上海人形は、不安を感じていた。
「…………?」
いつもは、目が覚めると心地よい温もりがあったのに、今日に限ってはそれが一切感じられなかった。
ばさ、と布団を押し上げ、春良を捜す。
辺りには見あたらなく、上海は居間へと飛んだ。
「はぁ…。ようやく寝たか…」
そこには、散々たる現状。
だらしなく体を伸ばして眠る二人と、あぐらをかいて酒を飲む神の姿があった。
「……ん?アンタは、確か戌井と一緒にいた…」
「……!……!」
「んん?戌井かい?……アイツなら、冥界に連れてかれちまったよ」
「!?」
身振り手振りで伝わった感情と、知られざる事実の把握。
「まったく、真夜中だって言うのに大変な奴だね。戌井も」
「……!」
「えぇと、冥界への行き方、か?……招かざる者が行くべき場所じゃぁないよ」
諦めたように呟き、くいっと酒を流し込む。
すると、上海が肩を振るわせ、心配そうに顔を歪め始めた。
「心配するこたないって。悪いようにはされないだろうし……、っておい!?どこ行くんだい!?」
話の途中で、上海は暗闇の中へと飛び込んでいった。
その姿を見送ったあと、神奈子は酒には似合わぬため息をこぼした。
「あらぁ。お疲れ様~」
「幽々子様、客を連れてきた時は一緒に来て下さいよ」
春良は、声も出なかった。
これが、白玉楼。
「…………うわぁ…」
紅魔館とはうって変わり、日本の庭園の様な庭。
それを囲むようにコの字型にして存在するまさに時代劇で見るような縁側廊下付きの家屋。
「ごめんなさいね~、うっかりしてたわぁ」
「あ、いえ、大丈夫ですけど…」
「そういえば、戌井さんをお呼びした理由は?」
妖夢が春良の聞きたい事を述べると、
「あ~、それはねぇ…」
ひらり、と。
「……桜…?」
「――――戌井さん、伏せて下さい!」
「!?」
反射だった。
実力ではない反応が、春良の体を跪かせる。
すると次の瞬間、妖夢の刀、楼観剣が春良の頭の上で凪ぐ。
「な、なぁ!?」
圧倒的な長さの刀は、春良の頭の上を通り過ぎ、春良の後ろにいた何かを切り裂く。
「侵入者…?何故…」
切り伏せられた何かは、少しの時間の後、幾千の桜の花びらとなり、砂のように散った。
「桜……?」
「これなのよぉ」
「これって?」
「『面倒事』~」
ザリッ、と玉砂利が擦れる音が聞こえる。
何十というほどの、人型の何かが春良達の前に立ちふさがった。
「わ、私はこんなの見たことないですよ!?」
「妖夢のいない時ばかりだったもの」
「あぁ、そうですか…」
チャキ、と二本の刀を構え、妖夢は足に力を込める。
「人符『現世斬』」
ヒュンッ、と風だけを残して妖夢が『何か』の後ろに移動する。
その一瞬後、一閃が『何か』を切り裂き、花びらへと変えた。
「妖夢、手伝うぞ!」
出遅れた感満載で春良がサジタリウス装備で駆ける。
意外にも、『何か』は矢一本で散ってくれた。
「助かります!」
玉砂利の擦れる音が白玉楼中に広がる。
幽々子はというと、にこにこ顔でそれを眺めるだけだった。
「幽々子さんは大丈夫なのか!?」
「絶対大丈夫です。安心して下さい」
「って言われても……!」
そう言って幽々子の方を見た瞬間、幽々子に覆い被さるように『何か』が襲いかかっていた。
「幽々子さん!」
「は~い?」
「……あれ?」
ばら、と幽々子に触れた瞬間、桜散る『何か』。
ほわほわとした幽々子の笑いが、何故か怖く感じた。
しかし、ばら、と形を壊した桜の花びらは地面には落ちない。
その場で人の形を取り戻し、再び幽々子に襲いかかってきた。
「……これだから困ってるのよぉ」
「幽々子様の能力が、効いてない!?」
勿論、襲いかかっては崩れ、戻り、襲いかかり、また崩れる。
無意味なやりとりが、妙にシュールだ。
「能力!?」
「『死を操る程度の能力』です!」
「最強の香りがするぞ!?」
「……でも、効いていない…?いや、すぐに転生している…?」
戸惑いつつも、妖夢は振り向き様に白楼剣を振るう。
しかし、ガッ、という重い音だけで、斬ることは叶わなかった。
「分からない……幽霊でもない…。私達の攻撃は効いてるのに…」
「何でも良い!とりあえずここを切り抜けるぞ!」
「は、はい!」
閃光の様な矢と剣筋が、白玉楼で振るわれる。
玉砂利の上にたまっていく桜の花びらを、春良達は容赦なく踏みしめていった。
「……はぁっ……はぁ…」
「お疲れ様です、戌井さん…」
キン、と妖夢の剣が鞘に収められる。
その音を合図にしたように、春良は地面の上に座り込んだ。
「……あれを、俺にどうにかしろと…?」
「『面倒事解決屋』なんでしょ~?」
「確かにそうですけど…。どうすればいいんですかね…」
「幽々子様。先ほどのは何回目ですか?」
春良と違い、ほとんど息切れしていない妖夢が、縁側に座りっきりの幽々子の前まで歩く。
「そうねぇ…。今ので四回目かしらぁ…」
「三回も私に気づかせないで、侵入してきた…?」
その事実がショックらしく、妖夢は若干うなだれて顔を落とした。
「……間隔は?何日毎とか覚えてませんか?」
「ちょうど二日置きくらいかしら?」
「俺に聞かれても…」
捜査が行き詰まり、場に沈黙が訪れる。
それを感知したか否か、幽々子は勢い良く立ち上がり手を合わせた。
「それじゃぁ、ご飯にしましょっか!」
「幽々子様…。真夜中ですよ…?」
春良は忘れていたが、ここに連れてこられたのは夜中。
先の戦闘で時間を食ったとはいえ、朝ご飯にはほど遠かった。