何はともあれ、これは今後に役立てることができるはずだ。
少しの時間では無理だが、意思の疎通が明確にできるようになるのは、プラス以外の何者でもない。
「弾幕ごっこ中とかは、やめておいた方が良いかもな」
こくりと頷く上海を撫でて、春良は再び手を差し出す。
「…………?」
「話したいって思ってたんだろ?今は時間あるし、聞きたいこととか、書いていいぞ?」
上海は、今までずっと我慢をしてくれていたのだろう。
助けた相手を、ずっと気にかけて、心配してくれて、それなのに話すこともしていない。
『しゃんはい』
自分の名前をひらがなで書き、考えるように顔をひねる。
少しして、何故か顔を赤くした上海が文字をつづった。
『しゃんはいは あなたが すきです』
「…………え?あ、なるほど」
一瞬、驚いてしまった。
『あなたは しゃんはいが すき ?』
恐らく、異性としてではなく、単にここまで一緒に歩いてきた仲間としてだろう。
朴念仁な春良の頭は、そんな風にしか考えることができなかった。
「あぁ、勿論。大好きだよ」
「――――!」
特に考えもせずそう言うと、上海の顔が真っ赤に染まる。
そして、なぜかそのままふらふらと地面に落ちてしまった。
「しゃ、上海!?どうした!」
とても幸せそうに気絶している。
またアリスの所に行くか、と春良は上海を胸ポケットへとしまい込む。
「もう食べ終わったから、私は行くぞー?」
「あ、はい。どうもありがとうございました」
ふと、そんな声が聞こえて振り返ると、カラの弁当箱を持った射命丸が、ルーミアにお辞儀をしていた。
「今度は食べるからなー」
ぅよん、とルーミアがまた闇の球体の中に入る。
先ほども思ったのだが、あれではルーミア自身も外が見えないのではないか。
「…………って、ほら!」
一直線に、さっきぶつかった大木へと飛翔していく黒い球体を、すんでの所で春良が受け止めた。
「おー?止まったぞー?」
「……目の前、木がある。気をつけてな?」
「木に気をつけるかー。うまいなー」
ありがとなー、と木にぶつからないほどの高度に黒い球体は浮上し、どこかへ飛んでいった。
「……取材、できましたか?」
「えぇ、おかげさまで。春良さんを連れてきて正解でした」
ありがとうございます、と同時に二人からのお礼を受けた。
「次は、どこへ行くんですか?」
「ふむ…。今は居るかどうか分かりませんが、『冬の忘れ物』を取りに行きましょう」
雪なんぞは全く見えない今日この頃。
射命丸と春良は、青い空をまた駆けた。
「……で?私に何のようかしら?」
「あやや?一応探しましたが、この暖かい日に何故貴方がいらっしゃるのですか?」
単なる草原のような場所、紅魔館前の湖の近くに、彼女はいた。
「チルノの様子を見に来たのだけれど…いないわね。あなた達、知らない?」
「いーえ?ご存じありませんね」
「俺も分かりません」
まぁ、今度またくればいいかな、と彼女は顎に手を当てて、春良達に見直った。
「だから、それで?何のよう?」
「お?耳を傾けてくれるとは、ありがたいですね。レティ・ホワイトロックさん」
「貴方から逃げ切れるとも思わないからね。聞いてあげるから、どうぞ」
彼女、レティ・ホワイトロックは柔らかそうな草の絨毯に座り、リラックスしている。
射命丸は立ったままで、手帳を取り出した。
「お次の来日はいつですか?貴方は季節を知るのにとても重宝しているのです」
「寒くなった頃よ。天狗もこたつで丸くなる頃ね」
「それは寒い冗談ですねぇ」
「……そう言えば、そっちの子は?助手でも雇ったの?」
「臨時ですがね」
「外から来ました。戌井春良です、よろしくお願いします」
ぺこり、と頭を下げる。
すると、レティは立ち上がって春良の頬に手を合わせた。
「れ、レティさん…?」
「……チルノの力を感じる。……この腕?」
「あ、あぁ。その腕、一度チルノに凍らされてるんです」
「……それは、気の毒だったわね」
ふわ、と冬の香りとでも言うのだろうか、微かな冷気が春良の鼻をくすぐった。
「最近、様子がおかしいのよね。チルノ」
「あの妖精がおかしいのはいつもの事ですが……どのように?」
面白そうなネタを見つけたとばかりに射命丸がレティに詰め寄る。
「妖精の枠を超えかけてるのよ。何故かしら……。何か、強い力でも見つけたのかしら」
「ふむ、興味深いですね…。妖精を超えた妖精ですか」
手帳にメモを取り、一礼。
「まぁ、これだけですね。ありがとうございました」
「えぇ。記事を書くのなら、面白くして頂戴」
「それはそれは、もうあることないこと書きつづりますので」
「嘘は駄目よ?」
「最近、お増えになったようですね?『あれ』が」
ぼそ、と呟く射命丸の言葉に、レティの体が揺れた。
冷や汗だろうか。
心配しても良いほどに汗をダラダラと流し始めたレティは、平静を装って言葉を返す。
「な、何を言うの?ま、まぁ、確かに数字自体は増えたのかもしれないけど……」
一体何が増えたのだと言うのだろう。
話に混ざることのできない春良は、遠目に見ることしかできない。
「しかし、何にせよ真実ですよね?これは。『あること』しか書けないのなら、これを載せますかねぇ?」
「……あることないこと、書いても構わないわよ」
がっくりとうなだれたレティに、射命丸はにこやかに礼を告げる。
そして、そんな状態のレティを置いて、また春良と共に空を駆けた。
「レティさん。なんかダメージ負ってましたけど…」
「もう春ですからねぇ。冬の妖怪としては堪えるのでしょう」
飛びながら、明らかに口先だけで射命丸がそう言う。
「そうですか…。次はどこへ?」
「そうですねぇ…。春良さん、音楽はお好きですか?」
「へ?はい、好きですよ」
「よし、次は幽霊楽団のライブでも見に行きましょうか」
ライブ。
やはり幻想郷にも音楽は広まっているのか、と音楽好きの春良は人知れず胸を高鳴らせた。
「幻想郷で生まれたバンドなんですか?」
「厳密には違いますが、まぁだいたいそうですね」
「へぇ……楽しみだなぁ…」
そう言ったところで、胸の辺りがうずいた。
上海が目を覚ましたようだ。
「起きたか?上海」
「……」
「これから、音楽を聴きに行くみたいだぞ。楽しみだな」
にこやかにそういうと、上海は返答もせずに春良の胸にすがりついてきた。
「お、おい。上海?」
幸せそうにすりすりと自分の頬をすりつけてくる上海に、小動物的な何かを感じ、心が和む。
「仲がよろしいですねぇ。お二人は」
「まぁ、ずっと一緒に居ますからね」
そうだ、改めてみれば、幻想郷に来てほとんど始めから、ほとんど離れることなく一緒にいた。
胸に熱い物を感じ、春良は和やかに空を見渡した。
数分後、その気持ちはぶち壊された。