「ま、まぁ、多分気のせいだと思いますけど……。それがどうかしたんですか?」
「んーと、ですねぇ…。何というか、もやもやすると言うか…」
がじり、と八目鰻をひとかじりする。
白身魚に似たような食感と、鰻の味の深みが口の中でゆっくりと広がった。
(美味しい……)
「阿求が好きになったのなら、私には何も言えないんですが…」
「はーい、二本目ー」
「何というか、今まで一緒に居た私じゃなく、春良さんの事を好きになったって言うのが、ちょっと納得いかないというか…」
二本目を手に取る春良と違い、射命丸はまだ一本目を小さく食べ続けている。
「何言ってるか分からないんですけど…。とにかくもやもやするんですよ!」
「……それ、嫉妬してるだけなんじゃないかなぁ?」
「………………え?」
串を焼き続けるミスティアがぽつりと呟いた。
串に集中していた春良は、一瞬話の流れについて行けなくなった。
「ぇ……。え…?」
「だから、長いこと一緒にいた人が、つい最近会った人に取られて、嫌だって話だよね?」
「…………はい。確かに、そうですね…」
「ヤキモチ妬いてるだけだと思うけど…」
小さく、ほんのりと、射命丸の顔が赤く染まっていく。
八目鰻の焼ける音だけが、辺りに響いた。
「そ、そう言うこと、なんですかね…?」
「まぁ、俺も今のところだけ聞くと、そうとしか思えなかったですけど」
二本目を食べ終え、春良は水を飲む。
妙に冷たい感覚が、背筋を這って消えた。
「……春良さん」
「な、なんですか?」
ガタン、と射命丸がいきなり立ち上がった。
その手には、いつの間にか団扇が握られている。
「認めましょう。これはきっと『そう言うこと』だと」
「……は、はぁ…?」
「私が、あ、ああ阿求の事を……。すっ、すすす、き…なのだと!認めましょう!」
「そ、そうだったんですか!?」
「あぁもう!微妙なタイミングで朴念しないでください!とにかく!」
バサッ、と黒い翼が、そろそろ暗くなり始めた外と混じる。
「……そして、幻想郷は『こういうところ』です」
風が、辺りを囲んだ。
いつのまにか、ミスティアの屋台が離れている。
嫌な、予感がする。
「かっ、勝ち取ります!私は、貴方から阿求を奪い返します!!」
「…………つ、つまり…?」
「えぇ!これが今日最後の取材です!」
いつも、いつも思う。
悪い予感は、的中するためだけにあるのだと。
夕焼けの映える守矢神社。
「…………」
その鳥居の下、現神様、八坂神奈子は、いぶかしげな表情で山下を見下ろしていた。
「戌井……。やっぱり、そういうことなんだろうねぇ……」
いつにない面持ちで、誰に言うでもなく呟かれた言葉は、勿論誰にも届くことなく霧散する。
「……あーあ!なんでこう、皆相談ってもんをしないんだろうねぇ!!」
半ばやけくそになった神奈子は、夕焼け空に向かって大きく叫んだ。
そして、その叫びを聞いた一人の天狗がいた。
(……今の声は…、山の神か…?)
彼は、油断から一度春良のマスタースパークを食らった天狗の小長だ。
ゆっくりと山を登り、考える事は一つのみ。
復讐。
(あの人間風情が……。天狗に楯突く事がどういう事か、たたき込んでやろう…)
春良が守矢神社に居候しているという話は、すでに射命丸が天狗達に伝えている。
ならばと、小長はその守矢神社を攻める事にした。
(狙われるのは自分だけではない……。精々後から後悔するがいい…)
今回の事は、彼の独断だ。
天狗という団体は一切関わってはいないし、協力を仰げるはずもなかった。
階段を上りきり、小長は鳥居をくぐる。
狙うのは、山の神だ。
「あぅ?お客かな?」
「……む。すまないが娘よ。ここの神はどこにいるか存じてはいないか?」
「神ならここに……、じゃないか。神奈子なら、神社の奥に居るよ」
「そうか。感謝する」
「なんだか知らないけど、ちょっと苛ついてるみたいだから、気をつけた方が良いよ」
集中していない、という点では、小長にとって好都合だ。
それほど、仕留めやすい。
(やはり……。手刀で首を一撃だな)
いくつかの戦闘をシミュレートしたが、万が一にも勝てない。
ならば、戦闘に持って行かなければ済むこと、というのが小長の決断だった。
「山の神、ここにいるか」
大仰な扉の前で、大きく尋ねる。
すると、中の方から、重く、威厳のある声が耳に届いた。
「…………天狗か、入りなよ」
「……失礼する」
ガコン…、と重い扉を押して開く。
緊張から、小長は唾を飲み込むが、自分でも気づいてはいなかった。
「わざわざ、何の用だい?」
あぐらをかいた神が、二つの目で天狗を見つめる。
(これが……、神の威厳か…)
全身から吹き出る冷や汗が止まらない。
やはり、戦闘に持って行っては微塵も勝てる姿が想像できなかった。
(……落ち着け、一撃だ。一撃で決める)
「なんだい?まさか酒でも酌み交わそうだなんて思っている訳じゃないだろう?」
神が、おどけた様子でそう言ってのける。
恐らく、それは油断だ。
幻想郷に来て、異変を一つ起こしたのみで対して戦の空気を味わっていない者の、油断だ。
(…………いける。私は、神をも超えられる)
戦闘せずして、勝ちを確信した。
天狗は一息吸って、右手のピンと伸ばして手刀を作る。
「勿論違う。今日、ここにやってきたのは言うまでもなく――――」
言葉の途中で、誰も認識できることのない予備動作を終え、先手必殺の手刀が神奈子へと、
「――――――止まれ、羽虫」
向かう寸前、天狗に降りかかる重力が何十倍にもなった。