「ただ今帰りましたー」
がこ、と門を開いて中へ入っていく鈴仙に続いて、春良達も中へ入る。
とにかく、こあくまが心配でしょうがなかった。
「鈴仙、こあは!?」
「あの部屋だと思いますけど」
「こあ!」
鈴仙が指さした伏間を開き、中を覗く。
学習能力が無い、というのはこういうことを言うのかも知れない、と春良は一瞬考えた。
「…………え」
伏間の奥のこあくまの顔色はとても良かった。
顔色、とは言わず、体色、とも言っても良いかもしれない。
「…………あ」
簡単に述べると、着替え中。
ちょうどいつものワンピースを手に取った下着姿のこあくまが、硬直して春良を見つめていた。
「……は、はは、る、春、良、さん……?」
「い、いや、違うんだ、こあ。これは不可抗力ってやつで…」
手を振って抗議しようとするが、悲しいかな男の性。
その視線はくぎ付けになっていて、説得力が皆無だ。
「い、いいですから、早くしめてください――っ!!」
ピシャン、と勢いよくしめられた伏間に、春良は小さく仰け反る。
後ろから、鈴仙と妹紅が近づいてきた。
「……狙ったんですか…?」
「……お前、随分変わってるんだな」
「ち、違いますよっ!!」
若干引き気味の二人についていき、春良は急いでその場から離れた。
三人で並んで伏間を開くと、中にはとてもリラックスモードの輝夜達が居た。
「あら、生きてたのね」
第一声がそれか。
思わず口から出かけた言葉を慌てて飲み込み、春良は目の前の輝夜を真っ直ぐ見る。
「……加担した私もだけど、ちょっと度が過ぎていたわ。ごめんなさい、春良」
その隣の永琳がぺこりと頭を下げる。
何というか、悪いのは輝夜だけのような気がしてきた。
「おい、蓬莱山。調合に使う血はお前の血を使え。それがコイツへの謝罪にもなる」
「嫌よ」
「…………あ?」
ぴくっ、と妹紅のこめかみ辺りが小さく動く。
「なんで貴方にそれを指図されないといけないのかしら?藤原」
「……あたしが穏便にすませてやろうとしてるんだぞ?輝夜」
「……呼び捨てとは何よ、妹紅」
バチィッ、と火花が二人の間で散る。
まずい雰囲気だってことだけは、春良達にも十分に伝わってきた。
「ひ、姫様も、妹紅さんも、少し落ち着いてください」
「……大体なんだ、いっつも引きこもってばかり。蓬莱ニートが」
「……竹林でいつも一人の奴に言われたくないわね。蓬莱ホームレス」
「なんだと?」
「なによ?」
自分のことで喧嘩しているはずだったのに、その張本人である春良は、何故かとてもいたたまれなかった。
「輝夜ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああッ!!」
「だから、呼び捨てにしてんじゃないわよ妹紅っ!!」
結局、こうなっちゃうんですよね、と鈴仙が耳を力なく垂らしてげんなりする。
竹林の方から聞こえてくる容赦無い爆音を聞きながら、永琳は立ち上がった。
「春良、来なさい」
「うぇ?お、俺ですか?」
「えぇ、私の血で作った薬をあげるわ」
「あれ?師匠、作ってあったんですか?」
「そりゃぁ、一応患者だもの。薬は用意するわよ」
「す、すいません。なんか…」
「姫のわがままも、少しはなくなるといいのだけれどね」
伏間の向こうへ消えていった永琳に、春良は慌ててついていく。
一人、部屋に残された鈴仙は、小さく笑った。
「……ふぅ…」
息を漏らして、空を見上げる。
昼頃だというのに、もう星がうっすらと見えている。
「月は見えないなぁ……」
たはは、と困ったように笑い、視線を落とす。
伏間の横から、小さな兎が顔を出した。
「……てゐ」
「レイセン、何してるウサか?」
「……何でもないわよ。ほら、仕事に戻りなさい」
立ち上がって、外へと向かう。
妹紅の炎のせいか、太陽の輝きのせいか、外は大分暖かかった。
「……動くかしら?」
一本の注射を打たれると、そこから腕がどんどん温かくなっていくのを、春良は感じた。
恐る恐る手に力を加えると、ゆっくりとその手は握られた。
「……動きます」
「そう。それは良かった」
「あ、ありがとうございます」
「礼は良いわよ。仕事だし、罪滅ぼしだから」
ぐっぱ、ぐっぱ、と久しぶりの感覚に少しわくわくしてくる。
試薬の時は、麻痺が全体にかかっているような感覚だったのだ。
「春良さん、大丈夫ですか?」
「あ、こあ……」
「え?……あぅ…」
伏間を開いてやってきたこあと目が合うと、何でか先ほどの場景が浮かんでしまう。
互いに少し顔を赤らめた後、開き直ったかのように口を開いた。
「こ、これで、神社の方へ帰れますねっ!」
「お、おぉ!そうだな!」
「一応、病み上がりなんだから、無理は駄目よ」
「は、はい!わかりました。ありがとうございました!」
こあと並んで部屋を出る。
すると、中庭に妹紅と輝夜、鈴仙とてゐの姿があった。
「……? どうかしたんですか?」
「どうもこうもしないさ。帰れなくなった」
「……え?」
「迷いの竹林が、完璧に変わってる。道が分からないんだ」
「そ、空は?」
「……いつのまにやら戻ってきてたよ」
はぁ、と盛大なため息をつく妹紅。
また、面倒なことになってきた、と春良は右手を回しながら思っていた。
ふと、鈴仙の方を見やると、鈴仙はどこか思い詰めたような顔をしていた。
「?……れいせ……」
「ちょ、ちょっとまて!もしかしてあたしはこいつとずっと居ないといけないのか!?」
「何よ、私のせいじゃないじゃない」
声を声でかき消され、仕方なく歩み寄ろうとすると、それよりも早く鈴仙は駆け出してしまった。
「……仕方がないウサねぇ…」
「なぁてゐ、鈴仙どうしたんだ?」
「んー?いやね客人?鈴仙も兎なわけウサ」
「……まぁ、見たら分かるけど…」
「兎としての生を受けたからには、月で跳ねなきゃ嘘ってもんウサ」
「…………?」
訳の分からないことだけ残して、てゐは手を頭の後ろにやると、そのままてぽてぽと歩いていってしまった。
「……いろいろ、あるんですかね…?」
「……みたいだな…」
とにもかくにも、ここにいる理由が無い以上、早く帰りたい所だが、そうはいかないらしい。
兎にも、角にも。