歩いて少し、石だらけの足場はいつの間にか土になっており、草木が見えるようになってきた。
「……これですかね?」
「多分、そうだろうな」
こあくまが見つめる先に、看板と何輪かのまだつぼみの花があった。
「『小野塚花壇』…。当たりみたいですね」
看板を読み取るこあくまの声を聞きながら、春良はつぼみを見つめる。
「スイートピー…いや、違うな……赤い花ばかりだな…?」
「まだつぼみですけど、綺麗ですね」
「本当に早く育つな、幽香さんの花は」
立ち上がり、霧に包まれた空を見上げる。
どこか冥界を思い出させる空気を吸って、春良は拳を握った。
「よし、いつ降ってくるかも分からないし、気を抜かずに……」
「そこの貴方」
カツ、と地面は土のはずなのに固い足音が聞こえる。
反射のようにそちらを振り向くと、そこには声の重さに伴わない少女がいた。
「……君、だれかな?」
「人に名を尋ねる時はまず自分から。聞いたことはないですか?」
「……ご、ごめん。俺は戌井春良、外来人だ」
「こ、こあくまです。こちらの方は上海さんと言います」
自分よりも小さな少女に気圧され、春良達は一歩後ろへ下がる。
少女は小さくうなずくと、三人の中、春良を見つめた。
「私は四季映姫・ヤマザナドゥと言います。以後…多分ないと思いますが、よろしくお願いします」
礼も小さめに四季映姫(シキエイキ)・ヤマザナドゥは自分の名を告げた。
なんというか、幻想郷では子どもに見える子はほとんど凄い子だった。
その知識を生かし、とりあえず春良は息を吸う。
「えっと、ここはどこか教えてくれるか?」
「目上の者には敬語を」
「……ここは、どこか教えてくれませんか…?」
少し、いらっときたのは悟られてはいけない。
「三途の川、こう言って伝わりますか?」
「……あの、魂とかが来る?」
「まぁ、その認識で構いません。それで? どうして生きている貴方がここに?」
ない胸を張り、映姫は見下せていない春良を見下すように見る。
「ちょっと、頼まれごとをしに来たんです」
「それは御苦労様です。帰りなさい」
「……あの、ここで、なんですけど…」
「ここは魂とかが来る場所、先ほど貴方が言いましたね?」
カツッ、とまたどこから鳴っているのかわからない足踏み音と共に映姫が胸を張る。
「頼みごとと言うのなら、それに相応しい人物を選ばなければならない、わかりますね?」
「……はぁ」
「返事は『はい』。頼んだ人物が誰かは存じ上げないですが、少なくとも貴方はここにいるべきではありません」
「……はい」
「それが今、理解できましたね?できたら、帰りなさい。もともと貴方がいるべきだった場所……に…」
口うるさい、ではなくありがたい説教が急に止まる。
口を小さく開いたまま、映姫は納得できないように春良を見つめた。
「……戌井春良、貴方…」
「は、はい?」
「…まさか記憶そう――」
「だぁーっ!!そういえば貴方が台風を予想したんですよね!?」
自分でもびっくりな反射速度だった。
大声でかき消した映姫の言葉が上海達に聞こえてはいないか、後ろを振り返る。
「上海さん、あんな子になっちゃいけませんよー?」
「…………?」
子どもを育てる母親のようなことをしていたので、おそらく大丈夫だろう。
上海の教育は任せ、春良は映姫に見直った。
「……そうですけど。まぁ、雲を読むくらい、閻魔には簡単なものです」
「閻魔?」
「はい、私は閻魔として善悪の基準となる仕事をしています。要は、天国と地獄どちらかを選ぶわけです」
勿論、生前の行いを大きく反映させますが、と映姫はない胸を張る。
閻魔様、春良は小さい子は強いの法則を頭に叩き込んだ。
小さくなくとも、結局は強いのだが。
「分かりました。台風を乗り越えたらすぐに帰ります」
「今すぐがいいのですが、まぁいいでしょう。ところで…」
きょろきょろとあたりを見回し、春良に小さく歩み寄る映姫。
初めて見せた子どもらしい行動に、春良は小さくしゃがんで答えた。
「なんですか?」
「ここらで、大きな鎌をもった大きな女性を見ませんでしたか?」
「小町さん、ですか?」
「そうです!あの子と来たら、私と出掛ける約束をすっぽかしたんですよ!」
ずい、と更に近寄ってくる映姫。
息が荒い。
「は、はぁ……」
「せっかく、せっかく私が仕事を詰めて時間を作ったというのに、小町は、小町は……っ!」
「た、大変だったんですね?」
「その通りです!久し振りに誘われたので、どんな話をしようだとか、仕事をしている時にも頭から離れなかったというのに!」
ぷるぷると震え、先ほどまでの威厳はどこへやら。
顔を荒くして、声を荒げ、感情を露わにする映姫は、
「私は楽しみにしていたのに、小町は簡単に忘れてしまったんです……」
「…………」
なんというか、一人の恋する少女にしか見えなかった。
「えっと、小町さんを見かけたらすぐに伝えます」
「はい…。すいません、お願いします…」
とぼとぼとリストラにされたサラリーマンのような後ろ姿で映姫は川霧の向こうへ消えた。
「この花、上司にプレゼントするって言ってましたよね…?」
「そうだな、それで、その上司が映姫さん…」
春良、こあくま、上海、三人が顔を見合せて、同じことを思う。
「まぁ、悪いのは小町さんですよね」
「まぁ、な。能天気そうだったしな」
地面を踏みしめ、『小野塚花壇』を見つめる。
スイートピーのつぼみが小さく揺れた。
「それで俺達に頼むんだからな、痛い目みないといけないだろうけど…」
「……」
こくこくとうなずく上海を肩に乗せて、春良は空を見つめる。
灰色の空と霧から透き通ってくるかのように、始まりの一滴が降ってきた。
「まぁ、でも……」
それを頬で受け止め、春良は符を手に取る。
三人で花壇を囲み、完全に守りの陣形に入る。
そして、三人見つめあい、つぶやく。
「このプレゼント、絶対に守るぞ」
「……はい!」
「……!」
さぁ、と降り始めた雨に目を細め、春良達は自然との闘いを始めた。