「阿求、もう大丈夫か?」
そう尋ねると、阿求は体を震わせた後、すぐに涙を拭って春良に笑顔を届けた。
「……は、はい。すいませんでした」
「大丈夫ならいいって、気にするなよ」
いつもと変わらぬ笑顔の春良を見て、阿求はあることに気づく。
そして、間髪入れずに、阿求は春良の耳へと口を寄せ、
「……戌井さん。記憶がないんですよね…?」
「……なっ…!?」
突然の言葉に、春良の体が硬直する。
膝の上の上海には聞こえてはないらしい。
ひそひそ話のせいか、それとも寝ているのか。
「……すいません。少し、記憶を覗いてしまいました」
「――っ…」
「……すいません…」
「……いんや、気にしなくて良いって、さっき言っただろ?」
「……でも…」
困ったように笑う春良に、阿求の口が濁る。
ここで止まってはいけない。
言うべきことがあるのだ。
「戌井さんは、幻想郷に来るまでの記憶がないんですよね?」
「……まぁ、そうだな」
「おかしいんです」
「……え?」
急に変わった声色に、春良の目が細くなる。
そんな様子の春良から、阿求は目を逸らすことなく、続ける。
「……何も、なかったんです。春良さんの想い出と言える証が」
「だから、記憶がないからだろ…?」
「『幻想郷での想い出』も見えなかったんです」
「……幻想郷…、ここに来てからの記憶か…?」
はい、と阿求が一つ頷く。
「けど、俺はこうして幻想郷のことを覚えてるけど」
「……考えられるのは、誰かが春良さんの記憶に細工をしている、と言うことです」
「誰か、か…」
「流石にそこまでは分かりませんけど……。どちらにしろ、相当な力を持つ人だということです」
相当な、力。
何のために、何故春良を。
色々な疑問がが出るが、一つ前に進めたことには違いない。
春良は、小さな笑みを作った。
「ありがとう、阿求」
「……怒らないんですね、やっぱり」
「そりゃな。希望が少し見つかったんだ」
目の前に浮かぶ星を手に取る。
手の中で輝くそれは、今自分が手に入れた希望に見えた。
「……だから、ずるいんですよ。戌井さんは」
「……なんでだろうな。よく言われる」
互いに少し笑い、そう言えば、と萃香を探すと、
「……話は終わったっ!?」
「ぅおう!?」
目の前に霧が集まったかと思うと、霧が萃香に姿を変えた。
「き、聞いてたのか?」
「まぁ、聞いてたけど」
「正直だなぁ…」
「嫌いだからね、嘘」
あっはっは、と笑う萃香にため息を一つ。
何となく、萃香なら聞かれても大丈夫だろうと思えていた。
(……というか、最近ばれすぎじゃないか…?)
本当に、隠し事というものは一度崩れると早い。
せめて、守矢の人々、上海やこあくまには悟られないようにしなければ、と心に決める春良だった。
「残念だけど、私の力でも集められないね」
「記憶なんて曖昧な物、どうやって集めるんだ…」
「いや?できるんだけど、なんか誰かが邪魔してくるんだよね」
「記憶隠蔽の犯人でしょうか…」
「さ、そこまではわからないかなっと」
ぴょん、と弾んで萃香が春良の隣にこしかける。
「……悪いな、気を使わせて」
「いいっていいって、今度酒でも酌み交わしてくれれば」
「……未成年だって」
幻想郷じゃ関係ないさ、と萃香が星をまた一つ集める。
その姿に、春良は言う。
「そのかわりと言ってはなんだけど…」
「お?なんだい?」
「阿求、ちょっと」
「……はい?」
耳打ちするように阿求に声をかけ、離れる。
少し考えた後、阿求は今までにない笑顔を見せた。
「いいですね、それ!」
「だろ?」
「な、なんだって言うのさ、面白いこと?」
その萃香の言葉に春良と阿求が、にやぁと笑う。
眠っていた上海を起こしながら、二人同時に口を紡いだ。
「『異変』、起こさないか?」
「『異変』を起こしましょう!」
「…………え?」
とぼけた鬼の声が、夕方の空に響いた。
「また久しぶりね、貴方に集められるのも」
夜の博麗神社。
巫女、博麗霊夢は疲れたように、されど呆れてはいないようにお茶をすすった。
「最近、宴会が少ないんだよ」
「私もそう思ってたぜ」
神社の境内にござを敷き、数々の者達が酒を飲み交わしていた。
「……紅魔館のパーティーを思い出すなぁ」
少し外れた所で、春良が呟く。
提灯の明かりがほのかに輝き、儚い祭りの様な雰囲気だ。
「さぁさ、鬼と神の飲み比べウサ!賭け金はわっちに渡して渡して!」
「お、鬼さんに一票です」
「神奈子様、頑張ってください!」
「神奈子ぉ!負けたら許さないからね!」
「任せときなぁ!」
『萃められた』守矢の人々、こあくまもいる。
永遠亭の人々も、そんじょそこらで酒を飲んでは騒いでいるのが見受けられた。
「…………?」
春良の肩で、上海が不安そうに春良を見つめた。
「ん?俺は未成年だから、お酒飲めないんだよ」
「……?」
頭を撫でるが、恐らく未成年が酒を飲めない理由が上海にはわからないのだろう。
終始頭上にハテナマークが浮かんでいた。