「ぁ……?」
まただ。
また、あの感覚だ。
「春良さん?……春良さん!?」
「…………!!」
座ったまま横に倒れる春良の体を、こあくまと上海が揺する。
輝夜は慌て、てゐは素速く立ち上がって別室へと走った。
「…………っ」
この、頭が直接揺さぶられる感覚。
紅魔館の時と同じ感覚。
「お師匠、こっちウサ!」
「は、春良っ!?」
「……っ。優曇華、足持ちなさい。治療室に運ぶわよ」
「は、はい!」
ふわ、と自分の体が浮き上がる感覚。
違和感の正体が、ようやくはっきりと分かった。
(……まぁ、気づいてたよ…)
ある言葉、あることに関することを言うたびに、頭を揺さぶられる。
何いってんだよお前、と頭を殴られたようなそんな感じ。
「春良さん、しっかりしてください!」
「え、永琳。私はなにすればいい…?」
「姫様はお湯を持ってきてください。てゐ、貴方は私と来なさい」
「……幸運が、必要ウサか?」
「……保険よ。心配することはないわ」
周りの心配する声に、罪悪感を覚えた次の瞬間には、春良は意識を手放してしまった。
「目が、覚めたかしら?」
取り戻した意識と同時に、声が春良に降りかかる。
横になっている体で、顔だけを声の方に向けた。
「……はい」
「どこか、おかしい所はない?」
「…………」
手、足、動く。
五体満足で、視界も良好、頭もばっちり冴えている。
ただ一つだけ、おかしい所はあったが、それを言う必要は多分ない。
「……はい。大丈夫です。ありがとうござい……」
「『本当』に?」
「…………っ?」
永琳の瞳が、春良を貫く。
あまりに真っ直ぐな視線は、どうにも慣れない。
「ど、どういう意味ですか…?」
きょどりながらも、平静を装って問うと、永琳は悲しそうな顔で呟く。
「貴方のお友達は、別室にいるわ。この部屋には私と貴方だけ」
「……?」
「だから、誰にも話を聞かれることはない。その上で聞くわね?」
「……はぁ…」
あまりにぶれない視線は、恐らく自分の全てを見透かしている。
そう言う人なのだ。
だから、きっとこの人の言うことは、
「――――貴方、現代の記憶がないんでしょう?」
きっと、全て正しいのだ。
「――ッ!!」
声が、詰まる。
冷や汗だけが、今の春良の肌の感覚だった。
『思い出』。
存在しないそれを無意識に語る時。春良の頭は大きく揺さぶられていたのだ。
「……ど、どうして急に、そんなことを…」
「医者を舐めないで欲しいわね。医は仁術、患者の事を知るのが最も大切なのよ」
「でも、な、なんで、そう思ったんですか…?」
そうね、と一息つくとただ一言、ぽつりとこぼす。
「違和感、かしら」
「違和感……」
「蓬莱人だからかしら、永い記憶をもつと、短い記憶の貴方に、違和感を感じてしまうのよ」
「お、俺は記憶喪失じゃありません!」
こうして怒鳴ることは、ほとんど誤魔化しているだけだというのが誰にでも分かる。
その上で、永琳は静かに続けた。
「外来人の中では、めずらしい事では無いわ。むしろ、外界の事を覚えている方が稀有なケースね」
「…………っ!」
まずい。
これは、恐らく他の人たちに伝わる。
こんな事を聞かせては、守矢の人々や今までに関わってきた人全てに迷惑をかけてしまう。
同情か、哀れみか、今まで通りでいられるはずがない。
そんな思いから、黙り込んでいると、永琳は優しく微笑んで言った。
「心配しなくても、他の人に言ったりはしないわよ」
「……え?」
「言ったでしょう?医は仁術。患者の嫌がる事は決してしない」
にっこりと笑う永琳に、思わず涙がこぼれそうになる。
嘘ではない。
とても、立派な薬師だと、春良は心の奥から感じていた。
「さて、それじゃぁ今後の話ね」
「今後…?」
「貴方の記憶を、取り戻す話よ」
まぁ、とその言葉に続けて永琳は息を吸う。
「幻想郷に当てられて記憶を失ったのなら、逆に外界へ戻れば記憶は戻ると思うわ」
「……はぁ」
「それで、貴方の使命ね」
「し、使命の事も知ってるんですか!?」
がた、とベッドから乗り出して永琳の顔を覗くと、永琳は若干離れて呟いた。
「紅魔館の主と、白玉楼の主から、聞かされたのよ」
「レミリアさんと、幽々子さんが…?」
「えぇ、協力してあげてとね。あの二人も、貴方の記憶喪失には気づいていたわよ」
「……そう、だったんですか」
ふぅ、と息を吐くと同時に、優しさを感じる。
とても、暖かい優しさだ。
「それで?……どうするのかしら?」
「……今まで通り、ですよ。皆といれるここが好きですし。のんびり、進んで行けたらと思ってます」
「……いつか、離れるのは、分かっているのよね?」
目を瞑って笑みを作りながら、永琳は春良に問う。
その問いに、春良は一瞬止まるも、更なる笑顔で答える。
「……はい。それも、必要な事だと思いますから」
「……随分と大人な意見ね」
「正直、ずっとこっちに居たいですよ。……記憶が無いからでしょうね、こっちの世界が楽しくてたまらないんです」
「……そう。じゃぁ、もう私が言うことはないわ」
行きなさい、と背を向けた永琳に、ベッドから降りて一礼をし、ふすまを開ける。
すると、
「あ、目が覚めたんですね!春良さん!」
「……っ!?」
目の前に、こあくまがいた。
今の話を聞かれてしまったのかと、春良と永琳の体が一瞬強張るが、こあくまはにっこりと笑って、
「本当に良かったです。また長い間目を覚まさないかと…」
「そういや、俺どのくらい…?」
「半日、ですね今ちょうどお昼時ですから」
にっこりと笑うこあくま。
どうやら、聞かれてはいなかったようだ。
「……それじゃ、俺行きますね」
「えぇ。頑張りなさい」
こあくまの横に並び、永琳に一礼すると、春良達はまた歩き出す。
そして、ふと右腕を見る。
「……使命、ですか?」
「ん。染まってないな、と思ってさ」
かける言葉をなくすこあくまの向こう側から、駆けてくる人影が一つ。
「……春良!」
「あ、鈴仙。……もう、大丈夫か?」
「そのままそっくり返すわ。私は大丈夫」
そっか、と笑う春良と鈴仙に、こあくまは少し不安を覚える。
そして、そんなこあくまを置いて、少しためらうように鈴仙は呟く。
「……本当に、ありがとう」
「こちらこそ。っていうか、実質なにも出来なかったけどな」
「そ、そんなことない。私は……」
「レイセン!どこに居るウサ!?」
突如、鈴仙が来た道からてゐが顔を出す。
てゐはレイセンを見つけるなり、ずかずかと近づいて、その手を握った。
「な、何?どうしたの?」
「いいから、外に来るウサ!」
「……俺達も行こう、こあ」
「は、はい…」
なにかしら大変なことが起きたのかも知れない。
そう思いながら、そうでないことを願いながら、春良達は廊下を駆けた。