東方春命録   作:Poteto305

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非周知の難しさを片手に・伍符

 

「か、鴉だー!皆逃げてー!」

 

これは一体どうしたことだろう。

小さな明かりが灯るここに降りてきた瞬間、何やら黒い粒が春良達の目の前でうごめき始めた。

 

「り、リグルさん!別に襲いに来たわけじゃありませんよ!」

「え、えぇ?鴉は頭が良いからなぁ……。騙してない?」

「お褒めに預かり光栄です。別に食べたりはしませんよ?」

 

べしべしと顔に当たりながらどこかへ飛ぼうとする何かを春良は手に取る。

蛍だ。

 

「なら……、おーい!みんな――」

「……別に今はおなかも空いていませんし」

「――逃げろーっ!!」

 

一度落ち着きかけた蛍の大群が、また空へと羽ばたいて行く。

 

「射命丸さんっ!」

「あー、冗談です!誓って安全ですから、虫を鎮めてください!」

 

春良はあまりに大変な虫でなければ、抵抗はそれほど感じない。

しかし、肩に乗る上海はまったく別のようで、春良にしがみついて大泣きしている。

 

「上海、だめだ!霊撃は使うな!」

「――っ!……っ!!」

 

ぶるぶると震えて錯乱状態に入っている上海を春良は服の中へ投げいれて静める。

下をぴょんぴょん撥ねる虫やらが落ち着いたのは、それから3分ほど経ってからだった。

 

 

「取材?僕を?」

「えぇ、虫たちのコンサートについて、いろいろお聞かせ願えませんか?」

「別に構わないけど……」

 

ボーイッシュな少女の名は、リグル・ナイトバグ。

『虫を操る程度の能力』を持つ、蛍の妖怪らしい。

 

「リグルさんのおしりは、光らないんですか?」

「せ、セクハラだぁー!コンサート全く関係ないし!」

「いえいえ、コンサートでは明かりは死活問題です。その有無を知っておく必要があるんですよ」

「…………ほんとかなぁ……」

 

一体何を聞き出そうとしているのか、射命丸はずいぶんと楽しそうだ。

まだ季節ではないのに、春良の足下を蟋蟀(コオロギ)が跳ねた。

 

「……一応、光るけど…」

「本当ですか?どのように?」

「えっと……、こう……ってやっぱりこれセクハラだよねぇ!?」

 

おちょくられる方も大変だなぁ、と春良は他人事を眺めて苦笑した。

すると、肩に乗る上海が、小さくあくびをした。

 

「上海、眠いか?」

 

こくりと頷く上海。

先ほどは泣いていたわけだし、泣き疲れが溜まってしまったのだろう。

 

「そういえば、そっちの人は?」

「彼は臨時の助手です」

「戌井春良って言います。外来人です」

「外来かぁ…。僕はリグル・ナイトバグ。リグルでいいし、敬語もいらないよ?」

「……わかった。ありがとう」

 

2本の触覚を揺らして、リグルが小さく笑う。

なんとなしに、良い子だろうな、と春良は思っていた。

 

「戌井君は、どうやって幻想入りしたの?」

「あー…、その、だな…」

「やっぱりすきま妖怪?最近、それが理由で外来人が増えてるんだよねぇ…」

「……まぁ、そんなとこ」

 

曖昧に答えると、上海が不思議そうに春良の顔を覗いてきた。

記憶喪失を気取られないよう、話題を変えに向かう。

 

「そういえば、俺他の外来人に会ったことないんですけど」

「私はありますよ?結構取材もしていますし」

「大抵は、紅魔館、白玉楼、永遠亭、迷ひ家。大物が居るところに居候してるよね」

「春良さんも守矢神社と言う大物が居るところの居候ですもんね」

 

と言うことは、春良が過ごしていた時にも、すれ違っていただけで外来の人がいたのかもしれない。

ほとんど、人間と妖怪で見た目の違いが分からない事が、ここに来て悪く出てきた。

 

「会ってみたいですね」

「いつか会えますよ。結構大勢いますから」

「……ところで、取材は?」

 

本題をすっかり忘れていた。

おぉ、そうでした、と射命丸はおどけた様子で手帳を取り出し、文字を書き始める。

 

「リグルさんのおしりは、発情と同時に光る……と」

「やめてぇーっ!誰もそんなこと言ってないでしょぉ!?」

「では、ご協力ありがとうございました!」

「何も協力してないー!!」

 

泣き叫ぶ蛍を置いて、射命丸は素早く春良をつかんで空へ羽ばたき始めた。

記事にしないでよぉー!と悲痛な叫びが、夕焼け空に空しく響いた。

 

 

「……春良さん。次で最後の取材です」

「あぁ、やっと終わるんですね……」

「ご迷惑をおかけしました。記事ができたら、真っ先に送らせてもらいますね」

 

振り向いて、射命丸が笑う。

小さく、儚げで、どこか寂しげな笑みだった。

 

「……今日は、どうかしたんですか?」

「え、えぇ?な、何もありませんよ」

「一人でできる取材だったのに、なんで俺を連れてきたんですか?」

「……敵いませんねぇ…。では、あそこで話しましょうか」

 

射命丸が指さした森と森の狭間の道。

そこに、小さな移動型の屋台があった。

 

「……八目鰻?なんですか?それ」

「目に良いとされている魚です。春良さんは、目が悪いですか?」

「まぁ、眼鏡ですからね……」

 

親愛などで力を借りているときは、視力も強化されているようで、眼鏡が邪魔になるときもある。

そんな会話を交わしながら、春良達は屋台の暖簾をくぐった。

 

「やってますかー?」

「はいはい!いつでもやってるよー!歌?それとも歌?やっぱり歌?」

「串をお願いします」

 

中にいたのは、女将と呼べそうな割烹着を着た少女だった。

背中に生える鳥の羽が小さく羽ばたき、暖簾を揺らした。

 

「見ない顔。人間?」

「は、はい。外来人の戌井春良です。よろしくお願いします」

「春良君ねー。多分覚えた。私はミスティア・ローレライ。夜雀だよ」

 

慣れた手つきで開かれた鰻のような魚を串に刺して、焼いていくミスティア・ローレライ。

3本目を焼き始めた頃、射命丸が小さく言った。

 

「……何故、と聞きましたよね?」

「……はい。何か、事情があったんですか?」

「強いて言えば、貴方がどのような人か、知りたかったんです」

 

先に出されたお冷やを飲み、天狗が一息つく。

 

「…………?」

「その、ですね?阿求が、ですね……その、好き、じゃないですか?」

「……何をですか?」

「……貴方の事をですよ」

「…………ええぇ!?」

「本当に朴念仁なんですね……」

「はーい、一本目ー」

 

二人の皿の前に串が一本ずつ置かれる。

上海に食べるかどうかを聞こうとしたが、その必要はなかった。

 

「寝てる……」

 

すやすやと胸ポケットの中で寝息をたてる上海を見つめながら、春良は串を手に取った。

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