「それじゃ、お休みなさい。戌井さん」
「あぁ、お休み」
ピシャ、と障子貼りの伏間が閉じられる。
あれからご飯をねだる幽々子をなだめ、部屋まで案内してもらった所、
今日は疲れたでしょうし、お風呂に入って休んで下さい。
と言われ、入浴、現在に至る。
「とは言っても、眠くはないな…」
一人になると、色々な事を思う。
色々、と言っても大抵守矢や紅魔館の人々、上海の事くらいだが。
「ほんと、連絡のしようがないなぁ…」
そう呟き、伏間を開け、春良は縁側を歩いた。
一体いつの間に掃除をしたのか、中庭から桜の花びらは消えていた。
「……この庭、誰が作ってんだろ…」
呟きつつ歩くと、ふと何かの音が聞こえた。
ヒュン、ヒュン、と風を斬る音だ。
「…?」
音の方へ近づき、角から顔を出すと、そこには妖夢が居た。
縁側外の小さなスペースで、草鞋(ワラジ)を履き、素振りをしている。
(体力凄いな……)
邪魔はしない。
だが、妖夢の姿に火を付けられた春良は、そこからそう遠くない庭で素引きを開始した。
「…………ふぅぅ…!」
ギリッ、と弓が引き絞られる。
この姿勢が、実に5分。
「……さんじゅう…!」
その声と共に、春良の周りに停滞する光の弾が、一つ追加される。
言葉通り、計30個。
「まだ……まだ…!」
手に再度力を込め、矢を増やす。
何度も拡散し、その度に零から再開を繰り返していた。
「サジタリウス×参拾伍(サーティファイブ)ッ!」
ギャンッ、と数多の光が空へと駆け、一つの大きな流れ星となる。
汗を拭き取り、自分が放った星が消えるのを見送る。
「……あぁ、戌井さんでしたか」
すると、
「よ、妖夢?」
「急に光が見えたんで、幽々子様が花火でも打ち上げたのかと思いましたよ」
額を拭いながら、二本刀をぶら下げた妖夢がやってきた。
「修行ですか?熱心ですね」
「まぁ…。妖夢こそ」
「私には、剣しかありませんから…」
そう言って苦笑いする妖夢に、春良も苦笑いで返した。
武は違くとも、道は同じ。
それを極めんとする妖夢は、春良にはとても眩しく見えた。
「……手合わせ、していただけませんか?」
「……俺、弱いぞ?」
「構いませんよ」
チャッ、と妖夢が二本の刀を構える。
どの流派でも見たことの無い構え。
つまりこれは、魂魄流というやつなのだろう。
「……おっけ」
「ありがとうございます。では」
ぐっ、と一瞬妖夢が屈む。
この動きは先ほども見た。
一瞬の予備動作の後、小柄な体を生かして意識の片隅から一気に、
(来る……っ!)
ダンッ!、と春良は本能に任せて後ろへ跳躍する。
その瞬間、春良がいた場所を一閃が通り抜けた。
「見切りましたね…!」
「勘だけどな!」
着地するや否や、矢が三本妖夢へ駆ける。
二本を避け、一本を弾いた妖夢は、真正面から突っ込んできた。
「……はっ!」
音すら聞こえないような斬撃が春良の顔をかすめる。
(やっぱし、接近戦は無理か…!)
ぶんっ、と弓を振り回し、妖夢との距離を取る。
そして、春良は一枚の符を取り出した。
借りる力を、最小限に。
「親愛『華人小娘』!」
(?…………空気が…?)
その手から弓を消し、素手になった春良から、武器持ち時以上の威圧感を妖夢は感じていた。
(……構えに隙がない…?弓は専門外だった…?っと、いけない…)
戦闘中にごちゃごちゃと考えてしまうのが悪い癖だ。
相手の手が分からない以上、自分から行くべきではないが、
「人符『現世斬』」
それは、己の道をそらすこと。
己の道を表すかのような小細工無しの瞬閃が春良へ伸びる。
(……早…っ!)
一方の春良も、視界の隅で何とかとらえることしか出来ない瞬閃を受け流す。
「「…………ッ!」」
パァンッ!、と空気が裂ける音の後、世界の速さが元に戻った。
春良は自分の腕を、妖夢は自分の腕を見つめた。
春良の腕は、受け流しきれなかった打ち傷が出来ている。
恐らく、峰打ちだったからだろう。
「流石ですね」
妖夢の腕には、春良がカウンターで放った一撃が軽く入っていた。
ダメージの程度で言うと、春良の負けだ。
「ありがとうございました」
「も、もういいのか?」
「はい。それに、その力は長くは保たないですよね?」
「……そんなことまでわかるのか」
詳しくは、長く保たせると大変なことになる、だが。
にっこりと笑った妖夢は、刀を直し満足した足取りで縁側へと歩いていった。
「……とんでもないな…」
残された春良は、疲労からその場に落ちるように座り込んだ。
が、しかし。
「――――?」
背筋を指先でなぞられたような、そんな変な感覚を春良は覚えた。
「……向こうから…?」
なぜか、その感覚には『方向』まで感じる。
その感覚に従い進むと、一つの小さな塀の前まで来た。
「桜か…?」
その塀の向こう側で、あり得ないほど大きな桜が満開で咲き誇っていた。
塀で隠しきれず、あまりに広大なソレを目にした次には、春良は別の衝動に駆られていた。
「綺麗だな…」
塀を乗り越え、自らの手で幹を撫でる。
その、瞬間。
「――――ッ!?」
ぶわぁ、と桜が舞い散り、辺りを包み込む。
あたかも春良と桜だけの様な空間が、桜の壁によって作られた。
「……まさかっ…!」
あの『敵』は桜で出来ていた。
この桜の木が、関係あるのだとしたら。
「誘い込まれたのか…?」
桜の壁から、数百枚の花びらが春良の前に積み重なる。
そして花びらは、人となった。