ざぁっ、と巨人の足が桜の花びらで復活していく。
またあの機動力を取り戻すとなるとやっかいだ。
「まずい!」
春良は言葉とともに駆け出し、親愛の符を拾いに行く。
たどり着いて拾うやいなや、春良は唱える。
「親愛『華人小娘』!」
春良の体が一瞬だけ光に包まれる。
その光を置き去りにするように、春良は飛んだ。
「サジタリウス×拾(テン)!」
通常よりも強い勢いの矢は、桜に少しながら傷を与える。
だが、再生と破壊では、再生の方が上回っていた。
「くっ……」
回復されるのなら、また離れて弓道八節を使うのが無難か。
そう判断した春良は、アリスの方へ振り向き、
「アリス!一旦離れるぞ!再生され……」
「魔符『アーティフルサクリファイス』」
ドン、と地響きが空間を包む。
春良の目の前には、符を一枚手に持つアリス。
ゆっくりと振り向くと、そこには下半身が消え去った巨人がはいつくばっていた。
「…………」
「……あら、外した?」
ピッ、と符を取り替え、アリスは巨人へと歩み寄る。
呆然とする春良の横を抜け、そのまま近づくと、巨人が上半身だけで起きあがった。
「あ、アリス!!」
自らの体を無視してのストレートがアリスの華奢な体へと真っ直ぐに伸びてくる。
「注力『トリップワイヤー』」
が、その拳はアリスには届かない。
いつの間にか浮遊している数々の人形が、蜘蛛の巣状に糸を張り巡らせていた。
そのネットはストレートに怯むことなく、真正面から受けきってみせている。
「桜ねぇ……。まぁ、そういうのも綺麗かもしれないけど」
つまらないように呟くと、アリスはまた一枚の符を掲げる。
「魔操『リターンイナニメトネス』」
轟!と渦巻く何かにとらわれた巨人は、一瞬で圧縮され、消え去った。
ひら、と舞う一枚の花びらを、アリスは指先で掴み、眺める。
「……見て楽しむものが、襲ってくるのはいただけないわね」
ふっ、と小さな吐息と共に散る桜の花を、春良は呆然と眺める。
格が違う。
魔法使いと人間の差を、思い知った春良だった。
「……凄いな…」
「……別に、これくらいで羨ましがられても困るわよ」
謙遜するような言葉で、しかし嫌そうでもない表情でアリスは桜の壁へと歩く。
カツッ、とアリスが壁の前で足を鳴らすと、桜の壁は剥がれ落ちるように崩れていった。
「……そうだ!妖夢!」
「……妖夢…?」
「ここにいる人がいるんだ!そいつも今戦ってるはず…!」
開けた世界では、自分達が入っていたものとは違う、桜のドームがもう一つ建設されていた。
その中に、妖夢がいるはず。
「アリス!ここを開けてくれ!」
「……出来ないわね」
ぷい、と顔を冷たく背けるアリス。
「な、なんでだ…?」
「貴方じゃ足手まといになる。って事よ」
「…………っ」
悔しいが、言い返せない。
たった今死にかけて、助けられて、誰かを助けたいと粋がる。
自殺行為、自分勝手、自意識過剰。
そんな言葉が、春良の頭を巡った。
「自分の事は自分でする。貴方も人間なら、言葉の意味は良く分かるわよね?」
「……あぁ…」
言いたいことも、その意味も良く分かる。
良く分かる。
春良が、『それ』が出来なかったことも。
良く分かるからこそ。
「……射法『弓道八節』」
春良は、弓を引いた。
「……かはっ…」
飛び交う色鮮やかな蝶。
その中から、確実に自分に当たる蝶だけを一瞬で見切り、少女は刀を振るう。
「……はぁっ……はっ…!」
切り裂かれた蝶は霧散し、少女が生きるだけの隙間を作る。
「お願いします…。どうか、桜を満開にすることだけは…」
『…………』
懇願するような少女の声も聞かず、桜は手を振るい、新たな蝶を羽ばたかせる。
「……それにそもそも、満開にする方法もないでしょうッ!!」
ガッ!と力を振り絞った少女の一降りは、蝶を全て一度に消し去る。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああっ!!」
吠える。
跳ぶ。
視界に入れることさえ出来ない瞬閃が、桜へと一直線に伸びる。
しかし、それも囮。
少女は残像を残して桜の後ろに回り込み、一瞬で三度切り込む構えでたたずんでいた。
(……斬る!)
ギャォッ!と参閃が桜を四つに切り裂く。
しかし、完璧に入ったように見えた斬撃も、少女にとっては違う物として感じられた。
(……手応えがない…。……罠!?)
がしり、と。
刀を振り切った状態の少女の首を、ふわふわとした何かの手が掴む。
「…………っ!?」
動いたら、やられる。
そう思わせるほどの殺気を背後から感じ、少女は動けないでいた。
『宴会の、何がいけないの』
手に、力が込められる。
「宴会ではないんです……。桜を満開にすることが、問題なんです」
『どうして』
「…………」
『どうして』
「…………っ……」
ぶわっ、と二人の回りを蝶が包む。
一匹一匹が多大なる殺傷能力を持つ蝶に囲まれる、というのは、セーフティを外した拳銃を頭に突きつけられるよりも、恐怖をあおった。
「貴方は、幽々子様その物ですから、知らないんです」
『何を』
「……西行妖が満開なると…」
突然、轟!と音が轟いた。
桜の壁が吹き飛び、舞う。
その美しい桜を身に纏い、その男は中へ歩んできた。
外来人、戌井春良は、覚悟を決めていた。
「正直、何が何だかわかりませんけど」
ザッ、と一歩進む。
「ここの事情なんて何も知りませんけど」
一歩、進む。
「俺、余所者ですけど」
ザッ、と歩みを止める。
「今しないといけないことがわからないほど、馬鹿じゃないです」
花びらを一枚、手にとって。
春良は叫んだ。
「桜なんてなくても、宴会は出来ます!」
『…………』
「っ!戌井さん!逃げてください!」
妖夢と桜を囲んでいた蝶がまとめて春良へと飛ぶ。
死を司るその蝶は、触れただけでも生気を吸われる。
「親愛……」
圧倒的な死を目の前にして、春良は符を掲げる。
大事なのは、信頼。
『面解屋の貴方と妖夢の事は、信じてるものぉ』
「『華胥の亡霊』!!」
相手を信じ、相手に信じられること。