紫色に染まる日々へ   作:たまてん

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お正月なお話です。
よろしくお願い致します。


初めての日の入りで

「――立香くんっ!新年あっけましておめでとうございまああすっ!!」

 

ばっと、大きくその腕を広げて。

二房の髪を揺らして、にっこにこと頬を綻ばせながら、紫色の賢者はそう新年の挨拶を口にした。

新しいカルデアの廊下に少女のはつらつとした声はよく響き、名前を呼ばれた少年は振り返る。

それから笑顔の彼女を確認すると、にこりと少年も微笑み返し「あけましておめでとうございます」と頭を垂れた。

するとそんな当たり前ともいうべき答えに対し、ぐっと彼女は拳を握り「これですよこれ……」と噛みしめるようにつぶやいた。

 

「毎年毎年『ハッピーニューイアー』と挨拶をしてもウチではだーれも挨拶を返してくれませからね。むしろテンション上げてるのが私だけで逆に寒いというか。まったくさびしいったらありゃしない……その点カルデアの皆さんはいいですねー。挨拶したらちゃんと返してもらえてますし!シオンさんはとても満足です!」

「はは、新年になってもシオンさんはシオンさんって感じがして、なんか安心しますね」

「むむ?もしや立香くん私をバカにしてます?いーけないんだーいけなぃんだぁー。大人をバカにするなんて、マシュさんに言いつけちゃいますよ?」

「最近事あるごとにマシュに言いつけようとしてません……?」

「むっふっふー。マシュさん>立香くんの力の方程式はすでに私の頭の中に織り込み済みです……そ・れ・に~。いい子にしてないとお年玉、あげませんよ?」

「え、お年玉?」

「そう!正月と言えばお年玉ですっ!」

 

じゃじゃん!と自分で効果音を謳って、シオンは胸元からしゅっと取り出した。

高々と上げられた右手には、立香が日本の元旦にいる頃にはよく見かけたポチ袋が一つ握られていた。

 

「ほらほら立香くんに馴染み深いお年玉袋ですよ!中身はたんまりですよー欲しいでしょーふふふ……あ、マシュさんにはここに来る途中差し上げてますのでご安心ください」

「あ、親切にありがとうございます……でもその、俺まで頂いてしまってもよろしんでしょうか?」

「オフコース!こう見えて私、白紙化される前までパパからのお小遣いもお年玉もきっちり貯めてましたから結構お金持ちなんです!……それに立香くんが喜んで下さると思ってポチ袋も用意したんですから、ここは大人の顔を立てて頂けると助かります」

「……わかりました。ではお言葉に甘えて頂戴致します」

「うむ。素直で実によろしい」

 

そう頷くとシオンは袋を立香に差し出した。

受け取った少年はその袋を見つめると「嬉しいなぁ……」とぽわんぽわんと和やかな笑みを浮かべた。

 

「喜んでいただけて何よりです。懐かしいですか、ポチ袋」

「ええ、懐かしいというのはもちろんありますが……シオンさんからプレゼントを貰えたのが、なおさら嬉しいです」

「そ、そう……ですか……ふふふ」

 

……その言葉は予測外。

単純明快な答えではあるが、同時にわかりやすいほどストレートに利く殺し文句。

一瞬で頬は熱を帯びて、シオンはこっそりと歓びを噛みしめるように小さな笑い声を漏らすのだった。

 

……だがしかし、その歓びも束の間で。

少年のポケットからわずかにはみ出たあるものに視線が止まって、シオンの笑みはふと消える。

 

「立香くん、そのポケットからはみ出たものは……?」

「え?ああ、その……実はシオンさんにお会いする前にダ・ヴィンチちゃんやほかの職員さんたちにお会いしまして。そのとき、えっと、同じようにお年玉を……」

「……ほぉーん。さいですか……」

 

……まぁ、来る途中のマシュの反応でなんとなくは想像してはいた。

他の職員から見ても、彼は可愛らしい『子供』だろう。

だからシオンと同じようにお年玉を渡したっておかしくない、普通なこと。

 

……そう、普通なのだ。

 

だからこそ非常にくる。

『私だけ』から、『その他』への転落というのは。

息を切らし、柄にもなく胸を躍らせて彼を探していただけに。

 

……むすっと、頬を大きく膨らませたくなるものなのだ。

 

「あのぅ、シオンさん。もしかしなくても……なんか怒ってます?」

「……べっつにー。シオンお姉さんは大人だからこんなことでは怒ったりしませーん」

 

ぷいと腕を組んでそっぽを向くシオン。

露骨な彼女の態度に「確実に拗ねてますね……」とつぶやく立香。

そんなささやきを耳にして…カチンと頭にきた。

同時にふと、あるイジワルもひらめいた。

 

「ほほう。そういうことを言っちゃいますか?……では立香くん、ここは錬述金師的イジワルを貴方にして差し上げるとしましょう……」

「錬金術師的イジワル……?」

「そうです。その恐るべき内容とは……お年玉あげたから、等価交換何か私にもくださいな」

「意外に普通」

「さてポチ袋の中を見てもそんなことが言えるかな?」

 

