「…………頭が、割れる……」
「あやや、大丈夫ですか?春良さん」
地面に片手をつき、もう片方の手で警鐘を鳴らし続ける頭を押さえる。
降り立った場所は、開けた草原のような場所だった。
辺りをただよう幽霊がちらほら見えるのは、冥界が近い場所だからだと射命丸が言っていた。
「感受性の高い人間が聞こうとするから、そうなるのよ」
緩くボブ風にカールした金髪を揺らして、女性が春良の前に立つ。
その手には、バイオリンが握られている。
「いえ……でも、良い曲でした…」
曲の感想を率直に述べる。
すると、その声に反応したのは目の前の女性ではなく、その後ろからやってきた女性だった。
「あらぁ、そう?ありがとねぇ」
「今日はメル姉もルナ姉も張り切ってたからね」
銀のセミロングに、軽いパーマ、そして一番幼そうな茶髪のショートカット。
先ほど、春良の脳をシェイクさせるほどの音楽を奏でた三人組が、これでそろった。
「まぁ、良い曲と言われて悪い気はしないけど」
「もう、素直にありがとうって言えばいいのにぃ、ルナサ姉さんはツンデレねぇ」
「でも、人間にはちょっときつかったでしょ?ごめんねー」
最初の冷静な声が長女、ヴァイオリニストのルナサ・プリズムリバー。
次の間延びした声が次女、トランペッターのメルラン・プリズムリバー。
最後の子供らしい声が三女、キーボーディストのリリカ・プリズムリバー。
騒霊と言う、ポルターガイストの一種族らしい。
「もうライブは終了ですか?」
「そーだね。今日はこんなとこかなぁ」
「幽霊くらいしか聞いてなかったから、ほとんど意味のないライブだったけど」
つまらなそうに言って、ルナサは春良を見る。
金色の瞳が、春良の全容をとらえて、ほんの少し輝いた。
「貴方は?」
「外来人の、戌井春良です」
「外来人…。人里に居るべきじゃぁない?」
「そうよぉ。幻想郷は危ないと思うけどぉ」
「あぁ、いえ。少しばかりやらないといけないことがあるんです」
四つ染まった腕の印を横目で見て、春良は顔を上げる。
ほんの少しの困惑を見せる表情に、いつも近くにいる上海が気づけないはずはなかった。
「それにしても、珍しいですよね。トランペット、ヴァイオリン、キーボードのスリーピースなんて」
「まぁ、見てくれは悪いね」
「良くリズムが合いますよね。指揮者とかいないんですか?」
「「「………………」」」
ほんの何気ない一言だった。
何かに反応したかのように、三人の表情が固まる。
理由の分からない沈黙が、辺りを包んだ。
「んー……。本当なら、いたんだろうけどねぇ…」
沈黙の中、リリカが頬を掻きながらぽつりと呟く。
「……リリカ」
「何?ルナ姉」
「レイラは、ボーカルの方が似合うと思うわ」
「えぇ?レイラは私と一緒にトランペットを吹くのが一番よぉ」
「……姉馬鹿だぁ…」
真面目な顔でなにやら議論を酌み交わしているようだ。
少し楽になった雰囲気を見逃さず、春良はその輪に入っていった。
「れ、レイラさんって?」
「『外』で私達を作り出してくれた妹」
「もう一人、下の子がいてねぇ?生き別れになった私達を、騒霊として生み出したの」
「へぇ……。それで、そのレイラさんは今何を?」
「死んだよ」
やってしまった。
淡泊に発せられた言葉に、春良はとっさに反応することができず、また沈黙が訪れてしまった。
「……別に貴方が気にする事じゃないわ」
「い、いえ!すいませんでした!出過ぎたことを聞いて!」
なるほど、ネタになりそうな話だったにも関わらず、射命丸が会話に入ってこなかった事の意味を、春良はようやく理解した。
「春良さん。ここにスクープはありません。行きましょう」
「ほら、呼んでるわよ」
「ほ、ほんとにすいませんでした!」
頭を下げて謝ると、ルナサは意地悪っぽく笑って、
「悪いと思っているのなら、またライブに来てくれる?」
「え…?」
「働いてくれる人が少ないのよ」
つまり……、とルナサは息を吸う。
メルランとリリカは後ろからそれを眺めて、小さく笑った。
「――手助け歓迎中よ」
また来よう。
そう思えるだけの笑顔が、そこにあった。
「射命丸さん。知ってましたよね?」
「はて?なんのことでしょうか」
何とか持ち直した空気に安堵してから数分後。
飄々とした態度でにこやかに射命丸は青い空を飛翔する。
「レイラさんか…」
「しかし、やはり春良さんには他人を引き付ける何かがあるのかも知れませんね」
肩に乗る上海を横目に見て、射命丸は春良を見ることなく呟き始めた。
「普通は、あんな風に過去のことはお話しにならないんですよ、みんな」
それは、おそらく射命丸相手だと記事にされかねないからではないだろうか、と喉まで登ってきたその言葉を飲み込む。
「まぁ、知らないからこそ、ズバズバ聞いちゃうんですけどね…」
「それはそれは……。私と組めば最強じゃないですか」
どうです?このままコンビでも、と冗談めいた声色で射命丸が言うと、上海が春良の肩を叩いた。
「ん?どうした、上海」
「……」
視線を向けると、上海は小さく白い自分の手を握ったり開いたりして見せた。
「……あ、書きたいのか?」
手記。
その意図に気付いた春良は、上海の目の前に手のひらを持って行った。
そろそろと字を間違えないよう、上海はゆっくりと指を動かす。
「『こんびは しゃんはいが いる』?」
書かれた文字をそのまま読む。
こくこくとうなずく上海に加えて、射命丸が楽しそうに首を上下に動かし始めた。
「はぁはぁ、なるほどぉ…。上海さんは、案外独占欲が高いのですねぇ?」
「…………っ!?」
「そうですよねぇ。私の新聞を見たり、東風谷早苗さんに文字を教えてもらったりと、頑張りましたもんねぇ…?」
「――!?――――っ!?」
「いやぁ、最初は新聞の文字を一つずつ指さして、それをつなげて会話してましたよねぇ?どこかの外来人さんのためにですよねぇー?」
そこまで射命丸が言ったところで、上海が春良の耳をふさいだ。
大きさが全く足りないので、片耳しかふせげず、まったくの無意味だが。
「良くわかりませんけど…。あんまり上海をいじめないで下さい」
「あやや、すいません。あまりに可愛かったものですから」
顔が真っ赤になっている上海をなでると、なぜか小さく叩かれた。
表情は笑顔そのものだったので、怒ってはいないだろう。
「そういえば、次はどこに?」
「ふむ、もう少しで日が落ちます。自然のコンサートを見に行きましょうか」
ほんのりと赤く染まってきた太陽を遠目に眺め、春良は降下していく感覚にとらわれた。
眼下には、薄い森と、小さな光が春良達を待ち受けている。