「そう言うこと、さっさと帰りなさい。見るのはいいけど、邪魔よ」
「す、すいません…」
笑顔の下に隠された激しい剣幕に押された春良は一歩引く。
「しょうがないですよ、春良さん。また別の場所を探しましょう」
「……まぁ、それしかないか」
「戌井春良。帰るの?」
「そうだな。いても迷惑なだけみたいだし」
「わっ……」
メディスンの口が開いて、固まる。
何かを言おうとしているのだが、何かの理由で少しためらってしまっているようだ。
が、それを乗り越えたのか、再びメディスンは息を吸って、
「わ、私は、迷惑じゃないわよっ!?」
「え?」
吠えて、また固まった。
あぅあぅと顔を振って矢継ぎ早にメディスンが声を上げる。
「だ、だから、もうちょっとくらいここにいても…。な、なんだったら、ちょっと案内してあげよっか…?」
「んー…、そうだなぁ…」
みるみる内に紅く染まっていくメディスンの顔を見ていると、こあくまが袖を引っ張ってきた。
「は、春良さん!帰りましょう!?す、諏訪子さん達も待ってることですし!」
「…………!!」
ものすごく帰宅を促すこあくまと、それに賛同するかのように激しく頷く上海。
勿論、春良にとって意味の分からない行動ではあったが、そこは女の子の間で何かあるのだろう。
「……や。せっかく来たんだし、少しくらい案内してもらうかな」
「そ、そう?」
「……あぁ…」
本当か確かめるように首をかしげるメディスン。
上海とこあくまが春良の後ろでうなだれるが、勿論気づきはしない。
「……それじゃ、あっちが向日葵畑で…」
そう言いつつ歩いていくメディスンに三人でついて行く。
「どれも大きいか綺麗かがあるな」
「風見の花だからね。それくらいするのよ」
「……好きなんだな」
「……そうみたいね」
遠くで日傘をさしながら花を撫でる幽香を見つめる。
いつしかの恐怖はない、とても優しさに満ちた顔だ。
「それにしても、幽香さんはなんでここに?」
「……さぁ?私は知らないよ」
「じゃぁ、メディスンはなんで手伝ってるんだ?」
「……え?」
少し考えるように顎にてを当ててメディスンは自分の腕を春良の前につきだした。
「耳、ここにつけて」
「……おう…?」
言われるがままに二の腕に耳をつける。
そして、メディスンがもう片方の手で小さく腕を叩いた。
コツ。
「……ん?」
肌で肌を叩いた音では無い。
プラスチックの箱を叩いたような、簡素な音が春良の耳に届いた。
「私、人形なの」
「人形!?」
顔を離して上海を見る。
大きさが全く違うではないか。
「鈴蘭畑に捨てられて、捨てた人間への恨みと鈴蘭の毒で、半妖怪化したの」
「そ、そうか…」
「鈴蘭の毒で動いてたから、怖くてろくに別の世界を知らなかったんだけど、ある日風見が来て」
頭につけた鈴蘭の簪(かんざし)をいじりながら、メディスンは呟くように語る。
「『綺麗な花ね。聞いたけど、貴方はこの花から生を受けたんですって?』って鈴蘭の毒も気にしないでずかずか入ってきて」
「……何かとすごい人だなぁ…」
「『もっと別の花を見たくはないかしら?』ってね、この簪をくれたんだ」
もう一度、簪を手でいじると、綺麗だよね、と嬉しそうに微笑んだ。
「その簪は、鈴蘭の毒を詰め込んであるわ、メディスンがつければ、それだけで何百年も生きれるわよ」
「へぇ…。って、幽香さん!?」
「私の名前が聞こえたから、気になって。……ま、私は雑用係がほしかっただけよ」
「まぁ、そういうことにしておくわよー」
にこにこと嬉しそうなメディスンと若干だが顔を紅くした幽香の視線が交わる。
微笑ましい空気だが、それを口にする気にはなれなかった。
「花妖怪、ここにいるかい?」
声のした方を向くと、この前見たばかりの女性、小野塚小町が鎌をもって現れた。
「何?もう種は渡したはずだけど、枯らしたって言うのなら、容赦はしないわよ?」
「おぅおぅ、おっかないね。でも違うよ、映姫様がもうすぐ台風だって言ってから、気になってね」
「……台風、ねぇ」
「そう。花はどうしたらいいかと思ってね」
「自分で守りなさい」
「そう言うとは思ってたけどさぁ…」
ひゅんっ、と鎌を回して空いた手を額に当てる小町。
ツンツンした幽香の態度に困っているようだ。
「……そうだ、そこのお前」
「は、はい?」
油断していたせいで、鎌を向けられた春良の声が上ずる。
そんな春良に気にせず、小町は続けた。
「人間で眼鏡で、人形と悪魔を連れる者。『面解屋』ってのはアンタだろう?」
「そ、そうですけど…」
嫌な予感がする。
そして、大抵だが、『予感』というのは的中する運命にあるのだろうと思う。
「花、よろしく頼むよ」
ほら、この通り。
「これが『使命』だとは思えないなぁ…」
小さく、川のせせらぎが聞こえてくる。
何度目かの空間移動により、春良達は小町と共に川のほとりにいた。
「花は向こうだよ。よろしくね」
「え、ちょ…」
「あぁ、間違っても向こう側へ行くんじゃないよ?帰ってこれなくなっても知らないからね」
そう言って小粒ほどの石がごろごろしている地面に寝転がる小町。
あり得ないほどの早さで寝息をかき始めていた。
「あの、春良さん…」
「ま、まぁ、もしかしたらってこともあるし、頑張ってみるか」
不安げなこあくまの言葉に、春良はなるだけの笑顔で答える。
骨折り損だろう、と誰もが思っているのだ。
「……そう言えば、ここはどこなんだ…?」
「向こう岸の見えない川…、私は来たことがないです」
上海もこあくまも首を横に振る。
あとで小町に聞けばいい、そう考えた春良は、まず例の花を見に行くことにした。
「台風…か。川霧が濃くてよくわからないな」
「ですね。今は雨はないみたいですけど」
空気が重い、と誰もが口にしそうな場所で、春良は大きくため息をついた。
「……ついてないなぁ…」