「な、なんとか…。阿求も上海も、心配かけて悪かったな」
「あやや、本当に死んだかと思いましたよ」
「いやぁ、ごめんね。ちょっとばかり楽しくなっちゃってさ」
「ちゃんと謝ってください!戌井さんは大変な役だったんですよ!」
「お、おぉ…?阿求、なんでそんなに怒って…?」
「ふぇ…?え、あ、違、これは、そのっ…!」
「春良さん、春良さん」
「な、何ですか?射命丸さん」
「今なら、春良さんの能力で阿求の力も使えるんじゃないですか?」
「あ、文さんっ!どうしてそんなこと言うんですかぁっ!」
萃夢の使命・壱符
『お詫びと言っちゃぁなんだけど、良い物を見せてあげるよ』
そんな萃香の申し出の元、妖怪の山から帰ってきた春良達は、稗田家の縁側にいた。
達といっても、阿求と萃香、上海と春良だけだが。
「射命丸さん、大丈夫なのかな」
「何はともあれ、ただ喧嘩して負けただけですから。幻想郷は、そう言うところなんですよ」
「へぇ…」
つまり、何があってもわだかまりができることはない。
いわゆる遊びだから。
つくづくここは良いところだな、と春良は感じていた。
「上海、眠いか?」
隣で頭をこっくりこっくりと傾かせる上海の頭を撫でると、上海は驚いたように首を振った。
「無理しなくていいぞ、ほら」
上海を膝の上に寝かせると、すぐに起きあがる。
そして、ふと浮き上がったかと思うと、
「…………っ…?」
ちゅ、と小さな水音が聞こえた。
頬に小さく口づけた上海は、赤い顔を隠すように春良の膝の上で丸くなった。
「……す、好かれているんですね…?」
「あ、あぁ!そうなんだよ!困りものだよなぁ…!」
隣でもろに見ていた阿求の気遣いは、逆に恥ずかしいだけだ。
「そ、そういえば萃香は?さっきからいないけど…」
「い、伊吹さんなら、準備があるとかでまだ帰ってきてませんね」
「へ、へぇ…。楽しみだなぁ…」
「はい……」
日も落ちかけて、辺りは夕焼け色に染まりつつある。
そんななか、気まずい雰囲気が春良達の周りにあった。
(……戌井さん。外来人なんですよね…)
ふと、その横顔を眺める。
(向こうに、許嫁とかいたんでしょうか…?)
いて欲しくないな。
そんな嫌なことを考えてしまった自分に、ぶんぶんと首を振る。
「い、戌井さんは、向こうに仲の良い友達はいたんですか…?」
「え…?」
その質問は、春良にとって禁止の質問だ。
記憶が無い春良は、どう答えて良いのかも、わからない。
「わ、わからない、かな…」
「そ、そう、ですか…」
遠回しに聞いていこうと思っていた阿求の作戦が崩れる。
そして、阿求は最もしてはいけないことを考えた。
(私の力なら…)
求聞持の能力。
忘れることのない記憶能力と、もう一つ、誰にも教えてはいない力。
記録を読み取る力。
いつもは本などを速読したいときにしか使わない力だ。
(す、少し、少しだけ、想い出を覗くだけです…)
そっ…、と手を小さく春良の頭へ伸ばす。
顔を朱くした春良は、その手に気づかない。
(……し、失礼しますっ…!)
その手で軽く触れた直後、阿求は春良の想い出へとダイブする。
しかし、その先で見たものは。
「…………っ!?」
「あ、阿求!?」
ガタン、と阿求の体が崩れ落ちる。
何事かと心配した春良が、息の荒い阿求の体を掴む。
「……はっ……はぁっ…!?」
『何だあれは』。
暗くて、深い、終わりの見えない穴が、広がっていた。
虚無。
想い出なんて物は、欠片も見つからなかった。
「阿求!しっかりしろ!」
『……辛く、ないか?』
あの時の春良の言葉の意味が、ようやく理解できた。
阿求は、怖かった。
自分も前世の記憶はあまりないが、欠片くらいはある。
初代からずっと、ほんの小さな破片だが、受け継がれているのだ。
「……い、いぬ、ぃ……さん…」
「阿求、大丈夫か…?」
一体、この人はこの虚無を、どうやって受け入れたのだろう。
記憶が無いということは、自分の存在を否定されているのと同じだ。
阿求は、自分がそうなるのが、怖かった。
「……ぅぐっ……えぐ…っ…」
ぼろぼろと涙がこぼれてくる。
何て馬鹿なことを聞いたのだろう。
何て馬鹿なことをしてしまったのだろう。
後悔するのが、死ぬほど遅い。
「ごめ……ごめ、…なさぃ…!」
「大丈夫、大丈夫だから。ゆっくりでいい」
涙を流す阿求を春良は優しく撫でた。
自分が大丈夫ではないのに、なぜ他人を心配するのか。
「……ぅぁ…ぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁん…!」
頭は、その理由を必死に考えようとしていても、体は涙を流すだけだった。
正直どうしていいか分からない春良が困っていると、助っ人が現れた。
「あれ?なんで阿求が泣いてるのさ」
鬼が、何かをたくさん抱えてやってきた。
「わ、わからないんだ…」
「ふぅん?ま、あんまし阿求を虐めると、私がお前を虐めるからね」
「肝に銘じておきます…」
泣きながらすがりついてくる阿求を撫でつつ、萃香に視線を向ける。
「……それ、なんだ?」
「へっへっへぇ。ま、見てなよ」
ばっ、と萃香がバンザイをして何かをばらまく。
すると、
「おぉ……!」
「綺麗だろう?これ、私の一発芸でね」
星だ。
爛々と輝く小さな星が、まるでホタルの大群のように辺りで輝いている。
「あ、阿求!これ見てみろよ!」
「ぅぇ…?」
阿求を揺さぶり、顔を外へと向ける。
「…………わぁ……!」
「凄いよな…」
「ま、ただ私は星の輝きを萃めただけなんだけどね」
春良の隣に座り、酒を飲み出す萃香。
星見酒、と言った所だろうか。
「どうだい?人間」
「あぁ、鬼って、凄いんだな」
「まだまだこんなもんじゃないよ。その気になれば月だって壊してみせる」
「いや、それは勘弁」
あっはっは、とまた酒を飲む萃香の隣の春良。
更に隣の阿求は、輝く瞳で輝く星を眺めていた。