言われて立香は袋の中へ目をやると……ぎょっと目を見開いた。

想像のはるか上。

いやそもそもお年玉として渡す金額を軽々超える金額に、彼は体を震わせた。

これに等価であるものなんて、現在の立香は無論持ち合わせてなどいなかった。

恐縮した様子の立香に、ふふふんとシオンは満足げな笑みを浮かべる。

 

「ほらほらどうしますか立香くん?お支払いできますか貴方に?」

「……これそのままシオンさんにお返しするという手段はありますか?」

「それしたら両手両足ばたつかせて思いっきり大声で泣きます。大人な私の駄々っ子泣きはヒドイですよ見たいですか?」

「しょうない手段で脅さないでください……」

 

……金額は金額だが、すでに目じりに涙を貯めてスタンバイされてる現状では素直にとりあえず受け取っておくしかない。

だが等価交換となるとさてどうしたものか。

少年が首を捻って悩んでいる一方で、要求していたシオンは実のところだいぶ留飲が下がっていた。

こうやって悩んでいる姿を見れているのは、ここにいる自分だけ。

またえらく真剣に考えてもらっている、その愛らしい姿だけで満足できた。

だから適当なところで引いてあげましょうと思っていた……その時。

 

「……仕方ない。ではこちらをお受け取り下さい」

 

……予想外なことに、少年はその『等価』なものを差し出してきた。

 

彼の手に握られていたのは、一枚の銀色のカード。

興味をそそられて受け取りながら「これは何ですか?」とシオンは問うた。

 

「俺の部屋のカードキーです」

「ああ、立香くんの。どおりで見覚えが……へぁっ!?」

 

手に持ったものが何か理解した途端、ボンと一瞬でシオンは弾けた。

彼女の紫色の髪は跳ねあがり、真っ白かった肌は首元まで一気に真っ赤に染まる。

 

「あああのあの立香くんっ!!どどどどどういう、意味で、これを……!?」

「さぁどういう意味でしょう……でも少なくとも。『今夜は空いてます』と言ったら、『大人』なシオンさんなら理解してくださるのでは……と」

「っっっつ!?」

 

……無論、理解できる。

理解できてしまう。

このカードの価値を、彼の言葉の意味を。

何度計算しても式が同じなら答えも同じであるように、決して違えはしない。

 

「……これでは駄目、ですか?」

 

そう上目遣いに、のぞき込んでくる彼。

そんな顔された、より一層熱が増してしまう。

ただでさえ堪らないのに。

呼吸すら、ままらなくなる……。

 

「いえ、その、そうではなく……立香くんは。わ、私なんかでも……いいんですか?」

 

……固まりつつある舌を懸命に動かして、彼女は問うた。

先ほどとは別の意味で潤んだ瞳、かつてないほど脈打つ心臓。

すべてが異常数値の己が肉体をなんとか駆動させて、シオンは疑問を投げる。

対して、彼女よりも一回り近く年下の少年はくすりと笑う。

それから彼は「……そのカード、ひとつしかないんですよ」と言葉を紡ぎ始めた。

 

「でも今夜はとても冷えるらしくて。だから、もしもシオンさんがかまわなければ。優しくて『大人』なシオンさんが、『子供』な俺を心配してくれるなら……どうか」

 

……最後の一言は、すっと顔を前に出して。

吐息が吹きかかるほど近くに、少年は唇を近づけて。

そっと、こうつぶやいた。

 

「……今夜は、暖めにきてやってください」

 

……そんな深く染みわたる答えを投げつけて。

 

かの少年は去っていった。

残されたのは、シオン一人。

誰もいなくなった廊下でふらふらと体を揺らしたあと、ガツンと背中を壁にぶつけて、そのままずるずると座り込む。

 

……もうまともに、立ってなどいられるものでしょうか。

 

「……立香くんの嘘つき。貴方のどこが『子供』なんですか……」

 

今だ湯気の出る頭を抱えながら、シオンは愚痴をこぼす。

だがよくよく考えれば、確かに彼はまだ子供なのだ。

 

だってあんまりのも我がままで、勝手で、強引で。

こっちの気持ちもお構いなしに無茶を通してこようとするあの姿は、本当に幼いことだ。

 

だけど、それと同じくらい私の方も。

……甘やかしてやりたいと思ってしまう、悪い『大人』であるのも事実。

 

ああ、もう、本当……。

 

「……好きですよ、立香くん」

 

……口に出すだけで、もう甘い。

 

こんな甘い響きを、彼に向けて言わなきゃいけない。

想像するだけでアッという間に溶けてしまうけど。

 

……それでも、頑張ってみよう。

人生で初めて告白の仕方を、ゆっくりと。

この腑抜けてしまった腰に力が入るまで、微笑みながら……。

 

 

――今年初めて、日が落ちるその時に。

 

私もきっと初めての……恋に落ちる。

 

 

 

 

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