「分かってるって。どうしようもない時以外は、絶対一緒に来てくれよ」
にっ、と少年らしい笑みを見せ、春良は息を吐いた。
「……それで、他に行くところってありますかね…?」
「……んー…。マヨヒガに永遠亭…。どちらも私は場所を知らないねぇ」
「……そうですか…」
それは困ったと言わんばかり。
微妙な感じに詰んでしまったので、なんとなくやる気が起きなくなってしまうのは仕方のないことだ。
「時間があるのなら、ここいらの奴らに挨拶でもしてきたらどうだい?」
「挨拶?」
「あんた、こっちに来てろくに挨拶もしてないだろ?一応、山の奴らにくらい声を掛けとくべきなんじゃないかと思ってね」
「……うーん…。確かに…」
空を運んで行ってもらっているから、あまり面識はないが、ここは山の上の神社。
恐らく、山道には滝だってあるだろうし、森の中には人や妖怪がいたりするはずだ。
「危なく…ないですかね…?」
吸血鬼や亡霊と友達になっておきながら今更感があるが、やはり最初のトラウマはぬぐえない。
妖怪は、やはり怖い。
「私が付いていきますよ。それならきっと大丈夫です」
そこで、早苗がゆったりとした動きで立ち上がった。
「そうした方がいいだろうねぇ。諏訪子は……」
チラ、と幼神を見るが、目玉帽子さえ巻き込んでぐったりとしている姿を確認した後、すぐに視線を戻した。
「……無理そうですね」
「ちょっと出かけるくらいなら、諏訪子様も心配はしませんよ、きっと」
手を取られ、立ち上がる。
まだ昼過ぎの太陽の下に、春良と早苗は歩き出した。
「それじゃ、行ってきます」
「宜しく頼むよ、早苗」
「はい、任せておいてください」
鳥居をくぐり、外へ出る。
どこか、空気が変わった感じがした。
「……?」
「あ、分かりますか?守矢の神社には、ちょっとした結界が張ってあるんです」
「結界?」
「はい。信仰が流れ出ないようにとどめる結界です」
信仰と言われても、春良には良く理解ができない。
お賽銭をいれると、信仰になるのだろうか、と考えていると、
「うお…?」
風が吹いた。
ひゅっと不自然なほどに短く、強い風が。
「あやや?侵入者かと思ったら、巫女さんも一緒じゃないですか」
「お久しぶりです。射命丸さん」
カツッ、と木の枝に一本下駄が降りる。
ショートの黒髪に、手帳にペン、そして古いカメラ(映写機とも言える)という、まさに新聞記者、と言えるような女性が枝の上にいた。
「えーと?そちらの男性は?」
「こちらの方は、外来人、戌井春良さんです。今は私達の神社で居候しています」
「よ、宜しくお願いします」
「へぇ……。私は射命丸文と申します。清く正しい!文々。(ブンブンマル)新聞をお届けしています!」
やはり新聞記者だったその女性、射命丸 文(シャメイマル アヤ)は枝から下りると、春良に詰め寄ってきた。
「それでは戌井さん。この出会いも何かの縁ということで、お一つ取材をよろしいですか?」
「え?あ、はい。いいですけど」
ちゃっ、と手早い動きで手帳を開き、ペンを構える。
「それじゃ、そこの巫女さんとは、どこまでいかれましたか?」
「ぶっ!?」
「しゃ、射命丸さん!?何を聞いてるんですか!」
「え、えーと、早苗さんは、とてもいい人なんですけど、そういうのとは、ちょっと…」
「あやや、つまらないですねぇ…」
それじゃ、その代わりに、と射命丸はカメラを取り出すと、ピントの調整か、春良達から一歩距離を取った。
「お二人の写真を一枚お願いします」
「変なことに使いませんよね?」
「嫌ですね東風谷さん。清く正しい私がそんなことするはずないじゃありませんか」
「いいじゃないですか、早苗さん。写真くらい」
戌井さんが良いのなら…、と若干しぶしぶと春良の隣に並ぶ早苗。
後から思うと、何故写真を許したのかと春良は頭を抱えることとなるが、それはまだ後の話。
「はい、笑ってくださーい」
パシャ、と小さめの音が鳴り終わると、射命丸は妙に満足そうな表情で、
「ありがとうございます!天狗の方には私から伝えておきますので、お二人はデートを楽しんでください
「天狗…?」
バサッ、と黒い翼が広がる。
射命丸の背から生えた鴉(カラス)の羽が、大きく羽ばたく。
「それでは、鴉天狗の射命丸でした!」
一瞬。
風が吹いたかと思うと、射命丸はすでに遠い空に黒い点でしか見れなくなっていた。
「これで天狗の方々には伝わるはずですし、山を下りましょうか」
「あ、はい」
道と言うには荒く、獣道というには整っている山道をゆっくりと歩く。
しばらくすると、
「滝だ…」
「ここら辺までが天狗達の縄張りですね」
若干の水をかぶりつつ、春良はいつものように情けなく早苗に負ぶさり、滝を下に降りていった。
「この滝を降りて少しすれば、河童の方々がいるはずです」
すと、と丁寧に着地すると、下り方向に長く伸びる川が目に入った。
「河童かぁ……」
やはり、皿、水掻きのヒレ、鳥のようなくちばしが想像される。
正直、あまり会いたくはない。
「河城さんに挨拶をしたいんですけど…。居ませんね…」
「えー?私に用事?」
「……?」
突然聞こえた声に辺りを見まわすが、誰もいない。
しかし、一部分気に掛かる所が見つかった。
川の真ん中あたり、水がその部分だけ穴が空いているかのように消えているのだ。
更に例えると、そこに誰かがいるのかのようだ。
「河城さん。迷彩切って下さい」
「あれ!?やー、ごめんごめん、忘れてたよー」
バチチ、と危ない音が聞こえてきたかと思うと、川の中央に現れたのは、これまた綺麗な薄蒼髪ミニツインテールの少女だった。
「まさか…」
「戌井さん。こちらの方が河童の中でも最高峰の技術を持つ、河城にとりさんです」
「いやいや、わたしはそんな大したもんじゃないって。えーと…」
「あ、と。戌井春良です。外来人で、今は早苗さんの所の神社に居候させてもらってます」
正直、先ほどまで失礼なおきまり想像をしていた自分に張り手を喰らわせたい気分だった。
皿は見えないし、ヒレもないならくちばしもない、ただの少女だ。
「戌井君ね。了解。紹介あったけど、わたしは河城にとり。河童のエンジニアだよ」
川からあがり、河城にとり(カワシロ)は手袋を外して春良に右手を差し出した。
あまりに人間らしいその行動におどろきつつ、春良もその手を握り返した。
「自分でいうのもなんだけど、わたしは人間が大好きでさ。困ったことがあったら頼ってきて良いよ」
「あ、ありがとうございます」
手を離し、にとりは早苗を見る。
「……それで、お二人さんはどこまでいった?」
「なんで射命丸さんと同じことを…」
ありゃ、野暮だった?と若干勘違いをしながら、にとりは笑う。
そして、前触れもなく消えた。
「それじゃ、わたしは光学迷彩スーツの試運転があるから、これで失礼するよー。河童の方にはわたしが伝えておくからさ」
「あ、はい。ありがとうございます!」
声だけのにとりは、すぐに気配も消えた。
しばしの無言の後、早苗が歩き出したのに春良は急いで並んだ。