「『やぁ、萃香。面白いことしてるじゃないか』」
「勇儀!なんで人間の体に…!?」
二本の角が、一本の真っ直ぐな角に変わっている。
明らかに春良でない春良は、そのまま口をつむぐ。
「『私は今地底にいるんだけどね、酒はいいけど喧嘩がない。退屈なのさ』」
「……へぇ、私もだよ、奇遇だね」
萃香は、瓢箪を取り出して春良の口へ傾ける。
春良が酒を少し飲んだかと思うと、次は春良が萃香へと瓢箪を傾けた。
「『四天王だなんて言われてた頃がなつかしいねぇ』」
「お?私はまだまだ現役なんだけどなぁ?」
「『冗談。それなら私は黄金時代だ』」
「……そんじゃ…、試してみようか?」
「『……そうだねぇ…、鬼の礼儀は?』」
春良の言葉に、萃香は少し笑って答える。
互いに手を挙げ、
叩きつける。
「「『まず喧嘩から!!』」」
今までの比ではない。
あり得ないほどの轟音と共に、どこかで山が崩れた音が聞こえてきた。
「お前の怪力乱神、見るのは久しぶりだね!星熊勇儀!」
「『あんたの萃める力も久しぶりだよ!伊吹萃香!』」
本物の鬼が。
笑ってぶつかり合った。
「……わ、訳がわかりませんよ、これ…」
ただの喧嘩のはずだ。
そう、一言で言えば、喧嘩なのだ。
「……文さん。これで、遊びなんでしょうか…」
「……さぁ…」
ワンハンドシェイクデスマッチなるものを知っているだろうか。
互いに利き腕と逆の手で握りあい、もう片方の手で相手を殴り続けるという決闘方法だ。
「どうしたのさ勇儀ぃ!酒の飲み過ぎで弱くなったんじゃないの!?」
「『あんたに言われたくないねぇ!毛ほども痛くないさ!』」
顔を殴れば、波動が岩を吹き飛ばす。
その時に踏ん張った脚だけで、地形が変わりそうになっていた。
加えて、
「あ、文さん。……見えますか?」
「……なんとか、だけど…」
殴る速度が半端じゃない。
一秒間に何発だとかそういう次元ですらないのだ。
一瞬に何発、そんな鍛えられたものでしか目で追えない『喧嘩』を繰り広げていた。
「『そろそろ行くよ!』」
ばっ、と互いに離れ、符を掲げる。
(――あ、やばいですね、これ)
反射的に、射命丸も符を取り出した。
「『四天王奥義……』」
「ちょっとは周りのことも考えてくださいよ……っ!」
射命丸は符に力を溜め、それら全てを防御に回すべく、風を自分達の周りに集めた。
最も、これで足りるとは微塵も思えないが、やらないよりはましだと思う。
「『……壱』」
一歩、勇儀が足を踏み出すと、弾幕が勇儀の周りに出現する。
「『……弐』」
「……風神!」
「……疎符」
弐歩目で更に弾幕は厚くなり、全員が符を掲げる。
攻撃の瞬間を物語るその行動の後、嵐が起きた。
「『……『三歩必殺』!』」
「『風神木の葉隠れ』!」
「『六里霧中』!」
三歩目を踏み出した瞬間、意味不明な爆発の様な波が勇儀からほとばしる。
なんとかそれに耐えるべく、射命丸は風と木の葉で上海、阿求、そして自分の体を包み込んだ。
そして、萃香は、
「『……あぁ。あんた、そういう力もあったっけねぇ』」
自分自身を能力で霧に変えた萃香は、勇儀の背後で体を萃めて実体化させる。
完全に背後、完全に王手のその状況の中、萃香は全くの手加減無しに符を掲げた。
「鬼符『大江山悉皆殺し』」
「『……っ!』」
背後の萃香へと一瞬で手を伸ばし、攻撃を制しようとするが、萃香はそれを首の動きだけでかわす。
「『萃香……ッ!』」
「一気に行くよ!勇儀!!」
がし、と萃香の両手が勇儀の体を掴む。
そして、跳んだ。
「『……ッ!』」
ゴッ!と掴まれたまま地面に叩きつけられる。
地面が割れ、地震とも言える揺れが妖怪の山に響く。
しかし、それでもまだ終わらない。
「…………ふっ!」
再度、地面にクレーターを作る。
そして三度目、今までと比べものにならないほどに、
「――――!」
跳んだ。
阿求達にも見えなくなるほどの速度で、遥かな高みへと鬼が跳ぶ。
そして、重力という物に従い、それは隕石の様に降ってきた。
「っだぁぁぁぁぁあああああああああああッッ!!」
「『かっ……!』」
地面をことごとく破壊し、その中心に鬼が二人。
片方の鬼は、倒れたまま動こうとはしなかった。
「『……萃香、もうちょっと手加減しなよ』」
「したさー。少なくとも山が壊れないくらいには」
倒れたままの勇儀に、萃香が歩み寄る。
そして、糸が切れたかのようにその場に座り込んだ。
「『……この人間は壊れてもいいのかい?』」
「……あ」
「『まぁ、多分大丈夫だろう。一応私も防御はしたし』」
「後で謝るかなぁ…」
そうしなよ。と破片をぱらぱらと払いながら勇儀が立ち上がる。
座ったままの萃香の瓢箪を取り、おもむろに酒を口にした。
「『まぁ、久々に喧嘩したし、楽しかったよ』」
「……勇儀、お前もしかして…」
「『……人間の体で本気出せる訳がないだろう?』」
「…………はぁ…」
「『お前さんも本気じゃなかったんだ。おあいこってやつさ』」
瓢箪を萃香に返すと、勇儀はすぅ、と息を吸った。
「『地上の空気は、美味いねぇ』」
「また、きなよ。今度は自分でさ」
「『あぁ…、考えておくかな』」
その言葉を合図にしたかのように、勇儀が、春良が倒れる。
「ほんと、……勝手なのは全く変わってないなぁ…」
その言葉を合図にして、今度は萃香が倒れる。
鬼の喧嘩が、幕を下ろした瞬間だった。