「阿求、いるか!」
門から慧音が叫ぶ。
大きな屋鋪で声が聞こえるのだろうか、と心配したが、どうやら聞こえるらしい。
ドタドタと忙しそうな足音がしてきた。
「は、はい。ありがとうございま……」
「こちらは戌井春良。外来人だ。巻物運びを手伝ってくれた」
「ほ、ほんとうですか?ありがとうございます」
ぺこ、と一礼する子は、一言で言うと幼かった。
見た目の年齢は、諏訪子と変わりないだろうか。
「春良。こちらは稗田阿求、幻想郷の記憶とも呼ばれる人物だ」
「宜しくお願いします、戌井さん」
「ん、よろしく」
着物を着て、切りそろえられた短髪を揺らし、稗田阿求(ヒエダ ノ アキュウ)は春良の目の前まで来た。
「重かったでしょう?」
「え?いや、全然大丈夫だったぞ」
「いえいえ、ここからは私に任せて……」
ぽろ、と巻物が一巻き落ちる。
それを拾おうと屈んだ阿求の巻物は、見事に全てが転がっていった。
「あ、あぁぁ!」
「……春良」
「あ、はい…?」
まって、まって、と巻物を追いかけていく阿求を見ながら、慧音が言う。
「阿求は頑張りやなんだが、見ての通りだから……、目を離さないでやってくれ」
「はぁ……」
「……あぅっ…」
ぺたん、と巻物を踏んで転ぶ阿求は、やはり見た目通りの幼さだった。
「ほ、本当に、すいません…」
「いや、まぁ、大丈夫だからさ」
上海と一緒に拾うのを手伝い、今は阿求の部屋にいる。
何というか、殺風景な和室だ。
「……その巻物、中に何が書いてあるんだ?」
「あ、これですか?」
ピラミッドの様に詰まれた巻物を指さすと、阿求はその頂点を取り、広げた。
「病に効く薬草の記述です」
「……体、悪いのか?」
「あぁいえっ!私じゃありませんよ?」
と言うことは、誰かの体が悪い。
それを把握した春良が、口を出せないはずがなかった。
「じゃあ、誰が?」
「私の、友達です…」
「友達か…」
「はい。いつも、あまり外へ行けない私に、いろんな世界を見せてくれるんです」
ぱっ、と顔を上げて笑顔で話し始める阿求に、ふと笑みがこぼれる。
そして、同時に羨ましくも思った。
「何か手伝えること、あるか?」
また始まった。
春良のおせっかいぶりをいつも近くで見ている上海は、そう思いつつ頭を押さえた。
そして同時に、そう言うところが好きなんだと自分で思ってしまい、顔が紅潮してしまう。
「いえ、大丈夫ですよ。薬草は友達の所から近い所にありますから、私が取りに行けます」
「……そか、頑張れよ」
「はい!……あ」
ふと、何かに気づいたように阿求が口を開く。
どうした?と春良が聞くと、慌てて阿求は立ち上がって、
「お、お客に何もだしてませんでした!すいません、今もってきます!」
「お、おかまいなく!」
「最近、紅茶にハマってるんですよ。楽しみにしてて下さい!」
「き、気をつけろよ!」
はーい!と元気よく廊下を走って消えた阿求だったが、何度かどたん、と床に倒れる音が聞こえた。
「……なんというか、心配な子だな…」
春良は紅茶のことが良くわからないが、それから紅茶が運ばれてきたのは相当の時間後だった。
頭やら何やらが少し赤くなってしまっていたが、口は出さないでおいた。
「……美味しい…」
「本当ですか?良かったぁ…」
吃驚だ。
正直どんな飲み物が出てくるか不安だったが、普通に美味しい紅茶だった。
「私の前の私が、紅茶好きだったんですよ」
「……ふぅん…。…………え?」
なにやら良く分からない言葉が聞こえた。
「……『私の前の私』?」
「はい。あ、言ってませんでしたね」
「何を?」
「稗田家は、幻想郷の記述を収めておくため、転生を繰り返す家系なんです」
「……え?」
「私は阿『求』、九代目の稗田です」
一生を送り、また次の一生を迎える。
それを、何度も繰り返している少女が、目の前に居た。
「つまり、転生し続けて、幻想郷の事をずっと覚えていくのか?」
「記憶はほとんど引き継がれないんです。だから、こうして本に残しているわけですね」
本棚から一冊、本を取り出す。
『幻想郷縁起』、そう書かれた本をぱらぱらと捲って、畳の上に置いた。
「30歳まで生きられるかも分かりませんね。しかも、転生の準備もしないといけないから、ほとんど動けないんですよ?」
「…………」
何故、そうも綺麗に笑えるのか、春良には分からなかった。
記憶がない。
つまり自分とほとんど一緒である上、寿命も恐ろしく短い。
何故、目の前の少女が笑顔なのか、春良には分からない。
「…………なぁ、阿求…」
「……はい?なんでしょう?」
「辛く、ないのか?」
友達も、転生してしまったらまた零からのスタートになるわけであって。
しかも、それすら短い期間では難しい。
「……戌井さんみたいな方がたくさんいますから、辛いなんて思わせてくれませんね」
にっこりと笑う阿求に、息を呑む。
いつか、自分もこんな風に生きれたら。
そう、思っていた。
「邪魔するよっ!」
不意に伏間が勢い良く開かれた。
スパンッ、と子気味の良い音を鳴らしたのは、ついさっき見た鬼だった。
「えと、伊吹、だっけ?」
「萃香でいいよ。よそよそしいのは嫌いだからさ」
にっ、とこちらの笑いはなんだかこちらも笑顔にさせられそうな笑みだ。
「伊吹さん、どうかしましたか?」
「いやね、ちょっと顔が見たくなっただけなんだけどね。たまには宴会来ないかい?」
「すいません。機会があれば、是非」
二人が知り合いだった、ということを知った春良は、どこかのけ者にされた気分だった。
それを言うと、上海はずっとのけ者だが。