「……輝夜。度が過ぎると思うわよ?」
今までとの口調とはうって変わり、永琳の言葉が親しいそれに変わった。
輝夜は、笑う。
「永琳こそ、乗ってくれたじゃない。まさかあんなに苦しむ薬を作ってくれるとは思わなかったわよ」
「私だって吃驚したわ。あの子、小悪魔の一族は、薬への耐性が低いのね」
「あっはっは!それにしても面白いコトになってきたわね!」
まるで今までがお芝居だったかのように、豹変した輝夜は、冷たい表情ながらも、笑っている。
「人間をあまりおちょくらない方が良いわよ?輝夜」
「面白いじゃない。あんなに怒って、本当に面白い!」
「……優曇華をついて行かせたはいいけど、それでも……」
「えぇ、死ぬでしょうね。あの人間」
さらっと言う輝夜に、永琳は不満は覚えない。
慣れすぎたのだ。
「しかし、ああいうタイプは本当に操りやすいわ」
「ああいうタイプ?春良のこと?」
「えぇ。かなり希少で、そしてある意味どこにでもいる」
すっ、と輝夜は立ち上がり、伏間から空を見る。
月は、勿論まだ見えない、燃えさかる太陽がそこにはある。
「自分よりも、他人の方が圧倒的に大事な奴のことよ」
「師匠も姫様も、何を考えてるのよ…!」
鈴仙・優曇華院・イナバは迷っていた。
このまま春良と合流するのはいいが、それからのことで。
「ん?レイセン、どこいくウサ?」
「ちょっと散歩よ!」
「サイキョーなあたいはそんなつまんないことはしないわね!」
「えぇそうね!」
本当のことを話すべきかどうか。
この事態は解決はするが、それ以外の事態は解決不可能になってしまう。
「あぁ……、もうどうしたら…」
とりあえず、死なせるのだけは駄目だ。
なぜ輝夜があそこまでふざけようとするのは分からないが、患者なのだから。
「あ、そうウサ、レイセン」
「え、何?」
「そこ、落とし穴があるウサよ」
「えぇ!?」
ガクン、と自分の体が地面へと沈んでいく。
次に目を開けたときは、周りの土と、円形の空が視界に飛び込んできた。
「ぃよし!これで落とし穴100回目ウサ!」
「……てゐ…」
グッ、と拳を握る。
とりあえず、春良の元へ行くのが、少し遅れそうなのは確かだった。
「はぁ……はぁ…」
竹の葉が擦れ合う音が良く聞こえる。
竹林の中、春良は妹紅を探していた。
「……どこにいるんだ…?」
「……人でも探してるのか?」
ボゥ、と目の前に小さな火が灯る。
その炎はたちまち妹紅に姿を変えた。
「竹林は迷うから、一人にはなるな」
「……妹紅さん」
「……なんだ?」
「こあを、元に戻してください」
すっ、と小瓶を手に取り、妹紅に視線を向ける。
その小瓶に気づいた妹紅は、訳が分からないといった表情だ。
「こあ?元に戻す?……何を…」
「とぼけないでください!」
「……ちょっと待て、本当に訳が…」
「余裕が無い…。力尽くでも元に戻してもらいます」
「……あぁ…なるほど。輝夜の差し金か」
キッ、と妹紅の目が鋭くなる。
「……その目。少しだけど、興奮剤盛られたな」
「こあが苦しんでる。早く助けてやらないと…」
「だから嫌だったんだ。アイツの所に案内するのは」
まぁ、しかし、と妹紅が手を開く。
轟!と手のひらから炎が立ち上がり、風を起こす。
「……殺すなとは、言わなかったな」
一瞬、世界が消えた。
(……!? 光!?)
違う、炎だ。
炎によって生み出された光が春良の視界を遮った。
「……!」
ごく、と薬をひと呑みすると、春良は横へ飛んだ。
炎が、地面を駆けた。
「……まぁ、殺すつもりはないけど、普通は燃えたら死ぬよな」
「弓符『サジタリウス』!」
「まぁ、その時は仕方がなかったってことか」
ギャゥッ、と五本の矢が妹紅に駆ける。
それを片手の炎ではじき飛ばした後、妹紅は飛んだ。
「不死『火の鳥 -鳳翼天翔-』」
手を開いた妹紅を、炎が包む。
火の鳥が、空から一気に春良へと突進した。
「……っ!」
大きさもさることながら、くわえて速い。
全体を避けきろうとしても、間に合わない。
(……見切る!)
普段ならしない危険な行動をしてしまうのも、焦りからだと春良は思いこんでいる。
薬による興奮からだとは、気づきようもなかった。
「サジタリウス×拾(テン)!」
一点集中で翼へと向かった矢は、ほんの少しだが、弾幕に隙間を作った。
迷う暇なんてあるはずがない。
春良は熱風から顔だけを守って翼へと突っ込んだ。
「……っがぁ…!」
ボァッ、と炎を抜けると、春良は痛みか熱さからか、地面を転がった。
そのおかげで、裾を一瞬燃やした炎も、すぐに消火された。
「……悪いことは言わない。引き返せ。そんで、あの馬鹿姫に話を聞くんだな」
「……俺の事だけならいいんですけどね…」
ザリッ、と地面に足をつき、春良は立ち上がる。
その手には、弓が握られている。
「……こあが待ってるんだ!!」
キュキュッ、と春良の周りに矢の元である光の玉が生成される。
それを見て、妹紅はため息を漏らした。
「……チッ…」
轟、ともう一度火の鳥が春良へと羽ばたく。
それに対して、春良は一気に突っ込んだ。
(……な!?)
それを見て、妹紅の心が揺さぶられる。
自分も人間だが、同じ人間がこのように真正面からぶつかってきたのは初めてなのだ。
「親愛」
(まさか本当に死ぬ気か!?……炎を弱め…!)
「『半人半霊の庭師』!」
一閃。
横に伸びた閃光が、火の鳥を切り裂く。
「……ありがとう、妖夢…」
ヒュンッ、と刀に姿を変えたサジタリウスを振るう。
春良の肩の上には、小さな人魂が揺らいでいた。
「戌井、春良。……だったか」
「……はい」
妹紅が、春良に一歩近づく。
その目は、
「……良く、分かった。……そっちに事情があるのも、お前の意志の強さも……だからこそ」
紅く、燃えるように、されど穏やかに、
「……死ぬなよ…?」
輝いた。
「…………!!」
竹林を越える炎が、妹紅の体から立ち上る。
刀を握る自分の手が、震えているのに、春良は気づけなかった。
気づきたくはなかった。
「……耐えたら、いろいろ相談にのってやる」
「……ありがとうございます」
妹紅が手をあげるのとほぼ同時に、炎の固まりが手を伝って妹紅の上に顕現した。
(……切れる、のか…?)
まるで、太陽のようなそれは、まだ放っていないにも関わらず、春良の体から汗を垂らせた。
(……出来る出来ないじゃない…!こあを助けるんだ…!)
恐らく、一撃では終わらない。
炎の波に備えるべく、春良が刀を握りしめた次の瞬間。
「不滅『フェニックスの尾』」
無数の太陽が、春良に降り注いできた。