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「……私、料理を覚えます」
ぐっと、拳を握りしめて。
ふんと鼻息を力強く鳴らし、シオンは言った。
「……いきなりどうしたんだ、ほんと」
たまたまシオンの部屋に来ていて、突然の抱負を聞かされたキャプテンは、そう恐る恐る尋ね返す。
……これは経験に基づいた直感だが、シオンがこう思いついたように言い出したときは、大抵面倒なことが起こる。
キャプテンのそんな予感は的中し、シオンは満面の笑顔で「立香くんのためです」と答えた。
「最近立香くん、やたらと食事やら運動やらと健康に気を使った様子を見せていましてね。朝も早起き、夜も早寝……そんな立香くんを応援するためにこのシオン・エルトナム・ソカリス流健康食を以って彼の生活をサポートしてあげようかと!わーいシオンお姉さんやっさしー!」
「単にきっちりした生活リズム過ぎて一緒にいる時間がなくシオンがそう理由をこじつけて何とか傍にいようと画策してるだけじゃないのか?」
「はっはっはー!そぉんなことはぁ……何故バレたんです?」
「ここ一週間の自分の行動をよく振り返ってみることだな……」
大真面目に聞き返してきた己が召喚者に、キャプテンは深いため息をついた。
……カルデアのマスターがいろんなところへ顔出すたびに、その背後をひょこひょこむ境色の生き物が追いかけている。
本人は真剣に隠れているつまりだが実際のところ、大の大人が壁際に張り付き鼻息荒くまだ青い少年のあとを追いかけるというなかなかの事案な光景が周囲の人間に認知されている現状である。
気づいていないのは、追いかけられている当人ぐらいなものだろう。
そう言われるとシオンは体を揺らし指をもじもじさせながら「だってぇ……」と不満げに唇を尖らせた。
「先週ぐらいから立香くん、全然構ってくれなくて。忙しいのはわかるんですがその……素直に寂しい、ので。ここはひとつ料理でも作ってあげて、力になってあげたいなぁと思いまして……」
「……そういえばシオン。食事で思い出したんだが、倉庫の輸血パックが全然減ってないぞ。大丈夫なのか?」
キャプテンがそう尋ねた瞬間、びくぅ!とシオンの両肩が震えた。
それからぎぎぎと錆びたねじを回すように視線を反らしていった。
……その行為で、だいたい察せられた。
「……つまり、一週間前まではあのマスターのでも飲んで愉しんでいたわけか。そして血を吸いすぎて距離を置かれた……という解釈でいいかな?」
「う、ううっ、ずみまぜんでじた……立香くんの熱くて濃ゆい生絞りがあまりに美味しくて……ついついお腹が膨らむほど頂いてしまいました……」
「その語弊がありそうな言い方はわざとなのか……」
錬金術師的食レポですぅ、とえっぐえっぐ涙ぐみながらシオンはそう言った。
……だがまぁ、そうなるとだいぶ話は変わってくる。
シオンは吸血種であって、生きるのに必ず血液が必要というわけではない。
血液を飲むのも趣味というか、嗜好品として接種するのが主だ。
逆に裏を返せば……飲もうと思えばいくらでも飲める。
特に研究に夢中になって見境がなくなったシオンを知ってるが故に、キャプテンはかの少年がどのような目にあったのか想像に難くなかった。
「……ここ最近の健康な生活も、血を吸われすぎた反動じゃないのか?」
「恐らくそうです……はあぁ。私のばか……」
ごちんと机に額をぶつけるシオン。
さっきの虚勢をしててそのどんよりとした雰囲気をさらしたから察するに、よく反省しているのはわかる。
だが、それが少年にまで伝わっているかはわからない。
「……手土産を以って謝りに行きたいとい気持ちもわからないでもないが、早めに謝りにいったほうがいいと僕は思うぞ。特に今日ぐらいに」
「そうします。幸い料理に詳しい専門家に今日教えてもらいにいけますし……」
