「私が噛んで吸っても良いわよ?」
「勘弁です…」
心配そうに見つめる上海の前で、春良は覚悟を決めた後、腕を薄く切った。
「綺麗な色ね……」
座ったままのレミリアに腕を差し出す。
「っつ……!」
はぷっ、と傷を口で覆うようにレミリアがあまがみしてきた。
レミリアの喉を血が何回か通った後、満足そうにレミリアはため息をこぼした。
「……ご馳走様。美味しかったわよ」
「……どうも」
上海がすぐにポーチからとりだしたハンカチを腕に巻いてくれた。
「それで、どうですかね?」
「……貴方がいた世界に帰るには、しないといけない事が5つあるわ」
「……それは?」
「そこまでわからないわ。誰かがしないといけないことをしていけばいつか当たるでしょうよ」
「案外アバウトですね…」
そんなもんよ、幻想郷は。
そう言うレミリアに、春良は遠慮無しにため息をもらした。
「まぁ、ヒントはあげるわ」
そう言うと、春良の腕が薄く輝き、五芒星の配置に小さな丸が浮かび上がった。
「うぉ?」
「しないといけないこと、『使命』を達成したとき、その丸が一つずつ染まるようにしてあげたわよ」
「あ、ありがとうございます…」
「ま、せいぜい困り事を解決してくことね」
腕の五芒星をまじまじと見つめながら春良はそれじゃ、と声を漏らした。
「ここで困ってることはないですかね?」
「……一つ、あるにはあるわよ」
「俺にできそうですか?」
「子どもの遊び相手、みたいな物ね」
子ども。
その単語に春良の眼鏡が光る。
無類の子ども好き(ロリコンではないと春良は言い張っている)な春良は、すぐに声を上げた。
「やります!やらせてください!」
それが、どんなに無謀なことかも気づけずに。
「良い返事ね。咲夜」
「はい、お嬢様」
「この子をフランの所へ」
「……いいんですか?」
「春良本人が望んだことよ?」
出たり消えたり、メイドも大変そうだなと見つめる春良に、そのメイドが一歩近づいてきた。
「案内します。着いてきて下さい」
そう言われて共に部屋をでる。
失礼しましたの一言を忘れず、春良はさっさと歩いていくメイドの後を追った。
「一つ、言っておきますが」
玄関近くの扉の前で一旦立ち止まり、メイドが呟く。
「はい?」
「妹様に余計なちょっかいは無用ですからね」
仰々しい扉の奥には、地下へと続く階段があった。
「妹様?」
「貴方が『お相手』する方の事です」
こつこつと蝋燭でのみ照らされた階段を下りていくと、またも大きな扉が目に入った。
肩に乗る上海が、かすかに震えている。
「……上海?」
「妹様はこの中です。では」
音もなく消えたメイド。
目の前の扉を見つめ、春良は何故か唾を飲み込んだ。
「お嬢様、何故あの人間を?」
「言ったでしょう?本人が望んだって、私は何もしていないわ」
「それでも、下手したら……いや、下手しなくても死にますよ」
冷静な顔の奥に、ほんの少しの心配を混ぜたメイドの声に、レミリアはかすかに笑う。
「ふっ……、心配はいらないわよ。……あの人間、春良は、神に気に入られているみたいよ?」
「……神、ですか?」
メイドの返答に、レミリアは窓のない壁を見つめ、そちらに指を伸ばす。
「蛙によく似た、幼神にね」
(……お嬢様も、十分幼いと言ったら、怒るでしょうね…)
一瞬口に出しかけた言葉を飲み込み、紅魔館のメイド、十六夜 咲夜(イザヨイ サクヤ)は息を吸った。
「では、私は門番の様子見と食事の支度がありますので」
その言葉と共に消えた咲夜。
残されたレミリアは、つまらなそうに足を組んで、
「うー…、つまらないわねぇ…」
本当につまらないと口にした。
「おじゃましまーす」
ギィッ、と耳障りな音と共に、重々しい扉が開かれる。
全開にするのは面倒そうだったので、ある程度開くと春良はその隙間に体を滑り込ませた。
「…………だれ?」
幼い子どもの声が聞こえる。
「……そこにいるの?」
春良は少々暗めの部屋で目をこらす。
すると、お姫様のつかうようなベッドに、一人の少女が座っているのが見えた。
「俺、レミリアさんに言われて君と遊びに来たんだ。名前、教えてくれるかな?」
「……フランドール・スカーレット、だよ」
スカーレット。
レミリアのファミリーネームもスカーレット、と言うことは。
「レミリアさんの妹?」
「うん、お姉様に言われてきたの?」
「おう、俺は戌井春良」
「はるよしかぁ……。それじゃぁ、ハルだね!」
にぱっ、と笑うフランドールに思わず頬がゆるむ。
だが、上海の震えは止んでいなかった。