「あやや、もう良いのですか?」
外に出ると、扉のすぐそこにニヤニヤ顔の射命丸と不思議そうな顔の上海がいた。
「……はぁ…。いいですから、早く行きましょう」
溜息をついて春良は射命丸を通り過ぎ、鳥居の下まで歩く。
そして振り向くが、射命丸の姿はなくなっていた。
「そうですね。限りある時間は取材に使いましょう」
さすがの最速。
いつの間にやら、鳥居の上に一本下駄で立ち、射命丸は手帳を取り出す。
「……最初は、どこから行くんですか?」
遅れてやってきた上海が春良の肩に乗り、首にすがりつく。
小さな吐息がくすぐったいが、射命丸はそんな春良に気づくことなく、呟くように言った。
「場所を考慮せず、順番に行きましょうか。……まずは、『宵闇の妖怪』からです」
「……なんか、強そうですね」
「心配は不必要ですよ、春良さん」
シュバン、と風と共に射命丸が春良の前に跪き、更に続ける。
「貴方は私が必ず守ります。貴方は、ほんの少しの好奇心を胸に抱えているだけ、それでいいですよ」
「……は、はい…」
それじゃぁ、つかまってください。
笑顔の射命丸は春良に手を差し出してかがむ。
春良は、その手を取り、握る。
風が、辺りを包みこんだ。
「…………なんだありゃ」
地に降りた射命丸と春良、上海が目にしたものは、ただの道に合わない黒い球体だった。
「……あれが、最初の取材対象、ルーミアさんです」
「え、えぇ!?あれ、生き物なんですか!?」
人一人が入りそうな黒い球体は、ふよふよと辺りを漂っている。
「あの黒い球体は、ルーミアさんが作り出した闇です。あの中に本体であるルーミアさんがいます」
「……それで、どうすればいいんですか?」
「ちょっと待っててくださいね。…………あー!食べても良い人間がルーミアさんの後ろにいるー!!」
突然、射命丸が手をメガホン代わりにして叫んだ。
それに続いて、「食べてもいいのかー?」とくぐもった声が聞こえ、黒い球体が後ろ(?)に猛ダッシュし始めた。
「え、ちょ、そっちには木が……!」
ドン!と春良の声も虚しく、黒い球体は大木に激突して、地面へと落ちた。
空気に溶けるように、『闇』が崩れていく。
「……わはー……」
その中から、小さな子どもが目を回して現れた。
「だ、大丈夫か!?」
駆け寄り、その小柄な体を抱きかかえる。
目を回していた女性、ルーミアは突然目を見開いた。
「……人間かー…?」
「……え?あ、そうだけど…」
「そーなのかー」
「……は?」
かぷ、と小さな音が聞こえた。
抱きかかえていた春良の左腕に、ルーミアの小さな口がくっついている。
「……いっ!痛たたたたあぁぁぁぁあっ!!」
「ルーミアさん!違います!その人は食べても良い人間じゃありません!!」
「えー?じゃぁ、食べても良い人間はどこだー?」
射命丸が慌てて声を出すと、ルーミアは簡単に口を離してくれた。
歯形がくっきりとついている。
「こ、ここにはいません」
「いないのかー。じゃぁ、私はもう行くなー」
「待って下さい!貴方に取材をしたいのですが!」
「私はお腹がすいたから、餌を探しに行くぞー?」
「えぇ?そこをなんとか…」
逃がすまいと射命丸がルーミアを説得している中、春良はなんとなくポーチを開いていた。
その中には、符と音楽プレイヤー、そして、記憶にない物が一つ。
「……お弁当…?」
邪魔にならない程度の大きさのお弁当が、何故か入れてあった。
一緒に入っていた紙を広げ、見る。
『今日も遠出するでしょうから、拙いですがお弁当を入れさせて頂きますね。諏訪子様も、勿論私や神奈子様も心配しているので、なるだけ早く元気な姿で帰ってきて下さいね。早苗より』
「なんて……!いい人なんだ…っ!」
ぼろぼろ涙をこぼす春良を、上海が心配そうに見つめる。
よく分からない上海は、とりあえず春良の頭を撫でておいた。
「た、食べ物ですか!?」
「んー?何か持っているのかー?」
「わ、私はあいにく、何も持ってはいませんが…」
そんな言い争いが春良の耳に入り、視線は弁当へ向かう。
少し考えた後、これも早く帰るためなのだから、早苗も許してくれるだろう、と言う結論にいたった。
「この弁当、食べるか?」
「おー、いいのかー?」
「春良さん!グッジョブです!」
ぐっ、と親指を立ててみせる射命丸に春良は笑顔を向ける。
「では、取材に応じて頂けますね?」
「食べてる間だけなー」
「分かりました、では一つめ……」
ここぞとばかりに射命丸が詰め寄って会話を始める。
早速役に立つことができたようで、悪くない気分が春良の心に満たされていった。
「ん?どうした上海」
射命丸が取材をしている中、上海が春良の服の裾をちょいちょいと引っ張る。
「…………」
「……手か? はい」
上海が手を差し出すジェスチャーをしてきたので、春良も甲を下に向けて上海に手を差し出した。
すると、上海は小さな手で春良の手を取り、何かを書くように指を這わせた。
「……『こんにちは』…?」
「……!」
一文字一文字丁寧に書かれた言葉を口に出すと、上海は嬉しそうに笑顔を振りまいた。
「字が書けるのか!?すごいな!」
「……!」
アリスが魔力にそういう知識を入れておいてくれたのだろうか。
上海はまた春良の手に文字を書いていく。
『ずっと はなしたいとおもっていたから』
「……うぉぉ…!」
にこりとほほ笑む上海の眩しさは、とても直視できるようなものではない。
胸の奥から込み上げてくる喜びを、なんとか自分の中にとどめた。
「……自分で文字を勉強したのか?」
こくこくとうなずく上海。
なんというか、わが子の成長を見ているようで、とてもうれしくなった。