「それはよかったな。なら善は急げだ、すぐに行くといい……まぁ、頑張れ」
「……はい!ありがとうございますキャプテン!では材料のサプリメント持ってごーごーごーです!」
「……ん?材料のサプリメントだと?いや待てそれはおかしい、シオン一旦待てっ!」
キャプテンはそう声を上げたがシオンには届かず、さっさと荷物を持って彼女は行ってしまった。
その場に残されたキャプテンはただ唖然としていたが、しばらくして。
「……まぁ、どうにかなるだろう」
と、そう一人納得することにした。
■ ■ ■
「……大丈夫です。私ならやれます。シオンさんならきっとやれます……」
繰り返し繰り返し、そう自分に言い聞かせる錬金術師。
彼女が今立っているのは一つの扉の前、
一週間前まではよく来ていた、藤丸立香のマイルーム前である、
そしてシオンの手には一枚のトレイ。
これはシオンが、先ほど会った「料理の上手なひと」から賜った方法を、自分の持参した「材料」に試してできたシオン特製「料理」。
……これを持って、立香くんに渡して、喜んでもらって、そして謝る。
単純な計算、答えも明白。
だから臆することなく……よし、行こう。
そう意を決して、彼女は扉をノックする。
しばらくすると、がしゅんと音を立てて扉は横にスライドした。
「……あれ、シオンさん?なんだか久しぶりですね、こんばんは」
すると中から現れたのは、無垢な青い瞳を持つ一人の青年。
そんな彼がにこりと微笑むだけで、シオンの体の奥がきゅんと疼く。
だがなんとか、そんな自分を押さえつけて。
シオンは「こ、こんびゃんは!」と挨拶をした。
……開幕から噛むな、私。
「あ、あの!今日は、その、立香くんに……ご飯を作ってまいりました!」
「……ご、はん?」
「はい!こちらがその品になります!」
「……これが、そうなんですか?」
はい!と笑顔で肯定され、立香は改めて差し出されてプレートの上のものを見る。
プレートの上には、白い粉末状の小さな山が皿ごとに三つ。
その傍らに、ストローのように細長い筒が一本。
……これって、もはや。
「題して!『シオンさん特製健康サプリメント 鼻孔接種を添えて風』になります!!」
「それもはや完全に料理じゃないですよね!?」
舌先で味わうのではなく、鼻孔で味わう料理など聞いたことがない。
というかこの薬物摂取的な料理、なんかどこかで……。
「……シオンさん。その、この料理はどうやって……?」
「ホームズさんから教わりました」
「やっぱりかぁ……」
ぱちんと立香は額を打った。
……シオンから聞く話によると、以前倉庫でホームズを見かけたらしい。
その際にホームズが普段シオンが作っているサプリメントに似た錠剤をすりつぶしてキメて……吸っているところも目撃したようで。
ホームズは「錠剤を美味しく食べるために必要な工程だよ、友よ」と若干冷や汗を流しながら答えたらしい。
シオンはそれを聞いてこれは自分でも応用できるのではないかと考え、ぜひその『料理方法』を教えてくれと頼んだ。
「すると彼は『いいだろう。ただし教える代わりに、私がここでコカ……ビタミン剤を接種していたことは黙っておいておくれ。特に藤丸くんにはね……』と言い、交渉は成立しました……あ、やべ言っちゃった」
「ホームズうそをつけ……事情は察しました。とりあえずダ・ヴィンチちゃんに言いつけます」
「あのぅ……もしかして何か余計なことしましたか?」
「いえいえ、ご協力感謝します……でもシオンさん。どうしていきなり料理なんて?俺は持ってきてもらってとても嬉しいんですが……」
「えっ?いや、それは……最近、立香くんがやたらと食生活や体調管理に勤しんでいたもので。それで少しでもお力になれたらなぁ……と」
「ああなるほど。いや確かに健康生活に気を使ってはいましたがこれはこだわりというよりはシオンさんのためというか……」
