「夜、そんなことがあったんですか?」
「あぁ。性別は女性っぽかったけど…」
「じゃぁ、会いたい人ってだれかしらぁ」
白玉楼の朝。
戌井春良、魂魄妖夢、西行寺幽々子の三人は魚を突つきながら唸っていた。
「とりあえず、今日の夜私が西行妖の様子を見に行ってみます」
「西行妖…?」
「その戌井さんが見た桜の木の事です」
「なんか、怪しい名前をつけるんだな?」
「えぇ、一応妖怪桜です」
「よ、妖怪……桜?」
器用に魚の骨を取り、口へと運んでいく妖夢を眺めながら呆然と聞く。
「私のお父さんがねぇ。皆に慕われてた凄い人だったのよぉ」
「はぁ…」
「死ぬときはあの桜の下が良い、って言ってて、ちゃんと安らかに眠ってくれたんだけど」
「はぁ…」
「それからあの桜が満開になると、なぜか人が桜の下で死んでしまうようになったんです」
「ふむ」
「そして、人の血を吸って生きたあの桜は、いつしか妖怪桜となった。と言うわけです」
途中幽々子から妖夢に変わっての説明だったが、簡単には理解できた。
「……というか、すいません。辛いことを聞いて」
「いいのよ~。私生きてた頃の事ほとんど覚えてないからぁ」
幽々子の笑顔は、本当に安心する。
偽りが全く見えないからだ。
「……っと、満開…?」
そこで、思い出した。
昨日の夜、確かに満開だった西行妖の事を。
「どうかしましたか?」
「俺が昨日見たとき、満開だったぞ…?」
ちょうどご飯を食べ終えた春良の一言に、妖夢の表情が一変する。
「そ、そんなはずはありません!」
「いや、実際に…」
「あの桜は、もう満開になるはずはないんです」
「私が満開を見たくて春度をあつめてたもの~」
春って集めるものなのか?と一瞬考えるが、スルーした。
とにかく、確かに昨日は満開だったのだ。
「満開…、会いたい人………桜……っ!!」
「ど、どうした?妖夢」
「そういう、ことでしたか…!」
「おい!妖夢!?」
ピシャン!と障子を開き、ご飯もそのままに妖夢は外へと飛び出していった。
「どうしたのかしらぁ…」
「多分、答えが分かったんだと思います。追いかけましょう!」
「頑張ってねぇ~」
「……幽々子さんは…?」
「面解屋の貴方と妖夢の事は、信じてるものぉ」
にっこりと、何も、本当に何も心配していない顔だ。
そんな顔を見せられれば、男として、人として期待に応えなければならない。
「行ってきます!」
「はぁ~い。いってらっしゃぁい」
これが『使命』ならば、また目的に近づける。
そう信じて、春良は妖夢を追った。
「っ!!」
外へ出てまず第一。
桜人が白玉楼中に『散乱』していた。
「二日に二回じゃないですか…」
地面には、妖夢が切り伏せたのであろう桜が散っている。
その桜を道しるべにして、春良は足を踏み出した。
「弓符『サジタリウス』」
キュン、と手で蒼弓を握る。
射りつつ、走りつつ、春良は自分なりに答えを探していた。
「サジタリウス、×七(セブン)!」
しかし、何も思いつかない。
何か、妖夢だけが知る事があるのだろうか。
「射法『弓道八節』…」
(まぁ、全部妖夢に聞けば良いことだしな……。とりあえず…)
ギリッ、と弓を引く。
目に見える範囲だけで60を越える桜人は、明らかに邪魔すぎた。
「どけぇぇぇぇぇぇえええええ!!」
荒い為にかなり弱くなった矢だったが、道を開くのには十分。
春良は、割れた道を一気に駆けた。
「ハァ……はぁっ…」
魂魄妖夢は、白玉楼の桜の中で、一番大きく、『満開』の桜の前にいた。
「西行妖……」
ひら、と散る一枚を2つに裂く。
「貴方の狙いは…いや、目的は…」
そこまで言った所で、後ろから桜人3人が襲いかかってきた。
「っ!?」
反応の遅れた妖夢は、せめてガードすべく、眼前に腕を出す。
しかし、次の瞬間。
「サジタリウス×参(スリー)!」
パァン!と空気が裂ける音と共に、桜が妖夢に降りかかった。
「大丈夫か!妖夢!」
「戌井さん…」
春良はようやく発見した妖夢に近づこうとするが、桜がそれを許さなかった。
あの夜のような桜のドーム2つが、春良と妖夢を分けたのだ。
「妖夢!」
声を上げるが、もう聞こえはしない。
そんな春良の後ろで、桜の固まっていく気配がした。
「また俺のコピーか!」
振り向き様に矢を射ろうと弓を引き絞るが、その手が止まる。
「い、戌井さん!?何するんですか!?」
「よ、妖夢!?」
そこにいたのは、さっき別れたと思った妖夢だったからだ。
(本物…?いや、妖夢は前にいたはずだ!)
騙し方が悪い。
そう答えをだした春良は一気に弓を引く。
が、
「止めて下さい!戌井さん!」
「っ!」
信じられないほど似ている声に、躊躇が生まれる。
(妖夢は、コピーを知らないから、俺を疑わない…。やっぱり本物か…?)
「ど、どうしたんですか、いきなり…」
「いや、ごめん。ちょっと混乱してて…」
弓を降ろし、妖夢の元へ歩く。
「そうですか…」
「……妖夢…?」
完全に無防備な状態を作ってしまった後で気づいてしまった。
いつも連れている半霊が、いないことに。
「……しまっ…!」
ドス、と小さな小さな音が耳に届いた。
「戌井さん!」
妖夢は一人、桜の空間で春良を捜していた。
「……人符『現世斬』!」
斬!と桜を斬りつけるが、すぐに修復する。
「まだまだっ!」
何度も繰り返し、壁を斬る。
すると、背後から何かの気配を感じた。
『貴方でもない』
背筋を撫でられるような気配に、反射的に振り向く。
「今の声は…!」
ザァ、と桜が人を形作る。
そこに立っている人のシルエット。
その人を、魂魄妖夢は知っていた。
「やはり、貴方でしたか」
『貴方とは、約束をしていない』
「本体で来たらどうですか?桜で遠ざけたりせず」
『貴方とは、宴会を開けない』
「まぁ、来れるはずはありませんよね」
チャキ、と刀を構える。
正直、勝てる気はしなかった。
なぜならば、その人の強さを知っていれば、そのコピーがどれほど強いかを容易に想像出来るからだ。
「そう、貴方は――――――!」
痛みは無かった。
ゆっくりと視線を降ろすと、自分の腹から銀色の何かが生えているのが、鮮明に見える。
「……ぁ…が…」
どろり、と自分の体を伝って液体の何かが地面へと落ちる。
その一瞬後、焼ける様な痛みが体全体を覆った。
「……はっ……はっ…!」
熱い、熱い、熱い……!
刺したときと同じ音で刀が抜かれる。
感覚を得ることが出来ない痛みに襲われ、春良は腹を押さえて倒れ込んだ。
(……や、ばい…死ぬ…)
『貴方じゃない』
声が聞こえた。
いつしかの、女性の声だ。
『いつになったら、約束を果たすの』
(やく、そく…?)
薄れていく視界の中、春良は目の前の桜妖夢を見つめる。
すると、桜が表面だけ崩れ落ちた。
「…………!?」
そこにいた人を、春良は信じることが出来なかった。
しかし、信じるも信じないも一緒。
(……ま、じで…やば……)
春良の意識は、一つの光の中にとけ込んでいった。