃ…」
ばっ、と幽々子が手を挙げると、春良の体が浮いた。
「う、おぉ!?」
「戌井!?」
蝶だ。
決して多くはない、しかし色鮮やかに輝き自然界ではあり得ない美しさの蝶達が春良を持ち上げている。
「ちょっと困ってることがあるのよ。お願いね?」
「ま、待って下さい!今からですか!?」
幽々子の隣に降ろされ、尻餅をついたまま春良は居間を見つめる。
こあくまと諏訪子は口論に夢中で、こちらのことなぞ気にも掛けていない。
気づいてすらいない。
「そうよ~?じゃ、行きましょうか」
「しゃ、上海…!こあ…!」
もう一度手を挙げると、次は無数の蝶が春良と幽々子を包み込もうとする。
「酔うかも知れないけど、我慢して?」
「……諏訪子…!」
蝶達に視界すら覆われた瞬間、春良と幽々子の姿は完全に消え、ただ何枚かの桜の花びらが残った。
「……これは……どう説明するかねぇ…」
ごくりと喉を鳴らして酒を飲み、神奈子が頭を抱える。
悩むと酒。
ここの神様の、悪い癖だった。