「……私のため?」
そう聞き返すと、立香は「あっ」と口を押さえう。
それは彼にとってもうっかり口を滑らせた発言だったらしい。
じっとい詰めてくるシオンに視線を右往左往とさせていたが、やがて観念しがっくりと肩を落としながら「……先週のこと覚えてますか?」と尋ねた。
「先週とは?」
「先週に夜にえっちしたことです」
「ふぇぃ!?そえは、しょの……よく、覚えております……」
ぼっと、顔は一瞬で赤くなった。
シオンにとって忘れようにも、忘れがたい一夜である。
立香も若干顔を赤らめながらその続きを語った。
「……その時になんですが。シオンさん、俺のことを噛んだんじゃないですか?」
「お、おう。そんなことも、しましたねぇ……」
……確か気持ち良すぎて、感極まったところでかみついた覚えがある。
いろいろ緊張していたせいで、ところどころ朦朧とした記憶ではあるが覚えがある……。
「そしたら噛んだシオンさんが、そのあとにこう言ったんですよ……『立香くん、しょっぱい』って」
「……まじかぁー」
言ってシオンは顔を覆った。
……いやよりによって、よりによってそのセリフのチョイスはないだろうとシオンは過去の自分をぶん殴りたくなった。
「……からそれ以降、この一週間ぐらい健康的な生活を送ってたんですよね。食事に気を付けていたのもそれなんです……」
「え……じ、じゃあ今まで私を避けていたのも……?」
「あ、いやそれは……次会った時に、『美味しい』って驚いいてもらいたいじゃないですか」
……健康的に過ごしていたのも、避けていたのも、全ては自分のため。
私を避けていたのでも、私を嫌いになったでもなく。
全ては……大好きな私に、食べて貰うためだったのだと、彼は笑って言った。
……なんて、ことを。
そんなことを言わられたら。
そんな、可愛らしい愛を告げられたら、もう。
……昂って、仕方ない。
我慢なんて、できやしない。
ばんと、閉まった扉を叩きつけて。
気が付けば、シオンは立香を扉へ押さえつけていた。
がらんと、プレートは地面に音を立てて散る。
散らばったサプリメントなど、どうでもいい。
「……シオン、さん?」
シオンの勢いに気圧されながら問い返す立香。
ああ……たまらなく無垢で、もう……。
「……立香くん、どうしてそんなこと言うんですか。そんなこと言われたら、私……今すぐ、立香くんを『食べたく』なっちゃうじゃないですか……?」
見上げた瞳は爛々艶やかに、そして呼吸は荒々しくも色と熱に満ちながら。
欲求を必死にこらえながら、シオンは少年を見上げていた。
その視線が、一週間前自分に覆いかぶさっていた視線と同じものと察した。
くすりと笑って「もういいんですか?」と苦笑する。
「きっとさほど変わらず、しょっぱいままですよ?」
「関係ありません。しょっぱくても、甘くても、大好きな立香君ですから……ただひたすらに、私のために頑張ってくれた貴方を……むさぼりたいです」
……かわいい、かわいい。かわいい。
感情はそれしかなかった。
今目の前にいる少年が、自分に尽くしてくれたという事実。
一週間ぶりに間近に感じる貴方の匂い。
我慢しろというほう酷だ。
いまもう、曝け出させてほしい。
少年を食べたいという気持ちを。
貴方が…・・・大好きなんだという感情を。
摺り寄せてくる彼女に、立香は「わかりました」と笑った。
一週間というわずか時間で、こんなにもなんてしまった想い人。
自分の体を調理していたつもりだが、果たして調理していたのはどちらだったのか。
でも……彼女が喜んでくれるなら。
「……どうぞ、召し上がれ」
そう、彼は自らを振舞った。
これから続く、長い夜と共に。
……そして、二人は肉を口にする前の前菜を食む。
滴る血液よりも、張る肉よりも甘い蜜を。
――重ねた唇から始まる、このディナーを。
深く、舌先に絡めながら楽しんだ……。
終