「この人形、面白いわね。どうやって動いてるのかしら」
「姫様、あまりいじられては……」
「ウサ。もの凄く辛そうウサ」
「…………!」
「なにかしら?話せないのは辛いわね…」
「いや、話せなくて辛いんじゃなくて、辛いから話せないんじゃぁないかしら……」
「ウサ。もの凄く辛そうウサ」
永夜の使命・壱符
「風も無し、空を飛ぶ羽虫も鳥も無しウサね」
大きな月に、2つのシルエットが写るのを、因幡てゐは永遠亭から眺めていた。
手には、お茶と饅頭が握られている。
「……全く、客人は運が良いウサねぇ」
ニヤニヤと笑いながら、ゆっくりと落ちていくシルエットを見ていると、ふと横に誰かが座った。
「……お師匠様ウサか」
「私も、一つ貰っても良いかしら?」
「どうぞどうぞウサ」
「……優曇華は、大丈夫そうね?」
「まぁ、元々深刻なものじゃ無いウサからねぇ。月の皆は、普通に笑って暮らしてるウサ。大体、ちょっと連絡が取れなくなったくらいで……」
もしゃ、と饅頭をひとかじりして、味わうように顎を動かす。
同じように饅頭をかじった永琳が、ふと呟く。
「……貴方、月に行ったことがあるの?」
「……さぁ、どうかね?わからないウサ」
「嘘もたいがいにしないと、また嘘をつかれるわよ?」
「そりゃあ怖いウサねぇ。……でも、お師匠様は、わっちを助けてくれるウサ」
分かったようなてゐの言葉に、永琳は呆れたような笑顔でため息をつく。
また饅頭をひとかじりし、呟く。
「そりゃぁ、家族だし。助けるわよ」
「はっは、わっちは本当に運が良いウサねぇ」
地上の因幡は、笑う。
だから、月のイナバも笑っているに違いない。
心の底から、そう思う。
「着地はどうするつもりだったのよ!」
「か、考えてない!」
「えぇ!?」
黒い海から、落ちる二人の兎。
じたばたと動いて空中で近づいてきた鈴仙が、困ったように言う。
「しょうがないわね…。私が飛翔して…」
「……どうした?」
「……飛べない」
妹紅の攻撃のダメージが、今になって出てきているのだろう。
泣きそうな顔で申し出てくる鈴仙の手を、強く握った。
「俺が下になるから、鈴仙は上で耐えてくれ」
「な、何言ってるの!?それなら私が下に…!」
「俺は身体強化してるし、多分大丈夫だって」
風が背に当たる。
そんな中、春良はふと思い出したように言った。
「そういや鈴仙、敬語外してくれたな」
「……こ、これは、ちょっと狂気がふれたから…。嫌なら戻すわよ…?」
「嫌……? 嬉しいから、それでいいけど」
「なっ……!?」
かぁ、と紅くなった鈴仙の顔は見ずに、春良は下を見る。
地面は、もうすぐそこだ。
「鈴仙!頑張って耐えろよ!」
ぐっ、と体に力を入れた瞬間。
春良の体が、浮いた。
「……お疲れ様です。春良さん」
「こあ!」
ばっさばっさと羽を羽ばたかせてこあくまが春良と鈴仙の手を取ってくれていた。
「で?どうだったんだ?」
「今になって自分がどれだけ馬鹿な事言ってたかが分かってきました…」
「当たり前じゃない…」
「春良さん。また無理してたんですか?」
竹林を歩く四人。
妹紅、春良、鈴仙、こあくまは結局ほとんど何もしないままに永遠亭へと帰ろうとしていた。
「だが、やって良かっただろう?」
「…………まぁ…」
ぼそ、と呟く鈴仙に、春良は自然と笑みをこぼす。
これで、少しでも解決したなら、本当に良かった。
「竹林中の変な気も、消えてますね」
「その気が、この兎の力だったんだよ」
「そ、そうだったんですか?……凄いですね、こんなに広範囲に力を広げるなんて…」
「ご、ごめんなさい。私のせいで…」
いえいえ、と手を振るこあくまを見て、鈴仙はふと空を見上げた。
黒い海の中で小さく存在する月に、あんな銃弾が届くはずはない。
しかし、それでも、
「届いたのかな……」
「届いたに決まってるだろ?こんなに頑張ったんだしな」
「……そうね」
「れ、鈴仙!なんで泣いてるんだ!?」
ぽろ、と涙がこぼれる。
あの時の、憎悪の涙とは違う。
分かってくれる人がいる嬉しさ。
「……あり、がとう…」
ぽつ、と呟いた声は、他の皆には聞こえなかったのか、まだ自分の事を心配してきていた。
自分の思いが、皆の頑張りが、月に届かんことを。
切に、願った。
「お疲れ様、春良」
「永琳さん…」
「師匠、すいませんでした…」
永遠亭の一室。
これでもかと言うほどに全員(バカの子を抜いた)集まった部屋の中、にっこりと永琳は笑う。
「……優曇華、すっきり、したかしら?」
「……はいっ!」
「そう。なら、軽いお仕置きだけにしてあげるわ」
「え、えぇっ!?」
すっくと立ち上がり、鈴仙の首根っこをつかむと、永琳はそのまま別室へと消えた。
残されたのは、蓬莱人二人、嘘つき、人形、悪魔、外来人だ。
「……なんで、まだ貴方がいるのかしら?」
「なんだ。身内を救ったあたしに向かって、随分とな言い草だな」
「…………」
無言で、輝夜はお茶をすすると、ふと、呟く。
「…………ぅ…」
「あ?なんだって?働かないと声も小さくなるのか?」
「……ありがとう、妹紅…」
「……へぁ?」
からかう顔から、一変して訳の分からない顔。
冷や汗を垂らして、妹紅はちゃぶ台を乗り越して輝夜の顔を覗いた。
「な、なんだって?お、お前、お前が……ありがとう…?」
「何よ。いいじゃない、お礼くらい…」
おお、これは面白い。
わくわくするような蓬莱人以外の視線が二人を囲む。
「ど、どうしたんだ?なんか悪い物でも食べたのか?」
「う、五月蠅いわね!これだから貴方は嫌いなのよ!」
「なっ…!嫌いとはなんだ!あたしはただ心配して…!」
「それが嫌だって言ってるのよ!ばか、ばーっか!」
「馬鹿言うな!なんだ、心配して損した!」
がたん、と立ち上がった妹紅は、外へと歩みを進めていく。
靴を履いて外へ出たかと思うと、ふとこちらを振り向いて、
「あたしの雪辱は消えてない。また来るからな!」
「来なくて良いわよ!べーっだ!」
舌を出して吠える彼女に、彼女はまた怒った様子で吠え、去っていく。
そんなやりとりが、微笑ましくて春良はつい笑ってしまった。
「どうしたんですか?春良さん」
「……いや、なんか懐かしくてさ」
「懐かしい、ですか?」
再度聞いてくるこあくまに、違和感を感じながらも春良は声を返す。
違和感の正体も、気にせずに、
「こう、嫌いなんだけど、嫌いじゃないみたいな、そんな友達が懐かしくて」
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