東方春命録   作:Poteto305

90 / 90
非周知の難しさを片手に・陸符

 

「ま、まぁ、多分気のせいだと思いますけど……。それがどうかしたんですか?」

「んーと、ですねぇ…。何というか、もやもやすると言うか…」

 

がじり、と八目鰻をひとかじりする。

白身魚に似たような食感と、鰻の味の深みが口の中でゆっくりと広がった。

 

(美味しい……)

「阿求が好きになったのなら、私には何も言えないんですが…」

「はーい、二本目ー」

「何というか、今まで一緒に居た私じゃなく、春良さんの事を好きになったって言うのが、ちょっと納得いかないというか…」

 

二本目を手に取る春良と違い、射命丸はまだ一本目を小さく食べ続けている。

 

「何言ってるか分からないんですけど…。とにかくもやもやするんですよ!」

「……それ、嫉妬してるだけなんじゃないかなぁ?」

「………………え?」

 

串を焼き続けるミスティアがぽつりと呟いた。

串に集中していた春良は、一瞬話の流れについて行けなくなった。

 

「ぇ……。え…?」

「だから、長いこと一緒にいた人が、つい最近会った人に取られて、嫌だって話だよね?」

「…………はい。確かに、そうですね…」

「ヤキモチ妬いてるだけだと思うけど…」

 

小さく、ほんのりと、射命丸の顔が赤く染まっていく。

八目鰻の焼ける音だけが、辺りに響いた。

 

「そ、そう言うこと、なんですかね…?」

「まぁ、俺も今のところだけ聞くと、そうとしか思えなかったですけど」

 

二本目を食べ終え、春良は水を飲む。

妙に冷たい感覚が、背筋を這って消えた。

 

「……春良さん」

「な、なんですか?」

 

ガタン、と射命丸がいきなり立ち上がった。

その手には、いつの間にか団扇が握られている。

 

「認めましょう。これはきっと『そう言うこと』だと」

「……は、はぁ…?」

「私が、あ、ああ阿求の事を……。すっ、すすす、き…なのだと!認めましょう!」

「そ、そうだったんですか!?」

「あぁもう!微妙なタイミングで朴念しないでください!とにかく!」

 

バサッ、と黒い翼が、そろそろ暗くなり始めた外と混じる。

 

「……そして、幻想郷は『こういうところ』です」

 

風が、辺りを囲んだ。

いつのまにか、ミスティアの屋台が離れている。

嫌な、予感がする。

 

「かっ、勝ち取ります!私は、貴方から阿求を奪い返します!!」

「…………つ、つまり…?」

 

「えぇ!これが今日最後の取材です!」

 

いつも、いつも思う。

悪い予感は、的中するためだけにあるのだと。

 

 

 

夕焼けの映える守矢神社。

 

「…………」

 

その鳥居の下、現神様、八坂神奈子は、いぶかしげな表情で山下を見下ろしていた。

 

「戌井……。やっぱり、そういうことなんだろうねぇ……」

 

いつにない面持ちで、誰に言うでもなく呟かれた言葉は、勿論誰にも届くことなく霧散する。

 

「……あーあ!なんでこう、皆相談ってもんをしないんだろうねぇ!!」

 

半ばやけくそになった神奈子は、夕焼け空に向かって大きく叫んだ。

 

そして、その叫びを聞いた一人の天狗がいた。

 

(……今の声は…、山の神か…?)

 

彼は、油断から一度春良のマスタースパークを食らった天狗の小長だ。

ゆっくりと山を登り、考える事は一つのみ。

復讐。

 

(あの人間風情が……。天狗に楯突く事がどういう事か、たたき込んでやろう…)

 

春良が守矢神社に居候しているという話は、すでに射命丸が天狗達に伝えている。

ならばと、小長はその守矢神社を攻める事にした。

 

(狙われるのは自分だけではない……。精々後から後悔するがいい…)

 

今回の事は、彼の独断だ。

天狗という団体は一切関わってはいないし、協力を仰げるはずもなかった。

階段を上りきり、小長は鳥居をくぐる。

狙うのは、山の神だ。

 

「あぅ?お客かな?」

「……む。すまないが娘よ。ここの神はどこにいるか存じてはいないか?」

「神ならここに……、じゃないか。神奈子なら、神社の奥に居るよ」

「そうか。感謝する」

「なんだか知らないけど、ちょっと苛ついてるみたいだから、気をつけた方が良いよ」

 

集中していない、という点では、小長にとって好都合だ。

それほど、仕留めやすい。

 

(やはり……。手刀で首を一撃だな)

 

いくつかの戦闘をシミュレートしたが、万が一にも勝てない。

ならば、戦闘に持って行かなければ済むこと、というのが小長の決断だった。

 

「山の神、ここにいるか」

 

大仰な扉の前で、大きく尋ねる。

すると、中の方から、重く、威厳のある声が耳に届いた。

 

「…………天狗か、入りなよ」

「……失礼する」

 

ガコン…、と重い扉を押して開く。

緊張から、小長は唾を飲み込むが、自分でも気づいてはいなかった。

 

「わざわざ、何の用だい?」

 

あぐらをかいた神が、二つの目で天狗を見つめる。

 

(これが……、神の威厳か…)

 

全身から吹き出る冷や汗が止まらない。

やはり、戦闘に持って行っては微塵も勝てる姿が想像できなかった。

 

(……落ち着け、一撃だ。一撃で決める)

「なんだい?まさか酒でも酌み交わそうだなんて思っている訳じゃないだろう?」

 

神が、おどけた様子でそう言ってのける。

恐らく、それは油断だ。

幻想郷に来て、異変を一つ起こしたのみで対して戦の空気を味わっていない者の、油断だ。

 

(…………いける。私は、神をも超えられる)

 

戦闘せずして、勝ちを確信した。

天狗は一息吸って、右手のピンと伸ばして手刀を作る。

 

「勿論違う。今日、ここにやってきたのは言うまでもなく――――」

 

言葉の途中で、誰も認識できることのない予備動作を終え、先手必殺の手刀が神奈子へと、

 

 

「――――――止まれ、羽虫」

 

 

向かう寸前、天狗に降りかかる重力が何十倍にもなった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。